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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
一章 エルフィリア編Ⅰ 《Knowing another world and the country》
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1-85 色欲罪源アスモデウス 【中】

「……」


 触手が召使の身体に絡みつくような事をしていたり、召使と相手の召使が銃等で戦っていたりした状況。それが稔が置かれていた状況だった。でもその時は森閑としていて稔は、言葉一つ無い静寂の中に居るような気分になった。


(サーバーがエラーしていたりするのか……?)


 考えてみれば、稔はそんな場面に遭遇していた。エラーと言うよりかは、システム負荷でシステムが耐え切れなくなったと言うべきであろう。でも、あの時に見た光景が稔の脳内には無い。即ち、システム負荷ということではない。


(ダメ……か……?)


 一秒が、一瞬が、稔は長く感じた。

 そして、結果が訪れた。


「……」

「稔――」


 ラクトの声。目を開けなかった稔だったが、その声を聞いてようやく目を開ける。


「成功……した……」


 歓喜の声が稔の心の中に生まれた。成功したという事実に喜び、嬉しさを心の中で露わにする。態度としては平然としているが、内面ではとても喜んでいた。それはラクトの声を聞いたからではなく、バリアを超えたからだ。


「ラクト。お前を助けに来た!」


 喜んでいる反面、助けなければならないという思いも強くなっていった。稔はすぐ近くに見える触手を倒し、早くラクトを救出するための行動を取らなければならないと思う。だが、そこに邪魔が入る。


「召使を女扱いするとは流石だな。稔……だったっけか?」

「お前は――」


 見たことのない男。彼の日本語の喋り方がとても上手な事、加えて髪も黒色ということから、稔は即座にそれが日本人で有ることを推測した。


相良弓弦あいらゆずる。それが俺の名前だ。サバゲー中、死んでしまってこの世界に転生されてきた」

「……」


 稔は驚きの余り声を発しなかった。弓弦と稔に名乗った男も死んでいたのである。死因は違うと言っても結局は同じ目に遭った者同士だったから、稔との共通点が無いわけではないということになる。


「まあいい。取り敢えず俺はあの悪魔の主人様だ。稔とかいうお前が従えている召使がそうなように、俺も悪魔を従えている」

「従えているっていうか、むしろお前が従っているような気が……」

「まあ、俺もこの世界に転生されてまだ数時間しか経っていないんだ。だから、少しくらいは悪魔に任せるのもいいかなって思ったわけさ」


 弓弦は笑顔を交えながら言った。だが、稔も弓弦も敵同士である。様々な共通点が有ると言っても、自らの召使が汚れそうになる時点でそんな綺麗話は言っていられない。


「でもまあ、アスモデウスは本当に強いもんだな。サバゲーの忍者クラスだ」

「忍者……?」

「悪いな。その話は後にしてくれ。まずは――」


 弓弦は稔が質問した内容に関しての回答を避けた。避けて通りたいところというわけではなかったが、まずは自分がしたいことをすることにした。


「それじゃ、触手。男を捉えてくれ」

「えっ……?」


 弓弦は命令を触手に下す。捉えろとは言われたものの、稔は逃げられる距離を保っていた。話をしていたのは近くというわけではなかったから、近づいたわけではなかったので触手が簡単に捉えられる位置ではなかったというわけだ。


 だが。今は自分が助かればいいという状況ではないことを、稔はよく理解していた。


「――」


 歯を食いしばる稔。立ち向かっていくこと、そうやってラクトを救出するための隙を見つけていくこと。それが今、バリアの中に入ることの出来た者としてしなければならない事であった。


「ばっち……こい!」


 稔は強い心を持つ。「弱音なんて吐くもんか」


「そう言わなければ自分の心を保てないってことか。まあ、サバゲー体験したら変わるから、死んだらやってみな!」


 稔の持った強い心を煽るように、弓弦はあざ笑って言う。大変なまでに心を傷つけられそうになる稔だが、そこは強い心が弱い心を跳ね返す。言葉の上では拝辞するまでいかなかったが、内心では敬って思う。


(サバイバルゲームなんて、ギャルゲーに比べたら面白くないって)


 そんなことを。ただ、これをしている暇があったら隙を突かれる前に対抗するべきである。瞬発力が有るなら話は別だが、人並み程度だったら対抗する策を講じておくべきだ。


「さあ行け! 触手よ!」

「はああッ!」


 触手を稔の方向へ向かわせる弓弦。怖がっている表情は浮かばせていないが、これこそ強者の余裕というもの。恐れるものが無いからこそ、全てが自分よりも格下であると考えることが出来、それ相応の対応が出来る。


 ただ、それに逆らうものが出てきたらどうだろうか。やはり、強者は余裕を持って戦う。でも、それが強かったら――と、敗者が歴史を作れないことを稔は思い出す。


「なっ――」


 稔が思い出したと同時、迫ってきた触手はヌルヌルの液体を噴出した。クジラが潮を噴き上げるような感じがするが、それと決定的に違うのはやはりヌルヌルしているところだった。足も滑ってしまいそうになって、容易に歩けるレベルではない。


 でも、そこも精神論で乗り越えようとする稔。ラクトのために、共に戦ってくれている仲間のために。傷を負った者へ、共戦してくれた感謝も込めて。


「どうせ空も飛べないんだろ?」

「足を取られそうになってるからな。そんなん無理だろ。――でも」

「……何をする気だ?」


 稔が何かをしようと出てきているのは、敵方の弓弦も分かった。ヌルヌルとしている場所から抜け出すのだから、さぞ体力を使うのだろうと考えた弓弦だったが、稔はそんな体力を使うヘボな真似はしない。



(――六方向砲弾アーティレリー・シックス――)



 そう。稔は瞬時転移テレポートが出来るだけの単なる一発屋ではない。テレポートをするためにはある程度安定した場所が有った方がいいし、靴の下に液体が入り込んだ場合は対処が困難になる。それを事前に防ぐためには、使うしかなかった。


「なんだと……」


 ブラック属性の力を稔はその場に見せた。六方向に放たれた黒色の砲弾は、ヌルヌルの液体と見事に結合していき、その砲弾には液体が大量に付着していく。透明でヌルヌルドロドロしたその液体を触りたい者は余程の理科好きだろうが、稔はしなかった。言っておくが、彼は理科が嫌いなわけではない。


「触手よ! 早く出すんだ!」

「絆が無いもんな。そんな奴に指示を出したところで、たかが知れてるってもんなんだよ!」


 強く言い放つと、続けて稔は堂々と魔法使用を宣言した。



「――瞬時転移テレポート、ラクトの目の前へ――」



 今度は稔のターンだ。「ずっと俺のターン」とは言えないが、ここは自分でとった番。ある程度はそういった気分を味わいたいとは思った。でも当然ながら、それは稔の努力次第だ。


「お前、テレポートが使えるってどういう……」


 弓弦は早く変わっていく目の前の光景に、ただただ立ち尽くすのみだった。自分には使用できない魔法を堂々と使用してくれる稔を見ていると、自然と妬みの気持ちが湧いてくる。ラクトだって稔の支配下に居るはずだというのに、何故自分とアスモデウスとの関係よりも深い関係なのか。それが妬みを呼ぶ。


 けれど、弓弦はそんなのを口に出して言える状況では無かった。何もかも呑み込めない訳では無くても立ち尽くしている訳だから、それは出来るだけであってよく出来るわけではない。


 しかしその場に居た拘束された召使は、他人の心を読むことが出来る女だ。バリアの範囲は広いようにも見えたが、それはバトルフィールドと比べてしまえば小さく見えるような範囲。触手よりも障害物になりそうな軍用機も置いていないところだったから、戦うにも大変と言えない。それは、力でも口でもそうだ。


「……勝手に妬んでるけど、そういうのが私は大っ嫌いなんだよ!」

「妬みってどういうことだよ? てか、お前は拘束していたはずじゃ――」

「拘束趣味が有るのか? お前の手下の悪魔にそんな趣味があるのか、たまげたなぁ……。あれほどサキュバスだった私を馬鹿にしたっていうのに、あいつにはそんな趣味が有ったのか。なんて笑い話だ!」


 オーバーリアクションで有ることは火を見るより明らか。そんな反応をするラクト。拘束はまだ解かれていなかった為に制限が無いわけではなかったが、彼女は精一杯の笑いの表情を顔に浮かばせた。だが、それは怒りと妬みを更に大きくさせてしまう。


「ラクト、貴方って人は本当に汚い言葉で他人を侮辱することが得意な、最低な淫魔サキュバスだったんですね。転生しても変わらず、主人も童貞のクソ野郎……。私が色目を使っても反応しないとか、勃起不全では?」


 稔が病気ではないのかとアスモデウスは聞くが、それに稔は答えようとしない。まずはラクトの拘束を解くのが先だと思い、早急に拘束を解くために最終手段を使ったのだ。剣を丁寧に使う方法だ。織桜ほどの巧みな使用は出来ないが、ある程度のことであれば出来る。


「大丈夫……だよな?」

「時間が無い。危ないことになる可能性もあるから早くしてくれよ、稔」

「ああ、そうだな」


 背中を相手を向けているのは危ないと考えて、稔はラクトの後方で拘束を解く作業を続行した。触手を切るとヌルヌルした液体が平然と出てくるので、切られた触手を更に切って行く作業は困難を極めたが、集中力に勝るものはなかった。


「よし……」


 何とか触手の断片を取っ払ってラクトを拘束から開放すると、即座に彼女は稔に抱きついた。だが、それと同時に迫ってくる女が一人居た。言わずもがな、アスモデウスだ。バリア内に居るのはアスモデウスと弓弦、あとは稔とラクトしか居ないのだから。


「よくもスルーしてくれましたね?」

「ハハハ、そうだな」

「そんな涼しげな顔をして、貴方は本当に男なんですか? 雄なんですか? エロい妄想しないんですか?」

「嫌だなぁ。男イコール変態って認識はやめてくれよ」


 ラッキーな展開に遭遇した男とは思えぬ言いっぷりだが、それは偶然が偶然を呼んだようなものだ。多少の動揺が稔に有ったとはいえ、それで道を踏み外したりした事実は無い。犯罪を犯していない事を踏まえれば、変人的行為をしていないことを考えれば、彼がイコールで正真正銘の変態で有るとは言い難い。


 だが、反論を続ける時間を無くすようにアスモデウスは自らの意見を貫く。


「雌の求めるものは愛なんです。雄の求めるものは愛ではないでしょう?」

「……は?」


 稔は理解に苦しんだ。何故、ここまで自分がラクトを守ろうとした姿を見ているこの女がそんな台詞を言えるのか、少しは理由を付けて話せと言いたかった――が、やはり彼は言わない。そういう人間だ。


「動物の世界じゃ求愛行動をするのは雄の役目ですから、男はイコールで性欲の塊ってことではないのですか?」

「それが理由とでも?」

「ええ」


 アスモデウスの顔は、自分の言ったことが間違っているとは微塵に思っていないと簡単に見て取れるくらいに堂々としていた。求愛することが男の行動で有るというのは間違っていないということは稔も認めたが、性欲の塊で有るということには同意出来ない。


 でも、議論をしているのは両者が譲らないだけだと感じて稔は言う。逃げるようにも聞こえたが、そんな意思はない。


「お前が男をそういう目で見ていることは分かった。――でも、なんで色欲の悪魔を止めない?」

「性欲の塊に応じてあげる為の性欲を作るためですよ」

「ほう……」


 口上では感心するような言い方をする稔。

 ただ、考えてみれば。性欲の塊だからといって犯罪を犯すわけではないし、人間の欲求として性欲はあっていいものなのだ。三大欲求と言われる欲求の中に入っているような重要な欲求なのだから、むしろ無い方がもの珍しい。


 そう考えると、自ずと返す言葉が作られていく。


「三大欲求の一つが欠損している女を助けるのか。いい奴だな」


 対抗する意思を見せる気はなかった。稔に意見がないわけではないが、仮に論破でもしてみよう。弓弦とアスモデウスがどのような対応を取るかは大体分かる。発狂するとか、怒りだすとか、妬みだすとか。そういった負の感情を持つだろう。だったら、対抗せずに作らせないほうが吉だ。


「いい奴? 貴方にそんな風な言い方で言われたくありません」

「そうか。悪かったな」

「ホント、そこの病原菌のせいでそういったことばかりしか言えなくなって、ご愁傷さまです」


 稔の言った言葉には、受け取り方によって皮肉に近い彼の主張が含まれていた。『いい奴』と褒めているのは口頭上、本心では『最低な考えを持った奴だ』が正しい。そういったことを見破ったからこそ、アスモデウスも同様の方法で稔サイドに話す。


 だが、当然言われたほうは怒る。


「アスモデウス、お前また私を……」

「さっき相当罵倒したくせに、自分の主張ばかりが通るとでも御思いで?」

「――」


 ラクトにも、少々調子に乗って言いすぎてしまったかもしれないという気持ちが募っていくが、時既に遅し。「言い過ぎました」と謝罪するべきベストタイムは過ぎている。


「男を嫌っているようですが、それは貴方には弱い力しか無かったからでしょう? インキュバスを妬むことしか出来ず、精神攻撃すら出来ず。国を変えようって言ったって、貴方みたいな『美形』しか取り柄がない女は水商売しか選択肢が無いですもんね!」

「……」


 色欲の悪魔は流石の精神攻撃を行う。稔は豆腐メンタルと言うわけではないが、流石にここまで言われたら自分でも耐えられるレベルではないと感じた。稔がラクトを思う気持ちに傷がつきそうになって、言い返してやろうと考えたが、言い返す言葉が見当たらなかった。


「貴方もそうですよ。所詮、水商売という稼ぎどころが存在している以上、男は性欲の塊だってことなんですよ」

「けどそれは不特定多数ではなく――」

「難解な言葉で同意を誘おうとしても無駄ですよ? というか、男は基本私に逆らえないんです」

「……は?」


 意味もわからず首を傾げ、何を意味しているのかを尋ねようとする稔。だが、次の瞬間だった。



「私に性欲を――」



 その言葉と同時、稔がその場に倒れこんだ。腹を抱えるようにして倒れるが、脳が一時的なパニックに陥っているためだ。性欲を回収されている現在、脳内は回収されないようにと物質を出している。でも、それを出すスピードが落ち着かなくなって、ひいては身体の多くの器官に影響をおよぼすことに繋がる。


 そしてそれは、稔のみならず。これまでライバルだと思っていた相良弓弦もそうだった。


「所詮性欲の塊なんだよ、お前らは――」


 アスモデウスは言って、不吉な笑みを稔と弓弦に見せた。そしてその刹那。



「――色欲の罪(ギルティ・ロスト)――」



 強い吸引力のようなものに、性的欲求が吸われていきそうになる稔と弓弦。そんな二人を見て、場に居た影響を受けない、女であるラクトは一人悩んだ。


 主人を助けたいが敵は殺したい。だが、敵は悪魔という名の召使に殺されそうになっている。ラクトは、自らの小さな良心が痛む事を強く感じた。

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