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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
一章 エルフィリア編Ⅰ 《Knowing another world and the country》
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1-73 クローネ・ポート参着-Ⅰ

「これは……!」


 赤い橋梁を渡る列車。そんな光景を下から見れば詠嘆するだろう。稔は、自身に美術的な才能が無いと思っていた。だから、興奮が澱のように残ることは無いと思っていた。


 でも、それが本当か否かを確かめることは不可能だ。何せ、この橋梁から降下することは不可能極まりない為だ。テレポートを使用すれば行けるであろうが、行って帰ってくるのが億劫。面倒くさくなってため息を付いてしまうだろう。


「おお――」


 乗客たちも、稔と同じように詠嘆したりしていた。何故自分が口を開いていたのかもわからないように口を開いている者も居たが、それは他の号車に居た。六号車に居た乗客は稔たちと他数名のみであって、その人達は声に出して何かを言ったりはしなかった。


 七号車の方向に耳を傾けてみれば、その方向からはカメラのシャッター音を切る男が聞こえた。なんとなく、携帯電話やスマートフォンのそれに聞こえたから稔は、カメラの付いた何かの機械で撮っているのだろうと考えた。


「ねえ、稔。一号車に行こうよ!」

「俺だけを連れて行くのはよしなさい」

「じゃあ、皆で――」


 ラクトは一号車へ行こうとすることを諦めはしなかった。稔も行きたくないわけではなかったのだが、マナーというような事を守りたい気持ちがそれを被すようになった。そしてその気持ちの上に、「行かないほうがいい」という気持ちが乗っかった。


「頭おかしいだろ。なんで弁当箱こんなに残ってんのに全員が席立つんだ。そんなことしたら、乗務員から言われるぞ。『ここに嫌な乗客が居る』ってな」

「そうかな?」

「そうだ。俺は鉄道に詳しいわけじゃないし、接客業を知り尽くしているわけではないが――いくら、『お客様第一主義』を貫くにしても、嫌な乗客にはため息を付きたくなるもんだろうし、愚痴をこぼしたくなるものだろうしな」

「あー……」


 自分たちがお客であるということを一つ、心の中においておくべきだと稔は思っていた。いくらお客様を大切にしてくれそうな企業だからといって、それはマナーを持たない行動をしてもいいということではない。マナーを守って初めて、大切にされるお客様になれるのである。


「まあ、そういうわけだ。別に俺は行きたくないわけじゃないから勘違いすんな」

「……じゃあ、皆一人づつ行こう」

「一号車までテレポートしてもいいけど、驚かないのかな?」

「――」


 ラクトは黙り込んだ。稔もラクトも、一号車にはまだ足を踏み入れた事がなかった。別にトップ席という訳ではないのだし、誰かの専用列車というわけでもないのだ。要は、ただ縁がなかったということだ。


 故に、乗客がどれほどいるのかという情報を掴んでは居ない。そういった情報を掴めばテレポートも余裕でできるはずなのだが、掴めないから突然現れた奴らというレッテルが貼られるだけに留まる可能性も否定できなかった。


「稔さ~ん。ヒントはトイレですよ~」


 そんな時、マモンが稔たちにヒントを言葉で送る。


「もしかして、一号車にトイレが有るのか?」

「有るのか無いのかだと、有ると思~う」

「……」


 語尾を伸ばすという特徴は相変わらず。けれどもう、稔はそれが個性であるということを受け入れていたから、変に苛立ったりなんかはしなかった。もっとも、変な情報を垂れ流しているわけではない。整備士としての少々マニアックで役立つような知識だったから、それで苛立ったりなんか出来なかったのも大きかった。


「ここの光景は、第三管区に所属する我々は良く目にする光景なので、私はここで待ってますね~」

「変な人に声を掛けられて付いて行かれると困るんだが――」

「私は幼児じゃないですよ~。貴方の召使では無いですけど、過保護は嫌われる原因になりますよ~」

「……」


 先程は語尾を伸ばすという個性を認めてやったが、今回は稔の心の中にイライラが生まれてしまった。でも、それは自分が『過保護』であることを認めている証拠とも受け取れた。召使を守ってやろうという気持ちは素晴らしいが、それで過保護になったりしてはいけない。それは一種の虐待だ。


「あっ、すいません。怒らせてしまったようで……」

「謝らんでいい。考えてみりゃ、確かに過保護かもしれないし」


 ラクトをはじめとして、自分の召使も精霊も下に見たことは無かった。弄っていた時も、罵倒とかはあまりしていないし、傷つきそうになったら謝罪の言葉を述べたりしてきた。過保護だと思い当たる節は早々見当たらないのだが、それが過保護なのだ。


 自分ではいいことをやっていると思っていても、他方から見ればそれがいいことには見えなかったりする。幸せに見えるようで後ろには、妬みやら憎しみといった負の感情、それがこみ上げていることも有る。


「気づかせてくれてありがとな」

「でも、愛情は忘れないでね~」

「おう」


 愛情で何かを包み込むことと、過保護な力で何かを包み込むこととは別だ。前者は力の圧力のない、人の情熱の一つが作り成すものであるが、一方の後者はそうではない。自分の持つ力という力で、何かをすることを過度に躊躇ったり、何かを禁止したり、何かをさせなかったり。似ているようで違うのだ。


 愛情は失ってはいけない。でも、過保護な情熱は要らない。マモンの言いたいことは要約すれば以上だ。


「それじゃ、三人で行ってらっしゃ~」

「おう」


 そう稔が言うと、席に座ったまま三人は三角形トライアングルを作るように、両手を左隣の人、右隣の人とそれぞれ繋ぐ。四人だと、一人だけ繋げない人が出来てしまうが、三人であればそれは無問題だ。



(――テレポート、一号車、トイレへ――)



 稔はそう宣言した。でも、考えてみれば弁当を食べきっては居なかった。あれほど食べきらなければならないと思っていた自分の心理とは裏腹の結果に、稔はひどく落胆した。昼飯が遅いから、あまり多く食べても夕飯が入らないだけだと稔は思ったが、少ないのは御免だった。


 けれど、過ぎたことは気にしなかった。あまり気にしすぎていたら時間はどんどん過ぎていく。考える必要性が低いものを考えている暇があったら、もっと有意義な時間にするべきだ。もっとも、その『有意義』というのは人それぞれにどう感じるかが異なるから、一つを示してい言うのは難しいわけだが。


「よし――」


 過ぎたことを気にしないスタイルで来て、稔たち三人は一号車のトイレに降り立つことは出来た。誰かがいたら大変な事態になっていたが、そこは引き運が強く、誰もいない。


 引き運が強くてホッとしたのも束の間。「さあ出よう」と三人は考えた。だが、考えてみれば男一人と女二人が一緒にトイレに入っているなど、どう考えてもおかしい。召使だと感じてくれればいいのだが、織桜は実際には召使ではない。


 だから、見た感じ主人となる稔への言葉遣いを踏まえた際には、もしかしたら気が付いてしまうかもしれないと思った。そしてそれは、恐怖になりつつ有った。けれど、それを払拭しなければここからは出れない。


「せーの……」


 織桜も社会人で有ることを意識して、稔はトイレのドアを開ける決断を下した。恐怖を払拭して、自分たちがしようとしていたことをするために行動する。トイレが有るのが一号車のどの位置にあるかは分からなかったが、それも運に掛けた。


「……」


 無言のままに扉を開ける。目を閉じたままでは行動なんか出きっこないから、目を開けたままに稔たちは行動した。してみればそこは、一号車の先端部分だった。運転席はトイレのその向こうだ。


「人、案外少ないな」


 先端部分だから人が多くいるかと最初は思ったりしたが、見ればそんなに人は居ない。電車の走る速度はゆっくりな状態だったから、何故居ないのか不思議に感じた。だが、不思議に感じたのはほんの一瞬だった。


「あ――」


 サクシーア橋梁を渡り終えたのだ。先端部分では赤い橋梁も終わり、あとは渡り切ることだけが待っていた。渡り切るまでに一体どれほどの時間が必要なのか、正確な情報なんてそんなに簡単には分からなかった。何しろ、時速やらは聞いていないのだから。


 でも、予想は出来た。けれど、その予想を立てることも面倒臭がって誰もしなかった。



『本列車はサクシーア橋梁を渡り終えますと、シルア駅に停車後、クローネ・ポート駅、そして終点のエルダ駅という順番で停車して参ります。速度を上げますので、しばらくこの速度をお楽しみ下さいませ――』



 そんな車内アナウンスの後、一合舎の先端部分には僅かな人だけが乗り込むだけとなった。僅か、といっても稔たちだけだ。他の人達は写真撮影が済んだようで皆、一号車の座席でカメラを片付けたりしていた。


「んじゃ、俺らも写真撮りますか」

「だね」

「風景画を一枚撮りたいんだけど――。ラクト、作ってくれるか?」

「市民会館で使ったやつは……これだっけ?」

「おお!」


 役に立つ召使であると、即時に稔からラクトへの評価が良くなった。別にそれまで悪い評価をされていた訳ではなかったが、状況が状況なだけに「頼れる召使である」という評価が強く与えられた。


「カメラ撮影機じゃなくてスマホのカメラか」

「ああ、そうだ」


 織桜は顔を小刻みに上下に振った。「なるほど」という思いを表すための行動である。現実世界ではスマホのカメラに驚いたりするような田舎人というわけではなかった。だが、流石に異世界で慣れてしまっていたりすると、そういったものには物珍しさを感じていた。


 もちろん、この異世界にスマホが無いわけではないのだ。けれど現実世界よりも割高で、一般人は手が出せる範囲には無い。通信会社も二社しか無く、ボン・クローネ市などの大都市であれば、二社とも電波が強く入る。


 一方、エルフィリア・メモリアル・センター・タワーズ・ビルディングが有るようなああいった田舎では、一社しか電波が強く入らなかった。何か弊害があるのかと言われれば、特にそう言ったものはない。会社の方針上、田舎を見捨てているだけなのだから仕方ない。


 それでいて、多くの場所で繋がる方の通信会社は料金が高いのだからたちが悪い。


「もうすぐ走りだすから、渡り切るまでがチャンスだと思うけど――」


 織桜が指示するように言う。指示されなくても分かっていることでは有ったが、指示されてその言葉を織桜が言い切ったと同時、列車は通常のスピードに戻っていった。早くなれば静止画である写真の撮影は失敗しやすくなるから、織桜は出来る限り早く撮ってほしかった。


「綺麗に撮れよ」

「フラグを立てるな。焦らせるな」

「勝手に焦るんじゃねえ」

「なっ――」


 焦りは焦った奴の責任であると、織桜はそう言った。煽るようなことを言った奴にも責任があると稔は思っていたが、それは稔をヒートアップさせた。単純と言えば単純では有ったが、それが何か一つの事に集中できるコツとも言えた。


「よっしゃ」

「どれどれ――」


 煽りは焦りではなく、集中力を生んだ。結果として、稔は嫌な結末が控えていなくてとても良い結果に終われて良かった――はずだった。静止画、それも風景画だけでは物足りないとか主張する召使が一人居たのだ。


「一緒に撮ってよ」

「じゃあ、三人でな」

「うん」


 ラクトの提案に稔は応じた。嫌な提案でも無かった。写真は左端か右端の人が撮るべきだと稔は思っていたから、稔はどちらかに写真撮影のためのスマホを渡そうとした。ただ、考えてみれば個人情報が詰まっている可能性のあるスマートフォン。精密機械だから壊されたら溜まったものではないだろう。


「ラクトに渡すわ」


 だからこそ、稔は作った張本人にそれを手渡した。張本人だから写真撮影くらい出来るだろうと稔は思っていた。でも、あまりそういうフラグ的なものは建設したくないのも本音だった。期待し過ぎが良くないことは稔も良く知っていたからだ。なにせ期待し過ぎは、いい結果を生み出すことよりも、悪い結果を生み出すことが多い。


「失敗してやり直すかもしれないけど、文句言ったりしないでね」

「アドバイスと文句を同じように受け取ったら駄目だぞ」

「そんな初歩的なミスを召使がするとでも?」

「それもそうだな」


 ラクトは手が柔らかくなって伸びたり縮んだりするわけではない。だから、カメラ撮影時に上から何かを撮ろうとする時は、ある程度まで手を伸ばすことは出来たとしても、そんなメートル単位程ではない。


 もちろん、「魔法を使って骨とかを無いものに出来ないのか」と言われたら無理ではない。だが、後々大変な事態になってもしかたがない事であるから、そんな特別魔法が使える召使に指示させたりするような主人は居ない。


「ほら、笑顔!」

「写真撮影ミスすんなよ?」

「しないよ」


 ラクトは笑顔を見せた。加えて親しさを表現するため、左隣に居たラクトの右頬に自身の左頬をくっつける。頬と頬が近づくと体温を感じて照れたりするものであるが、この際は近くに居たとしても撮影の方に目がいってしまっていて、体温の上昇はそこまでではなかった。


「私も愚弟とほっぺをくっつけよー」

「織桜までっ!」


 稔は驚きを隠せないが、織桜は言葉を取り消したりはしなかった。愚弟だの言っている織桜であるが、こうやって頬をすり合わせることが出来るのは、弟扱いしているから出来るものなのだ。そう考えた時、稔は自分が下に見られているんだと改めて感じた。


 織桜と稔が、ラクトと稔が。それぞれ頬をすり合わせあうことで摩擦熱のようなものが生まれる。そんなことを考えた時、体温の上昇と一緒に頬の熱が上昇していくのを稔は感じた。彼だけではない。ラクトも織桜もそれを感じていた。


「ほら、カメラの方向を向いて! 照れるな稔っ!」

「照れてねーよ!」

「それダウト~!」

「何言って――」


 その時。丁度、シャッター音が鳴った。稔がスマートフォンの内側のカメラに目線を合わせた時、ディスプレイには絶景が映っていた。ラクトは、そんな背景がよく映えるような位置にスマートフォンを持ってきていたのだ。稔や織桜が気づかなかったということもあって、凄く二人は驚いた。


(俺と織桜のために、こいつはさり気ない気遣いをしてくれてるんだな。後で撫でたりでもするかな――)


 シャッター音が鳴った後、稔はそんなことを考えていた。撮影のために有ったスマートフォンが自分の上部から取り払われるようになった時、稔はラクトの頭をなでた。


「有難うな……」


 稔はそう言って、ラクトに感謝の意を伝えた。

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