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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
最終章 現実世界編 《The last mission》
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ラクト「水着!?」

 目を覚ますと後頭部に枕とは別の柔らかな感触を感じた。自分の後頭部から出た熱以外に人肌の温もりを感じる。額にも肌の感触があった。これは夢なのか、それとも現実なのか。恐る恐る目を開けていく。ちょうど額に乗っていた手が髪の毛の上に動いた時、見覚えのある顔が映った。


「おはよ」

「……」


 簡単な挨拶さえも恥ずかしくて口籠ってしまう。俺はすぐに自分が今何をされているのか理解した。「新種の寝起きドッキリかよ」と自分でツッコミを入れて何とか冷静になろうとするが、昨日の夜からずっと悶々とした気持ちを保ち続けたこともあり、そう簡単に高まる拍動を落ち着かせることは出来ない。


「昨日はありがとね。おかげさまで平熱に戻ったよ」

「(こちとら絶賛体温上昇中なんじゃボケ)」

「カレー温めておいたけど、まだ食べない?」

「(だから早くその手を止めろ!)」

「寝てるのかな?」

「(こいつ! こいつ絶対分かってやってんだろ!)」

「おでこに『肉』って書いたけど、バレるかな?」

「消せ!」

「お。おはよ」

「……おう、おはよう」

「あ、額に落書きとかしてないから安心してね? ほら」


 ラクトは枕の隣に置いておいた俺のスマホを持ってインカメを起動した。彼女の言った通り額に落書きは無い。念のため顔全体を見てみるが、そういう類のものはどこにも無かった。


「ちょっかいかけられるの嫌じゃないけど、偶にはされた側の気持ちも考えてね?」

「……肝に銘じとく」

「ん」


 最後にもう一度頭を撫でるとラクトは次の話題に移った。嬉しさと恥ずかしさが重なって彼女の方に視線を合わせることが出来ない。


「で。朝ご飯もう出来てるけど、食べる?」

「今何時なんだ?」

「朝七時」

「はや! めっちゃ健康的だな……」

「稔が不健康すぎるだけでしょ」

「そうともいう」

「それで、食べるの?」

「食べるか」


 朝七時起きなんて学校がある日と同じことだった。俺は夏休みに入ってからは一度も達成したことが無かったので嬉しい気持ちが湧く。そんな時、ラクトが思い出したように「あ」と声を出し、手を叩いて言った。


「そういえばさっき、『神』とかいうユーザーから変なメッセージが来たんだけど」

「神?」

「うん」


 ラクトは自分のスマホを取って俺の頭上で操作し始めた。無料通話アプリを起動してもらって、「神」なるユーザーからのメッセージを閲覧する。彼女はやべー奴だと思って友達登録はしていないそうだったが、よくある性的な言葉を投げてくる変態ではないらしい。メッセージの内容は、日本時間とラクトの住むエリアの時間を等しくしたというものだった。


「ラクト、今日どこか行きたい場所あるか?」

「現実世界は夏みたいだし、プールとかではしゃぎたいなーと思ってはいる」

「じゃあ、その時に確認するってことで」

「わかった」


 今日の行き先が決まったところで俺は膝枕から解放された。座った状態で背伸びをして、また立ってからも背伸びをする。ちょうどその時、その動作が神経に作用したのか、まだ残っていた眠たさが俺にあくびをさせた。


「あのさ」

「ん?」


 ラクトが何かを言いたそうにしていた。珍しく俺に視線を合わせないので、言い出しにくいことだというのはすぐにわかった。


「……朝ご飯食べる前に、ついてきてほしいところがあるんだけど」

「わかった」


 朝食ができていることを考えれば用事はすぐに終わることなのだろう。それよりも何も、大切な彼女の重要そうな頼み事を断ることは出来なかった。



「ここは、――お義父とうさんの部屋か?」

「うん」


 彼女は小さな声で返答した。そのままドアノブを回してドアを奥の方へ押しやると、義父さんの部屋の全貌が目に入る。壁には大きな本棚が据え付けられており、机の上には時代を感じさせる重たそうなパソコンが置かれていた。同時に見えたのは、同じ机上に写真立てに入った一枚の小さな家族写真が飾られている様子。


「……」


 俺はお辞儀して部屋の中へ入っていった。写真立てに飾られていた写真に写る義父さんの外見はとても格好良くて、心の底から笑っているとしか思えない素敵な笑みを写真の中で見せていた。どこで撮られたのだろうと思ってもうちょっと詳しく見てみると、すぐにこの家の玄関だと気がつく。


 俺の視線は次いで大きな本棚に向けられた。難しそうな仕事関係の書籍はもちろん、育児関連の本もちらほら見受けられた。名付け方についての本なんかは男女両方ある。きっと義父さんはラクトやカースが生まれてくるのを本当に楽しみにしていたんだろう。


「……稔にとって、お父さんってどういう存在?」

「父親か……」


 ぱっと思い浮かんだのは、母さんと笑い合っている幸せそうな姿と一生懸命に働く姿だった。書斎にびっちりと本が並べられているのはちょっと想像がつかないが、でも、子供のために何かしてあげようという気持ちを持っているのは確かだと思う。


「言葉で言い表すのは難しいけど、――背中で語る存在かな?」


 ちょっと典型的すぎるか。でも、特段思い浮かんだ内容と齟齬があるわけではない。寡黙というわけではないけれど、一から十まで教えることはないし、というか教えられた経験があまりない。工作とか昆虫採集とかをやっていた幼少期の記憶に居る父親は、子供と一緒に夢中になって同じ行動をしてくれる存在ではあるものの、軽く手本を見せると後は全部「やってみろ」という言葉で繋げていた。


「稔は、そういう存在になれると思う?」

「今の俺じゃ無理だな。でも、いつかは、将来的にはそうなりたいな」

「そっか」


 背中で道を示すのは今の俺には無茶なことだ。父さんと比べたら人生の経験値が違いすぎる。この異世界での放浪を経て一気にぐーんと成長したかもしれないけれど、背中で語るにはただ飲み込むのではなく噛みしめる必要がある。

 

「ねえ」


 ラクトは家族四人で写った例の写真を手にとって俺を呼んだ。


「こんな立派な家庭を築こうね」

「ああ」


 その笑顔の裏には彼女が背負ってきた悲劇が確かに隠されていた。だけど、そんな困難は超えてみせる。一人だったら難しいことでも、投げ出してしまいそうになることでも、関係ない他の誰かを傷つけてしまうようなことでも、二人なら――褒め、叱り、支え合うことの出来る二人なら、ずっと前を向き続けて走る続けることが出来る。


「時には喧嘩したり仲違いするかもしれないけどさ、二人いつまでも寄り添って、子供達にいい意味で笑われながら一生懸命働いてさ、稔がおじいちゃんになって、私がおばあちゃんになったら色んな人達に金婚を祝われてさ、最後は一人ずつ旅立っちゃうかもしれないけど、天国で再会してずっと一緒にいれたらいいなって」


 その夢は、彼女の両親が叶えることの出来なかったもの。だけど、だからラクトは叶えるのではない。ずっと遙か未来のことを口にしながらこぼした笑みにはそんな打算的な考えは微塵もなくて、赤髪がついつい口角を上げてしまったのは、ただただ幸せな未来を思い描いたからに過ぎなかった。


「『子供達』ってことは、子供は二人以上欲しいんだな?」

「流石に野球とかサッカーのチームが作れるくらいとは言わないけど、まぁ、三人くらいかな? 『一姫二太郎』って言うし、やっぱり上は女の子がいいなぁ」


 もう二度と撮ることの出来ない家族写真を抱えながら、ラクトは将来のことを楽しそうに口にする。俺が惹かれた大きな理由でもある綻んだ表情は、自然と俺の顔の強張りも壊してくれた。


 赤髪との会話にある程度区切りがつくと今度は仏間に案内された。ここまで来ると本当の結婚報告のように思えてきて、俺の心中には手土産もなしに参っていいものかという心配が生じてしまう。でも、ラクトは「むしろ無いほうが気兼ねなく話せるから」と諭してくれた。俺はそんな彼女の背中について、畳の敷かれた厳かな雰囲気が漂う部屋を進む。


 仏壇の真ん前で足を止めると、ちょうど真正面に敷かれていた仏教的な儀礼用の大きな赤い座布団を横に退けて、まず中央からちょっと右寄りのところにラクトが座った。俺はそれと対称の位置に座した。威厳のある雰囲気に負けて、すぐに俺はぎゅっと口を結ぶ。


「お父さん。私、もう十七歳になりました。この容姿はどうですか。お母さんに似てきましたか。私は自分の理想の為に戦って死んで、二周目の人生に入りました。前世で働いた罰を償うために、召使としてもう二度と進むことのない年齢のまま何十、何百年と生きることになるはずでした。でも私は今、こうして時計を動かせています。実体としてお父さんに思いを告げられています……」


 俺はじっと正座して彼女の近況報告が終わるのを待つ。


「お父さんが死んでから、私もお母さんもお姉ちゃんも大変な思いをしました。でも、今私の隣に座っている彼が全部救ってくれました。私の大切な彼が、苦しまなくていいようにしてくれました。何から何まで私のために尽くしてくれました。――きっと数年後、このまま順調にいけば、私と彼は結婚することになります。だから、ちょっと早いかもしれませんけど、顔合わせと軽い紹介をさせてください」


 ラクトが首を上下に振ったのを合図に俺は口を開いた。


「お初にお目にかかります、夜城稔です。異世界から来ました」


 くどくならない程度に、しかし漏れがないように気をつけながら、今日これまで俺がラクトとともにやってきた冒険を説明していく。特に結びの言葉には細心の注意を払った。真剣な眼差しを灯された炎に向かわせて抱いた思いを嘘偽りなく実直に伝えていく。


「――娘さんを彼女に、ひいてはお嫁さんにさせてください。僕が責任を持って、貴方のようなお父さんになって娘さんを絶対に幸せにしてみせますから」


 その時だった。


「頼んだよ、稔くん。私の愛娘を精一杯幸せにしてくれ」


 俺とラクトは確かに義父さんの声を耳にした。その姿は俺には決して見えなかったが、でも確かに背中に誰かの体が触れている感じはあった。


 もしかしたら幻なのかもしれないけれど、でも、幻だとはやはり思えない。視線を右に向けると、赤髪が号泣していた。彼女には亡き父親が本当にそこにある存在として見えていたようだった。告げられた言葉は俺と違っていたらしい。


「お父さん、『幸せになってね』って」

「俺は『愛娘を幸せにしろ』って言われたよ」


 授かった言葉を報告し合った後、お互い合わせるための音頭もなしに数秒後には言っていた。

 

「「末永くよろしくお願いします」」



 亡き義父さんへの挨拶を終えてリビングに入ると、カースとハイトは既に座って待っていた。ラクトが呼びに行ってから十分程度が経っていたこともあり、義母の顔にはニヤニヤとした笑みが映っている。一方、義姉は早く朝ご飯が食べたいのかムスッとした表情でいた。


「おはよう ございます。

 ゆうべは おたのしみでしたね」


 俺とラクトが席に着いて食事の挨拶をするとハイトが開口一番に言った。俺もラクトもカースも、何を比喩しているのかはすぐに分かる。義姉は様子を窺いながらも、惚気話は聞いてられないと言わんばかりに誰よりも早くカレーを口に運んだ。妹の方は頬を赤らめる。


「お母さん!」

「あらあら」


 カースは母と妹のやり取りの隣でカレーを一生懸命に食べていた。白皿と銀匙の擦れる音が耳に障る。義姉はものの数分で飲み物のごとく平らげると、おかわりもせずに自室へ戻っていった。義母の意味深発言はカースの異様さを見てガクッと減ったが、ゼロになることは最後まで無かった。


 支度を終えて彼女の家を出ようという時にもハイトはニヤけていた。ラクト曰く、高校で学びたいという件を伝えて以来ずっとご機嫌らしいのだが、今回は彼氏の顔を見れたことでさらにウザくなっているとのこと。「早く孫の顔が見たい」と言われた時は流石にお互いビクッとしたが、前提があるだけで殆どの心の落ち着きは取り戻すことが出来た。



 テレポートして約二四時間ぶりに家に戻り、スマホの時計を確認すると、確かに現実世界と異世界の時間が同期しているのが確認できた。同時、ネットワークが現実世界のものに切り替わって、気温や天気もそれに準拠して表示される。現在の気温は二八度。外はいつにも増して快晴だったが、朝の八時台ということもあって普段よりは低かった。


「……お邪魔します」

「『ただいま』でいいんだぞ?」

「稔だって最初から堂々といれなかったくせに」

「まあ、そうだが」


 ラクトは興味深そうに家の中を見る。計画の変更は無いようで両親はまだ帰ってきていない。朝ご飯を食べたばっかで準備くらいしかすることが無いので、一階に居ても暇だろうと彼女を自室へ進める。何の躊躇もなく先導する俺とは対照的に、ラクトは恥ずかしそうにしていた。


 入ってすぐ左方にある漫画がズラーッと並んだ本棚を見るやいなや、赤髪が「うらやましいなぁ」と口にした。流石にアイテイルほどタイトルを聞いて内容をパッと口に出せるほど熟知しているわけではないが、ヲタ文化を否定する言葉も言わず、面白いと思ったタイトルを手に取って読み始める。椅子でもベッドでも座って読めばいいのに、初めて入った部屋だという意識が強く俺の言葉を聞いても立ち読みを貫いた。


 ラクトが立ち読みを始めてから数分が経ったところで俺は本題を思い出した。


「質問する」

「よかろう!」

「その一。屋外と屋内、どちらを選ばれるか?」

「どっちでもいいよー」

「その二。遠いのと近いの、どちらを選ばれるか?」

「誰かさんのお金によるー」

「じゃあ、屋外プールにする。ちょっと支度するから出てもらえるか?」

「ん」


 一昨日の朝俺のベッドに忍び込んできた誰かさんとは違って、ラクトは「えー」とか「ダメ」とか嫌そうな言葉も文句も口にせず、手に取った漫画を持ったまま部屋を出てくれた。だからこそ待たせるわけにはいくまいと、必要な道具を素早くバッグに入れて、二分もしないうちに準備を終わらせる。待機してもらっていたラクトに貸していた漫画を返してもらったところで、東京と神奈川の間の遊園地に向けて出発した。


 最寄り駅まで来てみると、まもなくお盆の時期だというのに普段の通勤ラッシュと大差ない混雑具合で、都市部で働いたことがあるラクトも東京の混雑には目を丸くする。身動きがとれないほどの酷い混雑ではなかったが、自分達が痴漢の被害者にも加害者にもならないために比較的空いている後ろよりの車両に乗り込んだ。


 武蔵小杉で東横線から南武線に乗り換え、稲田堤で降車して京王相模原線に乗り換える。某バラエティ番組で「遠すぎる○○前駅」の称号を獲得した駅よりも、公式に最寄り駅として紹介されている駅の方を選んだ形だった。


 家を出発しておよそ一時間で目的地の最寄り駅に到着する。スマホを見ると上手い具合に開園時間と噛み合って、時刻は十時一分を回っていた。バスで行く手もあったが、物珍しさを煽ってゴンドラ乗り場へ向かう。平日とはいえ夏休みということもあって結構な行列になっていた。


 行列が捌けていって、いよいよ自分達が乗る番となる。係員の手でドアが閉められると、そこは観覧車さながらの密室となった。


「ラクトって泳げるの?」

「人並みにはね。でも、こういうとこってガチの競技する場所じゃないじゃん」

「確かに、溺れない程度に体を動かせれば大丈夫だけどさ」

「あ、わかった。自分が泳げないからその質問したんでしょ?」

「それは無い」

「正解だと思ったんだけどなー」


 その後もラクトは「なぜ聞いたのか」としつこいほど質問してきたが、俺は回答という回答を口にしなかった。「泳げない彼女に泳ぎを教える」なんて、そんな漫画のような展開を希望していたとは口が裂けても言えない。話のメインがゴンドラから見えたアトラクションに移ると、俺は胸を撫で下ろした。


 五分ほどの空中散歩を終えてプール付入場券を購入し、いざ入園する。来る途中までに分かりきっていたことだったが、やはり混雑していた。つい数時間前は「今日は暑くないな」なんて思っていたけれど、スマホ上には気温三十度と表示されており、さらに混むのだろうと容易に推測が立つ。


 そんなデートに似つかわしくないことはさておいて、そもそもの目的はプール利用ということで、ゲートをくぐるとすぐに更衣室の方へ向かった。ささっと水着に着替えてシャワーの前で待っていると、俺が予想していたよりも早くラクトが出て来る。


「おお……」


 体目当てで好きになったわけではないが、改めて本当にいいスタイルをしているなあと感嘆した。自分の長所を知ってか知らずか露出度高めの黒ビキニを着ているが、本人が少し恥ずかしそうにしているのを見る限り、狙ってやっていると思われる。髪はハーフアップにまとめ、後ろでロープを組んでいた。最近のアニメキャラでも比較的見かけるようなヘアスタイルである。


「どうかな?」

「素晴らしい」

「やった!」


 端から見ればバカップルに他ならぬ会話をしつつ、まずは流れるプールへ向かう。


 着いてまず目に飛び込んできたのは大変な混雑だった。日陰になっている場所はほとんど取られており、紫外線やらを気にしないで休めそうにはない。俺はそういう点でラクトに申し訳ないと思っていたが、心配された側はそんなこと気にしないで借りてきた浮き輪をプールに投げ入れる。


「早く泳ごうよ、そんな浮かない顔しないでさ!」

「そうだな!」


 過度に心配するほうが申し訳ないんだと気づいたところで俺もプールに入った。浮き輪の後ろあたりを保ちながら流れに従って進んでいく。


「えい!」

「やったな!」


 噴水を通り過ぎようというところで思いがけぬ攻撃が飛んできた。無邪気な笑みを浮かべるラクトの方を見ると、いかにも水鉄砲が出そうな手を組んでいる。この勢いは初心者の腕前じゃないと思った俺は容赦なく反撃した。やはり、遊園地は良い意味で馬鹿にならないと遊べない。


 何周したか分からないくらい初っ端からはしゃいで、本命のジェットコースターに移動する。どこに行っても混雑が付きまとうので、とりあえずまず目に留まったジェットコースターに向かった。長い階段を登りながら大変さをかき消すために取り留めもないことをお互い口にする。


 自分達の番になってお互いボートに乗り込むと、俺は係員さんに「思いっきり回してください」とお願いした。ラクトは絶叫系もいけるクチらしく俺の提案を嫌がる素振りを見せない。むしろ乗り気で、俺に続いて「お願いします」とさえ口にした。係員さんは快く引き受けて、「行きますよ」と笑顔で口にしながら思いっきりボートを回してくれる。


 ぐるっと回って滑り出したボートは水に乗ってどんどん加速していく。途中の凸凹で浮き上がると「うおっ」と思わず声が上がった。ただ滑り降りるだけでは満足できないようで、隙を見ては前を行くラクトが面白半分にボートを回してくる。思うままにはさせてやんねえよと、俺も逆の回転をかけてみる。


 そんなことをしていたから普通に乗るよりも疲れてしまった。勢いでこのままさらにウォータースライダーに乗り込むのは疲れると判断し、波の出るプールでくつろぐことにする。水深がほとんどないところで砂っぽさを気にすることもなく座り、足を伸ばして空を仰ぐと、それだけで疲れが取れていった。


「ラクトと遊園地来るってこれが初めてだよな?」

「うん。てか、遊園地なんて小学校の頃に行ったのが最後だし」

「俺もそうだなー。中学に入ってから遊園地なんて見向きもしなくなった」

「じゃあ、こういうプールも久しぶりなの?」

「こういうレジャー系のプールは久しぶりだけど、普通のプールは中学時代も行ってたな」

「へー。じゃあ、バタフライとか出来る感じ?」

「一応な」

「そっかー。私、出来ないんだよね。それ以外の泳法は出来るんだけど」

「動き複雑だから仕方ないだろ」

「じゃあ、後で教えてよ。まだ夏休み長いし」

「わ、わかった……」


 バタ足から教えるような典型的な形ではないものの、思いがけない形で願いが叶う見通しが立った。ラクトは俺の動揺に気付いたらしかったが、「どうした?」とは聞かずに話題を変える。


「ところで。もうすぐ十二時だけど、お昼ごはんどうする?」

「もうそんな時間なのか!」


 時計を見ると正午近くを指していた。はしゃいでいる割にはお腹が空いていなかったので俺には唐突な感じがしたが、一般的にはランチタイムであるので、会話の流れに乗って昼ご飯を食べることにする。汁などが飛ぶと悪いということで、一旦更衣室に戻って一枚上に着るものを取ってから、プールサイドにあるレストランに入ることになった。


「なんでお前もパーカーなんだよ」

「こっちの台詞だから! しかも色まで似てるし」


 上に一枚着るとなって選択したのはお互いにパーカーだった。しかもグレー系と色まで似ている。「ラクトが前を全開にしているのに対して、俺は胸のあたりまでチャックを閉めている」など、細かい部分では差があったが、そんな間違い探しゲームみたいなことを普通の人が気にするはずなく、全体的に見てお揃いのものを着ていると思われても仕方がなかった。打ち合わせ無しでこれなのだから本当に凄い。


 俺がラーメン、ラクトがカルボナーラを注文し、一部を交換して食べるなどシャワーの前で口論していたとは思えないバカっぷりを披露してそれぞれ頂いた後で、パーカーを脱いで再び水遊びに戻る。いよいよ気温は三十五度を目前に控え、混雑も朝より酷くなってきた。でも、俺達はそんなこと気にしないでウォータースライダーに向かう。


 前を行く三組が全てカップルで「結構多くのカップルが来るもんなんだなあ」と不思議に思っていると、ウォータースライダーの乗り場が分かるほど前で待つ人達が少なくなったところでその理由が分かった。同じ疑問を抱いていた右横で並ぶ彼女も理由が分かったのか、照れた様子が窺える。


「(つまり、そういうことだよな……?)」


 前で並んでいたカップル達は、ボートも浮き輪もなしにほぼ密着した状態で滑っていた。彼氏が前になることもあれば後ろになることもあったが、どちらにせよ追突などの危険を排するためにも密着しなければいけないのは間違いない。良からぬ妄想が膨らむ中で、俺は思わずゴクリと唾を呑んでしまった。


 そうこうしているうちに自分達の番がやってくる。カップル達が多く並ぶ理由が分かってドギマギする例は多く、俺達の後ろで並んでいた数組もガヤガヤとしていた。後ろの人達を待たせて迷惑をかけるわけにもいかないので彼女にも覚悟を決めてもらう。


「それでは、いってらっしゃ~い」


 係員の言葉で降下を始める。先に心を落ち着かせた俺がウォータースライダーの軌道上に座ったことでラクトが抱きつく形になった。滑っている最中は柔らかな部位が背中に当たり、俺の心拍数はどんどん高くなっていく。日頃あざとく接してくるラクトも他のカップルがやっているのを見てしまうと恥ずかしさが湧いてくるようで、俺と同じくらい心臓をバクバクとさせていた。


 ウォータースライダー専用のプールを上がって、いざ顔を合わせようとなった時、あまりの恥ずかしさに俺は言葉が出せなかった。ラクトの場合はもっと酷く、視線すら上げられていない。彼女の顔が真っ赤になっているのはすぐに分かったし、同時に自分の頬がひどく発熱しているのも分かった。


「二人乗りってクッソ恥ずかしいんだな……」

「……そうだね」


 何とかこの空気を打破しようとして、俺はちょっと落ち着いてきたところで口を開いたが、いつものようには進まない。たった一回台詞を口にしただけで会話が行き詰まってしまった。滑ったカップルの中にはプールから上がって馬鹿みたいに喋っている組もあったが、大半は同じように恥ずかしくて何も言えなくなっていた。そんなところを中、高校生と思しき四、五人の同性グループがニヤけながら過ぎていく。


 とてつもなく喋りづらい状況は波の出るプールでショーを見ながらくつろぐうちにちょっとずつ解れていったものの、完全に消えるまでに十分近くを要した。話しやすくなったところで一旦水分補給をして、スイミングプールに移動し、ラクトにバタフライの泳ぎ方を教えることにする。


 泳いだ疲れをサーティーワンのアイスで癒やした後は、行列の出来ていたダイビングプールの方へ向かった。綺麗に飛び込んでいく男達を見て俄然やる気になる俺とは裏腹にラクトは強めに拒否したので、無理強いせずに見ていてもらうことにする。


 多少の恐怖感はあったが、心を決めて競泳の飛び込みと同じ感じで飛び込んでみるとわりと綺麗に入水した。俺が列に並んでいる間に取りに行ったスマホでその様子を動画で撮ってくれていて、断ったなりにラクトも楽しんでいるらしかった。


 楽しい気持ちが勝ると恐ろしいことに怖さや周囲の目線など消えてしまう。すっかりハマってしまった俺を見ているうちに彼女の考えも変わり、俺が三回くらい飛んだところでついに撮影主が変わった。恐怖心を捨てて飛び込んでみて、ラクトの口からも「楽しい」と肯定的な言葉が出てくる。二回目を終えた時には彼女もすっかり飛び込みにハマってしまっていた。



 朝来た時には閉園までぶっ通してプールエリアで遊ぶつもりだったものの、馬鹿になって遊んだせいか、午後二時半すぎには体力的な限界がきてしまった。「やっぱバタフライって体力使うなあ」なんて分かりきった結論をお互い口にしたところで、それ以上のプール利用をやめて遊園地側へ移動する。


 着替えを終えてまず向かった先はジェットコースターだった。「疲れたないとこ行くわけじゃないんかーい!」と軽くツッコミを入れられたが、アトラクションに乗ることもさらに疲れるのも嫌ではなさそうなので「違うところ行くか」なんて提案せずに乗ることにする。


 流石に「夏仕様」の最前列は確保できないだろうと思っていたら、ありがたいことに神様が味方してくれた。俺はラクトに詳しいことを言わないでおいたが、周りの家族連れやカップルが「濡れるかも」と話題にしていたこともあって、乗り込んだ時にはもうこれから何が待ち受けているのかは分かっていたらしく、乗り込んですぐに「別に濡れてもいいのに……」と小さく口にする。


 動き始めてすぐのところで軽く水攻撃を喰らい、続けて無邪気な子供たちから集中攻撃を受けたところで、ジェットコースターはぐんぐん上へ向けて軌道を進んでいく。最前列の一番左に座ったラクトはもろに子供たちの攻撃を受けていて、その衣服は既に濡れていた。胸部を狙い撃ちしたエロガキも居るらしくあと少しで透けそうである。


 ジェットコースターは濡れた服が乾かないうちに頂点に到達した。遠く東京の風景を眺めていると、一気に車体が傾いて緑色の地面とこれから進む軌道が目に映る。そして、エネルギーが完全に落下一辺倒になったところで一気に降下が始まった。それがわかるとすぐに俺もラクトもあえて大声を出す。それと同時に水柱も見えた。


「「あっ……」」


 ミストくらいだろうと思っていたらガチの水濡れに遭い、最前席を取っていた俺もラクトも酷い被害を受ける。だが、その水で濡れた感じが気持ちいいのは確かだった。一度濡れてしまえば、濡れていることなど気にせずにその後のミストもキャストによる水噴射も楽しめてしまう。


 発車地点に戻って車体から降りたところで、俺はラクトの濡れ具合が酷いことに改めて気づかされた。しかし、パーカーを着ていたので下着が透けるということはない。色がグレーだったので濡れた感じは強く滲んだが、透けていないと分かると、彼女は他のアトラクションへ行こうと躍起になった。


 プールからも見えた立ち乗りジェットコースターや、やべー重力を受けながら上昇、降下するアトラクションを攻略した後で、「ラーメンでも作ってこうぜ」とか「服でも見てこうぜ」と騙し言葉を口にし、表の顔を見せてからアトラクションの毒牙にかかってもらう。ワークショップで子供達が楽しそうにものづくりをしていたこともあり、後ろ二つのアトラクションの内容にラクトは驚いていた。

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