1-3 魔法と隷族
「あ、そういえば。貴方の名前を伺っていませんでしたね」
「俺は『夜城稔』だ。俺がリートにそうしているように、呼び捨てで構わない」
「では、下の名前に様付けで呼ばせていただきますね」
「……文脈追えてないだろ?」
「いいえ。最初から様付けで呼ぶ気満々でしたので」
稔はここで思い出した。レアとリートはコンタクトが取れる関係にある。なるほど、あの金髪ボクっ娘統一神からこちらの世界へ降下してくる前に連絡が入っていたと考えれば、事前に呼び方を考えていたとしても何ら不思議な事はない。
「唐突に名前を聞くなんて、そんなに魔法を使用する上で重要なのか?」
「いえ、『貴方』と呼び続けるのはどうかと思いまして」
「なるほど。王室の女性が異性にその言葉を使うのは誤解を招きかねないしな」
また寄り道が入って、いよいよ本題へ入っていく。
「さて、魔法を使うためには専門の道具とパートナーが必要となります。」
「道具? そんなの俺には見えないが――」
「はい。可視化していませんからね。……ちょっと、待ってくださいね」
リートは右手を広げて稔の方へ突き出した。大きな深呼吸の後で彼女は目を閉じ、どんどんと念を込めていく。それから大体三秒くらいしたところで、金髪女は「はっ!」と声を発して目を開けた。掌には黄色く白く光る魔法陣が展開されている。黒髪はその光景に息を呑んだ。
「召使――召喚ッ!」
刹那、パンダのような生き物が魔法陣から飛び出てきた。首に赤いスカーフを巻き付け、目は普通のパンダ同様に黒く、体の大部分は白色をしている。もちろん、尻尾だってあった。リートの手首に視線を移してみると、それまで見えなかった黄色いバンダナが実体として浮かび上がっているのがわかる。
「これが、魔法――」
本当にここは異世界なのだと稔は改めて思った。
「はい、これが魔法です。パートナーとなるものが居て、属性ごとに魔法陣が放つ光の色も変わります。色の鮮やかさは、種族によって異なりますね。鮮やかなものと暗いものがあります」
「へえ」
稔は興味津々に頷く。知らない世界が知れるのだから面白いことこの上ない。だが、リートはそこで口を結んでしまった。主人の心中を察して、ついさっき出てきたパンダが口を開いた。
「でも、喜んではいられません」
意外にもショタ声だったので、稔はこのパンダの中に人が入っているのではないかと勘ぐってしまった。無論、魔法陣を突き破ってきた存在がそんなことあるはずないと固定概念から即座にバサッと切り捨てられたが。
「元々、魔法を使うにあたって必要になる魔力は、種族ごとに決められた量しか与えられていないんです。神族を一〇〇とした時、魔族は八〇、人族は六〇、妖族は四〇、隷族は二〇、という具合に」
種族の名前はリートがしてくれた「十分でわかるエルフィリア王国講座」で何となくではあるものの理解していたので、隷族についての酷すぎる扱いが話に出てきた刹那、稔は金髪王女がそれの最後で吐き捨てた言葉を引用して言い放った。
「本当、笑えない冗談だな」
戦う前から魔力の最大貯蔵量に差があったら話にならない。そのことを端的に示した黒髪の言葉、金髪女に呆れた笑みを浮かばさせるには十分だった。リートは彼の反応を受けて、魔力貯蔵量の取り決めについて軽く説明した。案の定、第二次世界大戦争後すぐの停戦会議で行われたらしかった。その直後でリートは問う。彼女の瞳は真実を問う女神のそれのように見えた。
「稔様は、これでも我が王家のために戦うことを選びますか?」
台詞が意味するところは何となく分かる。これはきっと最後の確認だ。何の関係もない者達のために本当に自分を犠牲にできるのか。交わした契約を達成するだけの戦いが出来るのか。そして――最後まで、忠誠を誓ってくれるのか。
この先どうなるかなんてわからない。本当にこの王女の兄貴を救い出すことが出来るのかなんて、この敗戦国家の地位を少しでも回復させることが出来るのかなんて、今の段階ではわからない。けれど、現実世界に戻るために何らかのミッションをクリアしなければならないのも確かだ。
自分の命と国家――それも見ず知らずの異世界の敗戦国家を天秤にかけるだなんて、普通の人間には理解することの出来ない愚策だろう。しかし、つい数十分前にリートが見せた溌剌とした笑みを彼は忘れることが出来なかった。それに、善意志に従わないのは何だか自分がクズに思えてくるのであまり好まないけれども、この異世界に飛ばされた状況下、この人助けで自身の現実世界へ戻る権利が獲得できるならそれに越したことはない。
「ああ。俺はこの場所で、このエルフィリア王国の為に戦うことを誓う。リートの兄貴を助けるために、俺は戦う事を誓う」
「戦う理由、見つかったようですね。――では」
「ちょ!」
リートは稔の右の手首をぎゅっと掴むと、すぐに黒色のバンダナを稔の右腕に巻きつけ始めた。痛気持ちいいという言葉がちょうどいいくらいの痛みが神経を伝う。きゅっきゅっと紐結びで締めると、王女は黒髪に対し魔法に関する説明を続けた。
「どうですか?」
「どう、とは?」
「魔法陣が浮かんでくるかを聞いたんですが――ちょっと、右手に意識を集中させてみてもらえますか? 私が予想するに稔様は黒属性だと思うんですけど」
指示に従ってリートがしていたように念を込めていく。深呼吸の後で目を閉じ、右手に意識を集中させる。五秒くらいすると手の甲が少し温かくなるのを感じた。目を開くと、紫色の光で形成された魔法陣がそこに展開されている。温かな「何か」の正体は手の甲に示された魔法陣らしかった。
「予想通りじゃないですか、マスター」
「……ふふん。そういうわけで、稔様。貴方はブラック属性の魔法使いです」
「そうか」
率直な意見としては中二病っぽいというところだったが、「暗黒」だの「闇」だのといった言葉は高校生になってもなおロマンを感じるものでもあったので、特段嫌だといった感情もなく、与えられた属性を稔はそのまま受け入れた。
「属性が付与されたところで、属性の説明に入りましょう」
「お、おう。ところで、このバンダナはどうすればいい?」
「あ、すみません。可視化モードを解除しますね!」
リートは黒いバンダナを見えなくして属性の説明に移った。
「この世界には六つの属性が存在します。火、水、木、光、闇、そして白の六つです。但し、白属性はこの世界の統一神のみが所有できるという条件になっているので、地上の者達はそれ以外の五つからランダムで選ばれることになっています。なので、実質五属性ですね」
「属性で何か変わるのか?」
「はい。攻撃と防御の使用比率だけ見ると、火は七対三、水は五対五、木は三対七、光は四対六、闇は六対四、白は五対五です。あと、相性によって『効果抜群』と『今一つ』とありますが、光属性の攻撃が木属性に効かない以外はそこまで気にしなくて大丈夫だと思います」
しかし、はぐらかされると逆に気になるのが人間というものである。
「闇属性の攻撃相性はどうなんだ?」
「火と光属性からの攻撃は二倍、木と光属性への攻撃も二倍です」
「光属性に対してはお互いに相性抜群なのか」
わりとありがちな設定だった。
「ここまでが属性についての説明になりますが、質問はありますか?」
「ないな」
「わかりやすい解説だと言われるのは講師冥利につきます」
「(明言してはいないんだがな……)」
まあそういうことにしておこうと、稔は思ったことを唾に絡めて喉に留めておくことにした。一方、リートは嬉しそうな笑みを見せている。出会った時のそれに近かった。
「では続いて、パートナーとなる召使を呼び出して契約といきましょうか。まず、バンダナを付けた方の手を斜め下の方に向け、背筋を伸ばして立ってください」
金髪女はそう言って可視化モードに戻した。黒髪は聞いた通りの格好を取る。
「では、『契約』と口にしてください」
「わかった」
稔は素直にリートが言えと言った台詞をそのまま声に出した。少しして背中に異物があるような感じがしたので触れてみると、漆黒の翼が生えているのが確認できた。しかも体からは紫色の光が出ている。出ていると表すよりは、まとっていると形容したほうが正しいかもしれない。契約のための準備が整ったところでリートは説明のために黒髪と同じ言葉を発し、金色の翼とまばゆい光をまとった。