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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
一章 エルフィリア編Ⅰ 《Knowing another world and the country》
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1-74 クローネ・ポート参着-Ⅱ

 どさくさ紛れに頭を撫でられて、ラクトは顔を赤く染めた。撫でられて嫌な気分はしなかったが、場所が場所だったので、ラクトは稔に言った。


「ここで撫でるな……」


 心の刺さるような、艶のある声。ハニートラップをこんな女に引っ掛けられたら抜け出せるのは同性愛者くらい――などと、そんなことを思ってしまう程度の声。そんな声に、稔が頭を撫でている裏でそれを見ていた織桜が、ラクトに言った。


「あらかわいい」


 言うだけならまだ良かった。だが、稔に引き続いて彼女も、ラクトの頭を撫でてあげた。真正面を向くように二人が立った時、胸囲の格差は目に見えてしまう。だが現在は、格差はそれほど大きく見えなかった。……しかしそんな事を稔が考えれば、ラクトに気付かれるのは時間の問題であった。


「何を考えているんだ……」


 そう言われ稔は、身体をぴくっと一度だけ小さく震わせた。一方でラクトは、稔はそういうことも考えなくはないんだと知っていたから、とりわけそれを詳しく聞いたりはしなかった。


「――何を考えているの?」


 だが。ラクトの事を撫でているもう一人の外来人は、それを詳しく聞こうとしてきた。ラクトは、撫でられている上に自分の都合に合わないことをされてしまうのではないかと思い、頭の上の織桜の手が撫でられないようになるように身を動かした。


「言いませんっ!」


 稔の考えていたことは、自分が言っても得をするような情報では無かった。胸の大小の話しであったから、織桜が怒ってしまいかねない情報とも言えた。だからラクトは、そう言って話をしたくない事を示す。


「主人と召使だけの秘密か。――それならそうと先に言えばいいのに」

「……」


 ラクトが自らの事を避けているのではないかと感じた織桜は、特にそれ以上関係を見出すような行動を取ったりはしなかった。だが、少し妥協してくれないかとこう言う。


「でも、秘密って聞きたくなるよね。まあ、話したくないならいいんだけど……」


 言い分はもっともであった。秘密事が誰にでも有るからこそ、それを聞こうとしたくなるものなのである。話したくないとか、お前に言ってもわからないとか。そう言われれば言われるほどに、聞きたくなる衝動は大きくなる一方なのである。


「――それ、威圧感で話してくれって言おうとしてない?」

「……」


 バレバレというわけではなかった。織桜も、威圧感を持ってそう言った訳ではなかったのだ。話す前に考えて欲しいだとか思われるかもしれないが、別にそんな事を考える必要もないことだと思っていた。


「確かに、言われてみれば――」


 織桜も自分の非を認めた。


「話してもいいんだけど、織桜が怒りそうだからってことでさ、話したくないんだ」

「大丈夫だよ。そういう時は、ラクトじゃなくて愚弟をどうにかするから」

「召使として容易に頷けないな、おい……」


 立場上は稔サイドに居たほうがいい。けれど、胸の大小に関しての話を言いたくなる気持ちがあった。稔が言えばどうにかなる話であるが、あまり急かすのもどうかと思った。


 あくまで召使であるから、出来る限り主人の意見は尊重したいというような、そんな気持ちもあった。だからラクトは、言うなら稔に早く言って欲しかった。


「織桜とラクトが正面で立った時に、胸が大きいとか小さいとか格差があるとか、そんな事を考えていましたっ!」

「白状したか、愚弟――」


 織桜は、キレそうになった。自分のコンプレックスのようなものなのだ。胸に関して言われるのはとても嫌なことであったから、八つ裂きにしてもいいくらいだった。――けど、そこまで残虐的な事を考えたとしても、行動に移したりはしなかった。


「怒ったよな?」

「コンプレックスだから、怒らないほうがおかしいのは言うまでもないね。――でも、言ったところは評価するよ」

「……」


 稔は黙り込んだ。自分がやらかしてしまったことを真摯に受け止めようとした。だが、稔が織桜に謝っていることを後ろで見ていたラクトが稔の後方で隠れた。その方が話がスムーズにいくと思ったのだ。しかし、受け取り用によっては抱きつくような形になっていたため、事態は悪化する。


「愚弟さんよ、そんなに私が貧乳だからって貶したいのか?」

「違う! 違う違う!」


 全力で否定するが、後方で抱きつくような形になっているから説得力なんてゼロ、むしろマイナスだ。


「そろそろ堪忍袋の緒が切れそうだから、一発腹に決めていい?」

「やめてくれ。腹は弱いんだ!」

「それはいい情報だ」

「なっ――」


 言わなければいい情報を言ってしまったことにより、稔の腹部に軽いキックが決まった。睾丸にキックが――即ち、金的が決まっていないから良かったものの、腹でも相当な痛みは有った。グリグリ、とめり込ませるように足を動かしたりしていないのも幸いした。


「暴力はいけないぞっ!」

「これは罰だろ、愚弟」

「だからって腹痛をわずらわせること無いじゃないか!」


 稔は怒りを露わにした。罰と呼べるように与えた痛みは調節したはずだったのだが、織桜は怒っている稔に対して、やらかしたという思いを募らせていった。謝るべきだと思って、即時に織桜は頭を下げた。


「ごめん……」


 九〇度近く頭を下げる織桜。


「なんてね。ハハハ。騙されてやんの」

「なっ――」


 織桜は騙されていた。痛みが有ったのは確かだったものの、それは金的以下の痛み。それも調整されていたから、痛みが長引いて有るような感じではなかった。腹痛を訴えていたが、あれは演技だったのだ。


「人に心配をさせておいて、その台詞とかもう……」


 織桜はため息を付く。


「俺が悪いってのは確かだけど、だからって蹴るな」

「それは私も悪かったね」

「分かってくれればいいや。まあ、お互いにこれは悪かったってことにしてさ、早く六号車へ戻ろう。マモンが待ってるぞ」


 そう言うと、稔は織桜に右手を差し伸べた。王子様とか、そんなふうに見えるような男ではあるまい。けれど、織桜は差し伸べられたことを嬉しく思っていた。王子様とか、そんなふうに見えなくはないけど見えてしまいそうだった。


 異世界に一年程度居ることもあったから、織桜もそう言った新鮮な出会いが無かったのだ。異世界人と会うばかりで、現実世界の人とは一人とも会っていなかった。だからか、自然と織桜はそんなことを思ってしまったのだ。


「そうだね――」


 織桜はそう言うと、自分の左手を彼の右手の上に重ねた。稔の後方でラクトが抱きつくようになっていたのだが、織桜が稔の手をぎゅっと握った時には抱きつくような形になっていたのを把握してそれを止め、稔の左手を握った。


「うむ。取り敢えずは、五号車と六号車の通路に飛ぶことにしていいか?」

「稔に任せるよ。ここまで連れてきたのは稔じゃん」

「それもそうだな」


 ラクトの意見を呑んで両手に花を抱えながら、稔たちは五号車と六号車の通路までテレポートした。もっとも、ラクトは召使で有るから一時的に姿を消したりするわけであるから、一時的に両手に花を抱えていない時がある。でも、それはほんの一瞬だから、両手に花を抱えていると言っていい。



(――テレポート、この列車の五号車と六号車の間にある通路へ――)



 稔の魔法使用宣言が心の中でなされた後、一号車の先端部分にカメラマンが居ないことを織桜は確認し、少しばかし稔の方向に近づいた。テレポートの魔法圏内にあったから稔に連れられるように、織桜は五号車と六号車とを結ぶ通路の間にテレポート出来た。


 さほど問題なくテレポート出来て、六号車へと続く扉を開く織桜。カウンター席のように並ぶ、通路から見れば縦一列の座席はすぐ目の前に有るのだが、マモンが待機しているような横の座席、クロスシートはその奥だ。マモンが居るかどうかは分からない。


「あれ……?」


 早々フラグを回収するかのようだった。稔が考えていたことが現実になりそうで、なってほしくないと神に祈る稔。マモンが魔法を使って電車内から出て行ったのではないかとか、そんな事を思ったりしたのだが、その心配はすぐに不要となった。


「あ――」


 七号車と六号車を繋ぐ通路からマモンが現れたのだ。迎えに行くことも出来なくなかったが、急いでその方向へ行くのは乗客には迷惑極まりなく、そんなことをするなら座席で出迎えればいいだけだから、稔はそれをしようとしない。


「稔! 見て!」

「どうしたラク――」


 稔は、ラクトが指さした方向に目線を向けた。見れば、そこには超高層ビルの数々がそびえていた。二〇〇メートル、三〇〇メートルはゆうに超すであろう建物も、電車内からちらほら見受けられる。座席に居るわけではないから、列車が通っている高架の線路上から下を見下ろすことは出来ないが、ここは大都市といっていいくらいだ。


「なんていうか、ニューヨークみたいだな……」

「いやいや、愚弟。ニューヨークっていうよりかは、香港じゃないかな? 超えた山の向こうにある都市って感じが似てる気がする」

「一理あるな」


 織桜が言ったように、クローネベーグを超えたその向こうにクローネ・ポート市は有る。もちろん、このビル群だってクローネ・ポート市内に有るのだから、山を超えた向こうに有るということを絡め、香港に似ていると言った織桜に意見は一理有った。


 とはいえ、高層ビルが乱雑に立ち並んでいないところは、さながらマンハッタンのようであった。京都や札幌のように碁盤状に道が整備されていることもあり、乱雑には建てられないのである。


「稔~」


 そこへマモンが合流した。何故女子専用車に居たのかどうかを稔は聞きたくなったが、大体検討はついていた。トイレへ行っていたとか、自販機で飲料を買ってきたとか。恐らくどちらかだと思えた。けれど、勝手に決め付けるのは良くなく、予想を信じるのはいいとしても信じ込むのはやるべきではないから、稔は聞いた。


「なんで女子専用車に居たんだ?」

「トイレと水分補給かな~」

「ジュースか?」

「普通の水だよ~。ミネラルウォーターに香料加えた水」

「それは清涼飲料水だろ……」


 稔はそう言ったが、織桜がその意見を否定する。


「愚弟はバカだな。ミネラルウォーターって言っても、普通の水だって清涼飲料水だよ?」

「えっ――」


 稔は驚きを隠せなかった。表示を見た時、『ナチュラルミネラルウォーター』だとか書かれているから、普通の水をペットボトルに詰めたものは清涼飲料水ではないと思っていた。けれど、織桜はそれが間違いであると指摘したのだ。


「定義としては、炭酸飲料もトマトジュースも豆乳も、そしてミネラルウォーターも。全部清涼飲料水だ」

「そんな……」

「表示方法が異なるだけで、根本的には同じってことだ。わかったか?」

「――」


 稔は黙り込んだ。表示だけで何から何まで知れるわけではないということを、稔は痛感したためだ。


「もっというと、ミネラルウォーターだからってミネラルが豊富に含まれているわけじゃないんだ。多く含まれているものもあれば、微量しか含まれていないものも有る。硬い水ほど多くのミネラルを含むらしいが、日本人には合わないそうだ」

「ドイツ人とアメリカ人のハーフの場合はどうなの?」

「私は軟水好きだよ。硬水も嫌いじゃないけど、日本の水は大体柔らかいからね。もう、舌が慣れちゃったんだわ」

「なるほど」

「でも、そういうところがあるから、日本人って括られるべきじゃないって感じる時があるんだよね」


 日本人と名乗っているのは、織桜が帰化した母親と父親の子で有るからだ。金髪碧眼、その時点で恵まれすぎていると持て囃されそうなくらいでは有るが、それがいじめに発展する可能性も否めない。だから、日本人として括られるべきじゃない時がある。そう、稔は思った。


「――織桜。お前、いじめの被害に遭ったことって有るか?」

「おいおい、愚弟。立ち話で重要な話題を言わせるとか酷いな。てか、いきなり話題変えたな」

「あっ、ごめ――」

「いいのいいの」


 織桜は特に気には留めていなかったが、取り敢えず座らせて欲しいと稔に言った。重要な話は立ってするべきではない。いくら人間が二足歩行できると言っても、それでいて弊害がないわけではないのだから。それに何かをメモしたりする時だって、座って取ったほうがいいだろう。


「席順はさっきと同じでいい?」

「いいんじゃないの? ――ってことで、ラクト早く行け」

「分かった」


 命令には逆らえず、召使として主人に従うラクト。でも、窓側の席は絶景を楽しめる可能性がグッと広がるから、大歓迎だった。確かに、トイレとかへ行ったりする時は不便かもしれないが、行かなければ無問題だ。綺麗な景色がそこにあるのに見ないのが、どれだけ損なことか。ラクトは、そんなことをよく理解していると思っていた。


「皆座ったな」

「でも、斜めで話すのってちょっと――」


 考えてみれば、斜めの角の人物同士が話すのである。合コンではないとはいえ、話す時に斜め向かいの相手と話すのは容易ではない。何しろ隣には召使であるラクトが、目の前には整備士であるマモンが居る訳だ。そう考えた時、目の前に織桜を配置したほうが話しやすいと思った。


 それに、テーブルが隠されている位置をマモンが知っていたことも有るから、マモンを窓側の方に配置したほうがいいとも思えた。バスガイドみたいな、そういうような役職が出来るのではないかと思った。七号車のトイレを借りていた事から、用を足しに行く心配もないことも大きな要因といえる。


「そうだな。んじゃ、交代で」


 稔は色々な理由を重ね、マモンと織桜の席を交代させた。テーブルが有るから移動は容易ではなかったが、無くすと弁当箱を膝の上などに置いておく必要が生じる。だから、稔はテーブルを片付けるなんて事を考えたりはしない。


「よし、と」


 織桜はそう言って、交代した座席に座った。稔たちの席は座っていた当人たちが立っていたから、体温が布に残っていたりはしなかった。けれど、マモンの場合は待っていたから体温が少し残っていた。でも、それは微熱と言って差し支えない。


「それじゃ、話の続きをしようか」


 織桜は言ってテーブルに両肘を付く。肘から先はクロスさせたりはしなかったが、右手は左方向、左手は右方向に下ろした。稔の目に焦点を合わせて見るのは流石に恥ずかしくて、織桜はそこまでして話したりはしなかったが、稔の顔はしっかりと見て話した。


「金髪の地毛を染めることはなかったけど、学生時代は同性から多くの嫉妬を買ったよ。『毎日ヤってんだろ』とか、『早く妊娠して中絶しろ』とか言われた。酷い時には、トイレの個室で用を足している時に覗かれたりしたな」

「……」

「最初は軽いセクハラだったけど、今考えてみればよく耐えれたなって思うわ。親に相談もしてなかったっけ――」


 織桜は笑顔で話すが、内容は凄く重たかった。


「思い出した! バイト先の人達に助けられたんだっけ」

「へえ」

「色々言われてた時も言われたんだよね。『そんな奴とは縁を切れ』とか、『私達はお前さんの味方』とか。学校に乗り込むことはなかったけど、バイト先の人達のお陰で自殺しなかったんだと思う」

「自殺も一時期考えたのか?」

「まあね」


 自殺を考えてしまうほどにまで追い込まれていたということを知り、今の織桜とは比べ物にならないような女子高生生活を送っていたのだと思うと、稔の心は締め付けられた。自分のようにぼっちの方がまだ得をするんだと、その時思った。


「いじめは良くない。それは大前提だ。でも、いじめを受けた人はメンタルが強いだよね。スルースキルも身につくし。それに、いじめを受けることで夢を叶えてやろうって気持ちは強くなるんだぞ、愚弟」

「そうなのか」

「ああ。愚弟へ向けた、先輩としてのアドバイスだ!」


 織桜は誇らしげに言った。


「あの頃は、自分が主張しても何一つ聞いてもらえなかったんだ。でもそういう時期があったから、こうやってアルティメットアドバイザーとして活躍できたんだと思う。まあ、リートに出会ったのも大きいけど」

「ありがとな、悲しい過去の話」

「いいのいいの」


 織桜は悲しげな顔を浮かばせず、最後を締めた。いじめに遭っていたことを知って、稔は胸の大小の話を考えないようにしようと思った。その方が、織桜の傷を抉るような真似にはならないと思ったためだ。


 織桜と稔が会話を終わらせたと同時、車内にアナウンスが入った。


『シルア、シルアで御座います――』

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