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入部試験  作者:
入部試験
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第二話

 私はホラー映画が嫌いだ。

 ……いや、この言い方は正確ではない。突然襲ってくる衝撃が嫌いなのだ。わが家のキッチンの片隅には巨大ゴキブリが棲息しているが(殺虫剤をいくら吹きかけても次から次へと湧いて出るのだ)、私はこの手の衝撃が苦手なので夜キッチンへ行かないようにしている。昔幽霊を信じていたころ、夜中に一人でトイレへ行けなかったのだが、母に『一人でトイレへ行くのがいいか、一人でキッチンへ行くのがいいか』と脅されて迷わずトイレへ行く方を選んだほどだ。まあつまるところ、


 ……入部試験?


「嘘ー!」

 なまじ私は頭がいいので(それこそ嘘)、その言葉の意味するところを一瞬で理解し、大声で叫んでしまった。人生で一番驚いた。ひょっとしたら本当に一瞬心臓が止まっていたかもしれない。相川部長も私の大声に一瞬のけぞった。

 入部の際に試験がある部活なんて私は聞いたことないぞ!

「入部試験……ですか?」

「そ」

 あっさり過ぎる……。せめてもう少し重々しく、ですね……。

「いや、さっきも言ったでしょ? 興味本位で来る馬鹿が多くて困っているって。そのふるい落とし用に試験があるの」

「……難易度はどれぐらいですか?」

「大丈夫、フツーに推理小説が好きでフツーに推理小説を読んでいる人ならフツーに楽勝だから」

 ……いまいち信用できない。だいたい私は、推理小説が大好きで、自分でも書くような友人が一人いるが、彼は『モルグ街の殺人』も『獄門島』も『十角館の殺人』も読んでないぞ(さすがに『黒死館殺人事件』を読めとは言わない。あれは小学生が読める本ではない)。

「試験は全六問、知識系が三問と実践系が三問からなる。三問以上正解で入部OK」

 ならなんとかなる……か? 実践は正直無理っぽいけど、知識だけならひと様に誇れる程度にはある。

「準備はいい?」

「はい」

「じゃあ、第一問……あ、待って。これを言っとかないと」

「どうしたんですか?」

「いや、我が部には試験前に行わなければならない儀式があってね……『私、相川真純は、入部試験中に嘘をつかないと誓います』。これで大丈夫」

 はぁ。何ですそれ。


「それでは改めまして、第一問」

 見ると、相川部長は、いつの間にか手にプリントの束を持っている。

「『完全犯罪』の作者は?」

 ふむ。

 確かに簡単だ。身構えた私がバカみたいだ。というか私はさっきその作者の作品のことにふれたじゃないか(心の中で)。答えはもちろん……、

「小栗虫太郎です」

 このレベルなら楽勝ではないだろうか。よーしどこからでもかかってこい!

「正解。じゃあ第二問。『オリエント急行の殺人』の犯人を述べよ。あ、もちろんアガサ・クリスティー作の小説の方ね。テレビとかじゃないよ」

 ……すいませんちょっと見くびりすぎていました。この質問は、解答がしにくいんですけど。まあわざわざ題材がこれということは、

「○○○○○○○○○○○○○○○○……でいかがでしょう?」

 どうだろう?

「正解。色々解答例はあるけど、それが一番オーソドックスだろうね。ちなみに私は具体的に全部言えるけどね」

 マジすか! すごいこの人……。


 最後、あと一問!

「第三問。推理小説作家、泡坂妻夫の本名を答えよ」

 うむ、私は亜愛一郎シリーズがお気に入りだ。彼を試験問題に選ぶとは、この人のセンス、侮りがたし……じゃなくて! えーっと、本名のアナグラムだったはず。確か、

「厚川昌男さんです!」

「正解。合格確定だ、おめでとう」


 やった――――!

 

 今日の私、冴えてる!さすが!

「で……、あと実践系が三問あるけど、どうする? 受けてみる?」

「はい!」




 …………多くは語るまい。『あと三問』は予想以上にレベルが高かったとだけ。

 とりあえず今日は時間も遅かったので、相川部長についてきてもらって仮入部届けを出した。顧問は有栖川という三十代前半の先生で、自分でも推理小説を書いているらしい。新人賞にも何度か応募しているとかしていないとか(もちろん全部落選らしいが)。話した感じでは穏やかな感じの人で、好感が持てた。

 何はともあれ憧れの推理小説研究部に入部できたことで、やはりハイになっていたのだろう。帰る途中で三回側溝を踏み抜き、四回電柱にぶつかり、二回ガラスを割り、一回トラックに轢かれかけて、風花(わたしの数少ない友人の一人だ。超マジメちゃん)にかなり心配された。家に五体満足で帰り着けたのは奇跡だろう。

 帰ったらリビングへ直行、制服とカバンを放り投げて共用のパソコンを起動する。うちのはいまだに旧式のXP(Windows XP)で、起動が遅すぎるのがもどかしい。ていうかXPってもうサポート終わってたよね? ねえお母さん、買い換えませんか?

 立ち上がったら某大手通販サイトのページを開いて、欲しい推理小説を探す。月五百円の私のお小遣いでは文庫本が一年に十冊しか買えない。しかしやっと資金源が確保できた! 一年三万円……部長が二万円使うにしても、六十六パーセントのアップ! これも私の日ごろの行いがいいからだろう。ふふふ。自然と笑みがこぼれる。

 「お姉ちゃん、何一人で笑ってるの……ていうか、服くらい着ようよ」

 通りかかった美穂(妹だ)に呆れられた。しゃーない、美穂が言うなら着よう。

 一度部屋に上がって服を着る。再びリビングに下りると美穂がパソコンを選挙していた。


 あれ? そういえば部長は何も言わなかったけれど、どこまでが『推理小説』に含まれるのだろう?メールして聞いてみよう。

 携帯を開いたが(お小遣い月五百円の私が両親と交渉して手に入れた一品だ。ガラケーで何が悪い)、よく考えたら相川部長とは番号もメルアドも交換していない。やっぱり明日会って聞かなきゃダメかなーとか思いつつふと携帯のアドレス帳を見ると、


 ――『相川』の文字があった。


 ……嘘だろ。

 しかもその『相川』さんからは、早くも一通のメールが届いていた。こわごわ開いてみると、

『基本的に小説であれば推理小説でなくても何でもOK。好きなものを買っていいよ。 追伸:部費は私と君とで一万五千円ずつ使うのでいいかな?』

 なんて人だ。

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