2-6 妬欲罪源レヴィアタン 【中】
なんとも言い難い厨二病的な台詞が稔の口、レヴィアの口、それぞれから発せられる。――と、次の瞬間。
「おお……」
それまで何の変哲もないウェアラブル端末だと思っていたそれを中心に、稔には紫色の光が、レヴィアには水色の光が、それぞれ生まれた。でもそれはほんの一瞬。喩えるなら、シャッターチャンスと思ってカメラを構えたらもうチャンスじゃなかった――という訳だ。
光が発せられている中、一人の召使が腰にそれぞれの手を当てて高笑いを浮かべた。
「私の力をあなどったりすんな!」
「助かったぜ、ラクト。――で、この機器はどうやって使うんだ?」
感謝の気持ちは直接的に伝えなかった稔だが、内心では感謝していた。でもその気持ちは、機器を早く使おうとする気持ちによって押し潰されてしまう。それこそ、ラクトお得意の非魔法で心を読めばいいわけだが、稔の期待に応えようとして読んだりする時間が無かった。
「ごめん。取扱説明書無いから、説明は無理」
「なんだそれ」
この機器を使ったことの有る人間が、今一二階には居なくても居ないことはなかった。ただ、その人は現在睡眠中である。その人に聞くのも一手かも知れないが、実際主人である稔が「寝かせておけ」とその人の事を言った。一応は稔の召使であったから、ラクトも行動を取ることが出来ない。
「でも、こういうのは電源ボタンが何処かに有るはずだから――」
「これじゃないですか?」
「おお、それだ!」
機器と言っても端末だから、いくらスラっとしたデザインにしようが電源ボタンはどうしても必要だ。無ければ初回の起動が出来ないのだから、端末がただの化石と化すだけでどうにもならない。
それはそうとして、稔は一つ心配になることがあった。
「……それ、本当に電源ボタンか?」
「わからないです……」
「おっ、落ち込むなっ! 俺は別に責めてないからな? な?」
「本当……ですか?」
レヴィアの淡々とした先程までの口調から一変、現在のレヴィアは少し感情が表に出てきていた。それこそ聞いてきたりするとか、少しばかし声が明るくなっていたのだが――やはりそれはそれで弊害を生んでしまう。感情が豊かになることは何も悪いことではないのだが、裏を返せば面倒くさくなってしまう訳だ。
もっとも召使になれと言ったのは稔であるから、それで彼女が豹変したところで主人である稔に全責任がいく。「豹変したから面倒くさい」と召使のことを評価しても、結局は見抜けなかった彼の責任な訳だ。
レヴィアに対して非好意的な訳ではない稔だったが、喜怒哀楽が出過ぎるのは頂けないと内心思う。とはいえ召使を慰めないのもどうかと思ったので、まずは召使を慰めておく。
「落ち着いた?」
「はい。大丈夫です。――それでは、付けてみていいですか?」
「いいよ」
稔はレヴィアが見つけた電源ボタンとみられるボタンを端末の中から探していたので、見つけた張本人であるレヴィアの方を見ては言えなかった。世間じゃ「人の目を見て話せ」とよく言うものだが、誰しもがいつもそうするとは限らない。
「おっ……」
レヴィアが発見した電源ボタンらしきものを押して三秒程度した時。レヴィアは端末に文字が映し出されたことに驚く。田舎の出身で身体を売っていた少女だから、機械系には疎いのだ。
「レヴィア。あまり目を近づけ過ぎると視力を悪くするぞ」
「そうなんですか!」
稔はレヴィアに、視力が有ることに越したことはないからと忠告しておいた。端末機器が発するブルーライトが目に対して悪影響しか及ぼさない、と理由も付け加えようとしたが――長話もなんだと言わない。
「それと。一時間に一回とは言わないが、ある程度は休憩をした方がいい」
「どれくらいすればいいですか?」
「五分でも三〇分でも一時間でも、どんな時間配分でもいい。でも一つ、疲れを感じたら気づくのが遅かったって意味だから、そこだけ知っておいてもらえればいいかな」
「分かりました」
レヴィアは大きく頷くと、端末から三〇センチから四〇センチ程度目を離す。話している最中でも行動できなくはなかった。でもそうしなかったのは、召使と主人という違いを重んじての彼女なりの行動と言えよう。
「その、今更なんですが。マスターのお名前は?」
これまで確かに主人と召使という立場だけは確立されていた。でも、召使サイドしか名前が言われていなかった。けれど少し後、端末で主人の情報を入力するとなると必要不可欠だと思って、唐突ながらも冷静にレヴィアは聞く。
「夜城稔だ。稔と気軽に読んでくれてもいいんだが――それが出来るのはカムオン系だけだったか?」
「その通りです。ですが私は地縛霊と言うことから分かる通り、稔さんの魔法陣の中に居ることが出来ません。ですから、カムオン系と捉えていただくのが一番いいかと思います」
稔とレヴィアの中で契約が結ばれたわけだが、実際はそれで終わることなんて無い。なぜなら地縛霊という難しい存在であったから、カムオン系と見るのかサモン系と見るのか、どうしても考えてしまうのだ。稔サイドとしては、レヴィアの言っていることを是非とも尊重していきたいところだったが、無理をして魔法陣内に取り込みたくなる衝動が稔を襲う。
悲しんでいるから、可哀想だから、召使なんだから手を差し伸べなければ――。どんどんと募っていくそれらの感情は、レヴィアを拘束してしまいかねないような感情である。実行するか否かは置いておくとしても、稔は考えるだけでも自分が嫌になりそうになった。
「――レヴィア」
「どうかしましたか?」
「――いや、一つ聞かせて欲しい。本当にお前は、この部屋から出ることが出来ないのか?」
最終確認としての意味合いが決して無いわけではなかったが、拘束してしまいかねないくらいに多くの感情を募らせてしまった自分へと終止符を打つために、稔は聞きたくなった。
「――無理でなければ、このような端末は頂きません」
「……そうか」
しかし、回答は変わらなかった。レヴィアの思っていることを事実だと考えるのなら、それを何度も何度も質問されたりするのは溜まったものではない。稔は終止符を打つためにも、それ以上の追及をしなかった。
「――それはそうとして、マスターは実際どう呼ばれるのがいいんですか?」
「話が戻ったな。うーん……」
ラクトのように敬語を使うことが滅多に無い召使ではないから、呼び捨てで「稔」と呼ばれるのには違和感が有った。かというラクトも稔に召喚された当初は「ご主人様」と言っていたので、今思えば違和感大有りなわけだが――。そこに敬語が重なるともなれば、それは更に違和感が増大してしまうだろう。
そんなことを思いながら、稔は聞かれた質問に素晴らしい回答でもやってやろうと意気込んで考える。だが、そんなことをしていれば時間はどんどんと過ぎていく一方。だから、早く何処かで決めてしまいたい。
「……稔は『ご主人様』って呼んでくれる召使が欲しいんじゃない?」
「どう訳せばそうなるんだ!」
稔が呼ばれ方に関して考えて行き詰っていた時、ここぞとばかりにラクトがニヤけ顔で言った。酷い煽り文句だが、稔は召使からの煽り文句を頑張れという言葉に置き換えてプラスで考えることによって、それをやる気に変えた。けれど、行き詰まってやる気が出たところで、素晴らしい案が浮かぶとは限らない。
「もう、ご主人様でいいです」
「レヴィア、ちょっと怒ってる?」
「怒ってません!」
稔がレヴィアの扱い方にタジタジしていると、後ろでラクトが「あーあ」と更に煽る。やはりこの召使、他の召使よりも主人を煽ることが好きらしい。笑顔こそ顔に見せないが、ラクトが内心で何を思っているかは大体分かるだろう。
「――」
レヴィアに言われ、稔は黙りこんでしまった。「そうか」とお得意の言葉を混ぜておこうとしたが、その一言すら言う気力を失った。でもこのままでは重い空気が漂うと考え、稔はレヴィアに再度会話を持ちかける。
「ところで、端末には何か表示されたか?」
「『召使の方はコチラ』『主人の方はコチラ』と書かれたページが表示されました」
「そうか……。あ、俺もだ」
稔は色々と会話をしていて、端末が起動し終わっていたことに今更ながら気がついた。そして、表示されているページを確認してみるが、レヴィアの言っていたことそのまんまだった。
「まあ、その指示通りにやっていけばいいでだろ。――ってことで、レヴィアは『召使――』の方をタップ」
「タップ……?」
聞き返すレヴィア。ついさっき知ったはずだったのに、稔はレヴィアが機械系に疎いことを忘れてしまっていた。疎いからこそジェスチャーでもなんでも教えてあげるべきだ。だが、稔に届かない大きさの声だったので稔は然るべき対応を取ろうにも取れない。
「痛っ――」
「お前の耳は飾り物か! タップってどういう意味かレヴィアが聞いてるのに、お前はよくもレヴィアを心配できるな!」
「えっ……」
人のことを散々煽っておきながらだが、ラクトには良心が無いわけではない。だからラクトは、その良心を稔に対しての指導的な意味も込めたことに使った。煽っておきながら言葉を砕けさせている一方、正論を述べているのでたちが悪い。
「タ、タップっていうのは、軽く画面に触れるって事だ。言い換えれば『押す』って意味」
「ありがとうございます」
ラクトに背中を押された形になったが、稔はレヴィアに聞かれた質問の回答をした。ラクトから背中を押されたことは何も嫌なことではなかったけれど、稔は理解していたことを忘れてしまったことにため息をつく。
「次に進みました。それで、ご主人様の情報が必要なのですが――」
「ちょ、ちょっと待ってくれ……」
稔は先程聞き逃したところなどでレヴィアより先に進んでいたはずだったのだが、後々見てみれば脱字は無くても誤字が有り、結果として書き直す羽目になった。そのため、レヴィアを待たせてしまう。
「どれどれ――って、これレヴィアの情報がまだ入ってないじゃん!」
「……え? それってどういうことですか?」
「だから、一ページ先に来すぎたってことだ。……レヴィア、ちょっと貸して」
そう言ってレヴィアから端末を取ると『戻る』と書かれたところをタップし、稔は一ページ前へと戻る。そしてすぐさま、何故レヴィア自身の情報が入っていないのかの要因を探る。
「これが原因か……」
稔が原因を探った時間はそう長くなく、僅か五秒程度で見つけてしまった。
「何が原因だったんですか?」
「お前、ここの『赤外線通信』ってところ押しただろ? きっと、このページに戻らなくちゃいけないんだけど、何処かシステムでバグが発生したんだろうな」
首を小さく上下に振りながら稔は言う。一方でその内容を理解しようとしたレヴィアは、到底首を上下に振ることなど出来ないまま。そのため、彼女は一言言わせてもらわすことにした。
「ご主人様、出来れば難しい言葉ばかり使用しないでください。お恥ずかしながら、分からないので」
「まあ、特に気にすることはないさ。――設定は俺がやってやっから」
「そうですか。機械に疎い者がするよりかは全然速いでしょうから、頼みますね」
「……ああ、任された」
少しやりとりすると、稔はレヴィアから取った端末と自分の端末の設定作業を効率良く進めようと、何処かに机がないか見渡してみる。ただ、そのような場所はない。有るとすれば化粧室の洗面台くらいなわけだが、男一人で化粧室に入って作業するのはなんとも寂しすぎる。便所飯以上の寂しさだ。
「……寂しいなら、私が男装すればいいだけじゃないの?」
「ちょっと話が大きくなりすぎてるけど、別にそこまで深刻な問題じゃないから安心しろ」
「分かった」
稔とラクトがそんな会話を交わすと、話に加わろうとしても加われないレヴィアが少し頬を膨らます。だが声に出しては何も言わないため、集中している稔には相手にされない。一方のラクトは内心を読んで膨らましている原因を探る。便利な非魔法であるが、ここまでくると悪用と考えられなくない。
「レヴィア。その、任されたのはいいんだが……」
「どうしましたか、ご主人様?」
「この端末設定を立ちながらするのは鬼畜だと思うから、どっかで座ったりでもしたいんだが、そういうところは無いか? 無ければ、机とかが有る場所でもいいんだが――」
稔はレヴィアが頬を膨らましていることに気づかなかった。けれど、ラクトと自分だけが心を読んだりすることを加えた会話が出来ていてレヴィアが仲間はずれにされているかもしれないことは、何となく考えられた。そのため仲間はずれはよくないと、敢えてレヴィアに聞いてみることにした。
「では、うってつけの場所にご案内致しましょう」
「『うってつけの場所』?」
「そうです。自販機の隣のホテルが設置している大きいゴミ箱の上なら楽に作業出来ると思うので、そこにこれから案内致します。……したほうがいいですよね?」
「おお、是非やってくれ。それは助かるからな。――流石は地縛霊なだけある」
稔がレヴィアの事を褒めると、彼女は照れ混じりに「そんなことないですよ」と、小さくもされど聞こえなくない声で言った。それから自販機の方向へと主人とその召使を導く為に歩き、彼らから正面の顔が見えないようになると、レヴィアは声に出さずに笑みを浮かべた。
「――と、そうこうしている間に着きましたね。ここが自販機売り場コーナーです。もっとも一二階に来るような人は早々居ないので、今じゃ稼働しているのは一台しか有りませんが」
「そうみたいだな」
来てみれば、少し奥行きのあるドアが取っ払われた自販機だけの部屋が有った。入り口には『展望階自販機コーナー』と書かれた看板がぶら下げられているが、稼働しているのはレヴィアの言うとおり一台のみだ。コーナーの部屋自体も暗く、その場に居るだけで目が覚めそうになる。
稼働している一台の自販機が照らしているのは、残り三台の自販機。撤去されたと見られる後も有るから、かつては五台稼働していたようだ。そして、その跡を隠すように自販機で販売されている飲料の飲み終えたペットボトルや缶を捨てるゴミ箱がそこに設置されていた。ただ、気になる点は有った。
「てか、埃被ってるじゃんここ」
「すいません。一二階には私の存在もあって、中々掃除の手が及ばないみたいで――」
「でも、ホテルってことは清掃員も居るだろ。清掃道具は無いのか?」
「それは、一一階に有りまして……」
「エレベーターを使えってか」
高層の建物だから階段が無いとは言えないはずだ。でも、やはりそれで清掃道具の運搬をするようでは馬鹿のままである。他の者が形ある者を伝ってでしか場所と場所を移動出来ない一方、稔はテレポートという瞬時転移の魔法を持っている。よほどの馬鹿だとか、若しくは運動をしようとしている訳でなければ、移動にはテレポートを使うものだろう。
「もしかして、一二階を掃除しようと考えているのですか?」
「そりゃ、電子機器を汚いところに置く訳にはいかないしな。レヴィアは端末を落とさないように持って待機していればいい。俺の召使と精霊が総力を上げれば、一〇分くらいで掃除なんて終わるだろうし」
「ですが、それなら私も――」
「馬鹿か。お前は地縛霊だろ。もし今、仮に一二階にホテルを訪れた人が来たとして地縛霊を見たらどうする。確かに服で誤魔化せるかもしれないが、ホテルの関係者には知られている可能性が大きいだろうが」
稔はレヴィアが清掃を手伝ってくれることはとても嬉しかったが、それを手伝って欲しいとは言っていない。人数が多ければ早く終わらせることが出来るのは言うまでもないが、稔は懸念材料が有ったので人員を一人減らすことにした。だが、その話はすぐに消える。
「どうしてもというなら、レヴィアは自販機コーナーを雑巾で掃除していてくれると助かるな」
「分かりました。でも、雑巾は一一階の清掃用具入れには無かった気が――」
「それならラクトが作るから問題ない」
レヴィアにも手伝ってもらえる内容が出来、これで稔の召使と精霊全員が一二階の清掃をすることになった。




