1-72 メッセ行き臨時列車-Ⅻ
「10」
「11」
「12」
「13――」
左右のプレイヤーが13を提示した稔に対して、疑いの目をむけた。けれど、誰も彼に「ダウト」とは宣言しなかった。不確定な情報であったが、それを呑んで言ってこそゲームの楽しさは生まれるものだが、それを呑めなかったが故に、ラクト、織桜、マモンは言えなかった。
「エース……」
「2」
「3」
そして再び稔の番になった。
(なんでこいつら『ダウト』って言わないんだ……? 俺、今4なんか持ってねえぞ!)
心の中で焦りを感じ、言葉にする稔。覗くな、とあれほど念を押していたことを考え、稔は心の中で何か喋っても問題はないと思った。けれど、召使が魔法ではない手段で心を読んでくるし、魔法か否かを波動で読み取ることも出来ないから、稔の焦りは消え失せることはなかった。
(ジョーカーも無いとか、これバレたら手札が――)
手札が相当な数になってしまうということは言うまでもなく。稔は、そんな枚数の手札で今後のゲームを進めていくと、何処か悲しみが心の中に生まれそうな気がした。だから、ここだけは逃す訳にはいかなかった。
「4」
稔はそう宣言して、カードを中央に出した。
「怪しいな……」
目を光らせるラクト。心を読もうとするが、それをして言ったら情けなし。人の情なんてものが無いと言われてもなんら文句ない程度の、そんな人間だという評価さえ受け取ってしまいそうな女の子となる。
「ダウ――」
織桜がラクトを煽る形で最後まで言わないようにして、そう言った。もちろんこれでは宣言ではないから、まだ取り消しが効く。だから、織桜は笑ってそれを取り消した。
「出そうかな……」
ラクトは敢えて口から言葉にし、悩むような姿を見せる。どう考えても怪しいとしか見て取れないような行動を取る稔に対して、何か一言くらい言っておきたいのは確かだった。だがラクトは、稔が嘘のカードを出したという事を述べることは出来なかった。
即ち。
「5」
稔が嘘のカードを出したことを見分けられず、彼女は5という数字が書かれているであろうカードを中央に出した。……が。稔に引き続き、ラクトも間違いのカードを出していた。ジョーカーは手札に有ったが、ラストまで温存しておこうということだったのである。
「6」
しかし、ラクトが温存しているとは知らず。織桜は、持っていた6と見られるカードを中央に出した。何の変哲もなく、ニヤケ顔もない普通の提示だった。……が、そこにラクトが反応する。
「怪しい」
「言ってもいいんだよ?」
「若干脅しのような気がしなくもないんですが、それは――」
ラクトの脅し文句に近い、という評価を与えられた言葉。どう受け取るかは人それぞれだからいいのだが、ラクトは脅し文句であるとか無いとか、そんなことを深く考えて言ったりしたわけではなかった。
深く考えずに何でもかんでも言って大変な事態に遭遇することは、ラクトの主人である稔の避けたい事態だ。そんなの言うまでもないが、ラクトがそれを分かっていないのではないかと思い、稔はトランプのカードを一つの束にまとめて、隣のラクトに言った。
「またトラブルでも起こしたのか」
「違うわ! なんでそうなるんだ!」
あまり固く聞くと固く返される、若しくは固い口調はネタとして使われる――などと思って、稔は弄る感じで言った。親しい関係を築きたい一方で、自分が損を受ける状態は出来る限り生み出したくない。だからこそのことだった。
「まあいいや。続けよう」
稔はラクトから確認をとれた事を把握すると、そう言った。けれど、会話をすれば記憶の何かしらが欠けてしまうことは無くないことじゃない。年寄りなら年がら年中、三六五日そうなるかもしれないが――高校生たる稔でさえ、なってしまった。
彼のみならず、織桜やラクトも分からなくなっていた。唯一、会話に参加していないマモンが救いだった。
「今いくつだ?」
「6~。次は7だよ~」
「ネクストプレイヤーは?」
「私」
マモンから情報を聞き取って、稔は今何処まで進んだのかを把握した。織桜とラクトがもう少し話したげにしていたが、それならそうしてくれと稔は思わんばかりで、ゲームをしたいという気分がなったので自分の気持ちに従った。他人の気持ちにばかりを考えるわけにもいかなかったのである。
「んじゃ、7」
マモンは、織桜とラクトが疑ってこないであろうことを祈りつつ、そのところの隙を突く形で宣言した。そして、回ってきた8。稔の手札にはしっかりと残されているその数字を表すカードが有る。もちろん、それを出せば特に無問題なのだが――。
(二枚あるんだよなぁ……)
同時に中央に出すことも考えられなくはない。けれど、それはそれでいいのかと彼は思った。このまま長引くなら、また自分の番の時に出せる可能性が有るじゃないかと、そう思った。でも、結局は二枚出すことにした。
「8」
「ホント?」
少し首を傾げると、織桜は稔にそう聞いた。
「それを言ったらダウトじゃねえっ!」
もっともである。嘘を探すゲームがダウトであるのに、嘘を知った状態で何を探せというのだろうか。手品披露の後のネタばらしであるまい。そんなことをする必要性は皆無と言って他ならないはずだ。
「ちゃんとツッコむのか、愚弟」
「ツッコむだろ普通は!」
「そっか」
驚くような素振りを見せようとしている織桜では有ったが、それは失敗に終わった。棒読みではなかったが、感情という感情を稔は感じることが出来なかったからである。声優であれば、もっと演じて欲しいとか思ったりもしたが、仕事と私生活を混合するのは決していいことではないから、稔はそれ以上は何も言わなかった。
「んじゃ次、私! 9~」
「マモンみたいな語尾伸ばしだな」
「褒めてるのかな?」
「受け取り方はお任せ致します……」
稔は本心を明らかにしないようにそう言った。けれどそれは、ラクトからの批判を買うことに繋がった。
「自分の意見はしっかり言ってよ!」
「傷つくと思うから言わなかった」
「言っていいよ! 別に、私に対する悪口だったとしても受け止めるから安心していいのに!」
「嘘つけ」
「嘘じゃないよっ!」
嘘ではないと言いはるラクトだが、稔はそんな情報を信じようとはしなかった。人には感情というものが付きまとうものであるからだ。いくら悪口を言われて悲しまないと言っても、結局は悲しくなって涙を流すものなのだ。必ずしも顔に垂れるとは限らない。心の中かもしれない。
「てか、悪口を受け止めるとかどんだけメンタル強いんだよ」
「そういうものだよ? ……てか、稔は主人だからね。多少の悪口は受け止めなくちゃ」
「それ、悪口って言うよりは酷評――」
「そうともいう」
金曜夜七時半に放送されている某アニメの主人公の発する台詞に限りなく近いものだな、と稔は思った。
ただ、もちろんそれを異世界人が知っているわけがない。稔だって、説明しろと言われたら放送された話数が三桁をゆうに越しているというのに、それを軽々しく内容を正確に言えるなんて訳ない。
ワンクールならまだ話はわかる。けれど、ツークール、フォークール――となっていけば、正確に話していくのは大変である。一度見ただけというのを前提とした時、国民的アニメともなればその理論を覆そうにも難しい。
「なんか、凄く考えこんじゃってみるみたいだけど――」
「織桜は分かるだろうが、異世界人には分からない話だ。忘れてくれ」
「分かった」
咳払いしてトランプゲームに稔は戻ろうとする。もっとも、くっきりと区切りをつけて離脱したとは言い難いが。が、しかし。織桜が話の内容を聞きたそうにしていた。
「私に分かるのって何? アニメ関連?」
困っている人――と言えなくもなく、稔は困っている人を助けられないという特性が発動してしまい、結果として何を考えていたのかを教えた。別に、心の中を読める自分と主人との間の秘密だとか、そんな事を考えているわけではなかったから、ラクトは嫉妬したりはしなかった。
「織桜って何処在住だったの?」
「何処がいい?」
「なんで俺に決定権が有るんだよ!」
「魔法で変えられないの?」
「変えられねえわ!」
「そうだよねー。愚弟はまだ一七歳のチェリーだし」
「うるさい!」
織桜はさり気なく稔を弄り倒す。アニメだけの話かと思った稔からすれば、そんなことになるだなんて考えられるはずもなく。一方、彼女の顔にはニヤけた笑みが浮かぶ。弄り倒すことが趣味だとか、そんなことを言われてしまっても、問題なくそう認識できてしまうくらいの笑顔だ。
「正解を言ってしまうと、死んだのは東京かな」
「何故そこでシリアスを持ってくるのか……」
「東京生まれ東京育ちの、二三歳女性声優。それだけでも十分なスペックな気がする」
「都会女としての?」
「そうそう。だからこそ、私にアルティメットアドバイザーが務まったんだと思う」
一理あった。稔が経験したことのない仕事だったから、変なことを言うわけにもいかず。稔は取り敢えず、頷くだけに留まっておいた。何か返しの言葉が無いと会話が映えないかと思って、うんとかすんとか言うのは忘れない。
「公務員肌っていうかさ」
「知らねえよ。勝手に思ってろ」
「年上にその口遣いとは……」
「タメ口でいいとか言ったのは誰だコラ。敬意は心の中にあればいいだろ。その都度表せば無問題、無問題」
「そうだけども、もしかしたら愚弟が敬語っていうのを忘れたんじゃないかって思ってさ――」
アルティメットアドバイザー・織桜にそう言われて、心配されていることを稔は自覚した。織桜は自分のことを弄っているだけではなく、そういったところで関係を悪くさせないように努力しているということなんだと、彼女本人が言っているわけではなかったけれども、察してそう思った。
「無問題ですから、特に問題は有りません。心配してくださったのはとても嬉しく存じます。ですが、心配は程々にお願いします」
「おお」
稔もしっかりとした敬語で有るか否か、そんなところを少々気にしてはいた。織桜みたいな大人であれば、それなりのアドバイスはくれるんじゃないかと思った。が、考えてみればまだ新人と言っていい。
確かに、老婆や老爺から「これだから最近の若者は――」などと言われるよりはマシだ。けれど、新人だからこそ、彼女のほうこそ言葉遣いがなっていないんじゃないかとか、失礼ながらそんなことを稔は思ってしまった。
「あと、これから織桜には敬語使わないから」
「ハハハ! 胸の小ささが年下に見られてしまう大きな要因に直結してしまうとはな!」
「そんなこと言ってねーよ! 勝手に話をおかしくするんじゃない!」
「でも、私の胸が小さいのは紛れもない事実じゃんかー、愚弟さんよー」
「……」
稔に言い返す言葉は見つからなかった。「そうですね」と言うしか、もう選択肢なんてものはない。格好つけて何か言えば、見ているラクトから笑われたりするのがオチと言っていい。最近のラクトの様子を見れば、必ずしもそうとはいえないが、そうなる確率は高い。
「小さいのが好きな人もいるから、心配は三〇代超えてからだよね!」
「まあ、ポジティブに生きてくれ……」
「おう、愚弟!」
そう織桜が言って、ようやくゲームが再開できるようになった。ここまで時間はそれなりに経過していた。途中、トンネルを数回出たり入ったりしていた。けれど、電車が絶景だから減速走行したり――なんかはなかった。
「はい。んじゃ、10! 上がり!」
「そんなの嘘だろ! この状況で三枚なんて――」
「お? ダウト宣言か?」
「……」
稔は黙り込んだ。ここで賭けに出ても良かった。ただその際に自分に課される代償、それは大変大きいものである。何しろ、中央に出されて乱雑に重ねられたトランプカードは三〇枚前後と言っていい状態。もし仮に今手札を増やしたものなら、手札枚数は大変なことになる。
けれど、このまま負けを認めてしまうのも嫌だった。だから稔は言った。
「ダウト!」
「最終回答かい――?」
「ああ、最終回答だ」
「後悔は――よしにしてくれよッ!」
織桜はそう言うと、一番頂点にあったカードを表向きに返した。見てみればそれは、紛れも無い赤ピエロだった。けれどピエロ、即ちジョーカーは二枚しか入れていない。となると、残り二つのカードが稔は気になった。
「なっ……」
頂点から一つ目、それから下に下がって三つ目まで見てみると、ピエロは一体しか無いということで抗議出来るかと思った稔がバカに見えた。なにせ、10のカードが二枚出ていたのである。
「負けた!」
稔はそう言うと、顔の両頬にそれぞれの名称についた方向を表す手――要するに左頬なら左手、右頬なら右手でそこを覆い隠す。涙という涙は流さなかったが、悔しさは心の奥底に少しばかし有った。最初のエースで見破れただけに、悔しさが有ったのだ。
「んじゃ、稔。弁当早く食べなよ」
「そうだな。食べきんなきゃ」
食べきるまでには確かに近づいていたが、完全に食べきってはいなかった。だから稔は食べるために、弁当箱を左手、箸を右手に持つために一旦太ももの上に置いた。もう冷めたから、最悪水滴がズボンに垂れて付着する可能性があった。けれど、稔はそんなことが無いように蓋を敷いてその上に弁当を置いたから、あまり問題はなかった。
そして、付いてきた割り箸を右手で持って弁当箱を左手に持つと、稔は残ったおかずや米飯や野菜を食べていった。平らげるまではそれなりの時間が要求されるかと思ったが、そこは流石男子。あまり運動はしないと言っても、食べるスピードは早かった。
「早食いは肥満の原因になりやすいよ~?」
「大丈夫だ。さっきゆっくりと食べたからな」
「回答がそんなのでいいとは……。少々幻滅です~」
「軽々しく人を評価しないで!」
マモンには軽々しく人を評価しているのだとか、そんな気分はないのだ。だから、そんなことを言われても首を傾げたくなるだけだった。何度か稔に言われていたから、そういったところには気を遣おうと思っていた矢先のことだった。
「……あれ?」
そんな時。列車が、突如として減速走行を始めた。会話には出ていなかったが、早速フラグ回収である。一応クローネ・ベーグは通過しそうなところだったため、稔たちは事故の可能性を疑った。けれど、そんなものではなかった。
『まもなく、サクシーア橋梁になります。絶景ポイントになりますので、撮影等をご自由にお願い致します――』
絶景撮影ポイントであること、それが列車内アナウンスで伝えられたメッセージだった。サクシーア橋梁というのは初めて聞く橋の名前で、かつ日本語といってもカタカナ表記でなければ当て字を使うことに成るであろう言葉であった。だからといって稔は、吐き気がしたりしてはいなかった。
『目の前にございます小さなトンネルを抜けますと、前方正面方向に戦艦エルダ、東西方向にクローネ・ベーグが御座います。また、サクシーア橋梁の下にはクーポシア川が流れており、非常に美しい光景に目を奪われることでしょう』
トンネルはそれほど長くはなかった。何も話さなければ長く感じるかもしれないが、何かを話していれば錯覚でおかしくなって長いように感じなくなる。それを利用し、車掌は乗客に元気な声をアナウンスで掛ける。
『まもなく、橋梁が見えてきます。一緒にカウントダウン致しましょう。皆様、ご準備をお願いします――』
ふざけたような気がしなくもなかったが、稔たちはある意味で旅行をしていた。殿下に頼まれたのは確かだが、そんな旅行は楽しまなければ決して面白く無い。だから、稔たちは面白いことに果敢にチャレンジしていこうとして、カウントダウンに参加した。
『一〇から参ります……』
カウントダウンの一番大きい数が伝えられ、それによってカウントダウンが始まる。そして、カウントダウンは終盤を迎え、出口の光が強くなった時だ。
「ゼロ!」
六号車では稔たちだけだったが、他の号車から同志の声が聞こえたから、稔は嫌な気分にはならなかった。恥ずかしい何かをしているとか、そんな気持ちになんかならなかった。
そして、赤い橋梁が目に映った。




