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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
一章 エルフィリア編Ⅰ 《Knowing another world and the country》
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1-61 メッセ行き臨時列車-Ⅰ

 後ずさりなんか無かった。稔は、今この場所でどのような行動を取ればいいのかをシュミレーションすることもなく、後ずさりしない事をしっかりと決めてそう言ったのだ。


「……それじゃ、稔くんたち。ここまでお疲れ様だったな」

「お疲れ様でした」


 最後の会話を交わして。稔たちは列車の来る九番線ホームへ向かうため、四番線のプラットホームから作業が終わった線路を渡り、そこから跨線橋が崩落していない七番線のブラットホームまで向かった。テレポートを使ってもよかったが、稔は敢えて歩きで向かった。


 ただ、まだまだ復旧作業は追いついておらず、崩落してしまった七番線から二番線までの長い通路には、道を塞ぐ為に一つの円錐コーンが置いてあるだけだった。


「……嫌な、事件だったね」

「狙って言うのやめようか、織桜」

「ハハハ」


 でも、そんな光景を見たからといって場の空気が重くなるわけじゃなかった。ヘルとスルトは召喚陣の中に、ユースティティアとバタフライは精霊魂石の中に、それぞれ居る。ただ、だからといって場の空気を重くさせないように出来ないわけじゃない。


 稔の隣にいる三人の召使と人間と悪魔。その三人と稔が上手く話をしてくれることによって、空気は直されていった。現実逃避までは行かずとも、それでも今を悲しむ時間ではないと考えることによって、場の空気は軽くなっていった。


 六番線のプラットホームに人影は一つもない。でも、七番線のプラットホームには多くの乗客が居た。確かに、まもなく時刻は駅が復活する事を知らせる列車が出発する時刻だ。


「エレベーターやエスカレーターも使えないんだね」

「みたいだな。まあ、電気を送る線が壊れたんだから仕方ないだろ」

「ということは、この列車はディーゼル?」


 稔と織桜がそんな会話をしていると、この国の事をそれなりに知っている悪魔が言った。


「違うよ~。ディーゼル機関車が都市と都市を結んでるとか、何時の時代だよ、もう~」


 ……などと悪魔が言うが、この悪魔の言ったその台詞は皮肉だった。祖国であるエルダレアの鉄道がいかに遅れているかを遠回しに言おうとしたのだが、言えなかった。本音と建前を別に考えすぎているのだから仕方ない。


「エルフィリア王国鉄道では、基本的にエネルギー源として水素を使っているんだよ~」

「水素……?」


 稔は驚いた。究極のクリーンエネルギーが列車で使われているのである。異国の地でそんなことをしているとを聞いたら普通、目を丸くする。


「まあ、それを制御するためのシステムもちゃんと有るんだけどね~」

「制御するためのシステム?」

「そうだよ~」


 マモンは軽く言っているが、内容は軽い話で済むものじゃなかった。


「エルフィリア王国鉄道は、実際は四つの会社からなっているんだよ~。北部の鉄道を管理する『エルフィリア王国北部鉄道』、通称『北鉄』。西部の鉄道を管理する『エルフィリア王国西部鉄道』、東部の鉄道を管理する『エルフィリア王国東部鉄道』。そして、鉄道沿線の建物などを管理する『王国鉄道沿線管理局』とね~。まあ、色々」


 難しい話のように聞こえるのは、新出の単語が幾多と有るからだ。そうに違いない。陳腐な話が続き、厨二病なネタも無く弄る要素は皆無。ただ、マモンの言っていることを聞いているだけなのは暇でいい気分がしなかっただけだ。


 でも、彼女は続けて言う。


「んで、北部、東部、西部、それぞれ主要な駅に置かれているんだよ~」

「何が?」

「中央制御室だよ~」


 マモンはやっぱり軽く話す。九番線ホームへ向かうべく、七番線から跨線橋の階段を上りながらだったが、まだ皆若いので息切れなんかしていないし、もちろんマモンだって息切れなんかしていなかった。


 ただ、常日頃から心の中で思っている事と外見上で見せる姿は区切っている彼女だから、軽く話しているからといって、簡単に「~だから」と決め付けることは出来なかった。周囲から、何も知らない人から見てみれば、そんなの見分けなんかできっこない。


「西部はニューレイドーラの王都中央駅、東部はここボン・クローネ駅。北部は、バレブリュッケ駅に、それぞれ中央制御室が有るんだよ~。列車の電源を強制的にシャットダウンさせる機能も有るんだ」

「そ、そうか……」

「うん~」


 そんなこんなで、会話をしていたら階段を上りきった。


「あ、そういえば」

「なに?」

「お前って、整備士じゃないの?」

「それはね~、今日休みだったのに緊急招集喰らったんだよ~」

「可哀想に……」


 一応は政府の下に有る。そのため鉄道関連の会社に就いている人たちは、ある種の公務員なのである。事務的な作業ばかりではないとしても、それはある種の公務員なのである。


 王国鉄道勤務の者は、鉄道を利用したものから出してもらったお金から給料が出ている。だから、税金から給料が支給されている訳ではない。だからといって、王国鉄道が国営の会社ではないことは言うまでもなく。そうでなかったとしても、やはり税金で飯を食ってるように見えてしまうのである。


「久しぶりなんだよね~、こういう招集は」

「そうなのか」

「そうだよ~」


 笑顔のままに跨線橋を進んでいくマモン。そんなマモンの陳腐だと思っていた話が、いつの間にか稔にも、飽きないような話になってきていた。まるで洗脳されてしまったかのようであるが、それは違う。


「そういえば切符は?」


 マモンに対し、切符の有無を確認しようとして稔がそう言ったのだが、稔はあるものを見てしまった。通常、変なカードであればよく分かりづらいようなカードになっていることが多いのだが、稔が見たそのカードは変なカードではなかった。


「ふふふ。私にはこれがあるんだよ」

「それって整備士が持っているようなカード……?」

「ある意味職権乱用だけど、まあいいよね!」

「俺にはよく分からねえからお前がどうこうの話だと思うが――」


 稔は自分に責任はないといった。無理もない。マモンは彼の召使ではないのだから。他人から見ればそのような関係に見えないこともない二人の関係だが、彼らが築いている関係の中には『従う者』『従わせる者』という関係はない。

 

「なら、これを使って乗ることにしようか!」

「……」


 元気いっぱいの声で言われると、稔は何かこれがフラグではないのかと思って震えてしまった。身体に鳥肌が立つ。でも、そんな事態はすぐに無くなった。稔は、立った鳥肌が次第に消えていくのを感じた。それは事態の収束だ。


「まあ、お前がいいって言うならいいんじゃない?」

「そうだよね!」


 そう言うと、マモンは九番線ホームへと経ている階段までダッシュで跨線橋を渡っていった。まだ、九番線ホームの電光掲示板には列車の出発の有無は書かれていないが、先程の放送ではここから陰陽本線へ乗り換える人が乗る列車が出発する事になっている。


「人っ子一人来てねえのな」

「まだ詳細が言われていないんだから仕方ないって~」


 確かにそうである。電光掲示板に書かれていない上、駅員は七番線から出発する列車で大忙しだ。だからこそ、列車の出発が遅れてしまっていると考えられる。否、そう考えておかしくない。


「――君たち、こんなところで何をやっているんだ?」


 そんなところに、七番線ホームでの列車を運転するとみられる車掌が現れた。その車掌とは、全員が初対面だった。取り乱すことはなかったが、稔は会話に怯えを感じていた。何か怒られることを考えないようにするが、最初は無理だった。でも、最終的には大丈夫だった。


「僕達はボン・クローネ・メッセに向かおうと思ってですね――」

「ああ、そういうことか。……でも、九番線以降は新幹線ホームだぞ?」

「ですが、放送では九番線から出発すると――」

「それは間違いだろう。どう考えても、軌条も行き先も違う場所から出発できるはずがない」

「……」

「おじさんに従って、八番線に向かいなさい」

「わ、分かりました……」


 車掌は去り際になにか言うとかはなかった。何せ彼は急いでいる。だから、稔たちは車掌と会話をしなかった。しようとも思わなかったが、それは話すとしても話す内容が分からなかったからだ。また鉄道関連の話をされるのは嫌だったから、そこら辺は躊躇いが有ったのだ。


「稔」

「何?」

「電光掲示板に表示されたね」

「おお」


 跨線橋の『六・七番線』と書かれた電光掲示板。そこには、今からそれぞれの番線を出発する列車の、一番現在時刻に近い時刻に出発する列車が記されていた。どのような電車であるかわからないが、取り敢えず列車で有ることは言える。


「【臨時】って書かれてるな」

「そりゃ臨時列車だからでしょ」

「普通の事か」


 普通の、当たり前に考えれば頷けるような感じの表示。でも、それは電気が通った証拠であるし、目の前の車掌が気を引き締めなければいけない合図でもある。乗客たちは乗れることに一安心し、車掌はその乗客を運ぶ事を考える。


『――臨時列車、臨時列車の出発で御座います――』


 アナウンスが入った。稔は、そのアナウンスに耳を傾けて話が一体何であるかを聞く。何にせよ、無駄な雑談のような話ではないのはなんとなく分かっていた。この緊迫した状況下で笑い話をするのは、友人間だけで十分だ。この状況で交通機関が暴走してふざけるなど言語道断である。


『エルダ行きの各駅停車の臨時発車は、八番線より、一四時二九分であります――』


 時計を確認する。時刻は午後二時七分。七番線ホームを見てみるが、まだ列車は出発していない。列車に乗っている乗客はパンパン――とまではいかないが、諸外国から来ている多くの人々は、適温なのに暑苦しくなっていく列車に苛立ちを覚えていた。


 と、その時。前を歩いていた車掌が列車の運転室へと入った。そして刹那、車掌はホームへと信号を送る。これは、「列車のエンジンをかけろ」という合図である。マモンが言っていたとおり、王国鉄道は三つの中央制御室を抱えており、そこに信号を送ってエンジンをかけてもらえなければ列車は動かない仕組みなのである。


 使っているエネルギーは水素である。最悪、爆発すると大変なことになってしまう。だからこそ制御が大事なのである。


「君さ、見た感じでわかるかな~?」

「何が?」

「いやいや、見てみてよ~」


 軽い命令口調であるが、稔は何を見ればいいのかが分からなかった。電車なのか、それともマモンを見ればいいのか――。後者は少々恥ずかしくなりそうだったので、稔は取り敢えず前者を選んだ。


「今、合図を送ったじゃん?」

「そ、そうだな……」

「あの合図から分かる通りなんだけどさ~、この駅に入ると列車は自動的に止まるんだよね~」

「そうなのか」

「うん。あと――」


 稔は新事実を知った。ただ、それはあまり驚くようなことではなかった。マモンが続けていた話が耳に入りすぎていて、受け流そうと思うレベルになっていて、だからこそ驚くことが出来なかった。でも今度は、驚くような話だった。


「気付いてないようだけど、ここは『六・七番線』だよ?」

「あ――」


 稔のミス。ラクトの二重執事服事件に続き、今回も失態を犯してしまった。


「確かに……」


 振り返ってみれば、ラクトと織桜は七番線ホームまで付いてきていなかった。確かに、八番線ホームに居る。しかも彼女たちは、プラットホームに降りていた。跨線橋のガラス窓から、はっきりとそれは見えた。


「――ってことで」

「ちょっ!」

「急ごう、稔くんっ!」

「……」


 テンションの高さに終始ついていけない稔。高すぎるテンションは流石にお断りだった。もちろん、こうやって強引に許可なしに自分を引っ張っていくような女性は加減が無い場合は嫌だった。


「わかったよ……」


 でも稔は、マモンに導かれたことを後悔せずに素直に従うような対応を取った。高いテンションが有る一方で、マモンが稔の手を握っていたその感触は柔らかく、強引な裏の彼女の本当の素質みたいなところが、彼女も女の子であることが分かるような、そんな感じを稔はうかがえた。


「お前、たまには強引に人を導かないことも考えてみたらどうなんだ? 俺が言うのもどうかと思うけどさ」

「稔く~ん、そこら辺は心配しなくていいぞ~?」

「いや、心配って訳じゃねえよ。お前が彼氏居なくて困っていたりするんだったら、そういうギャップが無いから居ないって考えられるからさ。――男を攻略する時は、ギャップを考えろ」


 ギャップに萌えたりしたことがある経験談持ちの稔。だからこその発言だった。もちろんそれを、彼は強要したりはしない。彼女が本心と建前を分けている以上、それを聞いているか聞いていないかの確認は困難を極めるわけだが、それでも強要しろとは言わない。


 それが夜城稔という、一人の青年だから。


「心配するなって、言ってんのに……」


 跨線橋から階段を下っていく最中、導かれている稔に掛けられた言葉はそれだった。マモンという一人の女の子として、彼女はその台詞を稔に投げた。彼女に有った「装い」という、「武器」であり「壁」であるもの。それが壊れるまではまだ時間が掛かりそうだが、稔の掛けた一言で彼女の中のそれは、八分の一くらいが崩れたような感じになった。


 でもやっぱり、彼女には装いが必要だった。トラウマを隠すための装いが彼女には必要だった。この男に裏はないのかと考えたら、疑心暗鬼になってしまう。彼は攻略するだとかを考えていないのに。それなのに、心配してしまうハメになる。


 そう考えていて彼女は、自分の心を取り戻そうとして、跨線橋を下っていた階段の途中階にて稔に対してこう言った。


「――稔くんは、私を攻略するとか思ってる?」

「思ってねえよ、馬鹿か。ゲームじゃねえだろ」

「そう」

「いきなり口調も変わったけど、お前一体どうし――」


 下から見えない微妙な位置で、ついにマモンは行動を取った。


「――」


 稔の唇に、目を瞑った一人の少女の唇が温かな体温を伝えながら、柔らかく触れた。

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