1-51 駅とレールの復旧作業-Ⅳ
刹那の時間で移動して、見えた先に広がった車両基地。稔の降り立った場所は、車両基地と言っても非常に危険な場所だった。何を隠そう、線路の上だ。
「なっ――」
稔が降り立った所から大体三〇〇メートルくらい先には、電車が居るとしか考えられぬ音。線路を通る電車が発する、あの音としか考えられない音。それが、稔の耳には聞こえているのだ。
「なんで線路の上に召喚されなきゃなんねえんだよ……」
そんなところに、稔はテレポートしたいわけじゃなかった。そんな場所にテレポートするだなんて考えても無いし、そんなところにテレポートしたら危ないと言わざるを得ない。
「――まあ、線路上に居るよりはマシか」
そう言いつつ。稔は、作業服だとかすら着ないまま線路の敷かれている場所から出て、電車の通行する場所を阻害しないようにした。なにせ稔は鉄道オタクというわけでもなく、自分が鉄道関係の仕事に就いている訳でもない。
稔のような、悪く言えば部外者のような人間。そんな彼らが堂々と線路上を歩くなど、言語道断だ。許可も取っていないのだし、いくらリートから様々な権利が譲渡されたところで、彼を認めていないような物が存在するのは確かだ。故に、「俺は……」と説明しても無駄なのである。百害あって一利なし、とはこのことだ。
「――ヘル、召喚――ッ!」
稔は車両基地の方向へと歩いて向かった。召喚されて現れた場所が何故か線路上だったことが影響して歩くことになった訳だが、流石に一人で歩いていてもいい気分はしなかった。稔は話し相手が欲しかったのである。
「マスター、そういう事で召使を召喚するのはどうかと思うっす」
「悪いな……。まあでも、流石に車両基地に巨人が現れたからって何か言われるのも嫌だし、取り敢えずはお前を召喚しておいて、会話の相手になってもらおうかなと思ってな」
「まあ、その程度なら任せてくれっす」
ヘルは、別に会話の達人とかっていう域の人物ではない。なので、稔との会話をリードできるくらいの自信があるわけでもないし、彼女も彼女なりに会話を楽しんでやっている。前の主人とは比べ物にならないほどに。
「線路のすぐ近くを歩くのって新鮮な感じがあるよな、しかし」
「そうっすね。まあ、日頃からやってないことに新鮮なことを感じるのは普通だと思うっすね」
「せやな」
ヘルの語尾が「~す」ということもあり、稔は少し関西弁を挿れていこうかと考えた。とはいえ、召使がこういう主人の行動を見逃すはずがない。口には出さなかったが、ヘルはしっかりと稔がそういったことを考えていることを認識していた。
「ところで、マスター?」
「ん?」
「急がなくていいんすか?」
「なんて言うんだろ。まだやる気が出来ないっていうか……」
「――なら」
ヘルは稔の右手をぎゅっと掴むと、笑みを浮かべていった。
「行きますよ」
「えっ……」
驚きを隠せない稔。もっとも、こんなことをされればそういう反応になるのは仕方が無いはずだ。突如として笑顔を浮かべて手を握られたのだから、稔がまるでラクトのような反応に、驚きを隠せないはずがなかった。
「マスター。ダラダラしてるより、集中して作業効率を向上させてくべきだと思うっすよ、少なくとも」
「そうだな」
「てことで、急ぎます!」
引っ張られ、稔は車両基地の本部という位置づけにある建物の方向へと向かった。資材置き場だとかが何処に有るか、そういったことを稔もヘルも聞いているわけではない。ヘルはGPSではないし、稔だってスマホを持っているわけでもないのだから仕方が無い。
急いできた結果、稔とヘルは僅か一五秒で本部の建物の真正面に来ることが出来た。ここからロビーを進み、この車両基地を管理している人の中でも一番偉い人とかに聞いてみて、資材置き場だとかは判明するのだろうが、そこまでいくかどうか、稔もヘルも不安だった。
しかし、こういった任務の遂行に一番いらないのは『不安』だ。それを払拭できれば、不安との勝負においては勝ちである。それに、任務の遂行だってペースが良くなっていくので、いいこと尽くめだ。
もっとも、悲しむ大きさが大きいのはデメリットとも感じられるが。
「ヘル」
「どうかしましたっすか?」
「なんか緊張するって思ってさ」
「マスターもでしたか……」
ヘルはそう言っているが、内心は違う。マスターである稔の心を読めていなかったわけではないので、別に今更という感じ――では無かった。今回は、そんな風にはいかなかったのだ。
「でもマスターと私、それにスルトなら一緒に頑張れるはずっす! 頑張るっす!」
「おう」
返答に元気が無かったが、稔は別に元気が無いわけじゃない。緊張していて少し元気さは失われていたが、完全にその『元気さ』という気持ちが無くなってしまったわけではなかった。
インフォメーションセンター攻略は、余裕と言えば余裕だった稔。そういったことを自分自身で脳に言い聞かせつつ、稔は本部の建物の中へと入っていく為に息を整えていく。ヘルは傍からそれを見ていたが、決して他人事ではない。
「ヘルも緊張はしておけよ」
「それ、私よりラクトに言うべきっすよ……」
ヘルはそう言いながら息を整えた。一方、ヘルからそういったことを聞いた稔はこう言った。
「なんか、緊張感持った召使ってのが新鮮すぎてダメだ……」
「ラクトに慣れ過ぎなんです、マスターが」
ラクトはカムオン系だし、ヘルはサモン系だ。どちらが良くてどちらが悪いかというのは項目ごとに違うわけだが、やはり影響力が強いのはどう考えてもカムオン系の方だ。年がら年中一緒に主人と行動を共にするわけだし、影響力が弱い訳ない。
それに、ラクトくらいの元気な召使は早々居ない。ヘルだって今は元気っぽく見せているが、これだってラクトから若干の影響を受けているといえば受けている。自分が仕えるべき相手が変わったのだから、そうならないほうがおかしいと言えばおかしい。
ラクトから影響を受けていて、かつ仕えるべき相手の変更に伴い、それなりに影響が出ているということだ。言葉を聞き取ることが出来ないからこそ分からないものの、スルトも前と変わっている。
「よし……」
折角急いできたのにもかかわらず、こんな所で足を止めていては意味もなくなってしまう。ヘルの頑張りを踏みにじるような人間ではない稔は、本部の建物の中へと入っていく。
「失礼致します――」
至極礼儀正しく入った稔。後からヘルも入ってくるが、彼女はお辞儀をしてから入ってくるだけに留まってそれ以上はしなかった。もっとも、稔が日本人であるから丁寧な入室をしただけであるし、別にそれを他人に押し付けるべきじゃない。
そう考えて数秒後、稔は本部の建物の中を進みはじめた。
「お……」
稔はすぐに気がついたが、ロビーの中央には鉄道模型が置かれていた。大体、脱線したりしたりすることはなかったが、右側に有る巨大な駅のホームから出発した列車が山の方へ向かってトンネルを抜けると脱線した。けどそれは、スピードが高すぎただけだ。
「こんにちは」
「こっ、こんにちは……」
頭を下げる稔。鉄道模型の一路線で脱線事故が起きた事で現れた目の前の女性は、稔が頭を下げていることに驚いて声を上げた。日本じゃ恒例というか、義務感というか。そういうものが有るお辞儀であるが、どちらかというと稔の目の前の女性は、外国人の反応に近い。
――否、エルフィートなんて外国人種だから仕方が無いといえば仕方が無い。
「常連さんじゃないですが、貴方達は何をしにここへ?」
「俺らはボン・クローネ駅で爆弾事件があったんですが、その後の処理を担当するというか、そういうことをしたいボランティアというか」
「なるほど。――それで、ご用件は何でしょうか?」
鉄道関係者としか考えられぬ女性はそう言って稔に聞いた。鉄道模型を囲うようにして作られた透明のガラス。その上部分のロックを外してそこから列車を元の線路へ戻し、またロックを掛ける。手際いい作業だったので、稔が考えこんでいる間に終わってしまった。
「焼けてしまった列車を引き取って欲しいんです!」
「これはまた無理なお願いを……」
女性は呆れたような態度を取るが、それは仕方が無い。無理なお願いといえば無理なお願いなのだから、いくら拒否できない体質であったとしても、声に出せなかったとしても。一度はそう考える。
「ところで。その焼けてしまった列車は何処に有るんですか?」
「あっ、それは俺の召使が――」
「分かりました。でも、列車を建物の中に持ってくるのは頂けませんので、線路の敷いてある場所へ向かいましょう。付いてきて下さい」
「はっ、はい!」
稔は女性に付いて行く。付いて来いと言われたのだから、付いて行かないのは話が理解できていない証拠だし、人付き合いが悪い証拠だ。鉄道関係者であろう女性が変なことをするということは殆ど考えにくく、仕事の範囲内であるわけで、付いて行かないのはおかしい。
「廊下広いっすね」
「一応、災害時に避難が一時的にできるように設計されているんですよ。これでも車両基地ですからね」
「働いている人が多いからこういう設計ということっすか?」
「はい、その通りです」
稔とヘル、それに女性が歩く廊下は、車一台分が通れるよりも広い。丁度、車道一つと歩道を二つくらい繋げた長さだ。後者に至っては、あまり基準的な広さは決まっていないが大体それくらいで、メートルで言えば三メートル程度か。
「あれ、本部から出てしまうんですか?」
「外に電車を起きますからね。そりゃ仕方無いですよ。でなくちゃ電車も置けません」
「そっ、そうでした!」
稔は忘れてしまっていた。そのために、少し冷や汗をかいた。自分が得意気――否、何も聞いていないようにして聞いてしまったため、少し自分が許せなくなっていたのだ。自暴自棄になったわけでもないし、自虐的にもなった訳じゃないが。
稔が誘導係の女性に付いていく中で、彼女は稔にこう聞く。
「それで、列車はどういう風に運んできたのですか?」
「ああ、それは――」
召使で運んできたと言っているはずだった稔。ただ、お互い様だということを認識した上でこう言った。
「召使が運んできてくれました」
「そうですか。……まあいいです。取り敢えず、車両基地に焼けてしまった列車は置いておいて下さい」
「廃棄処分するんですか?」
「リサイクルしますよ?」
「そうですか」
「異世界人がリサイクルなんて言葉を知っているかどうか」というのは、稔が簡単に判断を下せるような軽い話でないのは確かだった。だからこそ、そういうことは気にしなかった。聞かれたら答えるレベルでいいのだ。
「では、ここらへんに列車を置いてくださいませ。後は、こちらが対応致しますので」
「わ、分かりました……」
「はい。――それで、他に要件は御座いますか?」
稔はもう無いと思っていたが、それは単なる思い込みであって間違いである。
「はい!」
「どうぞ」
「あの、敷くレールって何処らへんに……」
「レールですか……」
悩む鉄道関係者。「駅員とかに聞いておけばよかった」とかいう気持ちは、今だけしか分からない気持ちな訳だし、稔も心の中で平謝りをする。態度には出さないし声にも出さないが、心の中で謝り続けた。
「分かりました。ボン・クローネ駅の整備は我々第三管区がしているわけですし、少々お待ちください」
鉄道関係者はそう言って、稔とヘルの居る場所から遠ざかっていった。でもそれは、稔とヘルへ使いを当てつけるための手段であって、別に彼らを待たせることで喜びを感じているわけではなかった。早くしなければいけないことから、喜びなんて一切感じられなかった。
「お待ちください」と鉄道関係者が言って去ってすぐ。稔とヘルは、すぐにスルトを召喚することを決めた。なにせ、電車を持っているのは何を隠そうスルトであり、稔だってヘルだって持っているわけではないのだ。
「――スルト、召喚――」
だからこそスルトを召喚する。
そしてそれと丁度同じくらいのタイミングで、鉄道関係者の女性に代わって現れたのはガチムチの男だった。いかにも整備士というガタイをしており、稔のガタイでは到底敵わないほどだ。
「エルフィリア王国鉄道・鉄道整備課・第三管区整備長、ジャックです。宜しくお願いします」
「こ、こちらこそ……」
頭を下げる稔。もちろん平常運転が止まるはずない。
「それで、焼けてしまった列車をレールに置いてあるって聞いたんですが……」
「あっ、すいませ――」
稔はそう言って軽く謝ると、スルトに指示を出した。
「スルト。その電車をレールの上においてくれ」
「ぎゅらりーん」
声とともに、スルトは優しくレールの上に電車をおいた。焼けてしまった列車と聞いていた為、凍っている列車を見たジャックは驚きを隠せない。
「詐欺は止めてください。凍ってるじゃないですか」
「すいません! その、凍らせたほうが電車への負担は少ないかなぁって……」
稔のそのセリフを聞いて、ジャックは呆れたようにため息を付いた。
「そうですか。でも、今後はやめてくださいね。燃焼している電車を氷で包み込むのは、後々大変なことになる可能性が否めないので」
「どういうことですか?」
ジャックは稔の質問に、ため息を付いてから答える。あまりにも知識がなかったり、先のことを考えなかったり、そういったことが積み重なれば積み重なるほどに、ため息は強くなる一方だ。
「熱を帯びて無ければいけない場所が帯びてなかったり、氷のせいでパイプとかが詰まったり、そういうことが起こりうるのでやめてくださいということです」
「そうでしたか。すいません」
「ですから、今回の件はいいんです!」
言って、ジャックは咳払いしてため息をつくのを避けるようにする。
「まあ、この列車に関しては僕に頼まれた訳じゃないんで、他の班に受け渡します」
ジャックが稔たちに説明をしていると、整備士達が続々と駆けつけてきた。足が皆早いわけではないが、それなりに日頃から重労働をやっているだけあって、ガタイのいい人が多い。それは男も女も関係なしにである。
駆けつけた整備士達に話を済ませると、ジャックは言った。
「レールの復旧をすることは我々の仕事です。急ぎましょう」
空を飛ぼうとしているのは見え見えだった。それに関しては、稔もよく理解できていた。察することが出来ていた。だからこそ、稔は言う。
「テレポート使用できるんですけど、良ければテレポートでボン・クローネ駅まで行きませんか?」
「でも……」
「いいですよ、別に。お礼と言っちゃなんですが」
「まだまだ何もしていないんだが……」
ジャックはそう言っていたが、テレポートをしてボン・クローネ駅を目指すことに後ろ向きではなかった。それは、テレポートしてもいいという許可でもある。
稔はそんな許可を貰ったことを考えて、ヘルとスルトを応召することを決定した。手を繋ぐなりしなければ二人でテレポートすること、テレポーターの脳内に刻まれた場所へ行くこと、そういうことは出来ないのだから。
「――ヘル、スルト、応召――」
だからこそ、稔はそう言わざるを得なかった。ジャックが始めてテレポートを体験する可能性も否定できなかったので、稔は今回は口に出して言うことにした。
「――テレポート、ボン・クローネ駅。四番線ホームへ――」
ジャックの手を掴み、稔はそう言った。




