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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
一章 エルフィリア編Ⅰ 《Knowing another world and the country》
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1-91 一路、ボン・クローネへ Ⅲ

 来る時にマモンから色々と説明を受けたブリッジ・トゥ・バトルシップを渡る。黒色の艦船から出てきて白色の吊り橋。相対している色はクローネ・ポート駅サイドから来るときと逆の順番で現れたから、耳かきをしつつも何処か新しいような色使いに稔は見えた。


「そういえば、この橋って運用開始から何年か経過してるのか?」

「……」


 人名を呼称していない稔が悪いのは言うまでもないが、織桜は反応を示さない。剣道の道を進んではや二四歳の彼女は竹刀と竹刀の叩き合いのみならず、読書という静かな方面でも集中力を見せている。


「お、織桜さん……?」

「どうした。愚弟のくせに敬語なんか使って。耳かき疲れたんなら、私が変わるよ?」

「いや、そうじゃなくて――」


 稔は言いたいことを言おうとする。しかし織桜はそれをブロックする。でもそれは、別にブロックすることを楽しんだりしていたわけではない。当然ながら理由があった。


「運用開始からの年数だろ? ……聖徳太子並みじゃないが、私はそれなりの人数から話を聞き取れるぞ?」

「そうか。もしかして、アルティメットアドバイザーしてたから磨かれたのか?」

「いや、昔からこうだったよ。二人や三人程度ならお手の物ってのは昔から」


 織桜は誇るようにして口では言うが、外見を見渡せば胸を誇ることは出来ない彼女。当然それを言えば彼女は傷つくから稔は言わない。理由としては織桜から命令が下っていることが一つ有った。ただ一番大きな理由は、逆らおうものなら他を寄せ付けない剣の強さで襲ってくると考えたためであった。


「まあ、回答を述べよう。使用年数は確か二年だった気がするな。戦艦の中に駅があるなんて凄く珍しいことだって新聞でも大々的に報じられていたらしいよ。……まあ、どれもリート曰くの話だけど」

「あくまで自分が間違っていても責任は取らないと?」

「御名答!」

「はあ……」


 リートの責任と言っている織桜を記者会見での『王女殿下』等と発していた彼女と重ねてしまうと、どうしても何処か演じている疑惑が浮上しなくもない。もっともそれこそ、ボン・クローネ駅で彼女が言っていた『現実世界では声優だった』というところの理由になると言ってもいい訳だが。


「――で。稔はそれだけのために私の読書タイムを妨害したと?」

「聞きたくなったから聞こうとしただけだ。悪かった、妨害したと思ったのなら謝る」

「別にそんなことはどうでもいいよ。取り敢えずこんなことしている時間があったら読書したい気分だし」

「まあ、耳かきしてる側からしてもその方が助かるかな」


 集中力が上がるということもあって、稔は是非とも静かにして欲しかった。とはいえ、それには織桜も呆れ顔だ。


「人様に質問しておいて、どの口がそれを言う」

「すいません……」


 謝るような案件ではなかったが、織桜の言っていることは一利あった。質問がしたいという自分の欲求を押し通す形で質問したのは紛れも無く稔だ。なにしろ他人の耳掃除をしている状況下、いくら電車の揺れが有ったからと云々、それから戻ればいいはずなのにもかかわらず質問したのである。故に、集中力なんて最初しか無かったと言えなくもない。


「まあ、謝るような事じゃない。さ、集中力を取り戻すんだ」


 織桜は稔が反省の弁を述べているように聞き取れたがゆえ、「そこまでしなくても」という意を込めて励ましの言葉をやる。これまで剣道を極めてきた織桜は、『集中力』と切っても切れない関係を築いてきていた。だから、集中力が必要という場面には人一倍エールを送ってやりたくなるのも当然と言える。


(有難うな……)


 口頭での形式にするのはなんだか恥ずかしかったので、稔は内心で感謝の意を言うにとどめておいた。


(――さて。この女の子の耳も掃除してやんねえと)


 ブリッジ・トゥ・バトルシップを渡りきりそうになった頃だ。稔は右手に持っていた耳かきをまた強く握り直すとラクトの右耳に入れた。目を瞑っているから気持ちよくなっているのかは声などでしか分からないが、ラクトは声ではない方法でそれを示した。


「スリスリ、だと……?」


 快眠の証拠なのかどうかは不明だ。ただ、稔は快眠の証拠だと信じていたかった。それでラクトが「違う」と言えば元も子もない。けれど、やっていることを否定されるように前提として考えてしまうのはやる気の喪失に繋がりかねない。単に慈愛の心を持って行っている、いわばボランティア活動のようなものだったから、稔はやる気の喪失をとても大きいものと感じた。


(なんだこの可愛い生き物は……)


 スリスリしているのを悪いように捉えないようにすると、真っ先に稔の脳内ではそんな言葉が浮かぶ。稔の膝の辺りに丁度頬が来ている関係上、スリスリという単語は自然と頬ずりを表していた。いびきをかきはじめるわけでもなく、「うぅ」や「すぅ」と言った可愛らしい鼻息が聞こえるからこそ、「可愛い生き物」という言葉が確立されたのだ。


 しかし、そんなイチャラブ――否、慈愛の心を持った活動をしていた最中だった。スリスリとしていたラクトの耳かきをしていた稔にとっては悲しい知らせが届いてしまう。



『――クローネ・ポート、クローネ・ポートで御座います。降車ホームは三番線、三番線になります――』



 停車駅の知らせが言われた。たった数百メートルという僅かな区間を渡った先にもう駅が有ったのだ。

 耳かきなんてしている場合ではないことを察する稔だが、まだ右耳しか終わっていないことを思うと、自分の作業スペースを上げる必要があると感じた。結局、停車するまでに速度が遅くなってきている間、ブレーキが掛かるまで耳かきをしていようと考えるに稔は至る。


「傷つけない程度に頑張ろう」


 自分を励ますように小さく言葉を口から発すると、稔は耳かき棒で右耳に垢が無いかの最終確認をする。こういう時に綿棒が有ると至極便利であるのだが、織桜からまた貸してもらわなければならないところを考えてみると、稔は自然と躊躇いの気持ちを持った。


「無いな」


 そんなことを考えているのは心内だけだ。外見上ではしっかりと耳かきしているように、単調な作業を熟している様を見せているように思わせていた。耳垢が無いことを確認してから言ったその言葉も、熟しているように見せる一つの手段だった。


 そして稔が「さあ左耳も――」と取り掛かろうとした時だ。悲しいことに、そのやる気は列車の停車が到来したことによって壊されてしまった。続行しても良いが、流石に自らの召使を主人自ら傷つけるなど言語道断。ここまで関係を構築したのにと思えば尚更だ。


(ちっきしょう……)


 相当な怒りでなかった稔だが、あまりにも早過ぎる停車駅の到来には歯がゆい思いをしてしまった。また発車する時に多少の揺れが生じる可能性が有るために一時的に止めざるを得ない。それで傷つけたらダメだという、強い信念が有るためだ。


 しかし。稔は発車する際には笛が吹かれることを思い返すした瞬間、耳かき棒をラクトの左耳に入れてやった。織桜が読書の時間を大切にしたいように、稔はラクトの耳を掃除してやる時間を大切にしようと考える。


「あ……」


 しかしこの時、稔は初歩的なミスを犯していた。ラクトの右耳を掃除するために左半身を下にする形で横にしていたから左半身を上にしなければ左耳が掃除できない以上は反転させる必要が有る。普通ならスムーズに進ませていけるくらいの話なのだが、稔にはそれが壁となってしまった。


「――」


 稔は無心で何も考えないようにして、煩悩を立ち去った上での反転を行った。まるで何かの儀式のようであるが、稔は意図的に儀式化したのではない。そしてこの際、なおもラクトは気持ちよさそうに声を発する。


「すぅ……」


 動かしても起きないのは慎重にやっているからなのか、深い眠りについているからなのか、はたまたもう起きているからなのか。稔の中に疑問符が一秒毎に一つのペースで生産されていった。でも、心の中を読めたりしないから聞ける召使も精霊も居ない。だから、回答を求めたところで返ってくるはずがなかった。


(なんか、さっきより形がより分かりやすいんですが……)


 左右が逆さになり、胸の当たり方は変わらないんじゃないかと稔は思っていた。ただ、確かに左耳を上にした時と左耳を下にした時の胸の当たり方は違っている。稔は幾多の女性の胸の触り心地を把握しているわけではないが、ラクトに関しては言えたことだった。


「あ――」


 けれど、すぐに原因が分かった。左耳のターンになったことによって、動かされて手も付いてきていたのだ。これまでは手は胸と別に当たっていたのだが、今回左の胸の上を左手が通過しているために左胸を押す形になってしまっていた。そう、これが一番の原因だ。


(でも、本音的にはすごい美味しいからこのままにしておこう……)


 テーブルなどの隔たりはなかったから、織桜に気付かれる可能性が無いわけではなかった。けれど現在、彼女は読書に集中している。そういったことから、隔たりが有ろうがなかろうがバレないだろうと稔は感じた。けれどそれがフラグになれば意味は無いから、フラグ回収されてしまって自身の欲望が見えてしまうことも考えねばならず、稔は危険との隣合わせでの作業となった。


 しかしその際だ。稔がようやく左耳の耳かきが出来るとやる気を作り始めていたのにも関わらず、その笛吹きは来てしまった。列車発車の合図となるそれが来たことは、稔からすると「耳かき棒は耳の中に入れるべきでない」ということを言っているに相当する。


 ……ガタン。


 予想していた通りの車両の揺れ。集中力を読書に向けていた織桜は地蔵のように反応を見せはしなかったが、稔はエルダ駅同様に反応を示していた。地蔵とは対を成すような、言わば動物の本能にそれは近い。




(よし――)


 ある程度乗車した列車が加速してきたと思うと、稔は一度深呼吸を行う。その後、慎重な手作業をこれからするのだということを強く胸に刻むと、たわわに実ったラクトの二つの乳房という名の果実を堪能しながら作業を進めた。誰にもバレないよう、訪れたラッキータイムを無駄にするまいと堪能する。


(案外こっちは耳垢無いな……)


 耳かき棒を左耳に侵入させた時、ラクトは気持ちよさそうな声を上げなかった。入れて少し深く入ったところを探っていっても、なおかつラクトはそのような声を上げない。……だが、顔の表情を見れば我慢の表情を浮かべいた。


「全ての原因はこの我慢か……」


 ラクトが寝ている一方で、ラクトは気持ちよさそうな表情を我慢するラクトに独り言を掛けた。始めから独り言だと分かっていた織桜はそれをスルーしたが、唐突に独り言を喋り出すのにはびっくりしそうになった。


(本当に無さそう……だな)


 我慢している表情を可愛らしいと思いながら、稔は更に作業を進めていった。だが、進めても進めても垢は見えてこない。そしてそれが三回程度続いた時、稔はついに「終了」の判断を下した。一応顔面に隠れている器官の耳垢は取ったが、一方で器官が顔面から露呈している部分は掃除を終えていない。


 でも、それは綿棒で掃除をするべき場所だ。耳かき棒でして痛くはないだろうが、一応は皮膚である。ゴシゴシといくのは一つの手だが、やはり傷つけないで先のことを考えたほうがいいと、稔は耳かき棒で手をつけるには至らなかった。けれど、一応の処理はする。


(起きるかもしれないが――まあ、するしかないだろ)


 ラクトに対しての「耳かき棒で耳の皮膚を傷つけないように」という稔の思いを実現させるためには、掻きだしてある程度耳の皮膚に付着した耳垢を飛ばす必要が有った。耳垢を飛ばすために魔法を波動化させて使えば、特に支障なく吹き飛ばせるだろう。しかし稔にはそれが分からないため、工夫を凝らした上で耳垢を吹き飛ばす必要があった。


「ふぅぅぅ……」


 そこで稔がとった行動は、ラクトの両耳に対して息を吹きかけることだった。吹き飛ばすには持って来いとも言えるが、そんなことをして耳孔の中へと入ってしまうのは頂けない。だからその対策として、耳孔へと通ずる道を人差し指で封鎖してから息を吹きかけた。


「ひゃっ……」


 ラクトが驚きの余り声を上げてしまう。艶めきのある声では有るが、熱心に息を吹きかけている現在であっては、稔に対してそれほど大きなダメージを与えられたわけでもなかった。ただ、稔もそんな声が出ていることをある程度把握してきて、思う。


(何をやっているんだろうか、俺は……)


 不細工な俺がこんなことをしてしまっていいのだろうか、と稔は後悔の念を持つ。それだけに留まらず、ラクトの為になればとここまでしてきたのに、こんなことで後悔してしまう自分に慈愛の心なんて有るのか心配になっていく。


 しかし、やり始めたからには背を向ける訳にはいかない。ボランティア精神、慈愛の心の上で行ってきたことを否定しかねない事だったから、安易に決めてしまう訳にもいかなかった。


「ひんっ……」


 でも、スローペースで行っていくことに疑問を持って、稔は少しペースを早めて耳に息を吹き当てていく。人差し指の軽い蓋を設けて息を吹き当てていくと、やはりラクトは艶めきのある声を出す。


「よっ、よし――」


 いい眠りについてほしいからこれ以上の刺激は止めておこうと稔は思った。刺激は無いと無いで面白みがないが、今のままではラクトにとっても自分にとっても毒。そんなふうに考えると、自然に稔の口からは耳掃除を終了させるためのその言葉が発せられた。


「――なあ、織桜」

「召使の耳にキスをするかと思ったが、愚弟は寝込みを襲ったりはしないんだな。感心した」

「俺はどんな野獣だ!」


 織桜に話を持ちかけようとしたのは良かったが、稔は先程と同じようにまた話をすり替えられてしまう。先程と同様に心配に関しての会話になりかねたが、そこはツッコミを入れて稔が阻止する。


「それで?」

「なんで話をすり替えようとするんだ。――まあいい、取り敢えず質問させて欲しい」

「いいぞ、愚弟」


 織桜から言われると、稔はすぐに言い始める。


「ラクトがこうやって快眠を取っているのを見ると、俺も寝たくなってきたんだが……駄目か?」

「寝てもいいけど、ボン・クローネまで三〇分も程度だよ? 起きれる?」

「そっ、それは――」


 三〇分程度しか掛からないことに稔は口篭もってしまう。それをいいことに、織桜はさらに続けていった。


「まあ、寝てもいいよ。起きれる自信がなくても安心しな」

「それ、絶対にフラグにすんじゃねえぞ……」

「大丈夫、大丈夫」


 織桜は笑顔で軽く言った。


「じゃ、俺は寝るから頼むぞ」

「分かってる。だから早く寝ろ。時間ないぞ」


 織桜から言われると、稔は席の背もたれの部分に全身を預けるようにして目を瞑る。それから少しすると稔は電車の心地よい揺れに睡魔に襲われ、三〇分の仮眠と呼ぶべき眠りを開始した。

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