1-75 クローネ・ポート参着-Ⅲ
シルア駅に到着した時、時刻はまもなく一五時をさそうとしていた。シルア駅は大きな駅という訳でもないが、小さい駅というわけでもない。六号車には、営業マンらしき男性が三名ほど乗客として乗り込んだ。
「なあ、マモン。ここから先、観光する場所とかってエルダ駅まで行かないと無いのか?」
「無いわけじゃないよ~。エルダ駅までにはクローネ・ポート駅が存在するから、クローネ・ポート駅を通過して、『ブリッジ・トゥ・バトルシップ』を超えて、やっと戦艦に辿り着くんだよ~」
マモンはそう言った。さながらバスガイドのようであるが、これは稔の想定内である。
「『Bridge to Battleship』……。BTBの略称は、BTB溶液を思い起こさせるな」
「織桜って理系?」
「理系じゃないよ。文系でも体育会系でもないよ。てか、学生時代はあまり気にしてなかったから」
「ほら、教科ごとに――」
「いや、私オールワンハンドレッドか、オールトゥーハンドレッドだから」
「……」
稔は黙り込んだ。いじめを受けていたということを聞いて、心に深い傷を負っているにもかかわらず、そんな高得点を叩きだしたと言うのである。彼女の凄さに稔は驚きを隠せない。現役高校生たる稔は、学生時代の破ろうに破れないような記録を打ち立てた織桜に感嘆したが、声をあげられないほどだった。
「織桜、よくわかったね~。略称は『BTB』とか『BTBs』、『ブトバシ』とかなんだよ~」
「『ブトバシ』はクイズに出来そうだな」
「そうだね~」
「『ぶ』を飛ばす橋ってなーんだ、って。これなぞなぞか」
そんなことをマモンと織桜は話す。席は交代していたが、会話に支障はない。
「エルダまで繋がる橋って、どんな感じの橋なの?」
「ネタバレになるから言わないよ~。でも、鉄道専用の橋ってのは言っておく~」
ラクトはネタバレになるから避けたい、というマモンの思いを受け取った。それ以上聞かないことにして、橋まで何をするかを考えた。寝ることも一手だったが、ここまでそこまで疲れているわけでもなく、エルダまで数時間掛かるわけでも無かったから、それは止めた。
「さてと。まあ、話す内容が無くなりそうだから聞いてみよう。……さっきまではトンネルだらけだったのに、いつの間にか摩天楼が出てきて。移り変わりのある路線は好きかな?」
「嫌いじゃねえぞ」
「左に同じ」
「愚弟と同意見」
マモンは調査しているかのような素振りを見せるが、そのような事実はない。調査している訳ではなく、話が続かなくなりそうだったから繋ぎとして聞いてみただけの話だったのだ。
「……」
「――」
だが、そこから会話は続かなかった。また何か、軽く出来るゲームのようなものがあればやりたいと思ったのだが、中々思いつかない稔以外の面子。そんな中で、稔はトランプゲームを提案した。
「ラクト。そのトランプは折れても大丈夫なやつか?」
「別に問題ないけど――」
「なら、それを量産してくれ」
「一体何を考えているんだ……?」
稔はそれだけ言って、何をするのかを喋らなかった。だから、ラクトはトランプを量産することを了承したものの、何に使うのか不透明だったので心配だった。折れても大丈夫か否かを聞いてきたことから、何か悪いことに使うのではないかとも思った。けれど、主人の命令に従わないわけにはいくまい。
「はっ――!」
魔法を転用してトランプの量産に使用すると、完成した五四枚のトランプを束ねたワンデッキをテーブルに置き、合計で二つのデッキがテーブル上に置かれることになった。
「でもってこれをシャッフル……」
そう言って、稔は一方のデッキを自らがシャッフルすることとし、もう一方のデッキを織桜に手渡してシャッフルしてもらうことにした。稔はシャッフルに格段の自身があったわけではなかったが、言い出しっぺであるからしないわけにはいかなかった。もっともそれは、個人的な勝手な使命感で有る。
「稔、リフルシャッフル出来ないんだね」
「うるさいな。でも、こういう風に極普通のシャッフルは出来るからいいだろ……」
「私に貸してもらえれば、簡単にシャッフルしてあげるのに」
「――」
稔はそれほど高いプライドを持っている自覚はなかったが、この時プライドが貶されたような気分になった。ラクトはそんな心の中に仕舞いたいくらいの稔の思いを感じたから、稔がプライドが貶された気分で居ることをすぐに感じ取った。
「稔は意外とプライド高いね。そういうプライドを貶すのは、私のサディスト的な心が芽生えてしまいそうだから、やめていただきたい」
「勝手に芽生えさせてるだけじゃん! 俺関係ないじゃん!」
「でも、強気な人を従わせるのはゾクゾクしない?」
「それってつまり、主人を従わせるって事か?」
稔がそう言うとラクトは稔の方に近づいた。芳香を漂わせながら、艶めきの有るエロい表情を顔に浮かべると、少し頬を赤く染めて言った。完全に作っている顔であったが、稔も一七歳の男子。性欲は人並みに有る故、反応が無くはない。そんな中でラクトは言った。
「夜の方向でね」
「させないよ! 変なことを俺はお前にされそうだけど、全力で断るからな!」
「思春期真っ只中の男子が言っても、信用に値しないっすわ」
「……」
風船が割れたような気がして、何とかいつも通りの自分を取り戻せたかに見えた稔だったが、心の中を覗かれているというハンデを抱えている以上、召使の力は絶大だった。それによって助けられそうな沙汰がなくもないのだが、悪用されたら溜まったものじゃないのは言うまでもない。
「でも、召使だから一応は信用しておくよ」
ラクトは最後にそう言うと、漂わせた芳香の処理は一切せずに自分の定位置に戻る。トランプカードを渡されなかったことはラクト自身に特に影響しなかったが、稔がやろうとしていたことに影響があった。
「やっべ。早くしないと……」
織桜はトランプをシャッフルし終わっていたから、稔の心の中には早くしなければいけないという思いが芽生えていたのだ。勝手な使命感に追われるとは非常に哀れであるようにも見えるが、稔はそれでいいと思っていた。
「よし――」
一〇秒足らずで乱雑にトランプカードをシャッフルし終えると、稔はシャッフルし終わって置かれていた、織桜がシャッフルした方のトランプカードのデッキを稔は二つに分けた。均等枚数、即ち二七枚に成るように分けようとした時、織桜が質問した。
「『スピード』やろうとしてる?」
「よくわかったな」
「愚姉であり賢姉だからね。察することが出来ないような鈍感野郎とは違うんだ」
「それって、つまり俺のこと?」
「理解が早くていい」
さり気なく稔はバカにされた。けれど、別に嫌な気分はしなかった。自分がシャッフルし忘れたこともあったから、特に嫌な気分を訴えるわけにはいかなかったような、そんな雰囲気を勝手に作り出していたのだ。必要のない雰囲気を作り出す鈍感野郎とくると、聞いただけでは、「救いようが無い男」に聞こえてしまう。
「それじゃ、準備完了だ」
稔は織桜から鈍感野郎とバカにされている一方で、しっかりとトランプを均等枚数に分けていた。二つのトランプを混同することは避けたかったので、何か立てるものがあればと思ってラクトに要求しようとしたが止めた。
「今回はチーム戦だ。俺とラクト、織桜とマモンがそれぞれタッグを組む」
「うん」
「ゲームは一回限り。引き分けで決着が付かない場合は、タッグのどちらか同士で戦う」
「分かった。――てかこれってもう、他の作品化してない?」
「ゲーム、異世界、うっ、頭が――」
稔と織桜の連携プレイ。何の作品に関しての話なのかは特に分からなかったラクトとマモンだったが、特に聞く必要もないかと思い、そんなことをするならゲームを早くしようじゃないかと思った。
「さてと。ラクトとマモンは知ってるのか?」
「わからないよ」
「同じく~」
「そっか。それじゃ織桜、マモンにルールを教えてやってくれ。別に俺に沿って話す必要はないからな」
「要点だけ言えばいいってことね。オッケー」
テストの問題ではあるまい、正解なんか無数にある。言葉一つ変えるだけで、言っている意味は同じでも言ったことは異なることになる。だから、正解なんか無数にあるのだ。小説の文法だって、倒置やら比喩やら、体言止めやら――。文章を少し変えるだけでも、別の作品として発売できなくはない。
もっとも、それで絶版となった本だって有る。ラノベ読者たる稔は、その事件のような出来事を覚えていた。懐かしいように感じているが、二〇一〇年の出来事なので記憶に新しい。
「お前には俺が教える」
「うん」
織桜がマモンにルールを教え始めたので、稔もラクトにルールを教えることにした。電子ゲームで有ればチートは可能だが、アナログゲームであるトランプゲームにおいては早々チートは使用できない。
スピードというゲームにおいて、シャッフル時に仕込んでいない以上、勝率は自分の手さばきによるものが大きく影響する。台札に手早く場札を置いておくという単純な作業であるからこそ、チートなんてものを使えばすぐに勝てそうに見えるが、プログラムではないから難しい。
「さてと。まずは、今裏返されているこれが『手札』だ。そしてまず、ここから四枚を表向きにしておく。これが『場札』となる」
稔の説明を聞くと、ラクトは首を大きく上下に振って頷いた。
ただ、今回はジョーカーが入っている特殊ルールで有るから、織桜に一応の確認を求めるために稔は織桜を呼ぶことにした。ルール説明の最中で戦法とかを教える可能性も否めないから、出来る限り早めに聞いておきたく、稔はこの時点で聞くことにした。
「織桜。ジョーカーはどんなところで使ってもいいことにしていいよな?」
「愚弟にしては良い提案だね。まあ、確かに偏っているかもしれないしね」
「あ、そうだ! 手札って二つに分けたから四つ有るけど、これってもともとのデッキをタッグで分けるか?」
「それでいいんじゃないかな」
戦法としても活用できると思って、織桜はそう言った。ジョーカーがそれぞれの手札に一枚ずつあれば一番いいのだが、そんなに都合のいい展開が有るとは思わなかった。この中に不運な奴が居る可能性もあるから、誰か二枚持ちの人が居るんじゃないかと思ったのだ。
トランプカード五四枚をワンデッキとした時、そのワンデッキを敵味方で分けたとする。この際、ジョーカーの偏りが生じてしまったら、分けた側への非難が起こる可能性がある。けれど、味方同士で分ければ戦法を考えることにも繋がるから、非難は起こりにくいだろう。何せ、チームを糾弾しているようなものなのだ。
「それじゃ、その方向で行くか」
話がまとまり。稔はラクトに、織桜はマモンにそれぞれ新しく追加されたルールを説明し始める。コソコソ話になろうとしているが、まだルール説明段階であって戦法を教えこんでいるわけではない。だから、どちらか片方が耳をすませば聞こえるような感じだった。
「まあ、基本的なルールだが、ここに有る場札は必ず手札がゼロ枚になるまでは四枚を維持出来るようにしなければならない。そして台札に出されたカードだが、この数字の前後のカードしか出せないからな」
「なるほど。つまり、13を出したら1か12しか出せないってことだね?」
「そうだ」
理解が早くて稔はとても嬉しかった。心の中が読めるのだから、むしろ察せないほうがおかしいと言ってもいいくらいと言われれば、違うだろとは言いづらい。
「まあ、まずは実践からだな。実践をしなくちゃ始まらないと思うし」
「稔と私で先に予行練習するの?」
「ぶっつけ本番でいけるか?」
「大丈夫でしょ」
「まあ、そういう自信が有るのはお前の取り柄だしな。足手まといに成るのは勘弁だが、お前ならやってくれるよな」
「おう! 召使を信じろ!」
無駄な自信が有ったラクト。でも、主人に迷惑を掛けるのはいかがなものかと思って、その自信が仇とならないことを心の中に刻んでおくことにした。そうすることで、自然と集中力が上がってきている感じがした。もっとも、誰かから話しかけられて無視するような集中力という程ではないが。
「最後に。ジョーカーはどんなカードの前後でも使用できるからな。だから、使う場所はくれぐれも間違えないように頼むぞ。それと、分けたトランプカードは、もともと同じデッキ内に有ったものを使用する」
「なんか難しいこと言ってる感じするけど……。まあ、わかったよ、稔」
理解を得たことを確認すると、稔とラクトは予行演習なんざしないままに待機に入った。戦艦エルダまではそれほど長くなく、ブリッジ・トゥ・バトルシップまでも僅か数分の距離だ。クローネ・ポート駅を超えればすぐであるから、景色を堪能するために残された猶予は五分から七分と言っていい。
「織桜、マモン。準備はできたか?」
「準備はできてないでしょ。手札も場札も台札も。何一つとして準備されてないし」
「確かに……」
織桜に指摘されたものを直すように整えていく稔。足手まといではないが、ルールを知らない以上は無闇に行動を取ろうとは思わないラクトとマモン。動けるのは稔と織桜くらいだ。織桜に動けとか言おうと思ったが、言う前に手が動いてしまっていたから言う必要がなかった。
手札と場札が整えられたと同時に、稔はこう言った。
「それじゃ、掛け声と同時にスタートしようか。まあ、取り敢えずは『いっせーのーせ』でスタートだからな。よろしく頼むぞ」
最後のルール説明を行うと、ラクトとマモンは二人とも理解したことを表すために拳を握ってグーにして前に出した。俗に言うグッジョブポーズで有ったが、それを見てテンションの上がった織桜はこう言った。
「初心者組と廃人組、どっちが勝つか勝負だ」
「俺ら廃人じゃな――」
初心者組は廃人組を手本としてゲームをするだろうという事は、何となく頭の中に有った。それといってそうなった要因は記憶上では無いのに、いつの間にかインストールされていたプログラムみたいな、そんな感じだった。
廃人組を手本とするのであれば、手本となるべき行動を心掛けたいと思った稔。だが、そう簡単にはいかないのが現実というものである。異世界で現実的な事に囚われるとは、なんとも哀れな主人公と言える。
「いっせーのーせっ!」
「なっ――」
出された台札は、稔対織桜が5と9、ラクト対マモンが12と3だった。稔は、織桜の横暴なスタートの影響もあって、ハンデを背負う事になった。けれど稔は、織桜に勝とうと藻掻く。特に賞金だとかは無いが、残り数分を楽しむために藻掻く。




