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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
二章 エルフィリア編Ⅱ  《Fighting in the country which was defeated.》
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2-4 妬欲罪源レヴィアタン 【序】

 壊れやすいエレベーターで無ければ、別に昇降時間が長すぎるエレベーターという訳でもなく。十二階に行きたいと思ってボタンを押して、大体十秒程度経った時、「チーン」という音とともにエレベーターの扉が開いた。


「――誰も乗ってねえな」

「その方が稔は良いんじゃないの?」

「馬鹿野郎」


 ラクトが何を言いたげにしているのかは薄々分かったので、稔は言って彼女の髪の毛を少々摘んで抓る。


「痛いよ! 髪のキューティクル壊すなバカ!」

「僅か数本じゃねえか。大丈夫大丈――」

「大丈夫じゃないわ!」


 ラクトが目をぎゅっと瞑ってまでツッコミを入れてくれた事は、稔からすると嬉しいばかりだった。そういうことをしてくれる召使だという期待は有ったし、何だかんだで各所で話に入ってきてくれているのは確か。でもそういったことを忘れていたのか、稔も良く分からなかったけれど嬉しく思った。


「子供扱いされてるみたいだから、そんなふうに驚くのは止めてよ」

「何も子供扱いしていないんだけどな。ただ感想を述べただけじゃないか」

「――」


 エレベーターも来ていたから、早く乗り込まないと待っている他の乗客に迷惑だと思ったことも重なって、ラクトが誤解をしていたという結論を作って話は終わった。そして、その先のエレベーターへと入る。


「――二〇人まで収容可能みたいだね」

「二〇人か……。でもそれって、あくまで平均的な体重で出してるだけだろ?」

「私はそういう会社に務めたことがないからわからないよ!」

「ごめんごめん……」


 笑い混じりに軽く謝ると、稔は咳払いして会話を再開しようとした。だがその時だ。


「……早く閉めないと」

「ちょっ――」


 閉ボタンを押したラクトは、エレベーターの扉が閉まるのを確認すると稔に抱きついてきた。稔の頬に自らの額をつけるとラクトは、顔から少しばかし火照ってしまっていることを伝える。


「織桜も居なくなったし、一応は二人きり……だね」

「なっ……」


 ラクトのように男を毛嫌いしているような特段な理由が無いから、稔は女性からのアプローチ(エロいこと含めて)は嫌な訳ではなかった。だからこそ、召使に翻弄されっぱなしのダメ主人と見られてしまうわけだ。


「私は前世がサキュバスだからさ、実際こういうことは慣れているはずなんだけどさ、やっぱり無理みたい」

「おっ、俺だから……?」

「うん。そうだよ、お察しの通り」

「――」


 ラクトは二人きりであるというこれ以上ない機会を逃すまいと、稔を攻略していく。とはいえ、まだ彼には理性という大きな壁が残っている。心の中を読むことは出来ても心の中を改変したりすることは出来ないから、ラクトは稔を洗脳したりしてまで自分のものに出来るわけではない。


 だからこそのアプローチ、そして攻略だった。


「一目惚れ、なのかな。薄々気づいてきたんだけどさ、やっぱり分からないんだよ」


 頬に額を当てられ、稔は動こうにも動けないほどに心臓をバクバクさせていた。鼓動は早まり、心拍数は相当になっている。倒れるくらいではないが、それなりに顔も赤色になっていく。下を向こうとする稔だが、それをすればラクトの額と自ら頬が擦れてしまって、ラクトから何か言われるのは間違いない。


 何も出来ないまま、稔はラクトの話を聞き続ける。


「枕営業の時は『お持ち帰りサービス』ってのがあって、選んだ男性が登録したホテルかその人の自宅まで行かなきゃいけない仕事が有ったんだけど……。あ、何をしたかは話さないよ?」

「言わんでいい、言わんでいい」

「そっか。で、その時私は色んな人に言ったんだよ。『好きだよ』とか、『愛してる』とか。馬鹿げてたこと言ってたなって、今こうやって思ってる。まあ、時代の流れは速いもんよ」

「ラクトって一七歳じゃなかったか?」

「バーカ。『永遠の十七歳』だっつの」


 稔は言われて気づく。ラクトから言われていたことを正しく解釈していたのを思い出したが、時間がそれほど経っていないというのに違う解釈へとなってしまっていた。もっとも、それで新たに入手した新しい解釈が本物であるから、それをもう解釈変更しなければいいだけの話であるが。


「その……。偽の思いと本物の思いの違いがこんなに違うもんなのかなって、今思ってるっていうか……」

「なるほど」

「……稔と居れば居るほど、何故か苦しくなるんだよね。嘘を付いて精一杯なんだよ」

「すごいな」

「召使と主人なのにさ、馬鹿みたいだよね。私と稔だけが信頼関係――いや、契約を結んでいるならまだしも、好きになったら他の召使や精霊に影響が出てしまいかねないっていうのに……」

「君は悪くない」


 稔の返し三つの全ては、某灰色の果実から学んだものである。そのゲームの主人公並みのハイスペックな男では無かったが、ギャルゲやエロゲやラノベの主人公特有の、ヒロインから好かれるというスキルが有ったために、案外使えてしまったことに稔は驚く。


「やっぱり稔は冷たい反応をする」

「何かの本のタイトルかな?」

「人生相談的なやつだったのに、そんなひどい返しされたら呆れちゃうよ?」

「いやいや、馬鹿かお前。なんで好きで居るやつに人生相談するんだよ?」


 稔はナルシストに思われそうな気持ちも有ったが、一応はこれまでの話を聞いて「自分のことをラクトが好きでいる」ことを把握していた。それを踏まえて台詞を選んだことも有り、稔は躊躇わずに言った。


「それは――」


 返す言葉に困るラクト。ふと稔は今何階に居るのか確認してみるが、最上階まで残り三フロアしかなかった。ラクトが抱きついているのをあと数秒で長くても数十秒だと考えると、稔は返答を急かしたい気持ちにもなる。


「今、この場所に稔しか居ないから」

「――お前もしかして他の女には喋れないとか、そういうことか?」

「……」


 無言のまま、ラクトは首を一度だけ小さく上下に振った。


「でも、別に世の中女の子が全員恋のライバルという訳じゃな――」

「こっ、この気持ちは恋じゃ無いもん!」

「いや、俺もそれは断定できないけどさ……」


 ラクト曰く、自身が人生相談内で挙げたことは恋愛に関する相談という訳ではないらしい。しかも全てである。妥協したとしても九〇パーセント以上はそう思ってしまいかねない台詞の連なりだったから、恋愛経験の少ない稔が誤解して認識してしまうのは頷けなくない。


「でも、稔を嫌っているわけじゃないんだよ?」

「ライクで好きなのは確定なのか」

「そういうこと。男の人に対して恋愛感情を持ったことがないから分からないだけなのかもしれないけど」

「なんだよそれ」


 召使が主人を好きな気持ちであるのがダメである理由は無い。ただ先程ラクトが述べたように、その『好き』というのは『ライク』でないと居座古座に発展する可能性もある。正妻戦争が始まり、最終的に死人が出てしまう可能性は――無い事を祈りたいところだが、あるかもしれないので油断をするのはダメだ。


「それで稔は、私をどう思ってるの?」

「今は可愛い召使だけど、かつては淫魔で枕営業していた経験がある女の子かな。召使は男でも女でもないってお前言ったけど、絶対にお前を女扱いしないことは無いと思うぞ、俺」

「『特別』ってこと?」

「うーん……」


 稔は質問されたのは良かったのだが、返す言葉が見つからない為に少し悩んだ。ただ、あまり悩んでいると最上階に到着してしまうので出来る限り早くしようとし、結果として思い浮かんだことをそのまま口に出す。


「スルト、ヘル、それに紫姫とは居た時間が違う。だからそこは特別だと思う。でも、今のは特別ってことじゃない。俺は外見から男や女、獣、妖精、そういったものを決める。もちろんどんな種であれ差別しない」

「時間……か」

「まあ一つ言えば、俺はお前を他の召使よりかは特別視してるかもしれない。こうやって一緒に居れる時間も長いしな。ただ毎回毎回アプローチするようなら、特別視するのを止めるかも」

「鬱陶しいから嫌ってことか……」


 ラクトが稔の心の中を読んで回答を見つけて言うと、稔は「そのとおり」と言ってやった。


「一二階か、案外低いな。さっき見た時はスカイツリー並だったぞ」

「他の建物が低いから高く見えただけなんじゃない? あと、道幅とか日陰とか」

「あー……」


 人は誰だって目の錯覚が有る。言い方を変えれば、皆が目には生まれながらして欠陥があるということだ。だからそれを消し去ろうとすること自体が困難を極めることであり、稔がホテルの高さが予想以下だったことに驚いたのはそれが影響する訳だ。


 そうこうしているうちに一二階まで来てしまった二人だが、ホテルの従業員によって来ることにした時に記した予定はここまでだ。ここから先、一二階で一体何をするのかだったりは全くもって計画していない。


 チーン……。


 ベルのような音が鳴ると、稔とラクトの前に固く閉ざされていた扉が開いた。途中階で止まらなかったのでスムーズに進んできたわけだが、ここに来て二人とも予定なんて無いことに気づいた。


 でも、だからといって恐れることはない。アドリブで切り抜けなければいけない時なんて幾らでもある。記した何かさえあれば咄嗟の危機に対応出来るなんて事は絶対にない訳で、それをどう活用するかが問われてくるのだから。


「――それで稔。これからどうするの?」

「まず抱きつくのを止めんか」

「あっ、ごめん。でも、手を繋ぐくらい……」

「デートじみてるが、まあいい」


 ラクトの精神状態を保つ為に稔が奉仕デートする必要なんて無い訳だが、稔の性格も影響して断ることなんて出来ない。「じみている」と彼はラクトに言った訳だが、ホテル従業員の提案に乗った時点で稔も悪い。


 でも、それも全ては結果でどうにかなればいい問題。「結果オーライ」と笑顔混じりに最後に言えたのなら、嫌々ながらのスタートだったとしても、それなりか当初の予定以上に楽しめたことになるのだから。


「……で、どうする?」

「景色を堪能したらどうだろう?」

「それいいね」


 リートから与えられた一時間の中で、稔とラクトはボン・クローネ市の上空を飛んでいた。けれど、それはそれでこれはこれ。ラクトに提案した稔の意見は否定されたりせず、すぐさま実行された。


「夜ならまた景色も変わるんだろうけど」

「じゃあ、深夜に開いてたら来ようよ」

「別にいいが――起きれるの?」


 稔はふっ、と少し笑い混じりにラクトをバカにして聞く。一方の聞かれた当人は特に怒ったりせず、顎下に人差し指を添えて言った。


「さっき寝たから、起きなくてもある程度頑張って起きてればいい!」

「くれぐれも身体を壊したり済んなよな」

「そっくり稔に返すよ、その言葉」


 そうして会話が続いていく中、稔もラクトも話に夢中でまっすぐを見て歩いたりはしなかった。だから障害物が何処にあるかなんて分かるはずもなく、稔はそれに太ももをぶっつけてしまった。


「痛っ……」


 稔がそう言ってその方向を見れば、そこには銀色のゴミ箱。光沢などが無いことから察するに、性質は金属では無いと考えられる。ただ、やはり流石はゴミ箱。ある程度の硬さは有った。


「バカだな」

「俺じゃなくてラクトが当たったら、パンチラ展開有ったかもしれないな、これ」

「そこまでドジする女じゃないと思うよ、私」

「そう?」


 稔は笑い混じりに言う。ただ、そんな馬鹿にしてくる稔に対して腹が立ってきたのでラクトがしかるべき対応を取る。左手は稔の右手に繋がれていたので、右手を稔の右頬を当てて押す。


「あー! またバカにしたなー!」


 そんな会話の後、稔とラクトは少し急ぎ目に前方方向へ向かう。ガラス窓の手前に全て木で作られた柵。ホテルのエレベーター二機はどちらとも出た所から前進するとガラス窓で、突き当たって左に曲がると更に通路が有る。稔とラクトが通ってきた道には人っ子一人居なかったのだが、まだ一二階に誰もいないと言えない。


「おおお……」


 とはいえまだ一二階の景色を堪能したわけではなかったので、まずは二人ともそこから始める。空を飛んだ時に見た景色とはまた違い、市街を見下ろしたり直線に山を見たりは出来ないが故の景色がそこにあった。


「でも私は、上空から見た景色のほうが好きかな」

「まあ、確かに分からなくもない」


 空を飛んでいると言っても、先程ボン・クローネ市内を飛んだ時の高度はそれなりに有った。高さ的には、たった一二階のホテルとは比べ物にならないところだ。


「でも俺は、現実世界に居たからかもしれんが、やっぱり建物の屋内から見たほうが好きだな」

「意外と食い違うね」

「お前もしかして、俺に合わせようとしてる?」

「してないよ」


 ラクトは笑顔混じりに言う。その後、見ている景色を変えるために二人とも左方向へ曲がる。と、曲がってみて直進した先には一人の少女の姿が有った。見覚えのない少女だが、一二階には稔とラクト以外の声が聞こえないから、その少女一人しか居ないと言える。


 稔もラクトもその少女一人しか一二階に居ないことを考えてしまうと、どうしても心臓の鼓動を早めさせてしまう。それは照れているからでなくて、驚いているからだ。一体少女がどのような存在で有るのかも分からないから、稔もラクトも話しかけずに進んでいきたかった。しかし、現実はどうなるか分からない。


「……」

「――」


 稔とラクトは同じ歩幅で歩くが、これまでと変わったりといったことはない。とりわけ変わったことをしなければ気にもならないと思ってやったのだが、二人とも少女に声を掛けられてしまった。


「一二階、来てしまいましたか――」

「ど、どういう……」

「このホテルは、第二次世界大戦争マギレンタが終わった際に調印が結ばれた場所です。そしてその際、敗戦国の中の多くの慰安婦の中から私は選ばれ、この場で殺されたのです」

「超展開で付いて行けないんだが……」


 稔は詳しい説明を求ても、少女は説明を拒んだ。そして、自らの欲望に駆られるように話を続けていく。


「私は七人の罪源(セットモータルシンズ)の一人、レヴィアタンです。言うならば、このホテルの一二階に生息する地縛霊とでも言いましょうか」


 言って、少女は稔とラクトの方向へ足を進めていった。

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