第五話
ハウダニット。
というのはミステリ用語で、『どうやって犯行を行ったのか』を主題とする推理小説のジャンルのひとつである。英語のHow(has)done it?からきている。物理トリックやアリバイトリックを暴く系統の作品である。
以上、引用終わり。
引用元はどこかというと、私の目の前で絶えずカタカタとキーボードの音をさせ ているノートパソコンの画面だ。
キーボードを叩いているのは中条である。
はて、中条は文芸部や情報科学研究部と掛け持ちをしていたのだっけ、だとしたらけしからん奴だ。
……じゃなくって。
相川部長が私たちに宿題を出したのだった。曰く、『五月の最初の月曜日までに短編推理小説を一本書いて提出せよ』。
なかなかキツいお題だ。
まあそんなわけで、私は苦しんでいる中条の目の前で悠々自適の中学校生活を送っているのだった。
え?お前は『宿題』をやらなくていいのかって?
……私はこれまでの十二年間、一度も八月三十一日以外に宿題をやらなかった女よ(ちなみに前、妹に同じ質問をしたら、『え?私夏休みに宿題なんかやったことないよ?』という答えが返ってきた。きちんと宿題をするだけ姉の私のほうが偉いと思う)。
……若干話がそれた。しかし本を読んでいるだけというのも存外退屈だ。気晴らしに中条をからかって遊ぼう(性格悪!)。
「中条――」
「お邪魔しまーす!」
うわー!
扉が開いて相川部長が乱入してきた。
……かなりびっくりした。横を見ると、中条もいつも細い目が丸くなっている。相当驚いたようだ。
「あれ?どうしたの二人とも?」
あなたが乱入してきたからビックリしているんです。
とはさすがに言えず、話を逸らそうとする。……手に抱えている箱が目に留まる。
「あの部長、その箱何ですか?」
「え?ああ、これね……入部祝いだよ」
入部祝い?
その箱、『Chocolate』と書いてある気がするんですが。英語歴十日間の私でも読めるぞ。それが入部祝いなのか?
「入部祝い……チョコレートですか?」
おや。
中条の目の色が変わった。
ひょっとしてこいつ、甘いものが好きなのだろうか。人は見かけによらない……いや、よるのか?
「その通り、みんな大好きチョコレート」
そう言って、チョコレートの箱を机の上に置く相川部長。
いや、私もチョコレート好きだしね?遠慮なく頂きますよ?
「じゃあいただきましょう」
言いつつ箱を開ける相川部長。トレーからチョコレートを二つ取り出す。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
受け取る私と中条。
うん、おいしそうなミルクチョコレート。黒と白とどっちが好きかと聞かれると、私は断然白。
「いただきます」
「いただきます」
うん。おいしい。私は基本どんなものでもおいしいと思えるが、これはまあまあ……というか結構おいしい。
「どう、おいしい?」
「はい」
「おいしいです」
「それはよかった。ところで」
ところで?
「私はもっとおいしいチョコレートを持っているんだけど、さてどこでしょう?」
そう言って、とある有名メーカーの名前を挙げる相川部長。うー……。おいしそうだけど、チョコは食べ過ぎると太るし……。
「えーっと……右ポケット」
チャレンジする中条。
おい。やるのか。
やっぱり甘いものが好きなのだろうか。私と違って、甘いものが好きなだけ食べられるんだろうな……。うらやましい。
「ブー」
「カバンの中」
「ブー」
「上原ちゃんはやらないの?」
「いえ、私は……」
「そう、いいけど……中条君、もうギブアップ?」
「えーっと、ポーチの中」
「ブー、はい打ち切りです。答えは……」
うん、食べるつもりはないけれど気になる。相川部長のことだから普通の場所には隠してなさそうだし。
「ここ」
言いつつさっきのチョコレートのトレーをさらに引き出す相川部長。奥から出てくるトリュフ。
なるほど。
「なるほど……盲点ですね」
悔しそうな顔をしながら言う中条。負けず嫌いなのか、それともそんなにチョコレートが食べたかったのか。
「まあ当てられなかったわけだし……ここは私が」
チョコレートを手に取る相川部長。
「いただきます」
口に放り込む相川部長。
「うん、おいしい」
口をモグモグさせながら言う相川部長。中条の心の叫びが聞こえてきそうだ。
「あ、ところで」
中条の苦悩もなんのその。平然と話題を変える相川部長。
「二人とも宿題、どれくらいできた?再来週の月曜日までだよ?」
「えーと、その、まだ一行も……」
「私は大丈夫ですー」
こういうときは軽く受け流すのがベストなのだよ、中条君。
「早く仕上げておいたほうがいいよ?でないと来週は忙しく……」
といいかけて、ハッと口を押さえる相川部長。なんだか演技っぽい仕草だ。
「忙しく?来週、何かあるんですか?」
「ないない!全くもって何もない!」
いや、絶対何かあるだろ、その反応。
何だ?
何があるんだ?
「と、とにかく!絶対何もないから!今日はこれでお開き!」
カバンを持って、逃げるように出ていく相川部長。部室に取り残される私と中条。二人して顔を見合わせ、首を傾げる。
あの反応……気になる!