1-58 駅とレールの復旧作業-Ⅺ
テレポートを使用して、ジャックとウルカグアリーが待機していると思われた場所へ稔は向かった。だが、いつの間にやら、多くの整備達がその場所へ押し寄せてきていた。波を起こしているかのようではなかったが、それでも相当な数の粒子に見える。
「さて、皆がレールの下に敷く枕木を敷き終わったようだから、これから話を始めようとしようか」
「お願いします、整備長!」
一種のファンコールの様なものが聞こえるが、これはファンコールではない。ただ単に呼んでいるだけである。ただ、慕われているだけなのだ。
「稔もああいう風に慕われたい?」
「あそこまで表面的なじゃないほうが俺は嬉しいかな。あんまり表から見られるのは好きじゃない」
「そっか」
ラクトが稔に質問を投げかけ、稔がそれに答えた。
またバカップルの会話が始まるかと思われたその時。空気を読んだか、ジャックが言った。
「さて。今回のようなターミナル駅でのレール修繕に関してだが、基本的には短く区切って作っていくのが一般的だ。だが、今回は協力してくれた稔くん達の事も考えて、大きなレールを一つ敷こうかと考えている」
「待ってください!」
「なんだ?」
「別に長いレールを敷いたって構いませんが、それで強度とか安全面は――」
「大丈夫だ、問題ない」
それはフラグだろ、と稔。言えないので心の中でだったが、某ゲームでのやり取りを連想させられてしまう台詞を簡単にスルーすることなど、稔には出来なかった。
「それで、だ。今回はここに居る作業員全員が主役だ」
「整備長、いいこと言いますねっ!」
「お前はいつもの僕に、何か不満か何かあるのか?」
「いえ――」
「そうか」
威圧感が有ったが、それが部下から慕われている一つの要因とも言える。あまり馴れ馴れしい上司だったりすると、当然敬語なんか使わなくなるし、最悪部下から馬鹿にされる。一方で距離を置き過ぎる上司だって、敬語を使われたとしても気持ちがこもってなかったりだとか、陰口を言われたりだとかする。
加減が大事なのは物事全てに共通する。もちろん、このレールの敷設作業だってそうだ。ふざけたり会話したり、そういったことをすることは許されていないわけではないが、それはあくまで加減を知ったものだけに許された行動であって、知らないものに許された行動ではない。
「それで、稔くん。あの巨人さんは――」
「あ、そのですね……」
ジャックが稔の方に近寄っていく。スルトの名前がわからないから伏せられているだけで、知っていればその名前をパッと出すはずだ。そして、稔にはジャックが何を考えているのかが少しずつ察して分かっていた。もちろん、察してしまえば心臓の鼓動は早まる一方。稔は対策を講じる為に脳内をフル回転させる。
「すいません! あの巨人はもう――」
「えっ……?」
「女の子に、なってしまったんです……」
「なっ、なんだとっ?」
ジャックは驚きのあまり目を丸くする。ただ、状況を理解してジャックは続けた。
「まあ、女の子だとしてもいいんだ。肝心なのは、レールを持てるか否か。そこだからね」
「分かりました」
そう言って、稔はスルトを呼びだそうと声を上げようかと思った。だが、そんなことをする必要は無かった。スルトが自分から現れたのである。整備士達が粒のように居る場所を潜り抜け、通りぬけ、そして現れたのである。
「マスター。お呼びですか」
「ああ、お呼びだ」
ジャックは、現れた美女にまた驚いていた。――が、彼の召使が怒ってしまった。やはり、召使が主人が好きなのは共通なのである。稔もジャックも、もちろん織桜だってそうだ。爆弾魔の男みたいな例外は確かにいるが、それは十万分の一くらいの確率。故に、探そうに一苦労するほど居ない。
「痛いなぁ……」
無言のウルカグアリー。ただ、ジャックはしっかりと彼女の心の中を感じ取っていた。手に取るように分かるような感じを見せながら彼は、笑顔を一瞬だけ見せて真剣な顔に戻る。一方の稔は、そんな微笑ましいような微笑ましくないような光景を見ながら居たが、待機しているスルトの方向に視線を移した。
ここまでの一連の流れを確認して、ジャックは口を開いていった。
「スルト君は、力は女の子ぐらいの力になったわけじゃないんだよね?」
「は、はい……」
「そうか。それなら安心だ」
確かに、レールを敷く時には重宝すると言っていい。なにせ、稔の周辺の召使やら精霊やらの中で、重たいものを持ち上げられるのはスルトくらいだ。否、軽く持ち上げられると修飾した方がいい。後は根気が必要なのだから。
「では、おまえらに告ぐぞ!」
「はい、整備長!」
「先程動いていた班ごとになって、整備士達は散らばってくれ」
「はい!」
まるで軍隊のような素早い動きに、稔は驚きのあまり声を上げてしまった。
「す、すげえ……」
ただ、こういった成果の裏には努力などが隠れている事が殆どである。そういう現実的なことを考えれば、この企業のブラックな場所が見えてきたりしなくもない。
「有難う、稔くん」
ただ、整備長は稔に感謝のメッセージを送った。勿論、その言葉に裏の台詞なんか無い。人を妬んだ状態でのメッセージほど嫌味なものはないが、整備長が稔宛に送ったその言葉に、妬みのメッセージは無い。
「しかしまあ、ジャックさんは温厚で頼りがいの有る方です」
「僕が?」
「はい」
稔は敬い、そしてジャックを褒める。妬みの台詞なんか含まれていない稔の純粋な気持ち。そういったものが滲み出るくらいなので、ジャックも頭を抱えるようにして喜んでいた。当然、そんな笑顔をされれば敬った側、褒めてあげた側にも喜びはわけられて伝わる。
「そういうことを言ってもらったのは久しぶりだからね。まあ、有難う」
そう言ってジャックは区切って話を終わらせた。だがそれは、次の工程へと移るための挟み台詞だった。
「そんじゃお前ら、こっからてめえらの仕事がどんどん増えていくからな! 覚悟していろよ!」
「ハイッ、整備長ゥッ!」
威勢のいい声が聞こえるが、それは何も男が喋っているに限ったことではなく、女も口に出していた。つまりそれが何を表しているかといえば、少々華やかさを増しているということである。汗臭さの混じった男同士の声の中に、一輪の花のように咲く女の声――とでも言おうか。
と、そんな風にまるでポエム混じりの事を考えていた稔。だが、現実は非情だった。
「バカだな。あの声は私なのに、愚弟」
「なっ――」
そう言うと、織桜が稔の左肩を叩いた。
「それってどういう――」
「その通りの意味だが……?」
「つまり、演技という事か……」
「正解だ」
稔は正解したことに何の喜びも感じていなかった。それが当然であるかのような対応を取っているのである。もっとも、演技を見抜けなかった自分に対しての悔しみの念を強くしていたところもまた、彼に影響を与えていたと言えるが。
ただ、それくらいでめげてしまってはどうにもならないわけで、稔は咳払いしてから通常の自分を取り戻した。
「では、稔くん。君はレールをスルトくんと一緒に運んできて欲しいんだ」
「運ぶ……?」
「ああ」
そう言うとジャックは上の方、即ち空の方を指さした。雲ひとつ無い空――とまでは言いがたいが、白色の雲が点々と存在するだけで、快晴と言って問題ない天気だった。涼しくも暑くもない気候であったが、これは湿度が極端に少ない値を示しているからである。
「君には特にそれといったものがわからないかもしれないが、今上空にはレールが鎮座しているんだ」
「ちっ、鎮座っ?」
「いや、そこまで巨大なスケールって訳じゃないんだがな……」
ジャックは自分の言葉が稔を動かし過ぎたと反省しそうになるが、それは稔が望んでいることではない。稔が望んでいるからどうたらこうたらという話ではないが、やはり話されている相手の身になってみれば、そう考えてしまうのが自然の理というところだ。
「でも上空に見えないということは、即ち透明化魔法を使っているという事ですか?」
「察しがいいね。そのとおりだ」
「ありがとうございます」
透明化魔法を使っているということを、ジャックは簡単に認めた。そして、この中で透明化魔法を使える人は居るのかというところに稔は疑問が行って、ジャックに対して質問した。
「誰が透明化魔法を使ってるんですか?」
「透明化魔法を使っているのは、上の方で待っている召使だよ」
「そうですか」
「ああ。――まあ、変な人ではないから安心して欲しい」
本当ですか、と聞く前に稔は決めた。上に行くことを決断したのだ。ただ、上に行くなんていうことをテレポートで行ったことがなく、稔は成功するかどうか心配になっていた。自分を実験体にするのはしたくなかったが、そうするしかない状況。だからこそ、そんな恐怖を捨てて稔は頑張る。
もっとも、まだ出会っていない人に恐怖を抱くのは、何も一般的じゃないわけじゃあるまい。ただ、会話の最中にどぎまぎしていいたりすると、それは相手へ弄り用のネタを渡してしまっているような状況になる。即ち、燃料を注げば引火するような状況になるのである。
「……分かりました」
少々の後ろめたさと躊躇い。少なからず稔の思っている感情の中には有った。でも、そんなのは払拭しなければならない。払拭して透明化魔法を使える上空に居るその人の元へ、スルトと共に行かなければならない。
「マスター、自信を持って下さい」
「……ありがとな」
スルトの方に視線を送った時、稔は自信をつけろと言われた。励まされて嫌な気分はせず、前向きになる事ができた。でも、オーバーリアクションを取るのは恥ずかしく、稔はそれをしない。けれど、自信はしっかりと持てた。つまり、ラクトの言っていたことは伝わったのである。
「ジャックさんのことだからお分かりかもしれませんが、テレポートするにはメートル数が必要になると思います。なので、上空に居る透明化魔法を使える方までの距離を、お教え願いませんか?」
「そんなに年上だからって意識する必要はないぞ。――まあ、そんなことはいいか」
前置きのように、断ってからジャックは言った。
「一二〇メートルだ」
「軽く一〇〇メートルを超えているのは、何か理由があったりするんですか?」
「特に無い。でも、五〇〇メートルを超えた辺りからは飛行機やヘリコプターが利用することもあるわけで、それを考えれば一〇〇メートル……となるんだな、これが」
「なるほど」
「まあ、鉄道関係の会社に就いていないんだ。なにも、詳しく知る必要はないだろ」
「そうですね」
稔はもっともっと話を聞きたいと思っていたが、ジャックからすればそれは目障りだった。そんな事を臨時の部下に言えるはずもなくて、ジャックはお茶を濁した。一方の稔だが、あまり触れられたくないデリケートなゾーンであることを考えて、稔もそこまで子供でなかったので、濁されたお茶に手は出さなかった。
「んじゃ、スルト。行くぞ」
「はい、マスター」
稔は初めての挑戦だった。今この場所でテレポートを使うとなると、必要な情報は建物などの情報、または直線距離。つまりそれが何を表すかといえば、言うまでもなく稔が上空へのテレポート初心者だということである。
初見プレイ程、心臓をバクバクさせるものはない。フラグを回収するように挑んでいくミッションと言ってもいい位なわけだが、そのミッションで事前に知らされている情報は限られており、やはり何処かでフラグ回収をしてしまうものである。だからこそ心臓の鼓動は早まる一方、集中力も高まる一方だ。
汗が滲み出そうになり、稔は必死にそれを隠す。一秒が三〇秒、一分、そんな時間になりそうだった。でもしっかりとしようと心に言い聞かせて、稔は開始した。上空へのテレポート、それの初見プレイを。
「手、握れ」
「はい、マスター」
やっておかなければならない事をしっかりと行い、稔は上空へと瞬間移動しようとする。ただ、まだ瞬時には出来ず、一回息を整えてから向かうことにした。もちろん、こんなことをしていれば整備士達から不満の声が上がる。でも、そんな不満の声が応援に変わっているような幻覚症状を覚えてしまった。
「――テレポート、現在地から上空一二〇メートル地点へ――」
初めて使用する現在地なんて語句が有ったが、別にそんなの使う必要は無かった。上空に関しては使用する必要があったが、一方の現在地なんか要らなかった。テレポートする場所なんて分からなければ使えるわけ無いんだから、当然と言える。
「お……」
そしてその初めてのテレポートを、稔は余裕のよっちゃん――とまではいかなかったが、それなりで実行することが出来た。初めてだから許されるというようなことばかりではないが、稔からすればそういうことにして許して欲しいというようなところだった。
「うおっ……」
とはいえ、テレポートした場所は上空。羽のない状態ではその場所で待機したりすることは物理的に不可能である。それに代わる魔法を用いていない限りは、そのまま降下してしまう。
「マスター、大丈夫ですか?」
「あ、ああ……」
ただ、そんなところでも活躍するのが召使だ。スルトはこれまで巨人ということで飛べなさそうなイメージだったが、スルトは余裕にその場所で待機していた。問題が特に無いのであれば、この時点でイコール飛べるということになる。
「――離陸――」
ただ、稔は召使に抱えられたままで居るのは情けないと思ってそう言った。これにより、空を飛ぶことが可能となった。もちろん操る自分の身体を制御するにはそれなりの技能が必要となるが、稔は意外と動体視力が有って、それも軽々とこなして――否、あまり動いていないから動体視力が有るようにみえるだけだ。
「おーい……」
二人とも待機できるようになって、稔は声を出す。スルトへ向けてではなく、この場所にいると言われた透明化魔法を使える人に対してである。どこに居るかわからない以上は、呼んでこちらに来てもらうしか無い。
「何処に居ますかー?」
「ここだよんっ!」
「ちょっ……!」
ラクトのような、活発な女の子がそこには居た。顔は中性的な顔立ちで、男に間違われそうな女の子と言えなくもない。胸も小さくて主張性にかけているが、そこは活発さで補っているといったところだ。
「なっ、何するんですか!」
「少年さんよー、そう怒らんでくらんしょ」
稔を煽るその女。稔の中のメラメラと燃えるいらだちの炎はあらわになっていないが、これは稔の努力のおかげである。なんとか押さえつけているだけであって、暴走すれば見えてしまう。
「私はマモン。物欲の大罪を犯した者だ。――まあ、君とはそのうち戦うことになるとおもんだけども」
「戦う……?」
「まあ、そう深く考えなさんな。少なからず今は、君と協力したいと思ってるから」
「そ、そうですか……」
「てことで、まずはレールを隠しているのを解除しないと……ねっ!」
その言葉の刹那、ベールを脱がすようにして覆われていた透明の布が取れていった。そして、浮かんでいるレールがあらわになった。日本国内でもよく見かけるような、ああいったレールとは少々異なっていた。
「鉄じゃない……?」
「そそ。これは、鉄に酸化止めの剤を塗ったものなんだ。原料が鉄だからさ、どうしても錆びちゃうと手入れするのが面倒だとかいう理由で、駅のホームとかによく使われているんだよ」
「そ、そうなんですか……」
「疑ってる~?」
稔が疑っているのは、この眼の前の貧乳中性的女が変な言葉を言ったからに他ならないのだが、理解してくれるまではまだ時間が掛かりそうだ。




