1-59 駅とレールの復旧作業-Ⅻ
ギャルゲーマーとして、稔は女の子のキャラクター性を瞬時に理解してタイプ別に分ける――なんて事をしてきてはいない。ただ、今回はそういうことを少々ながらしてしまった。手に塩を少々みたいな、そういう感じで言った。
「なんか考えているようだけどさー、取り敢えずこれを運んでもらうのは確定事項だからねん」
「お、おう……」
ラクト以上のテンションの高さに、稔は付いていこうに付いて行けなかった。別に、テンションの高い人に必ずしも付いて行けばいいというわけではない。ただ、そういう人の話は面白い話が多く、聞くに飽きないことが多いから、そうしているだけである。
もっとも、テンションの高い人は自己主張が激しかったりするが、まあそれはそれである。目の前のマモンがどうであるか、そんなことは稔に知る由もない。
「取り敢えずそこのひんぬーちゃん。そっちの端持ってみんしゃー」
「……」
マモンは、人を傷つけるような言葉を発した様な感じではなかった。でも結果、事実として傷つけるような言葉を発しているように思われてしまった。スルトは何を隠そう元男。そんな彼女が、パッド無しの胸の大きさで勝てるはずがない。
「マスター」
「どうした?」
「今、凄く苛ついているので、召喚陣の中に戻っていいですか?」
「それは――」
見たことのないラクトの顔に、稔は察しようと努力し、そして察する。これまでの話の中、一体どのような火薬が置かれたのかをしっかりと確認し、それを思い返して見つけた時に稔はため息を付いた。
「なるほどな……」
「お分かり頂けましたか、マスター」
「ああ。よくわかった」
稔とスルトの間で勝手に話が進んでいるような印象を受けたマモンは、そんな二人にちょっかいを出す。
「もーもー、私抜きで話すとはなんだよー?」
「あのさぁ……」
「何?」
首を傾げるマモン。彼女は先述した通り、何一つとして悪気はない。
「スルトは元々男なんだよ。だから、お前に胸で勝てるはずがないの」
「……」
マモンは黙り込んだ。稔の言っていることを理解し、彼が目の前の彼の召使を擁護しているのだということを把握した。ただそれは、物欲の悪魔としてのマモンを刺激する。
「――ん?」
「ひゃっ……」
声を上げた方向を見てみる稔。見れば、ラクト以上の巨乳がそこにあった。
「やめっ――やっ……」
元々は男であるスルト。去勢されたから男としての自覚が無くなっていたという事を考えても、稔の目の前で胸が大きくなったスルトは、どう考えても女の子である。そしてその声は、声変わりを経ていない声。即ち女声である。もちろん、喘いでいるように聞こえなくもない声でもある。
「胸を大きくさせたいんでしょ?」
「なっ……」
「召使に、そういうことをさせたいんでしょ?」
「なんだと……?」
急がなければならないという事を脳裏に置きながらも、自身の召使を侮辱するマモンを稔は許すわけにはいかなかった。スルトが喜んで、かつマモンがスルトを侮辱しない状況であれば胸なんてどうでもいい。大きくなったらなったでいい。
でも、今は違う。スルトが必死に堪えているのに、それを鼻で笑っているマモンが居る。腹を抱えるほどでは無いが、それでも相当の笑顔を浮かべて涙を流す程度に笑っている。
「その召使はさぁ、お前をマスターって慕ってるけど、本当は嫌ってるんじゃないの~?」
「んなこと――」
「一人の思想で何でもかんでも支配できるとか、そんなことを思ったら駄目だよお?」
「……」
マモンの言っている事は、何も間違っていることとは言い難い。稔もその台詞には同意だった。ただ、言っていることが間違いではないというところが一箇所有ったからといって、すぐにそれを自分の意見にするのは間違っているのである。それは、鵜呑みにしているのと同じである。
「スルト」
「なんでしょっ……んっ……かっ、マスタァー」
「お前は、胸が大きくなって嬉しいか?」
「それでっ、マスターが喜ぶのであればぁっ――」
「そうか」
着ている衣装を壊してしまいそうになるくらいにでかい胸。そこまでくるともう、胸にあるでかいしこりのようなものと言って過言ではない。そう考えると、稔は巨乳キャラが一体どんなことを思っているのかが少し分かった気がした。もちろん稔の召使、前世がサキュバスの女の子も例外ではない。
稔は「マスターが喜ぶなら」というスルトの意見を呑んで、マモンに言った。
「言っておくが、胸だけで俺は女を決めるようなことはない。確かに胸のある女は魅力的だが、胸のない女だって魅力がないわけじゃない。お前が胸が無いからといって、俺の召使を侮辱するな。弄るな」
「主人公ぶっちゃって~。な~に、本気になってんのさ~?」
「あ?」
「目つき怖いなぁ~」
それは全てお前の――否、マモンのせいである。マモンが稔をスルトを煽らなければこんなことにはならかったのである。ただ、そんなことを言ったってマモンは、「私は悪くない」などと言って一点張りになるだろう。
無駄だと判断し、稔はそれ以上言うのを止めた。ただ、下でジャックに指示されたことはやることにした。もちろん、スルトの胸も元のサイズに戻してもらった上でであるが――。
「ん?」
見てみれば、スルトの胸は元のサイズより少し大きめになっていた。カップ数で言えばBやC辺りだが、これはマモンのある種の善意である。
大きくても小さくてもいい。なにせ、胸の大きさは関係ないんだからな――。そんな稔の意見を呑んだ形で表したものだったのである。ただ、大きくしておいてあげたのはマモンの経験談からだった。マモンがこれまで物欲の悪魔として生きてきた中で、胸の大きさで困っている人が多少居たため、それらを元に導き出したのである。
「まあ、空中で口論していても誰も得なんかしないしさ、早く運んじゃおう!」
「誰のせいで空中口論になったんだっけ?」
「……」
口籠るマモン。無理もない。口論になった理由は自分が作り出していたのだから。自覚症状が無いみたいに稔には言われているが、マモンだって自覚症状は有った。稔が怒った時、「やべえな」と思ったのである。でも、彼女はそれを口に出すことはなかった。それが彼女のキャラクターだから、崩壊させたくなかたのだ。
「まあいいか。――取り敢えず、マモン。お前はああいうことが無いようにな」
「だから、あれは私の責任じゃないじゃんか~」
「はぁ……」
内心じゃ違うことを思っているけど、言えない。むず痒いような苦しみがあるマモンだったが、そんなことを理解できるのはラクトみたいな心を読める者だけだ。
「そうだね」
「ラクト?」
「私以外にもう一人――」
「ヘル?」
「そっす」
稔とスルトを手伝いに来たのである。言っておくが、二人共別に主人を束縛するようなつもりはなかった。単に、力不足ではないかと助けに来たのである。魔法を使用できるとはいえ、大人数のほうが楽にスムーズに進むんじゃないかと、そう思ったのである。
何か原動力がなければ、何かを助けるようなことはしない。その原動力が大きくても小さくても、わずかでも巨大でもどうでもいい。原動力すら無ければ人を助けることなど出来ないわけだから。そう考えれば、「稔の為に、スルトの為に」というのは、相当大きな原動力となっていたといえる。
ただ、そんなふうにして集まった二人に対して、マモンは言った。キャラクター性を維持するためであって、自分の本音なんて厳重な心の中の金庫に入れておいている訳で、それは全て装いの気持ちだった。
「なんだよも~、ハーレムか~。羨ましいって言われちゃうぞ~。色んな非リアに妬まれるぞ~」
妬まれるぞ等と笑顔でいうマモンの気持ちを、稔は理解にするのに苦しんだ。ただ、最終的に彼女がそういうキャラクターで有るのだという答えを勝手に導き出して、稔も装った笑みを浮かべた。まるで喜んでいるかのような反応を見せるが、それは全て作っているだけである。
「ハーレム……」
異世界でハーレム……。チートではないからチーレムとまでは言えないが、それでも稔は恵まれている境遇に居ると言っていい。とはいえ、その事に彼は反論を持っていた。
「いやいや、ハーレムって言ってもこいつらが皆俺に好意を寄せているとは――」
「普通、召使も精霊も好意を寄せているものだよ~?」
「……」
マモンは首を傾げてそう言うと、稔の方に少し近づいていった。稔の周りには女の子が四人居る。紫姫が登場すれば五人居ることになるが、そこまでくると疲れてしまいそうになってくるので、それは稔は望まなかった。もちろん、永久にではなく、今はの話であるが。
「君、顔は悪くないよね」
「あ、ありがと……」
現実世界で言われたことのない台詞に、稔は少々驚いた。稔は現実世界じゃ皮肉られて使われていたから、その台詞は嘘だとしても心に響いてしまう。
「まあ、君の今後の課題は召使との馴れ合いね。それだけできればもう、君はとても強くなる」
「絆的な意味で?」
「正解!」
左の手を前に出し、人差し指で稔の方をさすマモン。日本じゃ指をさすのは良いことではないと言われるが、この世界や国じゃそこまで大きな問題でもない。お国柄の違いと言ってもいいのだが、ラクトに引き続きこうされてしまうと、稔は祖国日本のマナーを忘れそうになる。
「それで、稔。作業はどうなってるの?」
「作業は――」
稔が説明をしようとした時だった。それを妨害すべく、マモンがニヤけた笑みを浮かべながらこう言った。
「いやぁ、口説かれてたんだよ~。稔(?)さんに」
「……え?」
稔は嘘っぱちの情報を流されていることを理解していた。マモンがニヤけて悪い企みをしていることをしっかりと理解していたので首を傾げそうになったが、やはりそれが彼女のキャラクター……。でも、だからといってそれで全てを終わらせていいわけじゃない。
「稔、ホントに口説いたの?」
「嘘に決まってんだろ!」
「だよね。聞いて損した」
ラクトは稔を酷く信頼しているから、聞くのは損するくらいだった。スルトはここまでの一連の流れを認識しているため、稔の意見に賛同し、マモンの言っていることが嘘だということを分かっていた。そして一人、残ったヘルもラクトとスルトから聞いた言葉をしっかりと呑み、鵜呑みにして認識した。
「意外と団結力有るな……」
「お前とは違うっつの」
稔はそう言うと、マモンを鼻で笑う。でもマモンは、そんな稔に苛立ちを覚えない。外見上は苛立っているような態度を取るマモンだが、心の中に苛立ちはない。むしろ、謝っていた。ごめんなさいと一点張りで謝っていた。
「――マモン?」
「あっ、いやっ、なんでもないよ~」
装いっていた表面上という鎧の一部に損傷が生まれ、マモンは内面の一部を見せそうになった。口が開きそうになる一歩手前で稔がマモンに語りかけたからこそ、マモンは内面を見せずに済んだ。もっとも、近距離にいるからラクトには内心がバレているが。
「なんだよ、らしくないな」
「たった数分しか会話していない奴に言われたくないな~」
「そうですかそうですか」
そんな事を言いながら、稔とマモンは打ち解けていた。鎧の一部の損傷から内面がどんどん見えそうになっていき、ついに一部が見えてしまった。笑顔を浮かばせていたのだ。濁りのない、マモンの純粋な笑顔である。鎧をかぶっていない、有りの侭の一部。それを見せていた。
「まあいいや。取り敢えず運ぼう」
「そうだね~」
主導権を稔が握ったように思われるかもしれないが、これでマモンが主導権を握り返すことを諦めたわけではない。だから、運ぶ時に自分サイドに持ってこようとした。飛ぶ時に会話が出来るのだから、そう考えれば自分が主導権を握るのも大丈夫、簡単だ、いける、と思った。
が。
「あ、そうそう。お前は俺の近くにいろ。テレポートすっから」
「え――」
マモンは驚いた表情を顔に表す。彼女の本心である。
「なんだよお前、そんな驚いたような表情浮かべて。俺がこの場所に来た時、お前は透明な布か何かに隠れていただろうに」
「そういえば……」
「バカだな」
テレポートしてきた事実を見ていないかのような、そんな反応をしているマモン。でも、彼女は紛れも無くそのシーンを見ている。稔の事をバカにしたりして内心を偽っていたから、脳の中の事実の書かれた紙が軽く飛んでしまっていったのだ。
「んじゃ、ヘルとスルトは奥側、ラクトとマモンは俺側な」
「何か意味有るの?」
「特に無いけど、力を分散したいからね。負担はスルトが一番そうだけど、大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。」
「まあ、持ってみないとわからないかもな」
稔はこれまでの話を全て洗い流して話を白紙に戻す。確かに、稔が言っている通り持ってみないと分からない。
「せーの……っ!」
稔がそう言って皆を一つにまとめ上げようとした時だった。稔含め、マモン以外の全員が波動を感じた。
「マモン――?」
「し、仕方ないから軽くしたんだよ~。ごめんね~、変な波動なんか感じさせちゃって~」
「おお、それは助かる!」
敵だとか言っているマモンだが、本心ではそう有りたくないと思っている。敵になればいつかは対峙することになるわけで、そうなったときはどちらとも容赦はない。最初から、マモンは稔を拒絶しているわけではなかったので、前に知り合ったことのある稔と今後有った時、悲しくも対峙するのは至極嫌に感じた。
「んじゃもう一回。せーの……っ!」
重さに変化は生じていた。だからこそ、レールの重さは軽くなっていた。もちろんこれまでそれを持ったことなんて稔には無かったが、印象と違い、ここまで軽いんだということには相当な驚きだった。
「軽っ……!」
思わず口を開いて言葉を吐いてしまう稔。でもそれが事実だから批判できない。
「まあ、私に掛かれれば質量も重さも減らせるからね~」
「でたよ、混同する人が多いやつ」
「そうそう。まあ、どちらとも一〇分の一になるんですね~。なんでそれ、元々は五〇キロくらい有るんですわ~」
「そうですか~」
稔もテンションが少し上がってきたが、そんな時にテレポートは使用された。会話を切るように言った稔だったが、彼に悪気はない。マモンは、何の断りもなく始まったテレポートに戸惑いを隠せない。
「テレポート!」
「ひゃっ」
稔は、少々急展開っぽくなってしまったものの、行き先を支持して皆とともにそこへ向かう。何故このタイミングを選んだかといえば言うまでもない。マモンに隙が有ったから、ただそれだけの理由だ。
もちろん、突然手を掴まれたマモンは驚きを隠せないが、それはあくまで左手だけの話。右手はしっかりとレールを持っている。五キロの負荷も全員で持てばあまり威力はなく、本当に軽いように感じていたのだが、召使をカウントせずにテレポートをしてしまう以上、レールは二人分の力でしか支えることしかできなくなる。
ただそれは、マモンの中の稔へ対しての侮辱するための台詞とか、そういうものを潰すために隙をついて行ったため、ある意味で計画通りだった。二人きりにさせてしまえば、稔が恥ずかしがらない限りは主導権を渡すことはないのだから。
もっとも、召使が支えている力が消えただけで、召使が稔の周りから消えたわけではない。ただ、召使はホームの下、まだレールが敷かれていない場所に稔らが登場するまでは、姿も形も見えなかっただけだ。




