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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
一章 エルフィリア編Ⅰ 《Knowing another world and the country》
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1-7 インキュバス

「やめろっ! アホかっ! ひゃぅっ!」

「ご主人様、女の子みたいで可愛いなぁ。ふふ――」

「やめろっ! ……つか、サキュバスとヴァンパイアの娘だけあって、離れられ――ひゃぅんっ!」


 貞操が、危ない。建前と本音。そんなことはしている側にいるラクトだって理解している。建前上は「触るな」だが、本音は「触ってくださいお願いします」なのである。ただ、ラクトはそんな稔を『気持ち悪い』だとか、そういうふうには思わなかった。


 いくら召使だとはいえども、彼女は悪魔――つまり元々の種族は『魔族』だったわけだ。エルフィリアもエルダレアも、そもそもマドーロムは国交という概念がないわけじゃない。でも、やはり自国で他の種族を見るのは至極珍しいことなのである。エルフィートを除いては。


 勿論、異世界から来た童貞みのるにもそれは通用する。そもそも、魔族は結構属性の影響を受けやすい。五属性全てに言えることだ。だが、それ以上に言えることが有る。それは、『好き嫌いが激しい』ということだ。つまりそれは、『浮き沈みが激しい』ということでもある。


 なにしろ、これまでのラクトの態度を見ればそれはよく分かる。稔に対しては結構好意的というか、誘惑的というか、エロさを存分に出して自分をアピールしているというか、酷く言えば『自身の身体を売っている』ように見える。


 だが、ラクトがリートに示している態度はそれほど積極的な態度ではない。それが、『好き嫌いが激しい』ということの根拠である。一方で、浮き沈みが激しいところはまだ稔も見ていないので何も言えない。


「――ど、どこ触ってるんだよ!」

「お腹の下部かな」

「抱きつくなら、普通触れるのはそこじゃないだろ!」

「じゃあ、ここかい?」

「ひゃんっ――」


 『ここですか』という台詞を発しながら、ラクトはニヤニヤしていた。触った場所は腹部の下部から上部の方向へと移動した所、そこは即ち『ち』から始まるあれである。


「ここは、なんて言うんですか?」

「おまっ――」


 サキュバスの娘は、羞恥プレイがお好みのようである。一方の稔はため息を付いた。「この女を侮ってはいけない」と思いながらである。


 助けたほうが先では有るが、それでもこんなことをしても尚、主人のことは守りぬいているその姿は、やはり軽蔑の対象とはいえないだろう。いくら、このサキュバスが変態だとはいえ、中々軽蔑できない。

 

「い、言わせんなよな! つか、そういうのは普通俺じゃなくて、お前が――」

「ちっ、しゃーねーな」

「べっ、別に言えって行ったわけじゃ――」

「はいはい、乳首乳首。乳首のてっぺんをそわそわしてたんだよね」

「……」


 その凄さは圧巻だった。エロ用語、というわけではない。医学用語ではあるし、放送禁止用語というわけでもない。ただ、女子がそんなことを言っていいのだろうか。差別だとか、そういう話ではない。羞恥心的な意味でだ。


 稔が心配そうにして溜息を付く裏で、ラクトは話を続けた。


「抓ろうと思ったけど、可愛そうだったから――」

「お前はサディストなのか? エスなのか?」

「うーん、よくわからない」

「そうですか、そうですか。――お前さんはエスだ。お前さんは、何も思わぬままに人を調教しようとしている」

「調教なんてサキュバスの仕事じゃないよ! それは、私の仕事じゃない!」

「じゃあ、どういう仕事してたんだよ?」

「うんとね……」


 少々考えこむラクトだったが、そのうちに高度はどんどんと下がっていく。ラクトが何かを考えている様子は、まるで稔を虐めているようにも思える。なにせ、一〇秒経ったとしても口を開かないのだ。下にリートが待っていることも考えていることを前提として考えると、やはりラクトの様子はおかしい。


「早く答えろや。不時着する」

「大丈夫だっつの。なめんなよ、悪魔を」

「えっ――」

「ご主人様に攻撃的になるのは、愛情表現なんだからな!」

「そ、そうなのか?」

「あと。仕事ってのは、俗に言う『夜のお仕事』。色んな人を相手してたね」

「ツンデレっぽい言葉の後に一八禁はあかんて……」


 俗にいうキャラ崩壊。でも、リートが言ったらキャラ崩壊かもしれないが、ラクトが言うと、不思議なことに『キャラ崩壊』には見えない。とはいえ、素のキャラではなく、作っているキャラが崩壊したということは言えるだろう。


「『男』って括りじゃないよ。『雄』って生物全般だよ」

「風俗嬢か?」

「似ているけど、それは違うね。あくまで、サキュバスの任務は快感を与えることじゃない」

「なんか、凄く危ない方向に向かっているような気が――」

「心配しなくて大丈夫だよ。オブラートに包むから」

「……」

「まあそれで、サキュバスの任務ってのはね――」


 ラクトはまた間をとる。なおも降下は止まらないが、でも、なんだかんだいって降りるスピードは遅くなっているのは実感できた。でも、それは決して『重力に逆らっている』という訳ではなく、飛行機が簡単に着陸できない時――だけでないが、空港周辺を回るような感じに酷似していた。


 そして、稔が次第に状況をつかんでいく中で、ついにラクトがサキュバスの任務――否、仕事について教えてくれた。


「サキュバスの仕事ってのは、男を騙して殺すこと、だよ」

「なっ――」

「あっ、大丈夫っ! 怖がんないで。もう、そういうのはやらないって決めたから――」


 言葉の裏には、何か悲しい過去が窺えそうだった。でも、稔はそれ以上は聞かなかった。なにしろ、抱きつかれている今、悪い気はしない。いくらこのサキュバスの娘が男を殺しにかかろうとしたとしても、自分を殺しにかかろうとしたとしても、恐らく最後の一手は出せないはずだと、そう稔は思った。誓ってなくてもそう思った。否、そう信じたいと思った。彼女に賭けたかった。


 魔族デビルルドだからとか、隷族エルフィートだからとか、そんなくだらないことは捨てて、ただ単純に、彼女を信じたかった。彼女に懸けたかった。


「――まあ、恐らくご主人様がこういった感触を感じられるのはほんの少しだろうから、当てておいてあげるね。サービスサービス、って話だよ」

「まあ、お前胸でかいしな。それに、俺がこんなムチムチした人にであるはずがないだろうしな」

「流石、自分の汚点を見つめられる人は違うね」

「ひどいなおい……」


 酷い言いようだ、ということは誰しもが思うだろうが、それが個性というものである。うざいだとか、そういう感情を抱かないわけではないが、「個性」と思えば、多少のことでキレたり、うざいと思ったり、そういうことはしないだろう。


 稔は、「自分の汚点」という言葉が何を指しているのか、大体分かっていた。自分の汚点、即ちそれは『運動不足』『彼女いない歴イコール年齢』『童貞』『喪男』――。ざっと、そんなもんだろう。挙げられれば挙げられるほど、心がどんどん鬱になっていくのは言うまでもない。けど、それでも挙げておくとスッキリしすることだって有る。


 でも、スッキリする時は、大抵開き直っている。「俺はこういう人間だ」だとか、そんな感じで言って、開き直っているのだ。


「ところで、ラクト。お前は『サキュバス』の仕事は、『男を騙して殺すこと』と言ったが、逆も居るのか?」

「ああ、居るよ。私の幼なじみのことでしょ?」

「おっ、幼なじみだと!」

「羨ましいんだぁ、うーれうーれ」

「こいつ――」


 左手ではしっかりと稔を抱き寄せながら、ラクトは一方の右手で稔の頬をつんつん、と押す。子供扱いしてほしくない稔はもちろんそれに怒ったが、「幼なじみ」という一単語を思い出した瞬間に、ついにブチ切れた。


「クソッ! 幼なじみがいるなんて、勝ち組なんだよっ! 俺にはそんな奴居なかったんだよっ!」

「勝ち組、か。――でも、幼なじみが居たっていっても、あいつ屑だったし」

「……どういうことだ?」


 首を傾げ、聞きたそげな顔をラクトに見せると、ラクトは話したく無さそうな表情を一時的に抑え、笑みを浮かべて話しだした。ラクトの心のなかには、「言いたくない」「語りたくない」「話したくない」「知られたくない」、そんな言葉が連なっていた。いくら、ご主人様だといっても、そういうのを気軽に話せるようではなかったのだ。


「私の幼なじみはさ、『インキュバス』って言うんだよ。しかも、あいつはもう家系がやばかった。父親はインキュバス、母親はサキュバス。そして、父親も母親も前科持ちだった。だから、父親は母親が子を授かった後に去勢済み。母親も、出産後すぐに去勢された」

「でも、父が去勢済みって子供出来なくない……か?」

「子供を授かった後って言ったんだけど――まあ、他に理由があるけどさ」


 話を聞いていたにも関わらずの質問に、ラクトはそう言った。稔は内心で「やらかしたな」と思ったが、気を取り直して続けて会話を続ける。


「もしかして、人工授精――か?」

「そうだね。しかも、体外」

「体外って成功率――」


 稔は知識として脳裏に有ったことを会話に混ぜたが、ラクトにバカにされる。


「ご主人様はバカか。サキュバスもインキュバスも、どっちも誘惑する奴らだろ。それに、別にそこまで成功率低くないから」

「あっ――」

「求める回数が増えれば、生まれる可能性も増える。それが答えだ。そして、魔力というチートもある」


 インキュバス、というサキュバスの娘、ラクトの幼なじみの話を聞いていた稔は、自分が会話の中で述べていたことの中に、科学的根拠の無いものであるとか、この世界の事を意識していない――もとい、認識していないということがところどころ見つかったため、そういうことが浮き彫りになるような感じになった。


「インキュバスは、私の母親を妊娠させた。一〇歳という低年齢でね。かつ、インキュバス自身の義理の姉も妊娠させやがった。あいつの周囲で生き残ったのは私だけ」


 稔は「ひどい話だ。こんなのが実話なんて」と思ったが、ラクトの話し様を見てしまっては、これが作り話であるとは考え難いと感じた。


「信じられなかった。あいつ、妊娠させて『中絶しろよ』とか平気で言うんだぜ? 自分が責任取れないからって、何の償いも出来ないまま逃げたんだぜ?」

「そ、それは酷いな……」


 ラクトは、「だろ?」と言って言葉を挟んでから話を続けた。


「あいつには『雌』なんてものは見えてないんだよ。目の前に自分と違う性別のやつが居たとしたら、そいつは『雌』じゃない。『生む機械』『孕ませる機械』。ただそれでしかないんだ」

「なんて話だ。狂ってやがる」


 稔が首を左右に振って理解し難いことを示すと、ラクトは更にこう続く。


「男からしたら、そういう風に扱われる辛さはわからないさ。『所詮は空想でしかないんだろ?』って聞いた瞬間には呆れた。『男ってクズしか居ないんだな』って思った。この世界の全ての雄を消し去って、平和な世を築こうと思って運動を始めた。デモみたいなやつをね」


 長い台詞だったが、稔は頷きながら他の場所へ耳を傾けたりはしなかった。その一方でラクトは聞いてくれていることを理解出来、悲しげな声で続ける。


「そしたら、殺された」

「んで、転生か――」

「そう。それで、稔に出会った」


 壮絶な人生をラクトは語った。だが、まだ話は終わっていなかった。それは稔の質問一つによって再開されただけだが。


「それで、俺はお前の目にどういう風に映ったんだよ?」

「なんていうか、さっきので分かった。『こいつは、面白いやつだな』って。『クズじゃないな』って」

「悪い評価じゃなくて嬉しいな。まあ、現実世界じゃ『法律』ってのが有るから、屑になるんだったらとことん屑になるしかないからなんだと思うけど」


 自分への評価が悪いものではなく、稔は笑みを浮かべた。


「そうなんだ。……でも、さっき誘惑したけど、稔は押し倒すってか、理性に身を任せなかったじゃん。まあ、あれは私のおしが弱いだけでも有るけどさ――」

「ああいうのは、はしたないのはもうやめろよ?」

「分かった。でも、稔が居なかったら私は考えを修正できていなかったと思う」

「どういうことだ?」


 降下するスピードが、一瞬ゼロになった。パラメーターは動かない。傘が開いた訳じゃない。稔の翼が開いた訳じゃない。ただ、何処か一瞬、飛んだような気がした。真っ白になれる、そんな場所に飛んだ気がしたのだ。


「性欲だけの変態なんて信用出来ない。でも、稔だったら信用できる」


 ラクトは似合わないように顔を照れてさせていた。顔を赤く染めているが、自分はそんなキャラクターじゃないと言わんばかりの笑顔を見せ、隠そうとしていた。でもバレバレだった。


「なんだ。お前、可愛い所あるじゃねえか」

「うるさい! 可愛いとか、そういうこと言うな」

「ちょっ、何すんだよ!」

「変なこと言った罰だ」

「すいませんでした!」


 ツンデレなのか、それとも照れ隠しなのかは分からない。しかし、稔は彼女の暗い過去を知ることが出来て、何となく『信頼感』が増したような気がした。インキュバスというクズが居たこと、自分がでも起こした理由、殺された理由。そして、転生して思ったことを。


 今挙げた事を中心に考えながら稔は謝る。でも、ラクトは降下するスピードを上げていった。彼女はそれを「変なことを言った罰だ」と言ってそれを理由とした訳だが、稔はこれで罪を償えるのかと思ってしまった。


 だがラクトは、稔が思っていることを理解した刹那に言い放った。笑顔を浮かべている顔からは、流石は淫魔をだった女の子だと思えてくる。だが、これから恐怖が待っていると思うと寒気がした。


「じゃ、ラストスパートね。ご主人様の男気を、見せてもらう!」


 その言葉の後、稔の絶叫が聞こえた。

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