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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
一章 エルフィリア編Ⅰ 《Knowing another world and the country》
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1-70 メッセ行き臨時列車-Ⅹ

「綺麗だ……」

「素晴らしい川だね」


 列車が発車してからまだ数分としか経っていない。稔が住んでいた東京大都市圏であれば、駅なんざ歩けば着く程度の位置に有るが――エルフィリア帝国の『大都市』とは言えないボン・クローネであったから、駅はそれなりに離れていた。


 ボン・クローネ市内はあまり交通網が地上になく、交通手段は魔法を用いたもになることが多いから、それも影響していると言っていい。


 そんなことはさておき――。稔とラクトは、車窓から見える川の絶景に心を打たれていた。世界遺産級の驚きはないが、稔もラクトもその圧巻の川の景色は、口を閉ざして凝視してしまうほどだった。


「これは何川って言うんだ?」

「その川は、『ベーグ川』って言う川だよー。ボン・クローネ市の中心街には流れていないけど、立派な橋が掛けられてるんだよー」


 マモンが弁当を箸で口に運びながら言っていた。口の中を開いて食べているところを見せつけるのは、マナー上よろしくない。けれど、マモンは自らそれを率先してやっていた。顔の表情から見て、狙ってやっているとしか思えないほどだ。


 けれど、稔の思っていたことはラクトには通じた。そんなラクトは案外ながら、右手に箸を正しく持って丁寧に食事をしていた。いつの間に弁当箱を開けたのかと気になる稔だが、確かに自分も弁当箱を開けてはいたので、その時に隣を見ていなかっただけだ。


「ラクト、キャラクター演じてる?」

「演じてないって。なんで演じる必要があるんだよ?」

「いや、そんなに丁寧にご飯食べてるところとか、どう考えても演じてるようにしか見えなかったから」

「そっか。でも、ご飯食べるときくらいはマナーがあるし、私はそれを守るよ」


 ラクトは丁寧にも箸を置き、それから稔に右手の親指を立てたグッジョブポーズを行う。笑顔でされればもちろん、稔は嫌な気なんてしなかった。この女の子を自分は撫でたのだとか、そういう事が回想として脳裏に浮かび上がる度に恥ずかしくなるが、今は全然恥ずかしくなかった。


 静かだから、テンションが低いから。そういうことが重なるから恥ずかしいと感じるだけなのである。テンションさえ高ければ、ポジティブに見ることが出来れば、恥ずかしいことなんて何一つ無くなる。建前と本音を分けることなく、いつも笑っていられるようになるのだ。


「意外とよく教育されてるんだな。感嘆だ」


 ラクトのいつもの態度と豹変しているからこそ、稔が軽く心配気味になっているだけである。そんなことに気付いてラクトは箸を再度手に持つと、実際マナーとしては大問題である『指し箸』を決行した。


「そんなに心配すんな!」


 マナーとしては大変よろしくない事では有ったが、いつも通りのラクトの姿がそこに見え、稔は心の落ち着きを取り戻した。もちろん、心配することもそこで止めた。それ以上心配しても、心の中のワンスペースが無駄となってしまうだけである。


「お――」


 弁当箱を左手に持ち、稔も丁寧に昼飯を堪能し始めようとした矢先の事だった。突如として、列車が急カーブした。こんな状況で号車と号車とを結ぶ通路に居たとしたら、先程以上に大変なことになっていたのではないかと思って、稔は身震いした。


 身震いと同時、稔はチラリとラクトの方に視線を送った。織桜やマモンはその視線を把握できていなかったが、ラクトは気づかないふりをしていただけで、気づいていた。無理もない、心が読めるのだから。


(三角食べて食べているだと……?)


 稔は驚きを隠せなかった。稔自身、どちらかと言うと片付け食いをしてきていた。おかず一つ食べ終わったらご飯一つ食べよう――みたいな、そういった食い方をしてきたのである。もちろん、料亭とかに行けば三角食べをしていたが、原則としては片付け食いをしてきていた。


 そんな稔からしてみれば。三角食べを実行しているラクトは、自分よりも上を行く存在だった。出来なくはないとはいえ、普段から実行しているわけではないのだ。だからこそ自分よりも上を行く存在だと、稔は認めざるをえない。


「そうだ。飲み物要るか、愚弟?」

「飲み物も買ってきたのか?」

「いや、飲み物は買ってきてねえぞ。けど、一号車と七号車に自販機有るから――」


 織桜がそう言った。対して、稔は言った。


「なんで男には買わせないんだよ! 一号車で買えるけども!」


 事柄を理解した稔がその発言に対して会話を続けたが、それは織桜に言っても何も解決できないような問題であり、鉄道関係の会社に勤務している者に言わなければ意味のないことだった。でも、織桜にだって推測は出来た。故に、織桜は推測で回答した。


「馬鹿かお前は。女はな、買い物には弱いんだよ」

「あっ――」


 稔が何となく察した。だが織桜は、最後まで話させてくれという事を心の中で思って話を続けた。


「デパートとかで女物の商品が男物より多いのは、第一の理由として、女のほうが財布の紐が硬いからだ。日本じゃ女が財布の紐を握ってるからな。まあ大体ってだけで、全てが全てじゃないけど」

「そうだね」

「そして第二の理由だが――。男がファッションに掛ける費用と、女がファッションに掛ける費用とを比べれば、その差は大変なものになる。美容も入れてみろ。どう考えても、後者のほうが多くかけていると考えられるだろうが」

「……」


 稔はついには黙りこんだが、織桜は最後まで続けることは止めない。


「つまり、そういうことだ。女のほうが全体的に金を使うんだ。それに紳士服着てるような、ビジネスとかで急いでいる人はこんな奥の方の号車になんざ乗らねえよ。降りても、跨線橋や地下通路まで歩く距離が増えるからな」

「確かに……」


 唾を呑み込んだ後。織桜の言っていた事を把握して理解した稔は、頭を上下に振って頷いた。


「もっとも、私も七号車に自販機を設置する理由がそれなのかは分からないけどね。だから、愚弟は信じこんじゃ駄目だぞ」


 最後に信用性が無いことを告げた後、織桜は笑顔を見せた。マモンに聞けば何か分かるような気もしなくはなかったが、彼女が列車の『車両』について詳しかったとしても、それは整備に関してのお話。列車の内部に置かれている商品などに関しては、彼女が必ずしも詳しいとは限らない。


「そういえば、エルフィリアって意外と農地広いんだね」


 稔と織桜が自販機の設置場所について会話をし終えたことを確認して、ラクトは二人の邪魔にならないように考慮し、話を始めた。その様な話を彼女は持ちかけてきたが、何故エルフィリア王国に関してをある程度知っているはずなのにわからないか疑問だった。だから、稔は聞いた。


「そういえば。ラクトって、エルフィリアに来たのはこれが初めてか?」

「前世がデビルルド、要するにエルダレアの住人だったからね。ここに来たのはこれが初めて。もちろん、召使になったのも初めてだけどね」


 ラクトはそう言うと、弁当の中にあったシュウマイを口の中に放り込むようにして運ぶ。そして、少し小さめの声にはなったが、ラクトはこう言った。


「そういう初めてを稔にあげたってことを、少しくらい理解していてもいいんじゃないかな……」


 『初めて』という言葉は、普通の意味で捉えればさほど問題なく捉えることは出来る。だが、どうしても変な方向へ引っ張ってしまいそうになることが有るのが思春期。特に男の場合は酷いものだ。


 ただ、稔はそんな事を隠さないで言うことはしたくなかったのでしなかった。けれど、思っていたことを伝えたくなったので、それだけは伝えておくことにした。ラクトも丁度シュウマイをモグモグ、と美味しそうに食べているため、気持ち良く聞いてもらえると思ったのである。


「なんかの口実に使う気だろ?」


 右手で扇ぐようにするラクト。口の中にシュウマイが有ったので、それを飲み込んでから彼女は返答を言うことにした。扇いだ際、風は少しばかし発生していたが――彼女が表現したいのはそんなものであるはずがない。


「んなわけあるか」


 ラクトは笑いながらそう返し、それを回答とした。


「……で、話はそれで終わり?」

「終わりだぞ」


 回答したラクトは、最後に聞いた。これで終わってもいいと思っていたが、彼女は何か話題を作って、もう少し話しあおうかとか思っていたのだ。だからこそ、終わりであることを確認して話題を提供することにした。


「んじゃもう少し会話を――」

「全然昼飯が食い終わらねえから、少し返事遅れるけどいい?」

「いいよいいよ」


 まだラクトは食べ終わっていないから、特に無問題だった。ラクト以外には、問題なく食べ終わっている織桜が居た。彼女は食べ残しもないから本当に無問題で、非の打ち所のない食べ終わりだった。そんな一方。


「人参嫌ぁ~」

「誰か食べてよぉ~」


 泣き顔になりそうなマモンが、織桜の隣に居た。彼女も箸を持っていたが、ラクトの持ち方と比べたら下手だった。俗に言う『交差箸』をしていたのである。別に豆とかが摘めないわけではないが、それを摘もうとした際に、どうしても箸が交差してしまうという現象が起こってしまうのだ。


 なるべくしてなるのだから、改善しなければそれが収まるはずもなく。嫌いな人参などを除外すれば、美味しそうに食べていただけあって、稔は少し残念な気分になった。


「食えよ」


 命令形で言葉を発する稔。だがその命令によって、マモンは更に食べるのが嫌になってしまった。最後の方、強めに言ったのが仇となった。そこだけ自信なさげに願う感じで言えば、もう少し考えてもらえた可能性は否めない。


「仕方ないな……」

「食べてくれるのか~」

「この状況で食べないって言ったら?」

「泣く~」

「その言葉の割に、その表情っておかしいだろ!」


 軽い回答に、稔は若干の苛立ちを覚えていた。人が折角食べてやるといったのにもかかわらず、そのような事をされれば苛立ちを覚えるのは当然である。稔は、軽い気持ちで返答してくれるのは別に良かったが、言い方を選んで欲しかった。


「でも、食べてくれるんでしょ~?」

「今ので願い下げだわ。もう一回交渉してみろ」


 マモンは顔をしかめる。ベロを敢えて出し、「えー」と言った。けれど、それだけでは何も始まらない。だからマモンは、何が駄目だったかを聞こうと考え、聞いた。


「何が駄目だった~?」

「決まってんだろ。マモンの言葉遣いだ」

「そっか~」


 交渉。それが出来るか出来ないかは、社会人として大いに重要な事だ。故に、それを軽々しくスルーしてはならない。それが無ければ仕事は成立しないことが多いのだから、重要と言わずに何というか。


 何せ稔やラクトは、日本で言えば高校生である。だからまだ就職というものは経験していない人が多い。でも、何も経験がないからといって重要ではない訳じゃない。学校の教諭に対して敬語を使うなどして言葉遣いに関しては教えられている事を踏まえれば、学校生活で不要とは到底考えられない。


 ここはエルフィリアという異世界の国であるから、国ごとに礼儀だとかは異なるのは確かだ。けれど、マモンの取っている行動はどう考えてもそれではない。軽い口調、だらけた態度。そんなものを伝統的な礼儀などと言われたら、流石にたまったものではないだろう。


「敬語は分からないと思うから使わなくていい。取り敢えず、だらけた態度とか軽い口調で願い出すんじゃねえ」

「む~」


 マモンは困った顔を浮かべるが、これはあざとい顔と言われるようなものである。動画サイトでアニメなどを見ていた時――と言っても、ネットでアップロードされたものには違法配信のものも有るから、公式配信だと釘を打っておくが、コメントで流れたりすることが有る。『あざとい』など、そういうような単語が。


 マモンの見せた顔は、まさしくそれだった。言って間違いがないと堂々といえるくらいのあざとさを、見せつけるためなんじゃないかと考えるほどの顔だった。男を虜に出来るかといえば、出来ると言っていい。


「じゃあ、稔~」

「はい」

「これらを食べて下さい」

「……わかったよ」


 稔はため息混じりに言ったが、別に嫌だったわけではない。間接キスに繋がる恐れが有ったから、稔は残された食材を食べる前に一つ、聞いておくことにした。


「マモン。これは間接キスにならないのか?」

「ならないよ~。その人参、箸で持っただけだし~」

「……」


 口の中に食べ物を運ぶ際に用いるのが箸である。故に、余程苦労しない限りは口の中の何処かしらに一度は中る。即ち、マモンの口内の何処かの細胞などが箸の先端部分に付着している可能性が有るということだ。


 ただ。そんな事で食べることを躊躇っていては、食べ終わるまでに日が暮れてしまう。無論、そこまでして他人が残したものを食べるはずもないのだが。でもここは電車内であるし、弁当箱を捨てる場所に残された食材をひとまとめにして入れることは日本では許されない。だから、稔は食べ終わることを決断した。


「トンネルだぞ、愚弟」


 そんな決断を下していた裏、織桜がそんなことを稔に伝えた。


「よし。んじゃ、このトンネルとどっちが早く食べ終わるか対決だ」

「いや、そんな長いトンネルじゃないんだけ――」


 最後まで言い切れぬままに、織桜は言い切ることを無理にしようともせずにそこで終わった。目の前に迫り来るトンネル、それに立ち向かおうとする稔。暗いトンネル内で一人バカしているというのは、全く共感できないし、やりたくもなくなるだろう。でも、稔はそんな馬鹿げたことをしでかした。


「せーの……」


 特に打ち合わせなんか無かったが、稔はマモンから貰った人参を食べた。味は悪くなく、不味いなんて言えない味だった。何故、こんな美味な物が食べられないのかラクトに対して疑問を抱く稔。でも、なるべくしてなったのだから、疑問を抱いたところで意味は無い。


 嫌いだ嫌いだ、と何度も嫌なことから逃げてきたことが最終的な結果となったのである。克服する機会もなく、食べられるのは好きなものだけ――という事態が目の前まで来ていたのである。否、「もう来てしまっていた」のだ。


「はふはふ……」


 弁当では熱が冷めているのが普通なのだが、今回のはそれではない。冷めていなくても、熱いものを食べているような状況になる時は有る。それは、急いで食べている時だ。少し演技をしていたのは否定できなかったが、「はふはふ」と言わずしても急いで食べている時に、それに似た言葉を発することは有る。


「もうすぐ出口だよ?」


 ラクトがそう言った。稔は食べることに夢中にならざるを得ず、周囲のことなど見る余裕もなかった。その為、ラクトにそう言われなければ今トンネルのどの位置に居るのかだとか、そういった基本的な情報は得られなかったのである。


「間に合わない!」


 必死に間に合わせようとする稔。だが――


「終了~」


 必死の行動も間に合うことはなく、稔は残り一つの人参を口に加えて終了の合図と光景を、それぞれ聞いて、見た。目の前には映える光景が有るのだが、どうしてもそんなものを見る気にならず、稔は即座に下に顔を向けた。


 残った残り一つの人参を口に入れて、それを噛み砕いて飲み込むと、稔は大きなため息を付いた。


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