1-76 クローネ・ポート参着-Ⅳ
「自分だけ有利に成るような条件を作るなんて卑怯だぞ!」
「ヒントはレディーファーストの精神」
「こんなんレディーファーストじゃないわ! パワハラだろ!」
「年齢的に考えたらそうかもしれないけどさ、力は愚弟の方が強いと思うよ?」
要するに「かかってこいや」という話だった。パワハラだの言うのであれば、面向かってこちらへ来てみろ、ということだ。織桜は、「稔にそんな度胸など存在しないだろうから、こちらへ来ることはない」と思った。それ以上に、織桜と稔との間にはテーブルが有り、それが有る以上は向かうことも不可能である。
しかし。稔が体当たりをせずとも出来る事は有った。そしてそれを、彼は考えなしに実行する。
「いっ――」
織桜の履いていた靴を狙い、稔は上からスニーカーで踏んづけた。街中を歩くようなスニーカーで有るから、生足やタイツを基本として履く働く女性、もっと言えばハイヒールだのを履いているれば尚更のこと、足への攻撃はダメージが大きい。
「てめえ……」
織桜は対抗しようとするが、あまりの痛さに歯を食いしばる。稔はそんな織桜を見て、「やり過ぎてしまったか」と思った。けれど、最終的には妥当なダメージを与えたという結論に至った。
しかしながら、両者とも魔法を用いれば電車が吹き飛んでしまいかねない。だからこその物理攻撃であるが、それなら電車から強制離脱して別の場所、出来れば海上だとかで戦うべきだ。被害は最小限で収まる。
けれど、リートからの依頼を遂行せねばならない以上は、強制離脱なんざする気が起きなかった。稔も織桜もそれは共通認識。心を読んだラクトも稔の意見に賛同した。マモンに関しては、もともと休暇を取っていた日に仕事が舞い込んできたのだから、という事で特に賛同だとかは無い。
「物理攻撃――」
「どうだ。痛いだろ?」
「ああ、痛い。けれどな、愚弟にはこれがお似合いなんだよッ!」
そう言うと織桜は、テーブル上のトランプの手札全てを、稔の手札の上に重ねて置いた。隙が無ければ攻撃を行うという事は戦時中は非常に重要な事であるが、この闘いにおいてもそれは同じことであった。
もっとも。セクハラや痴漢等を受ければ織桜は、金的も容赦なくしても良かった。今のような事は、ゲームを行っているから出来たことであって、そうで無ければ足を踏んでいたためだ。
それでも彼女は『剣道』で優れているのであって、『柔道』や『空手』で優れているわけではない。剣に関しては一流の腕を持っているとしても、身を使用した護身術等では一流の腕を持っているわけではなかった。
剣道で優れているから、剣さえ有れば護身なんて容易なのだ。剣舞も見事、華麗である。でも、身体本体を利用しただけでは男に負けてしまう弱い力。対抗できなくもないが、それは剣があっての話だから、対抗は容易ではない。
「織桜、お前って奴は――」
「キタァァァ!」
ジャッジマンが居たならば、この場合の判定は稔の勝ちとするのは目に見えていた。だが、ジャッジマンが存在しない以上はカオスなゲームにしても無問題と言ってもよく、その観点から見た場合、織桜の取った行動を必ずしも反則負けとする訳にはいかない。
「もういいよ……。お前の勝ち……」
「悪は正義に屈するのだ!」
「どっちが正義だよ……」
織桜は元気の良さを見せつける。貧しい胸の下で腕を組むと威張った。
「ラクトとマモンは正々堂々と闘ってるね」
「お前とは大違いだ」
「負けた者が何を言う」
「あれはお前の反……いっ――」
反則技であるということを言いたかった稔。けれど、織桜に先を取られて足を踏まれてしまった。痛みを伴った状態で言い続ければ、息を吸いたくなって区切れが出来る。別にそれでも良かったけれど、稔は痛みが大きくなることを身に感じた為に言うのを止め、咄嗟に痛みを声に出した。
「ごめんね。ハイヒールだったらもっと痛かっただろうに」
「……」
動きやすい今の状態であったからこそ、織桜はハイヒールを履いては居なかった。履いているのはスニーカーと呼ぶべき靴である。スニーカーであれば踏まれても身体の圧力が掛かるだからまだいい。ハイヒールは、針のようになったヒールがとてもじゃない痛みを伝えてしまうので、受け目ではない者にはイライラを生むことになる。
稔も受け目の男では無いから、ハイヒールで責められることで喜んだりはしない。だから、織桜へはイライラが募る。
「取り敢えず、その足の踏みつけを止めてくれ。素直にスピード対決を鑑賞したいんだ」
「そっか」
織桜はそう言うと足を踏む力を弱め、最後には踏みつけていた場所から靴を取った。踏みつけの終了だ。望まない足の踏みつけには稔もため息しか出ず、ぐうの音も出ない程に痛めつけても特に意味は無いと感じて、織桜は稔を踏みつけるのを止めたのである。
「あ――」
ラクトが手札から取り出したジョーカーを目にして、稔は思い出した。ワンデッキを仲間同士で分けたのだから、織桜が行ったようなあの手段はカードを混ぜあわせてしまう要因となってしまう。分けているのだからいいじゃないかと稔は思ったが、ジョーカーが合っていない可能性もある。故に、確認を急いだ。
「織桜。半分手に持って」
「どうしたの?」
「ジョーカー。ジョーカー確認」
「ジョーカーの確認ね。分かったよ、愚弟」
織桜は平常運転になった。ジョーカーが何枚入っているかの確認作業を行う場合、特にそれと言った理由がなければ五四枚あるわけだから枚数は後に数えるとして――。ジョーカーが同じ色二色入っていると困るため、それを迅速かつ円滑に作業を進めて把握するべく、稔と織桜は共同で作業を始めた。
「そっちは有った?」
「ジョーカーは……一枚だけ。黒ピエロ」
「そっか。こっちは――」
稔は織桜に負けず劣らず作業をして、早めにジョーカーの枚数を確認しようとしたのだが、駄目だった。やはり愚弟であるのだということを稔は自覚した。けれど、ここで落ち込んで作業ペースを落とすなんて言語道断、それは「やらかし」と言ってもいいくらいの行動であるから、取ってはならない。
「赤ピエロだ」
「そっか。ということは愚弟、ラクトとマモンの試合が終了しない限りは決まらないってことか?」
「勿論。最終的にカードが混ざり合う可能性も否めな――ん?」
「あ……」
その時に稔と織桜は気がついた。カードが混ざり合う可能性は、味方同士でカードを分け合ったほうが高かったということをだ。今更気がついてもゲームを強制終了させるのはとても可哀想だったから、流石にそれは出来なかった。ではどうするかと言えば、稔と織桜がカードの枚数を確認するしか無い。
「ご都合主義を恵んでください! 神様お願いします!」
揃っていて欲しいという願いを込めて稔は言う。流石、八百万の神を進行する神道を崇拝する者。そこまで宗教に興味が無い日本人だから成すことが出来る技である。
「それ、本当にフラグ回収になりそうだからやめて」
「……」
織桜に言われて稔は無言になった。フラグを回収するような沙汰となれば、ご都合主義的展開では無くなるということになる。即ち、現在テーブル上に出されているトランプのカードの回収が困難になる可能性が否めないという事に繋がってしまう。時間を取るような沙汰は避けたい稔は、心してラクトに聞こうとした。
「馬鹿か! ゲーム中だろうが!」
けれど、織桜の猛反発によって止めざるを得なくなった。あくまでもスピードはどれだけ早くトランプカードを置けるかを競いあうゲーム。だからこそ、ゲームを中断するということはゲーム性を粉砕するような意味合いを持っている。
「あんた人とのゲームを強制終了させたでしょ……」
稔は小さく言ったが、机越しの織桜には届かない。強制終了させてくれた恨みが微塵も無い訳ではないから再戦をしてみたくは有ったが、それは「したい」という思いがあるだけであって、強引に実行するような気持ちを持たせてくれる起爆剤とはならなかった。
「まあいい。すぐに終わるだろし、織桜の言っていることを呑む」
「そうか。ハハハ、これだから愚弟は――」
織桜は稔をさり気なく馬鹿にする。そして、丁度その時だ。
「来た!」
声を上げたのはマモンだった。残り一つのカードを先に置いた為、マモンが勝利したのである。悔しい負け方をしてしまったラクトは、泣きじゃくることはなかったが悲しんだ。稔同様に負けてしまったといえ無くないが、ラクトは正々堂々と闘った上での敗北で有るから、稔とは訳が違う。
「ラクト。トランプカードはどういう風にすればいい? 揃える必要はないのか?」
「ああ、それなら無問題だよ。気にしなくていいから、終わったら適当に束にして頂戴な」
「分かった」
稔が返答を返す前にラクトが言った時点で、気の利く行動を取りたかくなって織桜は、スピードを競い合ったからこそ生まれたトランプを重ねあわせた台札を見て、それを一つの束になるようにまとめる。
「綺麗にする必要はなくて、あくまでまとめるだけでいいんだな?」
「うん」
稔が質問をすると、ラクトは特にそれといった文句もないままに返答を返した。一応、トランプカードは借りているようなものであるから、持ち主であるラクトが望む返し方をしたいと思ったからこそ聞いたりしたのだが、結局はそんなことをする必要もなかった。最後、使い終わったらまとめるだけ。それだけだった。
「んじゃ、それを頂戴な」
「分かった」
トランプカードを重ねた二つのデッキ。トランプカードは、手荷物大きさとしては結構大きいと言ってもいいだろう。稔でも二つを並べて持つのはやっとだというのに、手が小さいはずのラクトはもっと大変なはずだ。だからラクトは、二つ並べて持つのではなく、左手と右手にそれぞれ分けて持つことにした。
心の中でラクトが魔法使用を宣言すると、皆が気がついた時には手の中からトランプが消えていた。マジックも彼女の魔法を転用すれば、簡単に出来そうではないかと思ったりしたが、転用しすぎて本来の用途を忘れてしまっては困るので、それは今度してもらうことにした。
そして、まるで狙っていたかのように車内アナウンスが流れた。本来であれば終点で長い文章のアナウンスを入れるはずなのだが、途中駅でも重要な易であるからアナウンスは長文だった。でも、ある程度は句読点や読点で区切られているため、見た感じで読んで「は」と「わ」を間違うような文章では無い。
『ご乗車有難う御座いました。次はクローネ・ポート、クローネ・ポートで御座います――』
何を隠そう、クローネ・ポートに参着するのだ。ボン・クローネから山を越えてようやく辿り着いた臨海都市。経済の中心地としてもなれそうなボン・クローネの南部側、海側の街。そんな街の中心駅についに参着するのだ。
『残り一〇秒程度で停車致しますから、ご乗車された皆様方は、どうかお忘れ物のないようにお願い致します。終点までご乗車されますお客様は、今しばらく座席等にて待機していただきたく思います――』
正確なのか否か。稔はそんなところも見たくなって、車掌が言った『一〇秒』というアナウンスが本当であるかを確かめることにした。何とも地味でくだらない暇つぶしといえる行動であるが、そんなことに稔は面白みを感じていたのである。だが、面白さを感じるのは皆違っていいから、彼を攻める資格は誰にもない。
「お――」
心の中に勝手に作り出した人工時計によって稔が計算した結果、車掌が言っていた『一〇秒』という情報は嘘偽りのない真実であったことが証明された。電車が減速していたから、時間は正確には言えないのではないかという疑いの目を向けた稔だったが、それは結果として違った。
『クローネ・ポート、クローネ・ポートで御座います。お忘れ物のないようにお願い致します――』
車内アナウンスが流れると同時。窓から見えた電光掲示板に表示された、一五時七分の列車の表示が点滅していた。それがこの列車の出発時刻である。到着時刻から出発時刻までは時間差が有ったから、停車時間をわかりやすくするために、点滅させたのだ。
ただ、六号車に乗っていた人は全員が降りてしまった。時間も時間だし、曜日的にもあまり集客ができる訳ではない。だから、降りてしまうと乗ってくる人はそうそう居ない。ビジネスマンが多くいる街で有るからこそ、この時間の乗客率は少ない。
「それでマモン。もうすぐ『ブリッジ・トゥ・バトルシップ』って橋なんだな?」
けれどそれは、六号車に四人しか乗っていないという事でも有った。稔はチキンであるから行動を取ることはないが、あんなことやこんなことをするには絶好の機会。逃すことは出来ないようなチャンスである――と、そんな事を考えながら稔は、それを考えないマモンからの返答を受ける。
「そのとおり~」
バスガイドの様な話が出来なくもないマモンに、ゲームをするまでに出ていた話を再度振った。自分は妄想を加速させそうに成る一方でだ。「近づいてきたから説明の準備をして欲しい」というような気持ちも稔の中には有ったが、心を読める召使でもないマモンにとてってみれば、稔の心を理解するのは難しい。
「一つ言っておきますが、クローネ・ポートからブリッジ・トゥ・バトルシップまでは、僅か数メートルしか吊り橋ではない部分なんですよ。要するにクローネ・ポートからエルダまでは、ほとんどが吊り橋だということです」
「――ちょっと待て」
稔は一度、情報を整理するためにマモンとの会話に待ったを掛けた。
「どうした~」
「いやいや、突然『吊り橋』とか言われても困るんですが――」
「また一号車行けば~?」
「お前も付いて来いよ。ガイドとして」
「ということは、六号車から皆居なくなるってことでいい?」
マモンが言うと、稔も織桜もラクトも、皆が首を上下に振って頷いた。六号車から人気が無くなる程度はどうでもいいと思ったのである。理由を加えるのであれば、景色も堪能した方がいいと思って、マモンの言っていた最前列車へ行くことは皆が呑んだとも言えた。
「んじゃ、テレポートするか。一応上限は三人だから、ラクトは俺の背中に抱きつけ」
「特等席?」
「一瞬消える奴が何を言う」
稔がそう言うと、ラクトは「一理あるね」と頷く。けれど、モタモタしていては景色を楽しもうにも楽しめない。故にラクトは早く背中に抱きついた。そして特に何も言わなかったが、織桜とマモンはそれぞれ、稔の左手と右手を握る。
「電車がスタートする前に一号車へ言って、景色を堪能するぞー」
「おー」
だらけた話を稔とマモンが交わすと稔は自分たちしか居ないこの状況を見て、口に出して言うことにした。
「テレポート、この列車の一番先頭のトイレ脇へ――!」
場所をどう表すかはテレポーターの言ったことによるから、言葉は重要だ。でも、最終的にその場所へ行けば無問題と言っていい。だから、トイレ脇と言っても無問題だった。
一号車の先頭、即ちトイレの脇に飛んできた稔たちは、そこから見える光景に思わず感動した。鉄道のレールの先に有る、海に浮かぶ埋立地。そしてそこにある巨大な艦船。それが『帝国最終空母エルダ』である。装甲は黒く、主砲は灰色に塗装されている。
かつては頂点にエルフィリア帝国の国旗が掲げられていたが、現在は掲げられていない。今掲げたら、各国はいちゃもんを付ける可能性があるためだ。一応は敗戦国で有るから、掲げるのであればエルフィリア王国の国旗でなければならない。けれど手入れが面倒くさいので、メッセとしての機能が使われない時はつけていない。
「おお、エルダが見える!」
そして、エルダ駅へと続くレール。それを見れば、上り線と下り線が一緒に走ってきていたところに巨大な白色の支柱が立っていて、そこからワイヤーが左右に垂れるようになっていた。電車の走行を邪魔しないように、ワイヤーが垂らされた先には小さな柱が一定の間隔で並んでおり、橋の向こうへと続いて伸びている横一直線の柔らかい素材の棒が有った。
「あれが、ブリッジ・トゥ・バトルシッ~プ」
「遂に来たのか――」
リートに頼まれ、テロ事件を体験し、それを見て、解決しようとし、そしてようやくこの地へと来たのだ。稔はそんな自分の軌跡を辿るような真似をすると、そこでまた感動した。そして、そんな感動をしている最中に車掌のアナウンスが入る。
『それでは、待機頂きまして有難う御座いました。これより当列車は、エルダ駅まで吊り橋を通り向かいます。酔われる可能性が有る方は、手すりなどをご利用下さいませ――』
その車内アナウンスの後に、列車が前進した。手すりを利用しろとアナウンスでは入ったのだが、開閉ドアの近辺とクロスシートの通路側にしかそれは無く、稔たちは使えない。
けれど稔たちは皆、悪い風には捉えなかった。




