1-47 罪を犯した者たち
そして、そんな堕ちたエイブに警察という組織の総統を任せるのは困難と感じた部下たちが、彼に対して声を掛けた。
「局長。反論ができないのなら、彼らの意見を呑ん――」
ラクトからの糾弾を受けたエイブの精神状態は、既に良い状態では無くなっていた。情緒不安定だったわけだ。だからこそ、彼に通常通りの仕事を任せるのは駄目だろうと、部下たちは感じてそれを実行した。
けれど、逆効果だった。そんなことをしたところで、意味はなかった。
「意見を呑むことはしない」
「局長……?」
エイブは、断固として自分自身の身勝手な意見を貫く意思を示す。もちろんそれは、周囲に居た一般の乗客からすれば狂った意思であり、「何故論破されてもなお、目の前に居る男たちの意見を信用しないのか」という話だった。
けれど、部下はそれを言ったところで意味は無いのだろうと感じていた。彼の先ほどとった一連の行動が、何よりの証拠だ。
「証拠となる根拠が二つある以上、僕は論破されても意思を貫く――」
そう言って、エイブはペレを拘束することはしなかった。警察組織だというのに、罪を追求しないのである。
だがそれは、理に適った話だった。もっとも、稔たちがそれを聞いた所で、彼らが「ペレを逮捕するべきだ」と言うことは変わらないが。
ボン・クローネ駅に来ていた鉄道警察は、誰一人として逮捕者を作り出すことが出来なかった。本来、エイブは稔を逮捕する予定だったのだが、稔の召使によって完全に論破されてしまい、このままでは自分の名誉が傷付けられる恐れが有るとしたのである。
「ペレ……」
稔は警察達が無能なことに気づき、ペレの方向を見た。彼女は誰が見てもそうだろうが、反省している。けれど、罪を犯したという根本的な場所が覆されることはない。なにせその根本的な場所が覆されたのならば、防犯カメラに映った情報が嘘になるのだ。そして、エイブの心の中も。
「――自首、するか?」
ペレの方に近づき、稔は会話を行おうとした。彼女が反省していることを踏まえ、是非自首してくれればと思ったのだが、それに待ったを掛けたのがラクトだった。
「稔。それは駄目だよ……」
稔は首を傾げた。意味が分からなかったのである。
エルフィートは王族を有する国家であるが、あくまで法治国家である。でなければ、警察組織が正常に機能しないということは言うまでもない。
警察が正常に動くということは、罪を犯した可能性のあるものを逮捕するということが出来る、そういった風に行動できるということだ。でも、今は出来なかった。
「どういう意味だ?」
「簡単だよ。――彼女が女神だったから」
「そんな理由で?」
そんな理由と言ってしまった稔だったが、瞬時にラクトが彼の服の裾の辺りを摘んで言った。
「エルフィート……いや、エルフィリアは、マド―ロムでは一番最底辺にいると位置づけられているんだ。前回の大戦争の結果、大量の土地を失って、結果としてこのような程に国土は狭くなってしまった」
リートが話すような内容。それを、ラクトが続ける。
「マドーロムの世界では、国土面積が大きければ強い国って訳じゃない。戦争に勝った国が、初めて強い国と言われる国だ。だから、エルフィリアは弱いまま。だからって戦争を起こせば今度、この国は滅亡する」
人口は多くない。前回の大戦争の末期から、多くのエルフィートがエルフィリアではない他の国に連れて行かれ、様々な事をされてきたためである。酷い実話に基づく話も数多くエルフィリアでは発売されているが、その実話を他国が報道するわけがない。
「要するにこの国は弱い。だからこそ、ああいう風な対応をするしか無いんだ。警察といっても、一番恐れたいのは犯人の抵抗だからね。いくら魔法が使えるとはいえ、彼らがこちらを底辺に見ているのであれば、それなりの力で攻撃してくる可能性は否定出来ないし」
「弱い者いじめってことか」
「そういうこと。そして、強い力を持つものは神だけじゃない。最底辺にいるということは、それ以外にも居るということを示している……」
それ以外というのは、他のデビルルド、ヒュームルト、フェアラルトの種族をそれぞれ指す。ただ、その三種族がゴッデルトより強いという理由の有る根拠はない。
「まあ、警察組織も簡単じゃないってことでしょ。それと、あんまりいいような気分はしないけど、釈放してもいいと思うよ?」
「え?」
稔がそう言うと、ラクトはこう言った。
「反省はしているんだし、いいじゃんか。警察だって逮捕することを見送ったわけだし」
「でも――」
稔が、ラクトの言っていることも一理あると思ったのは確かだった。けれど、全てを認めるわけには行かなかった。せめて、自首させるべきだと思った。それが、ペレにとってプラスになると思ったからだ。
「分かる。私にも分かる。ここで止めなきゃ駅含め、公共施設での他の種族による爆発事件は続いてしまうだろうってね。けど、この女神は善人になってくれたんだからいいじゃんか」
「善人って言っても……」
自首をさせようと考える稔。一方でラクトは自首をさせるのではなく、もう更生しているからいいだろうと言っている。互いに意見が食い違う召使と主人だが、こういう場合は主人が召使の意見を聞かない主人が多い。だが、稔はそんなことをしない。
「ペレ。お前はどう考えているんだ?」
「私は――」
稔は、ラクトの意見を取り入れるかどうかということをペレに委ねた。彼女が自首をしたいのであればそれを勧めてあげる事を考えたためだ。自首をしたくないのであれば、今後しっかりとした人生を歩むのであれば、そうしてもらうためだ。
「自首はしたくないです。けど、帰りたくもない……」
「ユベルディルマは嫌なのか?」
「エルフィリアで罪を犯したので、ユベルディルマに帰るのが罪だと思うんです――」
「罪……」
ペレは言った。ただ、罪と言っても存在自体を否定しているわけではない。自分が罪を犯したことを認め、だからこそエルフィリアに残るべきだと言っているのである。祖国へ帰還するのが一番だと稔は考えたが、稔が彼女に聞いたのである。
「そうか。……分かった。それじゃ、お前は今日から善人として行動してくれ」
「分かった――」
そう言ってペレはお辞儀をした。そして、これにラクトが反応を示す。
「稔」
「ん?」
「ユベルディルマだと、誓いを行う時に示す行動っていうのが有るみたいなんだ」
「お、おう……」
稔は反応に困ったが、ラクトが至極自慢したげに話しているのを見て聞いてあげることにした。稔の心の中に、「可愛い」と思う気持ちが花のように咲いたのである。言葉を変えれば、それは「可愛い」というよりも「あざとい」と言った方がいい。
「殿下に対して行うのがお辞儀で、殿下以外に対して行うのが敬礼らしい」
「そうかそう――え?」
稔はその時、ふと気がついた。
「俺、そんなに高い地位に居るわけじゃ……」
「でもいいや。私の心を取り戻してくれたのは、稔だもん」
「なっ――」
稔はラクトとは違って、ペレに一つも傷を作っていない。加えて、暴走化したバーニング・ラビットの沈静化を行ったのも彼である。故に、ペレが感謝しない訳にはいかなかった。最大限の誓いを見せたのは、そこに通ずるものが有ったためだ。
「それじゃ、また何処かで会おう」
「お、おう!」
笑顔を見せるペレに、稔は少しドキッとしていた。胸の大きさではラクトが勝っているが、小悪魔的ではない笑顔を彼女が浮かべたために、少し内心でドキッとしたのである。
とはいえ。言い方は悪いが、ラクトは稔の心の中を監視しているわけである。だからこそ、稔が何を考えているかをすぐに把握することが出来る。
「むぅ……」
「ちょっ、ここ駅だぞっ……」
先程のあの強さは何処へやら。ラクトは、ペレが駅の構内を出た後すぐ、稔に抱きついた。ここは公衆の面前である。
けれど、稔の拒否にラクトは応じない。小悪魔のような笑みを浮かべながら、稔の背後から抱きついている。
「貴台がデレデレしているのを見ると酷くうざったく感じる為、我は石の中へ戻ることする――」
「し、紫姫……っ!」
「話し掛けるな。自分の召使とイチャコラするのが好きな変態め」
「これは……」
弁解しようとする稔に、紫姫は少しツンツンしている表情を浮かべているが、彼女がこういった表情をしているからこそ、稔の魔法の強さが二〇倍まで上昇するのである。
とはいえ、稔はペレやバーニング・ラビットにそんな強い魔法を使ってはいない。したのは威嚇だ。
「紫姫ちゃん可愛い!」
言うと、ラクトは気がついた。
「あれ、警察は?」
「帰った」
稔の言うとおりであった。ラクトが気が付くのが遅かっただけで、もうとっくに彼らは帰っている。本来の仕事を放棄した上、インフォメーションセンターでスイッチを踏んでしまった男に、事情聴取や取り調べすることもなく。
「無能……」
「おいおい、それくらいにしておけよ」
そう言いつつも、稔は警察を鼻で笑っていた。
そんな時。
「愚弟。おつかれ」
「お、織桜……」
一時的に傷を抉られていた織桜。そんな彼女は、右手に石を持っていた。言うまでもなくそれは、ペリドットだ。そして光るそれを、彼女は手にぎゅっと握った。もちろん、潰さない程度にである。
「お前、ユースティティアは……?」
「今、化粧室へ行ってる」
「それって――」
「契約、完了したよ……」
「おお」
悪の集団――という訳でもないが、エイブという男の支配から完全に開放されたわけである。また、ユースティティアは嫌がっていたわけであり、彼女はヘルやスルトと同じような境遇に居る。そういったところを考えた時、稔はヘルやスルトと仲良くなってくれればと考えた。
「私からしてみれば、アマテラスは司書だから戦闘には使いたくないわけだし、主戦力はユースティティアになるのかな?」
「へー」
「まあ、もう一体召使はいるけど」
付け足した上で、織桜は自分の紹介のようなものを終える。そして、ユースティティアの帰りを待つ。何も起こらないことを祈りながら、ユースティティアが来てくれることを待った。
「ほうほう。……どうやら、ユースティティアの特別魔法だとかを私は察知してしまったようですな」
「ラクトって、なんだかんだでチュートリアルに出てきそうな奴に居そうだよな、ホント」
「ひでえ言いようだな」
ただ、間違いでないのは確かだ。異様といえる程にゲームのプレイヤーに迫ってきているわけだし、人の心を読めてしまうというチート技つき。チュートリアルに出てきそうなキャラクターとしては十分な性能だ。
「お……」
そんな話を稔とラクトがしていた時、ユースティティアがようやく帰ってきた。そのため、ラクトが稔への特別魔法の説明を止めた。ただ一方で、聞けなかったことを織桜にラクトが聞いた。
「そういえば、織桜はバトルしてユースティティアと契約したの?」
「バトルはしてないよ。バトルはもう、この石をゲットした時に済ましているからね」
「ということは――」
「そういうこと」
織桜は、ラクトが一体何を考えているのかをすぐに理解した。簡単な話だ。しかしながら、そのように簡単に察することのできない者も居る。何を隠そう、稔だ。
「そういうことってどういう――」
完全に狙ったかのような発言に、織桜は驚愕した。ラクトが何か仕込んだかのように織桜は思ったが、この短時間でそれはそうそう出来るようなことじゃない。それに、ラクトが稔の思っている事を改変することは無理だ。特別魔法でないから、効力は弱いしすぐ気づかれる。
「こういうこと……」
狙ったかのような発言に反応したのは、織桜だけではない。召使も精霊もそうだった。故に、ラクトは行動を取った。どうすれば凄く分かりやすいかということを考えた結果、その行動が一番いいという判断になって。
「んむっ――」
唇が触れ合う二人に、周囲の目は白い目を向ける者も居れば、殺意を覚えてしまいそうな者も居た。織桜は殺意を覚えては居なかったが、少し白い目を向けていたし、ユースティティアに至っては恥ずかしくて石に戻ってしまう程度だ。
「へへっ」
「なっ……なっ……」
流石にラクトでも、公衆の面前でのディープキスは止めておくことにした。そんなことをしたら、暴走しすぎて止まらないんじゃないかという判断に至ったのが大きな理由だ。けれどそんなことはお構いなしに、稔はキスされたことに驚きっぱなしだった。
「稔、ちょっとイラッてしちゃった?」
「イライラはしていない。けど今、突然キスされて大変だ……」
「意外と稔は、そういうところが弱いのか」
召使を見下すようなことをしないことが生んだ結果であるが、これはこれで恵まれていると言っていい。召使からキスを貰うなど、滅多に有り得ないことだ。有り得るとすれば、主人から召使へのキスであり、主人は貰う側に立つことは極めて稀だ。
そういったことが影響し、ユースティティアは石の中へ戻っていた。
「お前がこんなことするせいで、ユースティティアが……」
「愚弟は馬鹿か。ユースティティアは自分自身がされてきたことを脳内再生しちゃって、それで恥ずかしくて戻ってしまったんだ。脳内再生する理由を作った元凶はお前らだけど、別に私は怒ってないから」
「謝るならユースティティアに……か」
「そういうこと。ただ今、私はユースティティアを休ませたいから後でよろしく」
そう言うと、その話はそこで終わった。そして、稔が三人をまとめるように言う。
「んじゃ、これから復旧作業だ」
「でも、復旧作業の基本は私が電車を修理するところから始まるんでしょ?」
「修理するべきなのは確かだけど、修理って言うよりも電車を造るところからかな」
ただ。稔がそう言った途端、ラクトは涙を浮かべてしまった。何が何だか稔には分からなかったが、ラクトは少々苦痛を伴っていたことを自白した。
「おめーは頭大丈夫か」
「ど、どういう……」
「私の魔法ってのは、もともと服に関しての魔法なの。それ以外にも転用できることは確かだけど、あのサイズは絶対無理に決まってんでしょ!」
「そうか……」
電車はでかい。艦船よりは小さいかもしれないが、五両編成の列車であるわけだから一両だけで二〇メートル。五両を単純計算で一〇〇メートルである。一〇〇メートルなのだから、それなりに長い。
そして、ラクトの手の中からそんなものを作りだして仮に出したとしても。彼女の負担に成ることは言うまでもない。
「どうにか出来ないもんかな……」
「んじゃ、稔がテレポートで電車を運んでくればいい」
「んなことできるか!」
ただ、それと同じ話なのだ。いくら一両といっても長さは二〇メートル。そんなものを引き連れててレポートしてくるわけなのだから、重さは相当である。
ただ、このことに関しては織桜がこういった。
「いやいや、大丈夫だろ。愚弟はあまりやりたさそうにしてないが、テレポートさえ失敗しなければ簡単に持ってこれるっしょ」
「でも、同じ電車を使うことが出来ないんじゃ……」
「あ……」
復旧作業の目的は、燃えてしまった車両を他の場所へ移し、レールをもう一度直した上で、同じ新しい電車を走らせるという事である。けれど、その為にはそれなりのマニアックな情報を知っているような人間が、一人は必要となる。なにせ、凡人に列車を区別することは出来ないのだから。
「インフォメーションセンター!」
「でも、あそこってあいつが――」
「一階にもインフォメーションセンターは有るよ」
「そ、そうだっけ?」
「そうなの!」
ラクトが燥ぐようにして言うが、別に変なことを言っているわけではない。
「それじゃ、そのインフォメーションセンターに行けばいいってことか」
「そうそう。……でもそれは、愚弟が仕事を引き受けたってことになる。だから愚姉とラクトは、この駅でレール復旧に務めるってことになる」
「そうか」
「お?」
愚姉には気づかれていたし、ラクトだって心を読んだからすぐに分かった。その反応は、稔が仕事を引き受けることにした反応だ。無論、稔はインフォメーションセンターに行く前、こう言った。
「俺が引き受けたから」




