1-60 駅とレールの復旧作業-F
「重い?」
「お、重くないよー」
テレポートした先、稔はマモンに聞いた。マモンは稔の質問に回答したが、台詞は少し緊張しているような印象を受けるようなものだった。レールの重さが台詞に影響したことも考えられなくないが、それは違った。稔が持っている現在の重さはそんな重くはないし、姿が消えていた召使の姿も見えているのだから。
「――遅かったな」
稔がマモンとの会話をしていたことが積み重なって、結果として行動が遅くなってしまう事態が発生した。もちろんそれは、復旧作業を早めるということをしてきた整備士達からすれば、とてつもなくムカつく事であるし、いらつくことである。だからこそ、そんな気持ちを代弁してジャックが言った。
ただ、整備士の中には稔を庇う声が上がった。
「その少年も疲れているんでしょうし、別にそこまで起こる必要はないんじゃないですかね、整備長?」
「それは――」
「召使みたいに召喚陣内で治癒できない以上、疲労が蓄積してしまえば行動に遅れが生じてしまうのも頷けませんか?」
「……」
見るからに、整備長を慕っている部下であった。ただしその部下である整備士は「整備長ゥ」などと、会話の語尾に母音を付けるような輩ではない。クールな見た目、というと分かりやすいだろう。
「庇ってくれて、ありがとうございます」
「いえ」
取り敢えずその部下に礼を言う稔。お辞儀するのがジャパニーズテンプレートだが、稔はしなかった。
「まあ、僕は精神論は基本的に唱えたくないからな。無理して働いて体壊すのは迷惑だからって事で、疲れを感じたら書類書いて休みを取ってもらってるし」
「へえ」
稔は相槌を打つ。それを見て、続けて整備長ジャックは言う。
「この国は敗戦国という劣等感から抜け出せていないし、それを悪用しようとする連中が何千人もいるだろう。だからこそ、王国鉄道は敗戦後から何度もテロを受けてきた。未知の薬物をホームでばら撒いた連中も居た」
「酷い話ですね……」
「全くだ」
そう言って、ジャックは稔の方向へと足を進める。理由は単純で、五キログラムになったレールを下から支えるために協力しようと考えたのである。
「テロを何度も受けて、何度も駅やレールが破壊された。いくら直したって、こうやってまた破壊されるんだ。王国を滅ぼそうと考えている奴が、王宮を燃やしてやろうと思う奴が居なくならない限――」
ジャックは話を進めていたが、途中でため息を付いた。いい間違ったのである。そのまま先に進んでいいのかと一度止まってみて、言い直すことにしたのである。
「エルフィリアなんかどうにだってなればいい、エルフィリアなんか壊したって問題ない、エルフィリアの文化なんか無い方がいい――。まあ、思想は自由だから、それくらいだったらいいんだよ。けど、それを行動に移すのは別だ」
ジャックの言い分に、稔は概ね納得した。
納得した証拠に稔は首を上下に振っていて、非常に分かりやすい態度のとりようだったため、ジャックも気兼ねなく話を続けることが出来た。
「受け身の態勢であるこの国の姿勢は、そろそろ変えるべきだとは思う。でも俺は、この国が受身の姿勢だからこそ言えることが有ると思う」
「何ですか?」
稔がそう聞くと、ジャックは二、三秒ほど溜めてから言った。
「――エルフィリア以外の国の奴が、どれだけ愚かか、どれだけ野蛮かって話だ」
他国を侮辱するような事を言っているわけではない。あくまでジャックは、侮辱するようになんて考えていない。この国の鉄道を裏方で支えるものとして、この国の実情を有りの侭に見てきた彼が、その経験から導き出した一種の答え。そんな答えを、他国への侮辱と言って終わらせるのは理解に苦しむ。
「まあいい。稔くん、運ぶぞ」
「は、はい!」
あまり重い話で場の空気を重くさせたくなかったジャックは、即座に話題を入れ替えようとして話を逸らす。話に夢中になってその場に止まっていては、ただ単に手を痛めつけているのと同じである。即ち、拷問と同等という事である。そんなの、もちろんバカったらしい。
「おいお前ら。邪魔にならない程度に割って入れ」
「はい!」
整備長らしく、ジャックは部下の整備士たちに命令を下す。何の躊躇いもないのは、彼が優秀な上司であるからだ。いくら反論が有ったとしても、それをしっかりと聞き取ってくれる上司だからだ。部下からの罵詈雑言を浴びないような対応をする上司だからだ。
稔は、そんなジャックを将来像にすることにした。何しろ稔は新国家元首だ。
確かに、新しい国家元首として日本人が選ばれるというのは、どちらかというと国を乗っ取ったような気がしなくもない。だから、そうなってしまわないようにすることが重要だ。その為には、国民からの広い支持、熱い支持が必要となる。
選挙制で新国家元首になれば誰も文句は言わないだろうが、稔はあくまで王女推薦である。この国での功績もない、能力だって普通。そんな彼に誰が投票するのだろうか。組織票を除けば、投票する人は少ないと考えて無理もない。
だから、支持を得る為にしなければならないのだ。ワンアクションを、自分から起こさなければ何も始まらないのだ。もっとも、それが今みたいな困っている人たちの手伝いだと考えていいのだが。
「案外軽い!」
「おおお!」
「いつもこれくらいの重さであればいいのに」
整備士達からの熱い支持を得られたその軽いレール。作り出したマモンは、自分が関係ないかのように装っているが、そんなの嘘である。彼女は本音と建前を酷く分ける主義だから、本音が見えない。見えるときも有るけど、そういうこともあるから、建前が本音に見えてそれを信用しろというのはおかしい。
今までのことを踏まえて、稔はマモンに一つ、聞いてみた。
「マモン。良かったな」
「なんのことかな~?」
「お前が使ってくれた魔法のお陰で、皆が喜んでるんだぞ? 惚けんなよ」
「惚けてなんか無いよ~」
もちろんその言葉、全てウソだ。惚けているのは事実だし、稔は彼女が一体何をやったかをしっかりと理解しているから、正直なところは彼女に逃げ道なんか一つもない。テレポートも使えない以上、手すらふさがってる以上。飛んで何処かに行こうなんて無理だ。
「……君」
ただ、そんなとき。稔は耳元でマモンに囁かれた。ただ、それは『マモン』とは言えない。なにせ、姿がないのだから。彼女の声に似た何かと言うべきだろう。でも、囁かれたのは消えない事実だった。
「本当は嬉しいんだよ、マモンは。でもマモンは、口から本音を出すことに恐怖を抱いているんだ。昔、友人に好きな人を言ったら別の者にすり替えられて、しかもその人は嫌われている奴だった。だから色んな奴がマモンを蔑んだ目で見たんだ」
「トラウマか――」
稔は、口には出さずに言った。どう言ったかはこれまで魔法を言ってきた時と同じだ。そう、心の中で言ったのである。念仏を唱えるような魔法とは違って、気持ちを心の中で表すのはラクト以外じゃ初だった。
「簡単にいえばそうなるね。克服して欲しいけど、克服まではそれなりの時間が掛かる。君にどうにかしてほしいんだけど、いいかな?」
「それってどういう――」
「君と彼女さんのデートに、付いて行ってもいいかという話だね」
「デートじゃないぞ、おい……」
自分はデートをするわけではないと主張する稔だが、他人から見えばどう見てもデートである。「イチャコラすんじゃねえよクソ」などと暴言を吐かれても無理は無いくらいの、そんな話だ。イライラしてしまうほどの、そんな話だ。
「まあ、デートじゃないとしたら尚更だ」
「俺の召使と精霊は陣の中に居るだろうから問題はない。ただ、問題は――」
稔は視線をラクトの方に移した。ただ、何か深く考えそうになるのを恐れて稔は、五秒位で見るのを止めた。
「ああ、あの赤髪の子が彼女役――」
「まあ、召使だからそうなってもおかしくない……って、違う!」
「ごめんごめん」
どう考えても本気の謝りではない。
「それで、問題はあの子だけなのか?」
「まあね。あいつを召喚陣の中には戻せないから、あいつにだけは許可を取っておく必要がある」
「そっか」
「あとは――」
稔は目線を織桜の方向へと移そうとするが、何処に居るかが分からなかった。目印となる何かと言えば金髪くらいだが、周りに金髪が一人しか居ないはずがない。だから稔はひどく手間取った。
「あっ……」
ようやく見つけ、稔は織桜の方向へと視線を向ける。向けられた本人が稔の視線に気づいていないため、マモンの声によく似た実体化していないある種の怪物は、こう言った。
「視姦?」
「違うわっ!」
ツッコミは誰にでも向けられる。それが稔だ。現実世界じゃコミュ障に近いような青年だった稔だが、今こうなってみれば、そんな時の稔とは違う新たな稔が作られていた。
「ああ、あと――」
「何?」
「私は今実体化していないけど、マモンの召使なんだよ。よろしくね」
「んじゃ、お前のデータとかって見れる?」
「きゃっ、内部まで覗かないでっ」
「グロテスクな事言うんじゃねえよ! 馬鹿か!」
稔の言う「内部」というのは、「臓器」だった。しかしながら、マモンの召使が言うものとは意味が異なっていた。ここで食い違いが発生しても問題は特に無いが、仮にマモンと稔が共闘する際、仲介役となるこの召使と稔との間のズレが大きいままであれば大問題だ。
「悪いんだけど、私は別に臓器の話をしていたわけじゃないんだよね……」
「じゃあ何の話だよ?」
「決まってるじゃないか。私の身体についてだよっ」
「テンションを下げなさい。そして、女の子の声で何を言っているんだお前は」
「はぁ……」
紳士みたいに振る舞おうとする稔だったが、それでもいつか限界が来てしまうことは知っていた。演じきれない時が有ることは、稔にだって分かっていた。でも、それがすぐに来るとは思いもしなかった。
「まあ、取り敢えずこれが私」
「ん……って。お前、俺の脳にそんな情報送れるのか?」
「バカだなぁ。それくらい出来なくて仲介役なんかやってられるか」
「……」
口籠る稔。ただ彼には、今見なければならない物があったから追及からは逃れることが出来た。
「狐……だと……?」
「正確には狐耳をした女だよ。スリーサイズは?」
「要りません」
「そこで決めないんだもんね、君」
「聞いてたのか」
「そりゃ、仲介役だし」
「仲介役だもんな」
仲介役という言葉、役職、それを気に入ったような態度を召使は取る。そして最後、彼女は稔の心の中から去るために脳に送ったデータを自分の手に戻して、こう言った。
「――ギルティ・フォックス。それが私の名前だ」
そんな言葉を稔に言って、彼女は稔の心の中から抜けていった。そして、何事もなかったかのように演じるために、稔は咳払いをする。風邪を引いている様に思われなければ、特に問題はない。
「よーし、ここでいいぞ」
稔たちが協力したおかげなのか、それともジャックたちが協力したおかげなのか。受け取り方は人それぞれだからどちらでもいいとして、皆が協力をしたことによって、遅れてしまった時間を何とか取り戻そうと頑張ることが出来た。
「それじゃお前ら、手を枕木だとか地面との間で挾間にようにしないとな」
「はい!」
「お、おう……」
稔と整備士達の差。もっとも、整備士達の中にも静かな人は居るんだが、やはり大きな元気のいい声が有るからこそ、稔と整備士達の差が大きく見える。
「それじゃ置くぞ」
「はい!」
一々威勢のいい返しが行われるが、稔は本当にその返しについていけなかった。ついていこうとしても、恥ずかしさが心の何処かにあって恥ずかしくなってしまった。だから結果として、声を出せなかった。
「せーの……」
今度は返しの声はなかったが、稔は整備長の指示の下で頑張った。声を出さない代わりに、ここで力を使って皆のためになってやろうみたいな、そんなことを思っていたのである。
五キログラムという重さになっていたそのレール。置かれた後は固定される訳だが、その為には動かない方がいい。そういうこともあって、稔は置いた後に一つの操作をするようにマモンに言った。
「マモン。この作業が終わったら、質量を元の質量に戻してくれ」
「分かったよ~」
テンション高めで、軽い弾むような気持ちを心の中に抱えながら。マモンは、稔の言った言葉をしっかりと呑んだ。もう、稔の召使のような気もしなくはないくらいだ。
そんな会話がされた後、稔とマモンは出来る限りレールの自分側を持って、奥側は放置した。危ないように思えたからである。だが、むしろその行動を取った後の方が危ない。何しろ支えている場所が少ないのだから、どちらか片方に傾く上にそちらに重さがいく。
故に、稔もマモンもその行動は止めた。元々取っていた行動を取ることにした。ただ、やはり挟まってしまった時の痛みを考えると自然に自己防衛という本能が働いてしまう。けれど、皆の歩調に合わせて二人共、恐怖を払拭して頑張った。
そして、レールはしっかりと枕木の上に置かれた。後、波動化された魔法でマモンがレールの重さを戻した。通常のレールと同じ程度の重さになっていた。
「金具で留めるのは僕達がやっておくからいい」
もう作業するな、という戦力外通告かと思った稔。でもそれは違って、ジャックの善意だった。
「列車に乗り遅れちゃうぞ?」
「……」
彼が指差す方向。それは九番線ホームだった。見てみれば、電光掲示板には「エルダ行」の文字が有る。
「ジャックさん――」
「ここまで有難う。後は、僕らの本領発揮だ。――ってことでお前さんは行きなさい」
判断に困る稔。でも、ラクトが稔の方向寄って行って、織桜が稔の方へ走って行って、そして残りの召使二人が召喚陣の中へと勝手に戻っていって……。つまりそれが何を表すか、稔には分かった。
「――そうですね。分かりました」




