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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
最終章 現実世界編 《The last mission》
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ラクト「悪魔だって風邪ひくし!」

 精霊と罪源との契約を全て破棄した翌日。昨日の反省を踏まえて朝九時から十五分おきに目覚ましをセットしたことが功を奏し、俺は寝坊せずに済んだ。とはいえ、時刻は既に朝九時半。俺の生活が夏休み的なものであることに変わりはない。


 今日の遊び相手はラクトだ。パーティーのメンバーを軽視するような真似はしたくなかったが、一応彼女であるので、一通りの支度を終えて着替える時にはいつにも増して着る服に気を使った。だが、選べる服はそう多くないので、最後は無難な格好に落ち着いてしまう。



 家の施錠やらなんやらを終えてテレポートし、ラクトの家のリビングに着くと、俺はそこがまるで自分の家の一室であるかのごとく堂々と照明を点けた。現実世界と違って少なくとも夏ではない異世界の外はまだ真っ暗く、やはり夏の格好では肌寒い。体感温度のことを考えていると、俺は、ここ数日間一緒に遊んだ四人が風邪になっていないか心配になった。


「暇すぎる……」


 待ち合わせ予定時刻は朝六時だが、今日はその待ち合わせ場所の住人が相手であり、精霊達のように何十分何時間前から待機しているとは考えがたい。だから、自分から待ち合わせ時刻よりも早すぎる時間に来ておきながら、俺の心の中には「暇」という気持ちが募っていた。それを解消しようとドッキリなど案は浮かぶが、実行しようという気持ちには達しない。一週間ベタベタしてもまだ恥ずかしさは残っていた。


「おはよ……」


 ちょうど俺の独り言の話題がラクトの話になった時に、噂をすればなんとやら、ふわふわもこもことした白色のパジャマを着て彼女がリビングに入ってきた。電気が点いていたことで俺が来ているとわかったらしく、入って早々に挨拶が飛んでくる。


「大丈夫か? 顔赤いぞ」

「ゴホゴホ……。だっ、大丈夫だから……」


 俺はラクトの顔を見て、一瞬でいつもの雰囲気とは違うことに気がついた。照れているでは済ませそうにない頬の紅潮具合と、何かを堪えて挨拶をしているように見えたのである。案の定、ラクトは風邪をひいているようで堪えきれなくなって大きく咳を発した。音としては軽い風邪に聞こえるが、咳が少ない系の風邪かもしれない。俺は特に深く考えず、咄嗟に言った。


「おかゆ作ってくから寝てろ」

「だっ、大丈夫だって……」

「嘘言うな。熱、何度なんだよ?」

「寝る前に測った時は、その、……八度五分」

「よし、今日一日看病するからな。デートは明日に持ち越し。いいか?」

「……ごめん」

「謝ることはないぞ。体調が優れない時に遊んで後退り残すのが嫌なだけだし」


 ラクトは「ありがとう」と口にすると、冷蔵庫から麦茶の入った透明なピッチャーを取り出し、マグカップに注いで飲んだ。飲み終わると猫柄の入った可愛らしいそれを俺に手渡しして、すぐに二階へ戻っていく。弱っている姿を見られたくないのか早足だったが、去り際にレトルトご飯の場所を教えてくれた。


「じゃ、作りますかね」


 台所に入り、この前使ったのと同じエプロンを着て、ラクトが教えてもらった場所からレトルトご飯を取り出す。ラクトのお粥分だけ取ればいいと思って一袋だけ取り出したのだが、ふいに目に止まった期限日が近かったので、どうせなら全部使っちゃえと思って残り四袋全てを出してしまう。ちょうどその時、スマホに通知が入った。


「え……」


 ご都合主義といえばそれまでだが、カースとハイトは今日一日家に居ないとのことだった。カースは学生時代の友達と遊びに、ハイトは近所のマダム達で温泉旅行に出かけているそうで、帰ってくるのは二人とも明日の朝らしい。俺は「了解」と返答してレトルトご飯を二つ元の場所に戻した。


 手際よくチャーハンと粥を作り、大きな白皿とご飯茶碗にそれぞれ盛り付ける。体を温め、また温めてもらうためにインスタントの味噌汁もつけた。どうせカースもハイトも居ないなら、とリビングに置かれていたポットと小さな籠に入っていたティーパックも一緒に持っていく。俺の頭の中には苦しそうにしているラクトの姿だけが浮かんでいた。


「入るぞ。開けてくれ」


 左手に朝ご飯の載ったおぼん、右手にポットを持っていて当然ノックなんて出来なかったから、ドアを開けるのだけはラクトに手伝ってもらった。一人で多くの物を運んできたのを見てすぐに「声掛けてくれたら運んだのに」と赤髪は言ったが、刹那にゴホッと咳をしたので「ダメだ」と告げる。もちろん感謝の気持ちは受け取った。部屋の中を進んで、ラクトの勉強机の上におぼんとポット、それにティーパックの入った籠を置く。


「熱下がったか?」

「下がってないと思う」

「測って無いのか?」

「朝ご飯作ってもらった申し訳無さで何もできなくて……」

「何度も言うが、そんな謝るほどのことじゃないんだぞ?」


 いずれもインスタントの味噌汁と緑茶を作りながら会話している中で、ラクトが申し訳なさそうにしているのがひしひしと伝わってきた。謝られなくてもいいのにと思いつつ、俺はベッドに座るラクトにお粥と味噌汁、それに緑茶をおぼんに載せて渡し、彼女の勉強机上に自分用の朝ご飯を並べる。準備を終えて食事を始める挨拶をすると、これまたお決まりか、ラクトが恥ずかしそうに言ってきた。


「……食べさせてください」

「ラクトが敬語なんて珍しいな。じゃ、貸して」


 言い出しっぺは恥ずかしそうに頷いた。そのままでは座っている場所の高さ的に犬に餌を与えるような格好になるので、俺はラクトが食べやすいようにベッドの横に膝をついて立つ。受け取ったご飯茶碗から適量をれんげで掬うと、ふうふう、と息を吹きかけてから彼女の口の方へ匙を持っていった。


「美味しいか?」

「……うん、おいしい」

「全部、こうして食べるか?」

「はっ、恥ずかしいので遠慮しておきます……あっ、遠慮しとく!」

「お、おう」


 心を落ち着かせて考えてみるとなんと恥ずかしいことか、俺もラクトも相手の顔を見れなくなってしまう。ここで黙り込んでしまってはいよいよ雰囲気が重くなってしまうと思った俺は、何とか話を繋げようと話題を振った。


「そういや、ラクトが俺の通ってる高校に編入したいって話聞いたんだけど、本当か?」

「うん」


 ラクトは小さく頷いた。まだ編入のための学力検査は受けていないそうだが、俺と同じ学年になろうとしているらしい。これまたご都合主義的な話ではあるものの、今のところ順調に進んでいるそうだ。異なる世界を跨ぐ話は恐らく理解できないと思うので、俺はそれだけ聞くとそれ以上の詮索をやめる。


「それでその、下宿先に稔の家を使いたいんだけど、ダメかな? ……ゴホッ。かっ、家事とかちゃんとするし、部屋は要らないから! だから――」

「それは俺一人でどうこう出来ない案件だから、明日聞く」

「明日聞くの?」

「ああ。俺の家も両親今日帰ってこないからさ。あれ、話してなかったっけ?」

「話してないよ?」

「そっか。じゃあ、そういうことで、さっさと風邪治せ」

「戻ってくるんかーい」


 ツッコミにはいつもの元気が無かったので、彼女の体温が高くなっていることを改めて実感する。


「なあ、ラクト」

「なに?」

「三食ともお粥ってのは嫌だよな?」

「ダイエットか何か? あっ、ダメってわけではないからね?」

「じゃあ、昼飯はポトフにしとく。十時になったらコンポタ出すから。夕飯はカレーな」

「ありがたや……」

「どういたしまして」


 自分のとった行動について「それを出来なくてごめん」と謝られるよりも、「それをしてくれてありがとう」と感謝されるほうが、やっぱり嬉しい。病人に気を使えなんてなんて酷な話だが、自分本位の言葉よりも相手に寄り添った言葉の方が人を笑顔にさせることができるのは、いつでもどこでも変わらないことだと思う。


 食べ終わると、俺に一人で食事を持ってこられたのが相当申し訳なく思ったそうで、ラクトは自分が食べた分の食器類を運んでくれた。「俺が運ぶ」と「私も運ぶ」を繰り返しているうち、このままでは収拾がつかないと思って俺が折れたのである。


「おい、あんまくっつくな。洗うのが大変になるだろ」

「今の稔は湯たんぽの代わりだし」

「はあ……?」


 実は風邪なんて引いてないんじゃないかと思うくらい元気に動いていたが、俺が食器を洗っている時に背中のあたりに感じた彼女の人肌の温もりは、明らかにいつもよりも熱を帯びていた。けれど、ちょっと快方へ近づいたのは確かだと思う。心なしか来たときよりも咳の回数が少なくなった気がした。


 食器を片付けた後、俺は冷蔵庫の中を物色した。今ラクトの部屋には温かいお茶系の飲み物しか無いので、スポーツドリンクやミネラルウォーターがあれば部屋に持っていってあげようと思ったのだ。けれど、ラクトの家庭はあまりそういうのを飲まないらしく全然見当たらない。冷蔵庫の中の飲料物は、麦茶とブラッドオレンジジュース、それにコーヒーで八割近くを占めている。


 俺は一旦自宅に戻り、クソみたいな暑さの家の中を駆けて、冷蔵庫から冷えたスポーツドリンクとミネラルウォーターを取り出すと、とんぼ返りしてラクトの家に上がった。二本のペットボトルを持って、洗面所に行ったラクトよりも先に部屋に入る。


「することねーなー」


 ここ四日間のようなタイトスケジュールが組まれていない明らかな暇な一日の始まりを、俺は部屋の中央のカーペット上に大の字になって噛みしめた。そんなところに、支度を終えたラクトが入ってくる。何も考えずドアの方に頭を向けて寝たのが災いし、俺が覗き魔に昇格してしまった。


「おい、変態」

「これは失礼」

「ん。てか、暇で寝たいってなら布団出していいよ?」

「くつろいでただけだぞ」

「……下着を覗く新たな言葉が爆誕、と」

「おっかしいなぁ、どこをどう読み間違えればそうなるんだろう?」

「大丈夫だって。身の潔白は知ってるから」


 ラクトはスマホをいじりながらベッドの上で足をパタパタと動かす。意図的にドアの方に頭を向けて大の字になっていたわけではないと理解してくれているようで、茶化すことはあっても、そういったハプニングがあったからといって反射的に殴る蹴るなどの暴行を加えることはなかった。


「足動かしてる暇があるなら、さっさと寝て風邪治したらどうだ?」

「顔洗ったから、あと数十分は寝られないかな」

「ダメ。寝ろ」

「ぶーぶー」


 ラクトは頬を膨らませると手をグーを作って親指を下にし、それを上下に振った。


「めっちゃ元気いいけど、お前、本当に三八度あんのか?」

「あるよ。そこまで言うなら、……測ってみる?」


 前髪を上げ、額を広く見せて近づいてくる。ラクトが何をして欲しいのかは流石の俺もすぐに分かった。なるほど、この異様なテンションは熱が作り出していると考えると、体温計の示す度数以外に三八度と主張するためのしっくりくる証拠になるかもしれない。


「(ここまであざといと、あえてやらないで反応を見てみたくなるな……)」


 照れた表情で迫ってくる彼女を見ているうちに邪な気持ちが募ってくる。


「体温計で測らないのか?」

「うぅ……」


 あざとい表情で迫ってくるくせに、ラクトは体温計を使わず額や手を使って体温を調べて欲しいと言えずにいた。サキュバスの血は、肉体的に迫ることを容易にさせる代わりに、思っていることを言葉にして出しゃばるくらい前へと出ていくのを苦手にさせるらしい。口にしたい言葉が恥ずかしさに負けて喉を通らないことに悶えている。


 あまりに焦らしすぎて彼女の意識が別の話題にいってしまうと役得ポイントを逃すことになるので、そろっと潮時だと思った俺は、大の字になっていた体を起こして、ベッドの端っこまで出てきていたラクトの方へ近づいていった。驚いているうちに連続攻撃に移る。


「!!」


 赤い瞳まで数センチ。お互いの額が触れ合えば吐息もぶつかる。ラクトは恥ずかしくなって目を瞑った。風邪とは別の熱で顔を真っ赤に染めていく。恥ずかしそうにしているのは分かりきっていたが、俺はあえてすっとぼけた言葉を投げた。両頬に手を当てて、邪な心とは裏腹に心配そうな演技をする。


「熱、さっきより上がってないか?」

「(稔、絶対わかってやってるじゃん!)」


 ラクトは俺の心底に隠されたいたずら心を見抜いたらしかったが、今の段階で目を開けたら恥ずかしくて悶え死ぬと思ったのだろう、その悶々とした気持ちをなかなか発散できない。俺がくっつけていた額を遠ざけて頬から手を退かしたところで、満を持して彼女は募らせていた気持ちを晴らした。


「ちゃんと看病してよ!」

「おいおい。最初にあざとく迫ってきたのはラクトの方だろ」

「で、でも! 要求したのはああいう焦らしありなのじゃなくて……」

「そんなことしたっけ?」

「とぼけんな、バカ!」


 顔を真っ赤にして俺の右腕をつねってくる。反撃するつもりは無かったが、ラクトに「何をしても可愛いなあ」と惚気けた言葉をかけるとすぐに抓る力は弱まった。マウントを取れないと分かると、彼女は「寝るから話しかけんな!」と自棄になって吐き捨てるように言い、枕に顔を擦りつける。棘のある言葉を吐いていたくせに、横顔には嬉しそうな笑顔が浮かんでいた。


 はしゃいだせいか、それとも朝早く起こしてしまったせいか。ラクトが口にしていた言葉とは反対にすぐ眠りにつき、朝の正確な体温測定はお流れとなった。コンポタを運んだところでやろうかと思ったが、眠りについて三時間半が経過してもぐっすりだったので、これまたお流れになる。結局、俺が十一時すぎにポトフを作りに行くまで、彼女は一度も起きずにすやすやと寝ていた。


 約一時間後。昼食を持って部屋に戻ると、置いておいたコーンポタージュの入った皿が空になっていた。作ってから少なくとも五十分は経過していて温かさは無かったと思われるが、彼女は「美味しかったよ」と笑みを浮かべて感想をくれ、続けて体温が三十八度を切ったことも教えてくれた。


 食欲も回復してきたようで朝よりも早いスピードでポトフを平らげる。いつもなら盛り付けられた分で完食とするものの、今回は珍しくおかわりしてくれた。材料の都合で三人分くらいの量が出来上がっていたので、ありがたく二杯目を盛り付ける。ここまで食欲回復しているなら煮込みうどんにでもすればよかったかな、なんて思いつつ、作った料理を美味しそうに食べてくれる彼女の方をちょくちょく見ては癒やされていた。


 食器類を片付けて戻ると、風邪ひきはFPSゲームに夢中になっていた。午前中をほとんど睡眠で潰した鬱憤を晴らしているそうだが、三八度を切っただけで平熱には戻っていないわけで、「興奮して熱上げすぎるなよ」と釘を差しておく。だが、遠くから冷たい目線を送っていたのは最初だけで、わりと面白そうなゲームだと思うと、ラクトに頼んで俺達は一分もしないうちにマルチプレイを始めていた。


 部屋に持ってきたスポーツドリンクや水を飲んで適宜水分補給をしながら、ぶっ通しで五時間やって疲れ果てたところで熱を測ると、心配とは裏腹にラクトの熱は下がっていた。体温計に表示された「七度三分」には本人も驚いていたが、まだ三十六度台には届いてはいない。


 彼女の熱が下がったのを聞いてカレーを作りに一階へ降りていく。「平熱は六度八分くらい」と聞いていたので恐らく体を動かすにはほとんど支障をきたさないのだろうが、ぶり返す可能性を考慮し、部屋に居てもらうことにする。


 夕飯と風呂の準備を終えて夕食の時間を知らせに行くと夜の六時半を回っていた。現実世界ではもう深夜十一時半であることを踏まえると背筋に電流が走る。時間の経過は早いものだなんて老人みたいな台詞を口にすると、それを聞いていたラクトが腹を抱えて笑った。


 夕食後、俺が片付けをしている裏でラクトには風呂に入ってもらうことにした。心の中の悪魔はいかがわしい展開を期待していたが、そういうことは一切無かった。もちろん、彼女の風邪が治るのは嬉しいことであったのだが。


 そんな赤髪が風呂から上がってリビングに顔を出したところで、俺は現実世界に戻ろうと「バイバイ」と口にしたのだが、「うん」とか「バイバイ」とかではなく「泊まっていきなよ」と言われたので、ありがたくその言葉に甘えさせてもらう。「洗濯は私がするから!」と主張してラクトが二階に向かった後、俺は「これは期待できるのでは?」とキャラに似つかぬ心臓の拍動を感じていた。


 だが、そんな展開は無かった。


 風呂に入っている時にも上がった後にハプニングは無く、洗濯時はそもそもリビング辺りで暇を潰していたから何も無く、一番の期待を寄せていた寝る前後にも俗に言うラッキーな展開は無く、まるで俺の心の中を見抜いているかのごとく、ラクトは何も仕掛けてこない。俺が大の字になったカーペットに布団を敷いた時には、俺の目は死んでいた。


 悶々とした心が保たれたまま夜は更けていく。

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