1-45 正義の女神と裁く者
「先に言っておくよ。僕の名前は『エイブ・ヨーク・ミルフォード』。『エイブ』と呼んでもらって構わないけど、呼び捨てはダメだぞ?」
「そうだな。呼び捨てでは呼ぶべき相手じゃないことくらい、俺も承知している」
「ハハハ。そうかそうか」
「俺は『夜城稔』だ。呼び名はなんでもいい」
「じゃあ、『捏造者』って呼ぶことにするね?」
「なっ――」
捏造をしている訳ではないことは、稔側の陣営は皆思っていた。そうでなければ、稔を――否、捏造という罪を犯した犯人を、ラクトや紫姫は召使だから助けるのは分かるとはいえ、織桜が助けるはずがない。
「それで、捏造者さんに聞きたいんだけど……。君が言う犯人の証拠って、何のこと?」
「防犯カメラ……」
「そう。――ねぇ。防犯カメラってさ……これだよね?」
「えっ……」
エイブの言って居ることと、紫姫が言っていることは全く持って異なっていた。紫姫が証拠を持ってきているはずなのに、捏造者だと稔を貶める警察の局長が証拠となるカメラ映像を持っているのだ。
「何故、お前がそれを……」
見てみれば、そのカメラには『四番線』、『一番線』(要は『インフォメーションセンター前』)、『一階改札口前』という風に文字が書かれていた。もちろんそれは、長期にわたって、時間を掛けて、作ったようなものでもない。かといって、そそくさに作ったものでもない。
「決まっているだろう。――君の召使が持っている防犯カメラが捏造の映像だからだよ」
「違う!」
「おやおや、精霊如きが僕に逆らうのかい? ……まあいい。警察は『国家権力』なんだ。逆らうなんて、自殺行為と同じだぞ? 早く、目を覚ましてその場にひれ伏したらどうなんだ?」
「んなこと――」
国家権力に失われた七人の騎士二人だけで対抗しようなど、無謀な話であるのは確かだった。けれど、事実無根の捏造話を本当の話のようにして話す警察を、稔は許すことが出来なかった。
否、稔だけの話ではない。自分の精霊が貶されて、喜ぶような異常人は居ないだろう。
「事実はそのカメラにはない……っ!」
「おやおや。まだ抵抗を続ける気なんだね?」
「どういう……」
稔は、エイブが何を企んでいるのかを理解することは難しかったが、駅の構内に女神が入ってきた知らせをラクトから受けると、何を企んでいるのかを即座に理解した。
「貴様――」
「おやおや、気付いたんだね。この女の子は『ユースティティア』。第七の精霊だ」
「第七の……精霊……?」
稔はその時、ふと織桜の方向を見た。すると、織桜の顔面は蒼白していた。何を隠そう、彼女がペリドットの石を持つ失われた七人の騎士の一人、第七の騎士なのだ。つまり、彼女が契約しているはずの精霊は――。
「まさか……!」
織桜の顔面は蒼白の一途を辿り、稔の仲間としての立ち位置は揺るがないものの、役に立つかといえば首を横に振る方が似合っていた。もっとも、顔面蒼白でブルブル震えている彼女に、警察と対抗できる冷静沈着かつ、理論的な脳裏を使うことはほぼ不可能なはずだ。
そしてその、織桜の堕ちていくような顔を見たエイブは、笑いをこらえきれなくなり、ついに腹を抱えて笑った。もちろんそれは、稔の心の中の闇を開花させるだけの錠剤や燃料のようなものにしか過ぎなかった。
「ハハハ。貴様の契約すべき精霊が何故ここに居るのか、僕には分かる!」
「どういうことだ?」
「第七の騎士は、元々僕だったんだよ。それが、大雨の日に織桜というクソババアに石だけを奪われたんだ。でも、辛うじて僕の『ユースティティアたん』は生き残ってくれたからね。意思は石に無かったんだよ。これまで、一時も」
エイブの笑いは最高点へと達しようとしていた。そして、同時に稔の怒りも抑えきれないほどに上昇していった。仲間を貶されて立ち尽くすことしか出来ないというのは、稔からしてみれば一番最悪なことだった。
だからといって、稔だって国家権力を持っているわけだ。でも、今の光景をリートに見られれば一体どのような反応を示されるのか、結果は見えてくるはずだ。
「ユースティティアたんの処女は、僕が貰ってあげたからね。中古女と精霊契約するなんて、織桜ちゃんはとんでもないおバカちゃんですねぇ……」
織桜は涙をぐっと堪えいていた。歯を食いしばり、立ち上がるにも立ち上がる気力を奪われ、今までの石を持ってきていた生活の全てが、狂いだすような幻覚に襲われて、もう何もかも壊してしまいそうな、そんな破壊神になりそうで。
でも、織桜は稔に助けを求めなかった。「自分は愚弟の行うことをただ見ていればいいんだ」「きっと彼ならやってくれる」と、そう心の中で唱えた。まるで念仏を唱えるように。
「中古ってお前、女にだって人格は――」
「女に人格? ……何を馬鹿げたことを。主人はな、精霊を管理しなくちゃいけねえんだよ」
「お前は、管理しているわけじゃないだろ。お前は、その目の前の精霊を性欲発散の道具にしているだけで、管理し――」
その時だった。
「お前、その映像――」
駅のモニターに映しだされたのは、サキュバスが男と性交渉している映像だった。そして、そこに映っている女性の方は、稔に見覚えがあった。……否、もう答えは見えているか。
「ラクト……なのか……?」
そうラクトに問いかけた刹那、ラクトは稔に抱きついた。これまでの活発な彼女とは大違いの、悲しみを露わにした彼女の姿だった。でも、泣き声はあげなかった。泣き声をあげたら、周囲に居る乗客の迷惑になることは間違いなかったからだ。
「その召使も中古だよ。――ほら、どうだ? 女を管理するのは男の仕事だぞ? 性欲発散の道具にしてくれているのは、君の召使……つまり、女の方だよね?」
「――」
エイブの言葉の戦術により、怒りを覚えたのは確かだった。けれど、稔は行動を取る事は出来なかった。何にせよ、彼らは警察だ。動いて殴ったりでもすれば、即御用。だからといって、自らの意見を全て捨てて、「私は悪人です」と認めれば全てが解決するわけではない。
「ぐうの音も出ないのか。……ハハハ、いい気味だ! 警察に逆らったからいけないんだ! 素直に有罪を認めていれば、君だけが牢獄に入れられるだけで、他の女の子たちは助かったかもしれないというのに!」
「……」
「ねぇねぇ。今、どんな気持ちなのかなぁ? 僕に教えてほしいなぁ? 君の本心をそのまま曝け出して欲しいなぁ? 晒してほしいなぁ?」
「……」
稔に対しての煽りは強くなる一方。ラクトはその時、稔に抱きついていたわけだが、抱きついていた時の右手で服を握る強さを強くした。そして、稔の耳元で囁くようにして言う。
「――嫌いになってないよね?」
「なんだよ、今更。お前がこうやって俺の背中で泣いてることを許してるってことは、そういうことだ」
「稔……」
冷静な心を保ちつつ、召使のリカバリーもしていく必要がある。召使を管理するのは主人の仕事であるのは、言うまでもない。でも、稔はその関係だけではなく、主人を召使が管理するような関係も築くべきだと思っているわけだが。
そんな事を思っていた稔に、ラクトは続けていった。
「ところでさ、稔。これは言わないんで欲しいんだけど……」
「なんだ?」
「二番線ホームにカメラが有るはずなんだ。それを持ってきて欲しい」
「つまり、俺にテレポートをしろってか?」
「そういうこと。恐らく警察とかは居ないと思うから」
「分かった。タイミングを見計らって行くわ」
そんな会話を、コソコソ話でしていた稔とラクト。だが、会話の内容の根本が分かっていなかったエイブからすれば、それがイチャコラしているというようにしか、認識されない。
「イチャイチャして……。もしかして捏造者さん、召使とイケないことをしたのかな?」
「は……?」
「まあ、君の召使の前世はサキュバスだもんね。男性の白濁液しか飲めない、淫魔だもんね……」
そう言うエイブ。だが、ラクトは稔から元気――もとい、稔の発するラクトにしか分からない気体のようなものを摂取しており、ラクトの元気や冷静さといったものが戻っていた。
「私は淫魔の中でも特別だった。私はサキュバスとヴァンパイアの子供だ。だから、お前が言ったそれだけではなく、血を飲むことだって大丈夫だった。もちろん、人間が食べているものも美味しく頂いた」
「嘘偽りを言うな!」
「じゃあ、言ってあげますよ。ユースティティアが思っていること」
「――あ?」
捏造する事を得意とするエイブ。当然ながら、ラクトがユースティティアの心を読んだところで態度が豹変することは考えにくい。むしろ、エイブを怒らせてしまうんじゃないかと考えるほうがいいだろう。
ある意味でラクトの特別魔法。主人だけではなく、召使や精霊をはじめとして、様々な者の心を読むことが出来る。特別魔法を二つしか持って居ない身の者が、特別魔法級の魔法を持っていることは、凄く珍しく、それだけ貴重な存在といえる。
「ユースティティアさんは、貴方の性欲発散道具……言い換えれば『慰安婦』とされることを、望んでいません。夜な夜な、貴方はユースティティアさんを拘束しているのですか。最低ですね」
「サキュバスがどの口から……」
「どの口って、口は口ですよ。上の口、と言えばいいんでしょうか?」
「――」
ラクトは冷静さを欠けさせないようにしているのは、稔は分かっていた。煽られて対抗できなさそうになったら稔が代わって参戦しようと、そう稔自身が思っていた。
また、『口』という言葉が隠語になっているのは確かだ。だからこそ、ラクトは少しクールに煽っていた。クールというよりも、言葉遣いを丁寧にしたという方が正しいか。
「ユースティティアさんは、貴方を嫌っています。貴方に愛してもらったことはなく、貴方をただの拘束魔のようにしか見ていません。貴方が愛情を注いでいないのですから、仕方が無いですよね」
「……」
ユースティティアの心を読むラクトに、真っ向から反抗しようとするエイブ。けれどエイブは、警察官という立場であり、それも鉄道関連の警察の局長という役職まで頂いている存在。実力行使が不可能なわけではないが、それでも駅という場所で実力行使をすることは、すべきでないことだ。
「貴方は、自分に自信がない。だから、自分の行っている悪行のあれもこれも全て隠し通し、他人の悪行だけを追求する。それが捏造であれ、真実であれ。――違いますか?」
「警察が捏造を追求するわけがないだろう。何を言っている」
「……もう、逃げられませんよ?」
「どういうことだ?」
そう言うエイブ。だがラクトの特別魔法に近いもの、それは心を読むことである。つまり、ラクトはエイブの心だって読むことが出来るのだ。忠告したにも関わらず、伏線を敷いておいたにも関わらず。築くことが出来なかったのだから、ラクトに罪はない。
「貴方の心の中の闇を、私が感じているんです。つまり、心を読んでいるんです」
「……」
「貴方の心の中の闇は、口で言えたようなものでは有りません。サキュバスが前世の私が言うことではないという、貴方の意見も一理ありますね」
「だから何だ……。『捏造』だなんて言葉を使いやがって、そうやって本当の事を隠しやがって!」
怒りを露わにするエイブは、ラクトよりも正直子供のように見えた。ただ、感情を抑えることだけがいいことだというわけでもないので、一概には言えない。
「ですが、貴方の持っている防犯カメラの映像は捏造の映像が紛れ込んでいますよね?」
「……」
「まあいいです。二番線ホームの防犯カメラの映像さえ有れば、全てわかることなんですから――」
「あ――」
その言葉を聞いた瞬間、エイブは唖然とした。自分の行ってきたことがバレることを恐れたのである。顔面蒼白になってしまった織桜のように、彼の顔も青ざめていく。貧血を起こしているわけではないが、まるでそれを起こしたかのような顔に変化した。
そして、そんな風に駅の一階で会話がされている時。稔はついに、タイミングが来たと思って二番線ホームへとテレポートした。しかし、警察が来ることは、時間の問題だ。対抗策として、稔は召使を召喚できるとはいえ、警察がそれに対抗できたのなら、為す術はない。
その前に稔ができる事、それはしなければならないことだ。二番線ホームの屋根に付いているであろうカメラを、ラクトの元へ持ち帰ること。それが、稔にできる事だ。だが……。
「なんで、お前が居るんだ……?」
「私を倒したら、貴方にこのカメラを差し上げましょう――」
「ユースティティア、お前まさか……」
どう考えても、言わされている。ラクトが捏造した本心を言うわけがない、と稔は信じていたから。
「ペリドットとアメジスト。光と闇の対決。それが、エイブ様の望むもの――」
「エイブの言いなりにいつまでなっているんだよ! いいからそれを、離すんだ!」
「嫌です。……私はこれを離すことはしません」
「ユースティティア……」
稔は、目の前に居るユースティティアを攻略しようかと考えた。しかし、それは稔の出る幕ではなかった。稔ではなく、それをしなければならないのは織桜だ。けれど織桜は今、一階に居る。ラクトと紫姫と一緒に。
「紫姫……?」
その時、紫姫が居ないことに稔は気がついた。
「お前、紫姫の行方に関して、何か情報を知っていたりは……」
「貴台は馬鹿か。我が紫姫だぞ」
「え――」
その時。目の前に居たユースティティアは、まるで変装をしていたかのようだった。何故なら、紫色の光を放った上で変装を解いたのである。そして現れた姿は紫姫、言い換えればバタフライと同じ姿だった。
「貴台の為に、我がカメラは確保しておいたぞ」
声も、姿もそっくりだった。無理もない。本人なのだから。
「お前、いつの間に抜け出して――」
「警察官に変装していた。だから、ここまで来るのも容易だった」
「お前ってもしかして、ラクトと同じような魔法を使えるのか?」
「そういう訳ではない。だが、第三の精霊にはエルフィリア帝国の空軍、防衛飛行隊が宿っている。故に、防衛に関することであれば色々と出来る。変装も含めてな」




