1-89 一路、ボン・クローネへ Ⅰ
「貴台の申していることは間違っている。我はガキではない」
「紫姫の言うとおり。私たちは精神年齢も身体的な年齢――あ、これは私のほうが上……」
「貴女は本当に嫌味しか言わないのか。これだからサキュバスは」
稔が止めに入ったのは確かだったが、それを聞いてくれるはずもなく。もう少し召使らしい行動や精霊らしい行動を取ってほしいと思いながらも、一つの決めたことだけしか出来ないよりかは多くのことをしてくれた方が良いと思いつつ。稔は複雑な心境だった。
「本当にこいつらは……」
そんなところへ織桜がそう言って会話に加わる。呆れたような言い様だが、稔も同じように思っていたので同調した。とはいえ召使と精霊は共に稔を主人としているから、本来は彼が止めに入るべきだ。でも、「どうせ聞いてくれないんだろうな、この状況じゃ」と諦めモードだった為に、稔は強く言ったりはしなかった。
「ラクトも紫姫も、あんまり口喧嘩してると愚弟に迷惑が掛かるから止めてあげな」
「貴女の言い分は実に的を当てている。把握した」
「お前、どの口でそれを言う!」
織桜にツッコミを入れられると、紫姫は「すまない」と一言言った。反省の色が窺えるが、更なる反省を示すために彼女は行動を取る。しかし口では「反省のため」等とは言わない。
「ラクトと言い争って疲れてしまった。石の中に戻らせてもらうぞ、アメジスト」
「お、おう……」
突然の許可申請に驚きつつも、稔は認めた。
「……で、ラクトから反省は?」
「ちょっと気が動転したというか……」
「言い訳か。よし――」
織桜が何かを企んでいることにラクトは気づいた。
「稔。取り敢えずはある程度離れた距離に居てくれ」
「えっと――」
「早く!」
織桜から急かされると特に反論する理由も思いつかず、稔は言われた通りに動いた。ラクトは織桜の心の中を読もうと頑張りたいと思う気持ちもあったが、これが償いならそれはするべきではないと思う。
「なっ――」
だが、される側からすれば事前に防ぎたい気持ちが強くなるもの。そうならないのは正真正銘のマゾヒストと言ってもいいくらいだ。故にラクトも事前に防ぐ術を知りたくて織桜の心を読んだのだが、考えられていたことは実に変態的な話だった。
「愚弟、よく見ておけよ。お前の召使がお姉さんに犯される姿をな!」
「それってどうい――」
「こういうことだよッ!」
織桜はそう言うと、内心で魔法の使用を宣言する。折角バトルが終わったというのに魔法を使うというのは「何かのトレーニングか?」と思えることだが、織桜の実施したトレーニングは嫌がらせであった。
「きゃああああ!」
心内で告げられた魔法使用宣言と共に、ラクトの悲鳴が聞こえた。織桜を中心として小さな風が発生し、ラクトの履いていたスカートを揺らしたのである。織桜は風が発生したからといってパンチラの被害に合うような服装ではなかったために被害はなかったが、ラクトは被害が大有りだった。
「見るなっ! 見るなあああっ!」
ラクトはスカートの前方を必死で抑えようとする。しかし風はどんどん強くなる一方だ。稔も召使に言われて目線を避けようとするも、風によって大きな胸の部分の服のシワが揺れているために目線が向かってしまう。
(済まない、こんな主人で――)
謝りつつも目線を違う方向へ定めなられない稔は、悲しげな表情を浮かべた。対して織桜は喜ぶ。自分が行っている裁きにラクトが逆らえない今、織桜はとても喜んでいた。巨乳に対しての強い妬みが放たれているためだ。
二分後。カーマイン属性というわけでもないから、これ以上の続行はラクトが風邪を引いてしまいかねないだろうと思い、織桜も加減を効かせて止めた。やりおえた織桜の中の妬みは消えたのだが、ラクトの中には織桜に対しての強い苛立ちが生まれてしまう。
「反省してないのは演技だよ、馬鹿!」
風が止み終わってもまだスカートがしっかりと隠すべき場所を隠しきれていなかったため、ラクトの手はスカートの布の上に有った。そんな作業をしながら彼女はそう言ったのだが、いつものラクトとは様子が違う。
「こっ、こういうのじゃ怒らないと思ったんだけど……」
「怒るに決まってんじゃん。後で反省していることを態度で示そうとしたのに台無しだよ」
「すいません……」
稔とラクトが一番最初に出会った場面を目撃していたわけではない。しかしながら織桜は、ラクトがサキュバスだということもあって、パンチラには耐久が有るのではないかと思っていた。けれどそれは大きな間違いで、彼女も恥の心を持った一人の女の子なんだと認識する。
「……まあ、分かってくれたならいいよ」
ラクトも嫌な気持ちになってはいたが、織桜からの謝罪には気持ちがこもっていているということに気づいたために許すことにした。なにせ、何をされるかはラクトも知っていたから防げたと言えなくもないことで、「償いなら」と思ってしまったのが仇となった結果だからだ。
「それと、稔」
「は、はい!」
「稔に対しての好感度が下がったんだけど」
「……」
稔が織桜の取った行動を止めなかったことに対して、ラクトは相当な焦燥な気持ちを抱えてしまった。男を嫌っている気持ちは前から変わってはいなかったのだが、そこに信頼している一人の青年を追加しようか悩むくらいだ。
「パンツ穿いてない女の子がパンチラ状態になったら、男は誰だってそれを見るの!」
「性欲の塊め……」
「こっ、この件は今後償うから! ……なっ、なんでもするから嫌わないでくれ!」
「……ん?」
ラクトは稔が一番信用している召使だった。召喚陣に戻ることが出来ない以上は親しくなるのが自然の理な訳だが、そんな彼女から信頼を失うのは絶対やってはいけないと稔もすぐに思った。稔の性格上、ラクト以外の召使でも同じ気持ちが働くのは言うまでもない。でも、そんな中でもラクトは特別だった。
「なんでもする……か」
「いやっ、そのっ、今のは言葉の綾というか――」
「嫌うよ?」
「くっ……」
心の中を読まれている以上は逆らうことなど不可能だ。稔もそんなのよく分かっていた。けれど、「なんでもするから」という台詞は非常に危険である。「あんなことやこんなことまで全てやります」という意味に捉えられかねないからだ。
早急に撤回したい気持ちになる稔だったが、そんな弱みを握られてしまえば抗うことなど不可能だ。完全に召使に話をリードされてしまっており、主人としての威厳を保つことが精一杯とも言える状態に成ることも考えられる以上、撤回なんて考えられない。
「でも安心していいよ。サキュバスだからってエッチな事を要望するって偏見持ってほしくないし」
「ラクト、お前って奴は……」
稔が言った刹那だ。ホッとした気分になる稔に対し、蹴りの台詞が放たれる。
「――なんて言うと思った?」
「えっ……」
稔は首を左右に振る。このままでは貞操はおろか、威厳まで奪われてしまうと確信したのだ。
「――嘘だよ」
「どっちだよ!」
ただ、稔の内心で確信された情報が嘘であるとラクトは言う。重要で聞き逃すことはヤってはならないような話の場合、相手サイドの話が二転三転すればどちらが本当なのか聞きたくなるのが普通だ。だから当然の如く稔もそれを聞く。
「嘘ってのが正解だよ。あと、今の稔の絶望した表情は素晴らしいね」
「更に弱みを握られてしまっただと……?」
「稔は馬鹿か。親しい関係になるってことは、互いに弱みを握り合うってことだろうに」
「名言だなぁ……」
弱みを握り合った上に親しい関係が構築されると言いたかったラクト。でも、そんな気持ちを知ってはいない稔が馬鹿にするようにそう言ってしまった。そして、そんな稔をラクトが非難する。
「茶化すの止めようよ」
「悪いな。茶化さないと耐えられないってか」
「てっめえ……」
ラクトは自身の言ったことが聞くに堪えない話であるという意味で言われたと思った。けれどそれは違った。稔の内心を読んでみた時、ラクトが思い込んでいたそれが間違いであったと気付かされたためだ。
「へえ。聞くに堪えないんじゃなくて、聞いていると共感しそうだから茶化したのか」
「お、思っていることをそのまま口に出しやがった!」
「嫌だった?」
「別に。恥ずかしがるような内容じゃないし」
そんな会話を稔とラクトがしている中で、一人だけハブられていると感じた織桜が内心で思う。
(早くパンツ穿けよ、ラクト……)
織桜はパンツをラクトが穿いていないということを承知だった。それで償いという意味で風を起こしてまで二分間の羞恥プレイを決行したのだ。けれどそんなことをしてしまえばラクトだとしても怒られてしまうことがわかり、原因の種を潰すために織桜は思った。
織桜が思っていたとしても、ラクトは心を常時読んでいられる召使という訳ではない。だから、ある程度期間が開くのが普通なのだ。秒単位の可能性も分単位、時単位の場合も当然考えられる。
今は稔との話にラクトが夢中だったので『秒』でなくて『分』の単位になるかと思った織桜だったが、そんな彼女に良い知らせが届いた。
「悪い。稔、ちょっと眠って」
「なんで眠る必要があるの?」
「パンツ穿くんだよ! 前世はサキュバスだけど、私に恥部を露出する趣味なんてないの!」
稔が質問してきた事に苛立ちを覚えて露わにしたラクトは、言いつつ魔法を使った。「入眠」と言った刹那に稔がその場に膝をつく。顔面が床に強打すると大変な事態になることが考えられたためにその辺はラクトも気を遣い、ゆっくりと支えながらうつ伏せにさせることにした。
「ふう……」
うつ伏せにさせた後、落胆の息を漏らすラクト。先程は攻撃してきた織桜も反省してくれていたので、別に眠らせる必要もないと思って魔法を使って眠らせたりはしなかった。なにしろ彼女は同性だ。稔は主人とはいえ異性だから見てはいけないと思っていたから眠らせたが、同性にそんなことを言えない。
「パンツは誰に貰われたんだろ」
「貰われたってか、触手に喰われたんじゃない?」
「嫌なこというな、おい」
織桜による「触手に喰われた」という表現はどうかと思ったラクトだが、的確とも不正解な話とも言えないので、可能性はゼロではないという結論に至った。ただ、一つ言えることはアスモデウス陣営に貰われた可能性が高いということだ。
あの場に立ち会った者の中じゃ、稔も織桜もそんなことをする時間が有ったとは考えづらく、紫姫だって近くに居たし、ヘルやスルトだって近くに居た。一番可能性が高いのはアスモデウスか弓弦と言えるが、やはりそれは断定できない。だからラクトは考えこむ事をそこで止めた。
「――」
ラクトは自らの特別魔法で自分用のパンツを作るとそれを穿く。当然ながら織桜は、それをシャッターを切ったりして写真に収めたりしなかった。先程のあれは償いという名目が有ったからの手法であり、本来の織桜はそんなことする女性ではない。
(ガーターベルト……)
どうせ変えるのなら挑発的にしてやろうかと思い、ラクトは追加でガーターベルトも穿くことにした。知能は特に劣ったりはしていないのだが、そこら辺はサキュバスだった前世を思い起こさせる。
「――入眠、解除――」
あまり長い間寝かせておくのは、特別魔法に衣服を変更する能力を持っている者としては情けない。ガーターベルトが追加されたが急ぎ目に穿き終え、言ってラクトは稔を起こしてあげた。
「……ん?」
「寝て起きて早々パンチラか?」
「ちっ、違っ――」
うつ伏せで寝かされていた稔は、起き上がろうとした時にきょろきょろと左右を見た。ただ、左右を見ても何ら変哲はなく、唯一変わっていたのはラクトの穿いていた下着だったから、ついそこに目がいってしまった。
通常の下着で有れば、スカートやズボンと言ったもので隠れるから心配ない。スカートの場合は風で見えてしまうことも有るが、やはり風が吹かなければ見える心配はない。
でもガーターベルトを着用している場合は、どうしても太ももにラインが一つ追加されてしまう。それを「パンチラ」と受け取るかどうかは着用者によるが、見た側からすればそんな風に言われる筋合いはない話だ。
稔を擁護するつもりは無かったが、ラクトは稔が見ていないと主張している気持ちに同調して話す。
「まあ、私が故意で追加着用しただけだしね。稔はパンチラなんて思う必要ないから」
「お、おう……」
女の子が堂々と『パンチラ』と言っているところを見ると、先程の嫌がっているラクトが演技していたかのように思えてしまう稔。でも、あれが本当のラクトである。嫌な時だって当然ながら有るのだ。
「てか、ラクトはガーターベルト着用でこれから過ごす気か?」
「当然だよ。……もしかして稔、ガーターベルトを着けた女子を嫌ってた?」
「ぶっちゃけ俺、絶対領域に反応するような奴なんで、ガーターとか神です」
「ほう……」
無駄な性癖の披露に呆れ顔を浮かばせる織桜。でもそれが普通の反応だ。一方でラクトは、そんな性癖の披露に顎の下で人差し指を当てると顔をほころばした。
「私は召使だし、たまにはそういった方面に魔法を有効活用するのも有りだと思うよ」
「なら、コスプレ鑑賞会でもするか」
「それは悪用だろ」
そんなツッコミが飛んでくると、稔は舌を出す仕草をした。ただ、それは可愛い女子がやるからいいのであって、稔のような者がやっても意味は無い。むしろ気持ち悪がられるだけだ。
「ごめん。正直それは無理」
「絶対領域とかの話では興味深そうに聞いてたくせにダメなのか」
「うん」
ラクトは言って首を上下に振った。と、そこへ織桜が割って入る。
「あんまりイチャつくな愚弟たち。……で、これから写真撮影なんだけど」
「忘れてた!」
「――ったく。取り敢えずは軍用機を撮影すればいいんだよね?」
「資料になるだろうし、いいんじゃない?」
「んじゃ、違ってたら愚弟のせいで」
「アンタ社会人だろ!」
稔がツッコミを入れると、つい数秒前にラクトが気持ち悪がった仕草を織桜がした。口から舌を出す仕草である。社会人や貧乳といえど、織桜がブサイクというわけではない。だからその仕草には可愛さがあった。
「まあまあ、そう気にするなっての」
稔の左肩をトン、と優しく叩く織桜。そして彼女はすぐ、自身が持っているスマホで写真の撮影を始めた。エルフィリアにスマホが無いわけではないから使っているのが珍しい訳ではなかったけれど、平然と取り出されると稔は驚いてしまった。
「――」
無言で織桜は写真撮影を行っていき、ありとあらゆる角度から軍用機を撮影する。一方で稔とラクトは何もすることがない。そこで織桜に任せずに行動するべきだろうと稔は考えたが、ラクトが疲れ気味だったので休ませることにした。召喚陣に戻ることが出来ない以上、自然治癒で回復させるしかない。
「電車まだかな……」
「休みたいのか?」
「まあね。『電車でボン・クローネに戻るのなら、是非とも寝かして頂きたい』ってことだね」
「俺的にはテレポートで戻りたいんだが」
稔は言った。ラクトは自分を寝かせてくれないのには何か理由があると思い、稔の心を中を覗いた。そして、稔が考えていたことに対しての回答を口から発する。
「別に変なことはしないのに」
「凄くしそうなんだけど」
「酷い評価だ」
ムスッとした表情をラクトは見せた。そんなふうなやり取りをしていると、織桜も写真撮影を終えていた。彼女はテレポートを使って移動したりした訳ではないのだが、流石は軍用機系に興味があるだけある。
「そういえば織桜。帰りの手段ってリートから指定されてないよな?」
「されてないね。どうかした?」
「いや、ラクトが寝たいとか言ってて……」
「そうか。まあ、取り敢えず駅に言って特急があったらそれで帰ればいいさ。無ければテレポートで帰ろう」
「特急なら少ない時間で帰れるし、寝かせられるってことで一石二鳥だね」
「そうだな」
稔は織桜とそんな会話を交わすと、ラクトも連れてエルダ駅へと向かった。特急列車を確認してみれば数分後に発車することがわかり、即座に切符を購入して三人は待機した。




