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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
二章 エルフィリア編Ⅱ  《Fighting in the country which was defeated.》
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2-2 駅の先の秘書

 改札口を抜け、ラクトや織桜がエイブに精神攻撃を受けた例のモニターを過ぎる。やがて駅舎を抜けて見えてくるのは、ボン・クローネ駅からまっすぐ伸びる一本道。景観上の理由から車は行き交っていないが、かわりに地下には列車――要は地下鉄が走っている。


『市役所が午後四時くらいをお知らせします。ピッ、ピッ、ピッ、ポーン……』


 駅を出て数分と経ってはいなかったその時、耳に不快感を示す音量の時報が流れた。


「音でけえな、おい」

「これは市役所側の設定ミスだろうな、きっと。まあ、普段はこんなもんじゃないから」

「本当かよ……」


 稔は呆れ顔を浮かべた。折角いい気分でリートの元へ帰れるかと思った矢先、このような洗礼と見て取れる仕打ちを受けたのである。ため息を付く稔だったが、そんな時に見覚えのある人を目の前に把握した。


「……稔くん。デートは楽しかったかな?」

「スディーラ……?」

「人の顔を忘れてしまったのかい、稔くんは。ひどい奴だ」

「すいませんね……」


 反省する色を見せていない稔だが、どうせ同年代である。一度話した間柄、年齢が違う織桜に対してだって敬語を使うことが少ない稔だから、同年代であるスディーラにはそれ以上安易に話せる。とはいえ、織桜とスディーラとでは、稔が親しくしてきているレベルが違う。一緒に居た時間も織桜の方が長い。


「まあ、謝る必要はないよ。――それはともかく。今日の宿は決まっていないはずだよね、稔くん?」

「そうだな」

「なら、早く駅舎に戻ろうか」

「……は?」


 稔は首を傾げてスディーラに聞き返す。命令に限りなく近いが、一応は呼びかけである。「やってほしい」ということであって、「やれ」ではない。それはそうとして、稔が聞き返したのはそんなスディーラの態度に苛立ったからではなく、単に理由が発せられていなかったためだった。


「折角出てきたってのに、何で戻らなくちゃいけねえんだよ? 嫌がらせか?」

「人様を最低な人間だと愚弄しやがって。僕はそんな酷い真似はしない主義だぞ。というより、そんなことがまかり通ってしまうのなら、アイス屋なんかやってられっか」

「それもそうだな。……で、理由は?」


 稔は少々強気な態度で出る。スディーラに対して何か因縁が有ったわけではなかったが、同じような年代の男に下に見られているような気分になっていたが故だった。名前に君付けというのは、少し侮辱されているような気もしたのだ。


(稔くんが理由を聞こうとしているくせに、僕に言わせないようにしたから言えないだけだろうが……)


 稔が強気な態度で出ている中、スディーラは逆の態度を取っていた。一理ある話を心の中で封印して話すことが無いようにすると、スディーラは稔の強気な態度に弱気な態度を見せる。


「地下鉄に乗車して、ホテルを目指そうと考えていたんだ。済まないな、理由を言うのが遅れて」

「別に大丈夫だ。あと、テレポートはこいつら含めてあと一人オッケーだからな。テレポート程度だったらホテルまで四人で転移出来るぞ。……それでも地下鉄を使うのなら、それも旅行みたいでいいけど」


 稔は強気な態度で出ていたのを止めた。理由を聞き出すためだけにしていたことだったから、している必要が無くなったのだ。そうして、謝ることが得意であったりする彼の本当の姿が浮かんでくる。一方で、そんな彼と同じような男がもう一人。そう、スディーラだ。


「――いや、早く移動できるのならテレポートで移動するよ」


 先程と同様に強気でなど向かってこないスディーラ。そんな中でラクトは、稔からもスディーラからも、男としての気迫や力強さ、そういったものが欠けていると思った。スディーラに関しては分からなかったが、稔には優しさや器の広さみたいなものがあるということ程度は知っていた。だが、やはり男らしさには力強さが欲しいと思うラクト。


「はあ……」


 ラクトは色々な事を考えてため息をついた。稔はそんなラクトの反応に特に敏感になっていたわけではなかったが、丁度会話が一段落終えたところであったから、耳によく入ってきた。


「どうしたんだよ、ため息なんかしてさ?」

「強気な態度で一時的に出たけど、結局止めたじゃん?」

「そうだね」

「もっと強気な態度とってよ。それだとなんだか、私が可哀想な主人の下に就いている召使に見えちゃう」


 ラクトは稔に要望する。自分の主人様として誇れないだとか、解釈のしようによってはそう聞こえる台詞だったが、稔は特に怒ったりしない。「そうか」と頷きながら、ラクトからの意見を取り入れようとしていた。


「でも、バトルじゃ弱気で居るほうがいいと思うぞ? 敵からすれば卑怯な奴だと思われるかもしれないけど、敢えて自分が弱いという雰囲気を漂わせておくことで、その敵がどんな奴かはわかると思う」

「そうかな?」

「ほら、例えば弱いものを徹底的に従わせるような奴とかさ。そういうのって、卑怯な奴だと俺らが言われたとしても結局は『おまえが言うな』じゃん。だから、その敵がどんな奴か把握できるってこと」

「なるほどね」


 稔の言っていることに理解を示すと、ラクトは首を上下に振った。


「ところで会話が続きそうなところ悪いんだが、早くホテルへと向かいたいんだ。リートを愛でている奴らがパーティーするらしくて、ちょこっと準備手伝って欲しいんだが……駄目か?」


 断りを入れた上で、稔に対して早くホテルへ向かいたいという意思をスディーラは示す。その上に稔たちに依頼をする訳だが、その依頼を茶化すように稔は言った。


「とかいって、どうせ終わってるパターンだろ?」

「残念だ。パーティー開始は夜七時だから終わってないんだな、これが」

「ちっ……」


 稔は舌打ちをした。この国で一瞬にして素晴らしい地位を手に入れたのはリートのおかげであったから、手伝わないのは彼女が可哀想だと思った一方で、少しくらい休憩する時間がほしい。もっとも、電車内での休憩が有った訳だが、戦闘で疲れた身体を治癒する時間がそれだけで足りるはずがない。


「自分が相当な体力を使ったみたいに言ってるところで悪いけど、織桜の方が休みたいと思ってるはずだよ?」

「そっ、それは……」


 稔が独り言のようなことを口から発せずに心の中で考えていたわけだが、ラクトの言っていたことが間違いというわけではなくて、稔はすぐに言い返すことが出来ない。二刀流をさせたのは何を隠そう稔で有るし、その時にはもう疲れていたはずの織桜。なのに、稔が言っている「治癒する時間が足らない」という事を訴えない。


 織桜から詳しい理由を聞いていないから、何故言わないのかなんて彼女以外は分からない。心を読めたりするくらいの魔法が無い限りは無理だ。使えない側からすれば、それが言ってもらえないということは理解できないに等しい。


「でも今、お前は『はず』って言ったよな? 確定情報じゃないんだろ?」

「愚弟は馬鹿だよな、ホント。ラクトになんか聞く前に私に聞けばいいというのに」


 織桜はそう言うと、稔の右肩を軽く叩いた。


「ラクトの言っていたことは間違いじゃない。休みたいのは確かだけど、休む時間なんか要らないよ」

「それでぶっ倒れたら困るんだけども、まあ当人がそう思ってるならいいや」


 稔は心配するようなこと言った。織桜が特に訴えようとしていないことを考えると、過度に心配するのもお節介焼き過ぎる奴だと思われそうだったので、そんなことを言いながらも心配はしないでおく。


「でもやっぱり、休む時間はどっかでとっておくべきだろ」


 地下鉄を使えばある程度の治癒する時間を確保することは出来るから、稔はそう言おうとする。だが具体的な提案になると長く話すことになりそうで、稔は話を飽きさせることに繋がると感じた。もちろんそんなことを望んでいないのであれば嫌々聞くことになるから、稔は具体案は示さない。


 稔は織桜からの反応がどうであるかを聞こうとしてそんな風に考えていた。しかし、聞こえた回答は望んでいた織桜からのものではなくて、スディーラからの補足的要素を含む回答だった。


「稔くん達が早く作業を終わらせれば、休む時間は設けられると思うぞ?」

「それって地下鉄使っても使わなくても一緒か?」

「今のは使わないパターンだ。使ったパターンは、休む時間を電車内に居る時間ってことにすればいいさ」


 一応は依頼者だから、「作業をサボる」なんていう選択肢を含んでの考えなど提示しない。人の目を盗んでまで休む時間を確保するなどという行為を織桜がしないだろうと、スディーラが強く思っていた為だ。


「それで、織桜の回答は?」

「だから、休む時間は要らないってば。それでもスディーラがある程度の休み時間を与えてくれるのなら、それに甘えることにするよ。なんか、未成年二人に心配される社会人ってのは情けない気もするけど」

「馬鹿だな。いくら金が有ったって、自分の身体が自由に動かなければ最大限に活かすことなんざ出来ねえだろうが。情けないとかそんなのはどうでもいいから、まず自由に身体を動かせるように考えろ、愚姉が」

「それもそうだね」


 一番情けないのは、自分が手本を見せようとして休む時間を削り、その上に倒れてしまうことだ。だから稔は、「年上だからって常識の範疇内であれば休むことが悪いわけではない」ということを強く訴えた。そしてそれは織桜の情けないという思いを突き動かし、一八〇度違う意見に変わる。


「……てか、休み時間に関してはその時に決めてもらえばいいじゃん。なんでここで悩むの?」


 ラクトが言うと、稔も織桜もスディーラも、みんながみんな黙りこんでしまった。

 ラクトは先のことを考えることを止めろと言いたいわけではなかったが、人が「心配するな」と言っていることを心配してまで長話するのは止めて欲しく思った。それは最初、堪えていたかった気持ちだったけれど、ラクトははちきれんばかりに膨らんでしまうその気持ちを抑えきれずに口から出してしまった。


「また黙り込む……。テレポートするなら早くすればいいじゃんか。こっちは長話聞かされて退屈してんだから」


 ラクトは後ろへ下がったりせず、強気で出たからにはひと通りの話を終えるまでは強気で貫く強い意志を持つ。それは説教に近いような話になってしまったが、その話は稔たちの行動に影響を強く与えてくれた。


「と、取り敢えず手を繋いでテレポートしよう。ラクトも短気じゃないのに怒ったわけだし」

「怒ったんじゃないよ。意思表示だよ、意思表示」

「そうなのか。なんか誤解してた」

「まあ、そういう風に受け取られるよね。でも大丈夫」


 自分に影響を受けて稔が怯え気味になっていた事を心の中を読んで把握すると、ラクトは弁解に努めた。弁解と言っても、自分に嘘をついて言葉巧みに弁解した訳ではない。単に台詞の解説のようなものを行っただけだ。


「……さっきお前が俺に強く出ろとか言ってたけど、実際バランスとれてるよな」

「唐突にどうしたの?」

「俺が弱気でお前が強気ってことで、俺らバランスとれてるよなってことを思っただけの単純な話」

「そういうことね」

 

 強く出たラクトもまた、稔のように一時的だった。稔にしてもラクトにしても、結局は優しい性格で、常日頃から強い態度を貫いていたりする訳じゃない。怒りっぽい声や態度をいつも振りまいているわけじゃないのだ。


「それでスディーラ。リートの泊まるホテルはなんてホテルなんだ?」

「『ホテル・ボンイン』だったっけな?」

「一文字抜かしただけでノーマルなホテルからエロい雰囲気出すようなホテルになるな、おい!」


 稔はツッコミを入れたが、スディーラは無視する。稔とスディーラは同年代とはいえ、それで何から何まで一緒というわけではない。だから、ツッコミを入れられてすぐに返せるか否かというところは異なっていた。けれど、主人が滑るのを見かねたラクトが返しに入る。


「何処を抜かすの?」


 ホテルの名前を聞いてテレポートを早くしようと思い立って稔は言ったのだが、逆効果だったことをため息混じりに思う。だがそのままに居るのはダメだと思い、小声で「わかってるくせに」と言ってから、テレポートの為の作業を始めた。


「取り敢えず、手を繋ごう」

「ホントこれ、しなくちゃいけないの面倒くさいよな」

「だな」


 稔の特別魔法を用いたテレポートを経験済みの織桜は、慣れたが故に思ったことを話した。ただスディーラは経験済みでは無いため、織桜がそう思う事に同感するはずない。むしろ経験済みではないからこそ、テレポートすることにわくわくしていた。


「てかスディーラ、意外と手がぷにぷにしてんな。男とは思えぬ肉付きだ」

「男にセクハラをする気か、稔くんは」

「そんな趣味はねーよ」


 握ったスディーラの手に関して少し駄弁ってから、最後にラクトが稔の服を掴んで数秒後、稔は魔法使用を宣言した。



『――テレポート、ボン・クローネ市内のホテル・ボンインへ――』



 

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