1-5 リートとラクトの魔法技術指導。
「魔法、というのは誰もが使えるわけではないんです」
「――というと?」
「『人族』と『神族』は、魔法を使うことは出来ません。ですが、彼らは魔力に似た概念で何かをしようと企みます」
稔が話に聞き入っているのを知って、リートはそのまま話を続けた。
「『魔族』と隷族から別れた『妖族』は魔法が使用可能です。ですが、彼らは自分たちの利益を再優先に考えます」
リートは悲しげな声で稔に伝える。魔力には使う人の能力だとか、そういうのが関係しているんだろうなということは稔も気づいていたが、エルフィート以外の各種族が、どのようにして魔力と向き合っているのか、そういったことは稔は気づいていなかった。
「取り敢えず、今の情報は知識として頭に入れておいていただければ十分です」
「そうか」
稔はリートの言ったとおり、頭の片隅にマドーロムという世界の情報として入れておいた。難しい話が続くのかと思ったが、リートは話を変える。
「――ところで」
「なんだ?」
「ラクトさん、デビルルドですよね?」
稔も何となく思ったのだが、リートも思っていたようだった。稔が手を開いて能力を手先に集中させ、生まれてきたのは女の子。付け加えるとすれば「悪魔に近いようなエロティック女の子」だろう。
稔は考えたが、このエルフィリアにデビルルドが居るというのは、リートからは一度も聞いていなかった。この異世界、『マドーロム』という場所に来てからというもの、彼女についてきていた稔では有ったが、全くもって聞いていなかった。
「ラクト、答えて欲しい。どうなんだ?」
「えぇ、答えるの?」
「ああ」
「はいはい、私はご主人様に転生させられましたけど、前世は一応魔族」
「やっぱりそうだったか」
知ったばかりの情報しか知らないくせに、あたかも色々と知っているかのように頷いてみる稔。そんな彼に、ラクトは自らの家系図を連想させる事を告げる。
「あと、サキュバスとヴァンパイアの子孫ね。数多くのサキュバスとヴァンパイアが存在するから、正直な所、もっと詳しく説明しないといけないんだけど、まあ、大雑把に考えてもらえればいいよ」
「細かいことは気にしない、ということか」
「そうなの」
しかしながら、このデビルルドはとても軽い。体重の話ではなく、口調の話であることは意識しておいて欲しいが、やはりデビルルドだから軽いのだろうか……。あくまで憶測や仮説といった類であるが、そんなことを稔は考えた。
「でも、吸血鬼と発情娘の子孫ってことは、扱いにくいのか?」
「『扱う』っていう言い方は、なんだか奴隷みたいな扱いだけど、まあご主人様がそれでいくのな――」
「そっ、そういう意味じゃない!」
「そうか」
「あ、ああ……」
稔が少し対応に困っている中、ラクトは話し方を変えて言う。
「まあ、扱いにくくはないと思う。そりゃまあ、親は大変な悪魔たちだけど、夜にならなければ特に恐ろしくはないから大丈夫でっせ。――夜は、もしかしたらご主人様が寝ている間に、ご主人様の貞操を奪っちゃうかもしれないけど」
ニヤりと不吉な笑みを浮かべた後、リートがため息を付いている裏でラクトは舌をいやらしく動かした。唾液の音を立てながら、ジュルリという音を立てながら、頬を若干紅潮させてそうしていた。
「こっ、怖えーよ!」
「まあ、冗談六割だから」
「十割じゃねえのか!」
「だ、だって私一応デビルルドだし――」
「お前なぁ……」
稔は可愛い上にエロい召使に貞操を奪われること、それは別に「嫌ではない」ことだった。ただ、それはあくまで本心で、建前上は「絶対に阻止してやる」というものだった。現実世界で童貞を卒業できないままで高校生活を満喫していたため、稔自身、心のなかに相当な焦りが有ったのだ。
「でも、デビルルドだの、エルフィートだの、今はそんなの関係ないっしょ。貴方はご主人様で、私は『召使』ってことだけ頭に入れておけばいいだけであって、種族だとか奴隷だとか、もういいよ。飽きた」
「あ、飽きたってどういう――」
「いや、まあ、私が死んだ理由なんだけどさ」
「お、おう……」
召使であるラクトはその場でため息のようなものをし、息を整えた。その後、喉を鳴らしてから自身が死んだ理由についての話を始めた。
「私が住んでいたのはデビルルドの国。『エルフィリア』みたいに『エルダレア』って国名が付けられている」
「へえ」
「それで、大元帥サディスティーアの下に全ての国民が仕え、時に軍人、時に奴隷として扱われてる。だから、正直な所、あんまり奴隷とか言われるのは好きじゃないっているか、そういう扱い自体が最悪っていうか――」
「わ、悪かった……」
「肝に銘じんしゃい。……それで、私が死んだ理由は、サディスティーアを裏切ったからってとこかな」
「えっ……」
「エルダレアでは、大元帥様に逆らうと『死罪』なの。つまり、死刑」
死刑、という言葉は現実世界でも散々聞いてきた。学校の授業などで言えば、社会の公民や歴史、国語の文学作品の中に有ったりする。大きく視野を広げてみるとすれば、テレビや新聞、インターネットなどのメディアで報道されているので、それらのメディアの発信する情報の中だってそうだ。
そのため、とても重大であることは直ぐに考えることが出来た。
「エルダレアでは、情報を得ることすら規制されていた。与えられるのは大元帥様が認可した情報だけで、それ以外の情報は下に回ってこなかった。戦争でいくら戦果が出てなくても、『勝利』だの『快勝』だの、嘘の情報を流したりしていた。でも、規制されているから誰もその情報を疑おうとはしなかった」
「――」
「でも、エルフィートが攻めてきて、エルフィリアと戦争していて、それで気づかないはずがないじゃんか」
「それはそうだな」
戦争で嘘の情報を流す。それは何処でも行われていることなのかもしれないが、戦争に巻き込まれたものが気が付かないはずがない。――自分でそんな解釈をして、稔はラクトが続けた話を頷きながら聞く。
「『嘘はバレる』。大元帥であるサディスティーアが一体何を考えていたのか、その時に大体察することが出来たんだ。所詮、私たち大元帥以外やその側近以外のデビルルドは、ただの『駒』でしかない、とね」
「もしかして――」
「私は、そのことを周囲の人達に向かって言っていった。洗脳を解こうと、必死に努力を積み重ねていった。でも、無駄な足掻きだった。意味もなかった。デモを起こしたけど、大元帥が私を、主導者である私を、殺したのさ」
稔はそれほど察しがいいわけではないが、答えが何であるかに気が付き、それが見事に正解して「やっぱりか」と言った。その時、ふと思いがけないことをラクトが口にした。
「それで、ご主人様は今『やっぱりか』と思ったみたいだけど」
「う、うん……」
「心、読んでるからね?」
「へっ……?」
「口に出さなくても、読めてるからね?」
「なっ――」
この時、稔は事の重大さにすぐに気づいた。「口に出さなくても読めている」ということは、すなわち、先ほどの『建前』と『本心』のところも聞いていたということである。ということはつまり――。
「だから、さっきの本心と建前の話も、ちゃーんと見えてるよ?」
「わ、忘れてください! てか、主人命令!」
「まあ、記憶を消去するのは死ぬか、大事故に遭遇しないと無理だからなぁ……。まあ、言わないけど」
「ほ、他の人に言わないんだな?」
「『人』だけでいいの?」
「ほっ、他の『人や種族』に言わないんだな?」
「言わないよん」
それだけで、稔は心に縛りついていた謎の物体を排除することが出来た。何かを思ったらこの女に見られる。それはエロいことやグロいこと、つまりアダルティな事も含まれる。でも、それを彼女が言わないだけでも、稔からしたら大きな事だった。言われないだけでも、本当に束縛は和らぐ。
「――すいません。そろそろ技術指導よろしいですか、稔様?」
「わっ、悪い、リート!」
「まあ、正式なヒロインは地味な私ではなく、地味でないラクトであることは最初から気づいていましたので、別に今更謝られたところでどうってこと有りません。技術指導だけ、行いましょう」
「……」
思わず、稔は口から出す言葉に困った。ぶるぶる、と身体を震えさせているかと思えば、視線を変な方向に逸らし、まるでヤンデレのような表情を見せているリートに怯えた。目の前にいる女は、『ヤンデレラ』と言えるような女だった。
「――では、何も答えがないのですが、始めさせていただきますね」
「は、はい……」
「取り敢えず召使を召喚したら、これはもうパートナーとの絆によりますが、人型であればキスをし、獣型であれば抱きつき、魔力封印を解除してください」
「キ、キス……っ!」
稔は「やばい」と思った。なにせ、目の前にいる可愛い女の子は召使であるといえど、『デビルルド』である。変に手を出したらヤバイことになってしまう可能性が否定出来ない。もちろん、変なことというのはキスもそうだ。ただのキスが、いきなりディープキスに発展するかもしれない。
サキュバスといえば、そういったことも考えねばならないし、それこそヴァンパイアともなれば吸血鬼であるゆえ、歯を立てて血を吸うって来るかもしれない。
「――」
だが、今のラクトはそんなことを微塵たりとも考えていないようだった。頬は紅く、稔の目線を追うように目を向けている。そして、胸の谷間に挟まっているネクタイなど、さり気ない可愛さとエロさのアピールが、稔の心のなかの感情をを刺激した。
「それと、『封印解除』といってから行ってください。そうしないと、意味が無いので」
「わ、分かった……」
言って、稔は一旦俯いて気持ちを整えてから、サキュバスとヴァンパイアの子孫であるラクトの方向に視線を定めた。そして、リートに言われた通りに『封印解除』と言って、キスを始めた。特に舌が絡みつくような、そういった濃いキスではなかった。稔は、そういうものが来るのではないかと疑っていたため、そこら辺が新鮮だった。
「うお……」
漆黒の風が辺り一面を包み込み、この付近一帯が黒く染まっていった。と言っても、あくまで魔力の封印を解くためにしているだけで、持続性はなく一過性のものだ。
「成功、ですね。――では、それを使って空を飛んでみましょう」
「とっ、飛べるのか?」
「見てみてくださいよ。ラクトさんに、黒い悪魔みたいな翼があるでしょう?」
「本当だ――」
「私は自分自身で飛んで付いてきますから、稔様はラクトさんに抱きつくなりして飛んでください」
「だ、抱きつく……?」
不満はなかった。ただ、抱きつくことに抵抗感が有ったのだ。けれど、稔はそれを払拭し、すぐさま行動に移した。後ろから抱きつくと迷惑だと判断し、ラクトの前から抱きついた。
「では、飛び立ちましょう」
「ど、どうやって――」
「『離陸』と言ってください。主人である稔様が、ラクト様に指示を出さなければいけません」
「わ、分かってるけど――」
「早くしてください。……ああもう、話はあとで聞きますから、早く飛び立って!」
最後はもう、ただのリートの要望のようなものに見て取れなくないものだった。しかし、リートにそんな考えはなく、ただ単に急いで欲しかっただけだった。
そんなことも分からずに、稔は急いで飛び立つことを宣言した。
「――オフライテ――」
漆黒の風が、中心部に居た稔とラクトを包み込むように、まるで竜巻のように渦を巻きながら、その風にのって、稔、ラクト、そしてリートが上空へと飛び立った。
風を受けながら話を聞こうと耳を傾けたが、ある程度の高度を飛んでいるため、三人共声が届かなくて最初困った。だが、改善し、なんとか会話できるようになった。