1-87 色欲罪源アスモデウス 【末】
流石はカナリア属性。光り輝く剣から注ぐ光のようなものが、既に触手を滅していた。一方で凍らされているアスモデウスが居る方向へは、まだまだ滅する事が出来るほどの強い光が注いでなどいない。
織桜は、長引く剣の突き刺しに疲れを覚えた。けれど、今やらなければいつやるのかという話だったから、流石にここで引くこともどうかと考える。出来る限りは剣を突き刺して、ある程度力を弱らせてからではないと戦線から引くことは止めたほうがいいと思った。
「まだ終わらないのか……」
弓弦を見守るような目で見る稔だったが、遂にマイナスな言葉を漏らす。居座古座に発展するようなことは避けたく、もちろんマイナスな事を言うのは以ての外だと思っていたのだが、ここまで終わらないとなると仕方が無い。
「そういうものだろ。終わらないくらいでイライラしてんじゃねえよ」
自身の考えていた反応とは大きく異なる反応を見せる弓弦に、稔は大いに驚いた。マイナスな言葉を言い続けてやろうとかは思わなかったが、それでもマイナスな言葉を少々ばかし使うことは問題がないことだと分かると、自然と引き締めていた気持ちが緩む。
「はあああああああああ!」
絶叫の声まではいかないものの、それでも織桜の声は悲鳴じみている。怖さなんて何処にあるかと言ったら、敵であるアスモデウスから攻撃を受けることであろうが、今はそんな心配も無い。そう考えると現在は心配なんてものはないはずなのだが、その声は悲鳴じみている。
「……敵は自分ってことか」
「なんか言ったか?」
「いや、何も」
独り言に入り込んでくる弓弦に、稔はお茶を濁して逃れようとする。それを察してはいなかったが、弓弦は言われて「そうか」と反応を示して会話は終わった。
「お……?」
全員が織桜とアスモデウスとの対峙を見ていた時、状況が変わらないままに一分以上が過ぎていたその時、ついに事が動いた。それに気が付いたのはヘルで、気が付いたことを即座に主人に報告する。
「マスター」
「なんだ?」
「あの、織桜さんの剣がアスモデウスさんに……」
「ホントだ」
確認する稔。間違いはない。アスモデウスをまとっていた氷がそれぞれ砕け壊れていった結果がそこにあった。でもまだ一方向のみ。全方向全てを壊すとなると時間がかかることが推測される。
「ラクトと紫姫を連れて向かってもいいが、あいつらも疲れたろう。お前らは疲れてないか?」
「マスター。私は治癒にあたっていたのである程度力を消耗しているっす……」
「同じく私も、バリアを張っているのが疲れて動きたくないです。マスター」
やる気は有るんだ。それは主人たる稔が一番に分かる。強制的に労働させるのは好きではないが、それでもヘルやスルトは指示をよく呑んでくれる召使。勝手な押し付けがましい話だが、稔はそんな召使二人に任せたくなる。
でも、今回は拒否した。疲れているのだから仕方ないだろう。
「……分かった。んじゃ、ゆっくりと休んでくれ」
なんだか、ポ○モンの主人公が話すような言葉に酷似していると稔は感じた。でも、言い始めは狙って言った訳ではなかったので、稔もそれに関して追及されるのは困る。
ヘルとスルトを応召させて、稔はやりきったと大きく息を吐く。心が出ていくんではないかと思うくらいだったが、疲れも見え始めているということだ。でも、強い思いが有れば止まることが出来ないのが稔という青年だ。だから、疲れなんて強い意思が吹き飛ばしてくれた。
スルトが召喚されている間は、稔と弓弦を守るバリアの様なものが形成されていた。だが、彼女が応召されたことによってそれは消えてしまった。でも現在は精力を吸われたりすることはない為、特に困ったようなことはない。
「弓弦」
「なんだ?」
「その、俺はこれからあの女がモタモタやってるから応援に行ってくる。取り敢えずはテレポートが使える身だから、ある程度の攻撃は防げるだろう。……それでなんだが、弓弦も来るか?」
「まあ、俺があいつを説得しなくちゃいけないってんなら、行くしか無いんじゃねえかな」
「おう。決まりだな」
ラクトと紫姫には休ませておくことにして、稔は弓弦と共戦することを決定した。これまで男同士での結託なんざやったこともなく、先行きは不透明で不安だった。でも、稔も弓弦も心中に強い思いを持った。
弓弦に説得の場を設けさせる事が稔の強い思いとなり、説得をアスモデウスに行うことが弓弦の強い思いとなって、戦いは始まる。戦闘狂状態ではないから圧倒的な攻撃力を誇ったわけではないが、剣道五段という破格の強さを誇ったわけでもないが、それでも戦いを止めるなんて事は考えられない稔と弓弦。
「――まあ、こんなことすると誤解されっかもしれんが」
「同性愛者じゃねえよ俺は」
「俺もだわ!」
互いにホモでは無いと主張し、稔はテレポートを使用する宣言を行う。稔のテレポートは特に先程見ていたから特に物珍しさもなく、声を合わせて言おうとすることもなかったのでスムーズに使用宣言が行われた。
「――テレポート、神風織桜と対になる様に配置される方向へ――」
言葉の選択は全て稔の独断だ。「文章問題だから、与えられた内容に沿っていて意味さえ合っていれば大丈夫」というような、社会科でよく言われるような答えが求められていたから、とりわけ難しいわけでもない。
敢えて難しい言葉を使うよりかは、敢えて分かりやすい言葉を考えたほうが脳を使わずに済むし、リズムも良くなる。だから、稔はその手段を使用して宣言を行う。
「おおっ……」
稔と結ばれた手が離れそうになったりはしなかったが、弓弦は瞬時転移で場所が一気に移動したために心臓が止まりそうになった。心臓が止まるなんて比喩的表現とはいえ、本当にそうなりそうで危なかった。
「――んじゃ俺、出来る限りは戦うってことにするよ」
「理解した。でも、こんな上空でどうしろって……」
「浮かぶ魔法有るだろ? 空を飛ぶ魔法で身体を制御すれば……」
「へえ。飛んできて酔ったりすることはないんだね」
「何処のデ○エマですか?」
さり気ないボケに驚く稔。もっとも弓弦は現実世界の住民ということもあるから、そこからアニメや漫画、ラノベやゲームなどのネタが飛んでくることは考えられないことではないが、その瞬間にして稔の評価が変わった。
「お前も俺と同類のヲタクか」
「いや、俺はゲーム分野だけだからな。アニメ分野とかラノベ分野は違うぞ」
「そうか」
世間一般的に見ればどれも同じであるが、一応は違うと言う弓弦。稔のように全てをカバーする訳ではなく、有るところだけをカバーするという訳だ。そんな所から考えていって稔は、「確かにその方が効率的で金の使い方に迷わないかもしれない」と頷きつつ思う。
「……さて、そんな事をしている暇はない。織桜が力を消耗してきている以上は、俺も共戦しなくちゃって事で来たんだ。来た意味を見失っちゃ、ここまで弓弦と来た事が無駄になるからやるっきゃねえ――」
オタクカルチャーの中の主人公もこんな気分なんだろうかと思いつつ、稔は中央から少し左側の胸に左手を当てる。心臓の鼓動を聞くためだ。バクバクしているため、その音をしっかりと感じて沈めた上で戦いに臨もうと考えた。
「よし――」
準備は整った。弓弦が参戦するのか待機するのかはさておくとして、稔は準備が整ったからには早急に参戦するべきだろうと思い、剣を右手に持ってアスモデウスを包み込む氷に剣を当てていく。
「かっ、硬いな……」
立ちはだかるその硬さは歯を食いしばるほどだった。氷が固まってしまえば息なんて出来なくなってしまうが、織桜が右サイドを開けているのでどうなるかは不明だ。それはそうと、左サイドを開けようと思った稔だったのだが、予想外の展開に手も足も出ない。
「ご都合主義が来てほしいな……」
などとほざきつつ、こないことを身に感じると落胆する表情を浮かべる稔。と、そんな裏だった。
「――」
稔は絶句した。
「二刀流……だと……?」
チート級の威力を誇る織桜が使えば一瞬で氷を壊してしまうかもしれない手段だ。とはいえ、今の彼女の力では耐久レースと化した現状を踏まえた時、一度に多大な力を使うとなると倒れてしまいかねない。だから、そんなことを現在出来るはずがないのだが――。
「弓弦の特別魔法って、まさか……」
恐る恐る、絶句したところから言葉を取り戻して稔は聞く。そして、弓弦から返答が行われて言われた言葉は。
「――欲斬の二刀――。それが俺の特別魔法一つ目だ」
弓弦は使用経験が有ったから、紹介することに戸惑いの様子は浮かべない。稔のような、どちらかと言うと移動手段として、サブとして活きるような魔法ではなくて、主人公的なスキルとして活用するべき魔法であったから、稔は少し嫉妬してしまう。
(俺にも二刀流を使わせて欲しいもんだ、全く……)
無双してみたいような、そんな事を稔は思っていた。何でもかんでも出来るわけではないのに、勝手に夢想できると思い込んでいた。所詮は自分の実力なのだから、与えられた自分の魔法なのだから。どんなにせがんだとしてもそれは入手不可だと考えたほうがいい。
「はあああああッ――!」
稔が少々ばかし妬んでいる中で、弓弦は二刀流のスキルを使ってアスモデウスを囲う氷に損傷を加えた。同じ『こたい』でも、生きている『個体』ではない。息をしない『固体』だから、立ちはだかっても口で落とすことも出来ないため、結果として剣や銃弾などを用いて壊すしか無い。
「……」
黙り込む稔。自分が出来る事はやり尽くしたと考えたのだ。ここから先は二人に任せるべきだとそう思った。でも、流石に自分の剣が活用されないのもどうかと思ったため、稔は織桜の方向へ向かった。別にそれは嫉妬していたから弓弦を避けたわけではない。二刀流から三刀流へはしづらいだろうと思いやったためだ。
「織桜。この剣を使ってくれ!」
「ぐ、愚弟? でも、なんでこんなところに」
「二刀流をしてみて欲しい。取り敢えずは、裏切られたアスモデウスの主人と一緒に声を合わせてやって欲しい」
そんなことを考えて渡しに来たわけではなかったが、口走ってしまったからには今更引き返すのもどうかと思って、稔は流れに任せてしまうことにした。ただ流れに任せると言って、織桜に言って弓弦に言わないのは不公平というところだ。だから稔は弓弦にも言った。
「ああ、分かった」
稔からの話に理解を示すと、織桜は稔から剣を受け取った。右手に光り輝く剣を持ち、右には紫色に輝く剣を持つ。闇と光が入り交じるその光景はとても美しいようで恐ろしい。
「弓弦。二刀流のスキルを使ってやって欲しい事が有る!」
「どうした?」
「織桜サイドには許可を貰ってきたんだが、これから合わせて二刀流攻撃を行って欲しいんだ。無理か?」
「いや、異世界に生きてきた時間としてはお前のほうが長いだろ」
「知らんがな」
重要な話の中だったが、ここでまさかのツッコミとボケが入る。だがそれは、弓弦なりの承諾を表していた。重要な話だからと何も堅苦しくなる必要はなく、肩の荷を降ろして稔は言った。
「いいぜ」
笑みを浮かばせつつ、弓弦はそう言ってグッジョブサインを出した。そしてそのグッジョブサインが出されたという事は即ち、成り行きで作られた戦法の実施を表す。稔が居たのは坂本龍馬的なポジションだったから、剣も渡してしまったところは違うとしても、取り敢えずは他の二人を立てるだけに留めた。
――と、そんなところへ。
「アメジスト。我にも役立つ事が出来るかもしれと思いやってきたのだが、何かすることは有るか?」
紫姫が稔の元へ飛んできた。魔法でも何でも良かったが、彼女は出来る事はやるべきだと思って来た。それなりに使える特別魔法の種類が豊富だったからだ。だが稔は、そんな彼女の思いを裏切る回答を行う。
「俺らが干渉するのは良くない。俺らは今、サポートする側だ。メインの二人に一回は任せてやろう」
「という事ならば、我の魔法は使用しないという解釈で大丈夫か?」
「その解釈で問題ない」
稔が言ったことを呑むと、すぐさま紫姫はラクトが待機している方向へと戻る。流石にこの場所に居るのは好ましくないと考えた為だ。そんな考えを察したわけではなかったが、稔も一緒に戻ろうかと一時は思った。けれど弓弦が話す為の場所が必要で、この後に織桜を退場させる必要が有ったから退散しない。
「主人公が戦わないっていうのは、チキンというからしくないというか……」
全ては実力のせいだ。三つの特別魔法が使える織桜は失われた七人の騎士の一人だから、稔も三つ使えるようになるかもしれないと思った。だが、それはまだ先の話だというのは目に見えていた。未来を察知できる能力が有ったわけではなかったが、なんとなくそう思えたのだ。
(三つ目の魔法か……)
そんなことを考えて稔が目を瞑ったと同時、目を開く必要が生じた。言わずもがな魔法使用宣言だ。
「せーの……」
どちらも日本人だから一緒に言う台詞はそれだった。
「――欲斬の二刀――」
「――天空七光剣――」
そうして魔法使用宣言が行われ、二人とも剣に魂を込める。そしてまた合わせる必要が有ったので声を合わせて言った。
「せーの!」




