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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
一章 エルフィリア編Ⅰ 《Knowing another world and the country》
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1-90 一路、ボン・クローネへ Ⅱ

『――まもなく、ボン・クローネ駅発エルダ駅行き普通列車が到着致します。お客様はお手数ですが、安全確保の為に黄色い線の内側に移動をお願い致します――』


 そうアナウンスが入る。話している者の声は若干低めだが、気持ち悪いなどと訴えるようなレベルではない。


「色々あったけど、やっとボン・クローネに帰れるな」

「なんかもう、本拠地みたいになってるね」

「本拠地か。てかそれ、俺じゃなくてお前のことだろ」


 稔が話していた織桜にそう振ると、「何故バレたし」と言って反応を見せた。話し方としては、一語ごとに改行を入れているが、当然のごとくそれは『敢えて』やっているだけである。


「――そういえば、俺らって今日はボン・クローネ市内に泊まるんだよね?」

「そうなのかな? 私よく分かんない」

「……」


 黙り込む稔。「社会人のくせに頼れねえな」と言いたくなったが、心の中で抑える。しかしながら黙り込んだ事は影響が大きい。心の中で一体何を考えているのかという事の正確さが無いにしても、ある程度察するための材料として使えてしまう。


「求めていた回答と沿ってなくてごめんね。まあ、愚弟の言い分が正しいかもしれないし、それはそれでいいんじゃないかな? ボン・クローネに戻ってから王女殿――いや、リートに聞けば済む話だろうしね」

「聞けば問題ない、ってか。でも、リートって何処に居るんだっけ?」

「そこら辺はあの秘書さんが何とかすると思うよ。そうじゃないと、私も愚弟もホテルまで辿りつけない気が」


 織桜の中にも不安材料は有った。駅まで来たって、リートが何処に居るのか分からなければ「戻った」なんて言葉を使うのはおかしい。結局はリートからの指示で稔も織桜も動いていたから、ボン・クローネ駅に帰っただけでは駄目なのだ。


「でも、そんな難しいことは後で考えようよ。今はほら、電車が」

「それもそうか」

 

 一時保留にしておく形で会話は中断された。先程織桜の不安材料に触れたのだが、実際のところは稔にも不安材料が有った。


「なんで俺の方に倒れてるんだ。早すぎだろ、ラクト」

「眠いんだもん! 仕方ないじゃんか! 触手とかいう気持ち悪い物体に色々触られて、挙句の果てにパンツまで脱がされて、それで強制パンチラだぞ!」

「疲れた、と?」


 ラクトは吐き捨てていくように言っていこうとした。ただそれでは長文になって、列車が行ってしまうかもしれないと思ったので止めておく。敢えて単純に分かりやすい、首を上下に振る反応だけ取った。


「そういうことらしい」

「分かった。取り敢えず指定席取っておいたから行こうよ」

「分かった」


 稔は織桜から切符を貰っていた。ラクトもそうであるが、彼女の分は織桜が持っていることとした。紛失しそうだからということではない。寝る者に持たせておいて快眠させないよりかは、寝るものに持たせないで快眠を与えたほうが良いと思ったためだ。それは稔からラクトへの配慮である。


「……寝ちゃった?」

「――」


 電車に乗車する前だったが、ラクトが遂に目を閉じて睡眠を始めてしまった。涎などは垂らしたりしていないけれど、折角の服を汚されるのは嫌だった稔は、列車内で膝枕でもしてやろうと思った。


「さ、行くぞ」


 織桜から言われると、稔は彼女に付いて行く。特急列車とは謳っているが、結局は普通列車と車両数はあまり変わらない七両編成である。昼時ということで先程は女子専用列車が最後尾に有ったが、今度は無い。一五時台後半でまだ帰宅ラッシュ時という訳ではないから、別に配慮する必要がないだろうという判断である。


「二号車の五列目ね」

「おお、サンクス。切符見る時間なかったから助かるわ」


 前方方向に倒れてしまえばそこはコンクリートだから、頭を強打する可能性が十分にある。そのような事態にラクトが遭遇しそうな時、支えてやろうということで世話をしていた稔に見る時間なんて無かった。


「二号車は……ここだ!」


 特に人混みが有るようなわけでもなかったので、稔が捉えていた織桜の姿が見えなくなることはなかった。ラクトと比較すると身長は大体変わらない程度、即ち一六〇センチ前半の織桜だったが、特に支障はない。先程も余り人混みが有ったわけでもないが、これが朝とか夕方だとなると嫌気が差してしまうと稔は思った。


「まさかの自動ドアかよ!」


 織桜から遅れつつも、稔はラクトを睡眠状態にさせたまま二号車の乗降口まで到着した。来てみて一番最初に驚いたのはその設備だった。現在の時間帯は余り人が多く乗車しないというのにも関わらず、それには不釣り合いなくらいの設備がされていたのである。


「速い速度だから、それなりに安全面を考えられてるんじゃない?」

「なるほどな」


 織桜の予想が的中するかとは限らないが、稔はそれが本当であろうと信じた。特に興味が湧くわけでもなかったので、流す程度に考えたのだ。


「開けゴマ!」

「……普通に開くなら言わんでいいだろ」


 子供のような行動をする織桜。どうせ子供のような仕草をするならロリ声でも言えばいい、と稔は思う。しかしそんな声を読めるわけでもないから聞かれるはずもなくて、織桜が指定された座席の方へと稔を導いていけば稔はその方向に付いて行って、指定席に到着したらそこに座った。


 ラクトの配置に困ったが、考えていたとおり横に寝かせておくことにした。ただ、ガーターベルトを着用している上にスカートは短いということもあって、先程の怒り狂った様子を見ている限りは、通路側に頭を配置するべきだと考え、稔は通路側の座席に腰を下ろした。


「そういえば、指定席って言ってるくせに実際はブロックで販売されてるっぽい」

「へえ」

「一人、二人、四人、団体様(六名以上)って分けられてて、今回は四人分にしてあるから、くつろいでいいよ」

「ありがとう」


 稔は知らなかったことを一つ知ったが、結局電車で移動するような身ではないから将来的に役には立たないというのは言うまでもなかった。テレポートという魔法が使えるのだから、一瞬で迎える場所にわざわざ時間を掛けていく必要はない。


(しっかし、どうせなら耳かきでもしてやろうかな。膝枕してるだけだと色々と考えてしまう……)


 列車が出発するまではそれなりの時間が有った。その列車の乗務員が整備に関して確認を終えなければ出発できない以上、到着して乗り込んでから五分から一〇分の時間を見積もる必要がある。もちろんその程度の時間が有れば、稔が言っているような耳かきは容易にできる。


「織桜。耳かきの道具とか有る?」

「召使の為に頑張る主人とは珍しいな」


 織桜はそう言って顔では笑顔を浮かばせていた。ただ、取った行動はポケットから取り出したポーチを稔に渡すことだった。何が入っているかは稔に知らされなかったが、話を聞いていれば何が入っているかの検討は付く。


「――生理用品とか入ってないよな?」

「おいおい、それ聞く? ……ったく、これだから愚弟は。入ってないに決まってんじゃん」

「いや、ポーチだったからさ。男が見ても良いものと悪いものが有ると思ったから念のため」

「それは分からなくもないけど、ドストレートに聞くのは駄目だろ。常識的に考えろ」

「以後気をつけます……」


 稔は頭を下げて謝った。稔は配慮のつもりで言ったのだが、流石はあまり女性と会話していないだけある。結局のところはかつては良かったけど今はダメということで、それを稔は悔やんだ。とはいえ、悔みを自分の今後に繋げていければ特に心配することもないからと、稔は自らを悔やんだ後に励ました。


「よろしい」


 稔の内面なんて知らなかった織桜だが、台詞上では言っていたから返答を返す。


「耳かきは有ると思うんだけど、もし無かったらごめんね」

「いや、大丈夫。有った」

「ホント? ……んじゃ、それ返して」

「ほいよ」

「どうもー」


 耳かきだけ取ってもらって、織桜は自らのポーチをまたポケットの中に仕舞う。ポーチ内に入っていたのは生理用品などというものではなくて、街中で怪我をした時のための絆創膏や、美容に影響を及ぼす事を防ぐための日焼けクリームなどだった。今となってみれば、稔が先に開封すれば「生理用品?」などと聞く必要もなかったのだが、そこは彼の勇気が邪魔してしまった。


「さてと……」


 自分以外の人を耳かきすることに関して、稔は決して初体験というわけではなかった。小学校時代にお小遣いを貰う際、親孝行をしたら通常貰える額よりも増えるために盛んにやったのである。最近は反抗期ということもあって中々していなかったが、ラクトを前にしてその血が騒いだ。


 しかし、一つ問題が有った。


 耳かきの時、自分でする時は加減が付けやすいから立ってしても座ってしても問題はない。動きだって自分で制御できるから無問題だ。しかし、他人を耳かきする際は全くもって異なる。他人を立たせてやるのは無理ではないけど、横にさせた方が圧倒的にやりやすい。


 そこまでは普通の話なのだが、ラクトの場合は更に事情が追加される。膝枕の上にプラスし、横にさせて耳かきさせるということはある程度胸が当たることになる。小さければ可愛さくらいで刺激は収まるが、大きいと刺激は増える一方。特に思春期の稔には大ダメージだった。


「――」


 しかし稔は心に決める。「意識しなければいい、ただそれだけの話じゃないか」と思うに至ったのだ。性欲という欲求を払拭できるほど簡単に人は作られていないから、敢えてそれと共存する方向性にしたわけである。


「痛かったら言えよ? ……寝てるから言えんだろうが」


 織桜から貸してもらった耳かきを右手に持つと、稔はまずはラクトの右耳から掃除を始めることにした。


 本来、耳かき棒を入れるべきなのは大体深さ一センチ付近までだ。耳かきをしているとついつい奥に入れたくなる衝動に駆られるが、稔はそれに耐えて一センチまでしか入れなかった。


「すぅ。すぅぅ……」


 気持ちよさそうな吐息を漏らすラクト。耳の周囲には気持ちいいと感じる神経が有るから当然といえば当然である。とはいえ回数にしても深さにしても、やり過ぎるとかえって傷つける可能性も有るから加減が必要な訳だが――


(意外にこいつ、動かねえじゃん。寝てるとめちゃくちゃ静かなんだな……)


 ラクトは特に動いたりしなかった。耳かきをしている側としては、これほど素晴らしい境遇は無い。寝ている上に動かないというのは、やりやすいことこれ以上ない。


「あっ……」


 耳かきを進めていくうち、稔はラクトの耳の中に耳垢を見つけた。垢というと汚いイメージが有るからあまり女子に使いたくなかった稔だが、換えの言葉が見つからなかったから言い換えたりしなかった。


(耳垢が有ったけど、掃除はしてるっぽいな。サイズ小さいし)


 耳垢が有ったことは確かだったが、それは大きい訳ではなかった。ラクトは耳かきなんてしていなさそうな雰囲気を醸し出しているが、箸の持ち方とかがしっかりしているところなどから分かる通り、意外とマメな子なのだ。結果として稔は、耳かきはしていないことはなさそうだという結論に至った。


(駄目だ。この子の胸が柔らかすぎて反応せざるを得ない……)


 流石は巨乳女子。胸の柔らかさがイコールでサイズに影響する訳ではないが、どうしても膝枕していると胸が当たってしまうので、意識しないようにしたいと強く思っていても、意識という反応が出てしまった。


「はあ……」


 自分が反応してしまうことにため息をつく稔。ラクトが起きていれば励ましの言葉を貰えるかと思ったが、稔はラクトを寝かせておくことにした張本人。快眠を取ってほしいと言っていた稔がそんなことを言うものなら話が違ってくる。


(まあ、寝かせたら寝かせたなりに出来る事は有るだろうしな。特に悩む必要もないか……)


 あまり片方の耳に専念しているのも駄目だと思い、稔は早めに進めていきつつも残し垢が無いように努めた。快眠を取らせることは決定事項だから触れないでおこうとした稔だったが、考えてみれば列車はまだ発車していない。まだ発車する際に揺れる可能性があったので、耳かき中の稔は手を止めてアナウンスが入らないか待つ。


「……」


 言葉を発さないままに織桜の方を見る稔。見てみれば彼女はスマホを片手に読書をしていた。どんな本を読んでいるかを聞こうとしたが、稔はそんな方向へ流されない。まずはアナウンスを聞くことに専念した。



『――お客様にご連絡致します。当列車は七両編成で御座います。トイレは奇数号車、自販機は偶数号車、喫煙所は七号車に存在しておりますので、お間違えの無いようにご注意下さいませ――』



 アナウンスが入ると、稔はストップした右手の先の耳かき棒をラクトの耳から離した。揺れると危ないためだ。アナウンスの間にその作業を行ったのだが、丁度稔が離すとすぐにアナウンスが再開された。



『――当列車はエルダ駅を出発致しますと、クローネ・ポート駅停車後、ボン・クローネ駅まで止まらずに運行致します。本日は事件の発生によって運行ダイヤが乱れおり、ボン・クローネ到着後は王都中央駅行となります。何卒ご理解とご協力をお願い申し上げます――』



 長い文章が読み上げられた後、アナウンスが終わった。そして一号車の方から笛の吹く音が聞こえ、特急列車は一路ボン・クローネへと走って行く。走りだす際に、稔心配していた「電車が揺れること」が微弱ながらも起きてしまい、「耳の中に耳かき棒を入れておかずに正解だった」と稔は思った。


 走りだして数秒後、稔は即座に作業を再開した。耳かき程度で疲れたりはしないが、人の為にやっていることを考えるとつい慎重になってしまい、稔は自然と疲れてきた。

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