1-77 BTBs/ブリッジ・トゥ・バトルシップ
なにせ、一号車は色々なカメラ撮影者が訪れるような場所である。それも最前列車となれば、多くのカメラ撮影者が訪れると考えていい。そんなところに手すりが無いわけないとか思い、稔は現実逃避しようとした。
「バカだな」
ラクトは言う。もっとも、現状を変えようとするのはダメだ。手すりをラクトに作ってもらってもいいのだが、許可なしで作るのには躊躇いの気持ちを持った。
吊り橋と言っても、そこまで長い吊り橋ではないから、揺れている時間は長いわけではないと思った。だから、無問題だと結論に至って、手すりなんかいいと思った。
もっとも、手すりなんかにつかまっているだけでは、酔ってしまった人への対策は出来ない。酔うことがない人に対しての対策としかならないのだ。なにしろ、酔う人間に対しては、透明な袋などを提供し、それに嘔吐物などがあれば入れてもらうというのが得策と成るべきなのだから。
「お……?」
「音が変わったね」
目の前には支柱が見えた。ガタンゴトンという音から、スーというような無音へと近づく音へとなっていった。
けれど、何の注意も無しにここまま進んでいけば、列車は支柱に衝突してしまう状態になった。スピードもそれなりに出ていないから、あるところからあるところへと、ショートカットして渡るかもしれない。その為に支柱を壊してまで走る可能性を考えた者も居た。
でも、そんな心配はない。レールの上しか原則走ることが出来ないものが列車であるから、レールが支柱をショートカットして進んでいない場合を除けば、支柱に衝突する可能性など無い。
「音が変わったのは、レールが特殊になったからで~す」
「そっか。どんな感じに変わったの?」
「見れば分かるかと」
「……」
丸投げ方式。教育にはこれがいいと聞くものだと聞いたことが有ったので、暇つぶし程度に稔は考えてみみることにした。
丸投げして自分の力で問題を解いていくことによって、何かを理解した時に凄く気持ちよくなったり出来る。もちろん、自分の力で問題を解いていくということは、それなりの調べ物を熟すことも有るわけだ。つまりそれが、教育にはいいという理由に繋がるのだ。
――と、そこまで考えた時。列車はもう相当進んできていて、ラクトが催眠状態に掛かったのではないかと稔を心配し、稔の右頬にピンタを与えた。
「なっ、なんてことすんだっ!」
「いや、催眠状態に掛かったのではないかと思っ――」
「掛かってないわ!」
催眠とまではいかなかったが、考え過ぎも良くないと稔は痛感した。一人っ子であると、どうしても一人で居たい時間が欲しくなる。そして慣れも影響するが、考えこんだりすることも多くなる。もう一人の自分を作り出したりするとかして、考えこんだりすることが自然と多くなるのだ。
「催眠というよりかは、睡眠って言ったほうがいいんじゃない?」
「まあ、目を瞑っていたからね~」
ラクトが言い間違えたという結論に至り、稔はラクトに言う。
「言い間違えかよ。ツッコミ損じゃねえか」
「誰にだって間違えは有るでしょうが! 悪かったね!」
少し怒ってしまったラクトだったが、その話はそこで終了した。あまり引きずってしまうのも可哀想だと思い、稔はラクトにそれ以上、睡眠と催眠に関しての話をしようとは思わなかった。
「分岐点だ――」
そんな事を稔が考えていた時。マモンが大声とまではいなかったが、少し大きめの声で言った。鉄道関連者であるから良く来ていたとしても、改めて見てみると、マモンは驚きを隠せなかった。
「マモンが見れば分かるって言ってたけど、確かに分かるね」
「そうだな」
敷かれているはずの枕木はそこにはなかった。在来線たる陰陽本線だから、レールは凹状ではなく凸状だったが、凸状のレールと思わしきものが枕木無しで向こうまで一直線で作られているだけだった。もちろん、レールは白くて橋の色となんら変わりはない。
レールとなっているその白い凸状のもの左右には、やはりこれまた白色で作られた退避場所のようなと場所が存在していた。本来であれば砂利を敷いていたりするような場所である。これまでクローネ・ポート駅に至るまでの区間、基本的には橋でさえも砂利が敷かれていたため、避難場所のような場所に砂利が敷かれていないのは意外だった。
「マモン。退避場所みたいなところは、何で出来ているんだ?」
そう稔は聞いた。恐らく頑丈なもので作られているんだと思って聞いてみたが、現実は違った。
「まずはじめに言っておくけど、避難場所のような場所じゃなくて、『道床』だよ~」
「そっか」
道床、という聞きなれない言葉。知識をまた一つ冷やしたかとおもいきや、これは日本でも使われている言葉である。レールを支える枕木、その隣にある砂利やコンクリート。特に砂利を用いた道床をバラスト軌道と呼ぶ。一方、コンクリートを用いた道床はスラブ軌道だ。
「んでもって、コンクリートとゴムで出来てる~」
「ゴム?」
稔は首を傾げた。白色のゴムは現実にないわけではない。消しゴムであったりだとかがそうだ。白色ではないもの、プラスチックを使ったりするものも有るが、消し『ゴム』とついているだけあって、ゴムが使われていることが多い。
「コンクリートは硬い素材なんだ。だから、揺れたりするとどうしてもヒビが入ることが有るでしょ~?」
「そうだな」
吊り橋ということも有り、地震からの被害は支柱を伝ってのことと考えられる。故に、揺れと言っても風の方の揺れが大部分を閉めると言っても過言ではない。
「でも、この橋はコンクリートとゴムで出来てるんだ~。コンクリートは硬いけれど、砕くことが出来る。だから、その砕いたものとゴムをまとめて、それをある程度固めて使ってるんだ」
「なんてことだ……」
驚いているようには見えないかもしれないが、内心では技術に驚いていた。でも、また一つ疑問が浮上した。
「でも、ゴムが多く有るってことは揺れ易いんじゃ――」
「だからこうやって、左右に小さな柱が一定間隔で並んでるんだよ」
「ああ、なるほど」
「向こうまで伸びる上の一直線の棒のようなものもあるけど、これも素材はゴムとコンクリートなんだよ~」
「じゃあ柱もか?」
稔が聞くと、マモンは首を傾げた。マモンにも分からないのかと稔は思ったが、そうではなかった。記憶を頼りに情報を思い返して、どんな風に作られていたのかを検索していたのである。
「全体的には、ゴムよりかは、コンクリートが多かったんじゃなかったっけなぁ。柱もそうで、やっぱりワイヤーが列車に掛かってしまうと走行の邪魔だからって事で、揺れに強いということに兼ね備えて、頑丈であってほしいということもあったから、ゴム少なめコンクリート多めになった気がする~」
どれもこれも白色だが、全てにコンクリートとゴムが使われているのだ。ゴムが多く使われているように考えたりしてしまっていたが、稔の思っていたことは実際とは違うことだった。ゴムが多く使われれば、揺れを受けて揺れる。それによって壊れないように成るのはいいのだが、そこまでくると列車の運行に支障が出る。
だから、ある程度のゴムを含んだコンクリートを使用しているのである。揺れが有れば流すように揺れるし、粘着力が無いわけではない。コンクリートを含んでいるから接合は大変かもしれないが、接合さえすれば最終的には揺れに強くなるし、壊れにくく成る。
「そんなこんなしてると」
「もうエルダか――」
二つ目の支柱を列車は通りすぎる。と、その時。
「おおっ――」
突然吹いた強い風によって、吊り橋であるブリッジ・トゥ・バトルシップは大きく揺れた。左へ右へ、一定間隔で揺れながら小さい揺れになっていく。揺れが大きくても、こうすることでコンクリートが崩れることを防いでいるのだ。
「危ないな……」
ガラスの方向へ行くのは危ないと思って、稔たちはトイレサイドの方に寄りかかっていた。突然の出来事だったので驚いたが、寄りかかれるだけの余裕があったのは不幸中の幸いだった。でも、不幸が無いわけではなかった。
「あっ――」
揺れたのは一度きりというわけではなかった。即ち、左に揺れれば右に揺れるという構造であるから、左右両方に揺れたことになる。そしてその際、稔はある部分に顔を埋めてしまった。
「稔、狙った……?」
「いやっ、これは――」
ラクトの大きな二つの胸の中に、狙ったかのように顔を埋めてしまった。寄りかかっていたが再度揺れて、しゃがみこもうとしたら、揺れの衝動でそうしている最中に隣に居たラクトの胸の中へと、顔がジャストミートしたのである。
「いい匂いする?」
「――」
狙った発言。その発言に胸を痛めた織桜は、誇れない自分の胸を触って悲しい表情を浮かべた。いい匂いは自分も発しているかもしれないが、流石に胸を変えることは容易ではなかった。シリコンを注入して豊胸することも出来なくはなかったが、それは躊躇いが有った。
「そろそろ揺れも収まったし、顔を退けて欲しいんだけど……」
「わっ、悪い!」
「まあ、もっと堪能したいって言うなら何も言うことはないけどね。ご主人様の命令とあらば、何でもいうことは聞くから」
ラクトがそう言う。ただ稔は、ラクトの言ったことには自分を犠牲にしてまで忠誠を誓っているという意味も含まれているのだが、どうしても狙っているようにしか聞こえなくなっていた。でもそれは、親しさが増したからとも考えられる。
一方で、稔は『親しさ』が増すことにはいい意味以外の意味が含まれているのではないかと感じた。話し相手となってくれているから、女の子扱いできなくなってしまうのではないかと思ってしまったのだ。本人はそういうふうに扱って欲しく無さそうに言うが、稔は嫌でも扱ってやろうと思った。
「その思いは有難いけど、今はもう十分堪能したからいいや」
「把握しましたー」
ラクトは軽く流すと、軽く会釈した。
「おお、エルダがこんなに間近に――!」
会釈をしている裏、織桜は軍艦がすぐ目の前に存在する光景に息を呑んでいた。日本じゃそうそう見られない光景だったためだ。特にそれといって軍艦に興味があったりするわけではなかったが、現れた黒色の装甲と灰色の主砲は息を呑まざるを得ない。
抑えきれない衝動が起き、軍艦を所有したい気分になる織桜。だが、流石にそれをするとお金がかかりすぎる為、無謀だと最後には諦めた。アルティメットアドバイザーとして活躍した織桜だが、収入源が移行している現在、お金を使うのはある意味ギャンブルだ。
「もうすぐ橋を渡り切りますよ~」
マモンがそう言うとアナウンスが入った。ここまで説明をしてもらうと車掌をマモンに変えても十分にやっていけるのではないかと、稔は思ってしまったりした。確かに車掌にしてもマモンにしても、元を正せば同じ鉄道関係者。細かく分ければ職が違うため、得意不得意はあるかもしれない。だが、知識の量はさほど変わりないと言っていい。
『ご利用有難う御座いました。まもなく終点、エルダ、エルダで御座います。御降りの際は、足元にご注意下さいませ。他、お忘れ物のないようにお願い申し上げます――』
アナウンスが終了したと同時。ついにエルダを間近に見えた位置から、中へと入ることとなった。かつては開いていなかったであろう、空母右よりの中間部の船体の一部をくり抜いて作られたトンネルの入口から列車は入ると、すぐに急カーブとなった。方向は左だ。
「なんか、敵のアジトに突っ込んでるみたいだな」
「軍艦ってことを踏まえると、ある意味アジトって考えても無問題なのかもしれないけどね」
「そうかもな」
ラクトの返答に稔がそう返すと、稔たちが乗ってきた列車の最後のアナウンスが入った。
『終点エルダで御座います。御降りの際は足元にご注意願います。お忘れ物のないようにお願い申し上げます。当列車は、一番線ホームに入線いたします。ご乗車、誠に有難う御座いました――』
左にカーブして少し。橋が揺れていた時間が長く、アナウンスを聞いている最中に、稔は身体に少し違和感を覚えていた。だがそれは入線間際に消えた。
そして、一号車のそれも先頭に乗車していたからこそ分かることが有った。照らされたレールが黒かったのだ。先程の橋では白色のレールを枕木無しで使用していたが、今回は枕木の存在を確認できた。がしかし、黒かった。レールも枕木も黒色だった。砂利の存在は確認できないことから、スラブ軌道を採用していると考えて良い。
「そろそろ戻るか」
「そうだな。弁当箱も置いてあるし、愚弟はそれを忘れそうだし」
「また侮辱か!」
「召使と一緒になって人様の胸のサイズを小馬鹿にしたような、そんな低俗な奴が言う台詞か!」
言い争いが勃発しそうになるが、稔も織桜も終点駅で言い争いは避けたかった。目的地で言い争ってリートからの頼み事が遂行できなくなるのも嫌だったので、その思いは強くなる一方だった。
「手を繋ぎたくないかもしれんが、繋がないとテレポート出来ないから」
「愚弟よ、それは言わずもがなだ」
「言わなくていい、と」
「そういうことだ」
そんなやり取りの後、織桜が稔の右手、マモンが左手、ラクトが抱きつき――というふうに準備が整えられていった。ただ、心理的に言い争いが勃発するように成るようなことをしていたため、稔は咳払いをして心理的に安定させた上で、魔法使用を宣言することにした。
「よし――」
自分の心を落ち着かせて、稔は心内で言った。
(――テレポート、この列車の六号車の中央部へ――)
繋がれたり、抱きつかれたりした稔。テレポートは瞬時転移であるから、特に重みを感じることはない。中央部へ行く、という初めてのテレポート場所であったが、最終的には稔たちが座っていた席のすぐ目の前に戻ってくることが出来た。
「運いいな、おい」
「ここで運を全て作った可能性が有るんじゃないか、愚弟?」
「やめてくれよ……」
そういうような、フラグになってしまいかねない話題を言ってほしくなかった稔。話題を作ることは歓迎すべきことなのだが、それが伏線と化し、最終的に自分の首を絞めるような結果に繋がるような事になってしまってはダメだ。
「まあ、どうせもうすぐ到着するんだし――」
織桜がそう言った時、車掌ではない人の声が稔たちには聞こえた。
『陰陽本線をご利用頂きまして、有難う御座いました――』
魔力の反応もないため、幽霊かエルダ駅の職員の声だと考えられる。けれど、幽霊の可能性は薄い。背後に誰かが居るわけでもなければ、前方に顔が浮かんでいたりもしなかった。六号車に居るのは、稔たち四人だけだった。そう考えれば、職員の声と考えるのだが妥当だ。
「てか、幽霊とかやめてよ」
「苦手なのか?」
「苦手じゃないよ。召使として使えている主人が――いや、稔が怯えそうだから」
「そ、そこまで弱くないと思うぞ……」
「なら安心だ」
ラクトに稔は心配されたが、稔は心配する必要がないような青年だった。ネトゲ、ギャルゲーのみならず、ホラゲー分野にも足を踏み入れた事があって一時期ハマったことが有ったから、怖いことに耐久がないわけではなかった。もちろんそれを楽しんでやっていた時期もあった。現在はやっていない稔だが、怖くなって止めたわけではない。
「まあいいや。弁当箱持って降りようよ」
「そうだな」
早く戻るべきだと感じ、稔は素早く行動することにした。弁当箱を持ち、六号車の前の方の扉から一番線ホームへ、四人は降りていく。そしてホームに降りて、丁度すぐ目の前に有ったゴミ箱に空になった弁当箱を捨てる。
「それじゃ、私はここから別行動~」
「何処か行くのか?」
「まあ、いいじゃんいいじゃん。両手に花を抱えながら、ハーレムデートをお楽しみくださいな~」
「なっ――」
笑顔で右手を振りながらマモンは去っていった。残された残り三人は、ハーレムデートという単語に少々照れたりしたが、最終的には忘れた。忘れたほうが接しやすいということが大きな理由だ。
「まあ、撮影をして早く帰ろうか」
「なにそのモデルみたいな言い方」
「ゲーマーモデルとしてなら、第一線で活躍できる自信ある!」
「……」
誇れそうで誇れ無さそうで。そんな自信を織桜はバカにしてやろうとか思ったのだが、馬鹿にできそうで出来ないことだったことを理解した。ゲームだろうと、他人の誇り。それを侮辱するのは流石にどうかと思った。これまで愚弟だの愚弄してきた織桜だったが、この時は侮辱するべきではないと思うに至った。
三人で一緒に行動することとなってようやく、リートに依頼されたエルダでの写真撮影が始まった。




