第四話
自分のテリトリーだと思っていた場所に他人が侵入しているという状況はなかなか不愉快なもので、既に一割を切っていた私のHPはさらに三パーセントほどまで落ち込んだ。
……部室の扉を開けて硬直するという展開は昨日と同じなような気がする。
とすればこの状態を打破してくれるのはやはり、
「あ、上原ちゃん、ようこそ」
相川部長だけだろう。感謝。
ん?しかし相川部長の姿が見えない。どこにいるのだろう?まさか小学生じゃあるまいし、掃除のロッカーに隠れているというわけではなかろう。
「いや、ここだよここ」
……ソファの下から出てきた。だから私はそういう衝撃に弱いのだというのに。あなたの前世はゴキブリか何かなのか?
しかしなぜソファの下なんかに。掃除ロッカーといい勝負だ。
よくみれば髪の毛や制服にたくさん埃がついている。
「部長、埃がついていますよ……」
埃をつまみ取る私。
「え?ああ、ありがとう」
「で、何やっていたんですか?」
「いや、ジェリー君が私の携帯ストラップを盗んで逃げてしまったから捕まえようとしていたんだ」
「ジェリー君……?」
「推理小説研究部に代々住みつくハツカネズミだ」
そんなことでネズミと争わないでほしい。
「はあ……で、取り返せたんですか?」
「そりゃもちろん」
自慢げにストラップを振る相川部長。
「そんなことはどうでもいいんだよ」
どうでもよくはない。普通の人間が変なことをしても『変な人だ』と思われるだけで済むが、相川部長がやると変人レベルが十くらい違う。
「こちらの彼」
あ、やっぱりどうでもよかった。そっち優先、ぜひお願い致します。
「新入部員ナンバー2だ。入部試験は全問正解」
は?
〝あの〟難問を……全問正解?
……化け物だ。
「いや、難問難問というけど上原ちゃん、少しパズルの素養があればこっちも簡単なんだよ?」
嘘だー!
あんなの、作れるわけがないじゃないか。
……いかん、実力の差を見せつけられて、気持ちがネガティブ方向に傾いていく。
「上原ちゃん」
「……」
「上原ちゃん!」
「おわ! す、すみません」
「大丈夫?……彼の名前は中条浩一君だ。中条君、こちらは上原美奈子ちゃんだ」
「中条です、よろしく」
「あ、こちらこそよろしくお願いします」
うむ、よく見ると結構顔は整っている。なぜこの部活は(私以外の)顔面偏差値がこんなに高いのだ。しかもこいつも背が高い。目算で170センチほどあるだろうか。……20センチの差はなかなか大きい。首が痛くなりそうだ。学ランをちゃんと来ているところも好感度高し。
「まあここは『探偵部』だから……二人をかの有名過ぎるコナン・ドイルの小説のコンビに例えると……うん、やっぱり上原ちゃんがワトソン役、中条君がホームズ役にあたるのだろうね」
えぇー!
「部長ひどいです!人をバカみたいに言って!」
「とはいうものの上原ちゃん、あの程度のパズルが解けないようでは、これからが心配だよ……」
本当に心配そうな顔でこちらを見てくる相川部長。
うぅ……。
いや、ひょっとしてこの学校に来る人は、みんなこんなパズルが楽勝で解けるのか?私がバカなだけなのか?
旧型帆船『上原号』はどんどんネガティブの海に沈んでいく。
……やっぱり今日は厄日だった。