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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
最終章 現実世界編 《The last mission》
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サタン「たった一人の私の先輩」

「おはようございます、先輩」


 八月十日、朝。俺が寝坊したことを伝えるかのごとく聞き覚えのある声が耳に触れた。少しずつ目を開けていくと目の前に艶やかな紫髪の少女が映る。完全に目が開いた時、俺は目と鼻の先で横たわっている美少女の名を思い出した。それがゆえ、俺の睡魔は一気にどこかへ消え去ってしまう。


「なんでサタンが、俺の高校の制服を着て、俺の部屋のベッドで横になってるんだ?」

「寝起きドッキリ的な感じですよ」

「なんて心臓に悪いドッキリなんだ……」

「だって約束の時間になっても来ないんですもん」

「マ?」

「マ」


 恐る恐る掛け時計の方へ視線を移すと、既に時刻は十一時半を回っていた。


「うっそだろお前! ……マジですまない」

「いいですよ。こうやって先輩の寝顔をじっくり堪能できましたし」

「そんなに面白いか、俺の寝顔?」

「面白いわけではないですけど、眼福……的な?」

「男の寝顔なんか見て眼福になるもんかねぇ?」

「なりますよ」


 やはり女心は分からない。


「あっそうだ(唐突)、サタンはどこか行きたいところあるか?」

「ファーストフードを梯子して飲み歩きたいです!」

「一日中ファストフード店に入り浸るのか……(困惑)」

「嫌だなぁ。飲み歩くんですよ」

「警察ですか? 自分の部屋に昼間から酒を飲もうとする未成年者が入り込んでるんですけどぉ……不法侵入ですよ、不法侵入!」

「あっ、おい待てぃ!(江戸っ子) 私は未成年者じゃ無いですよ!」

「嘘つけ絶対未成年だゾ」

「容姿は未成年かもしれませんけど、年齢は三桁ですよ?」

「……ババア(震え声)」

「F**K!」


 まだベッドから完全に出ていないことが仇となって俺は腕をつねられた。避けようとするがサタンの素早い動きの前には為す術がない。お仕置きの後、咳払いをして彼女は言った。


「で、駄弁り続けるという提案は受け入れるんですか?」

「別に構わない。でも、飯時は混むからあんまり長居できないぞ?」

「わかってますって」

「本当だな? じゃあ、ちょっと待っててくれ。身支度だけ済ませる」

「あ、制服でお願いします。制服デートがしたいので!」


 制服待機の理由を聞いて俺は思わず「は?」と口走ってしまった。しかしよく考えてみると、俺がやっていることは端から見ればやはりそういう行為に他ならないのだろう。たとえ俺がそういう目的ではないと主張したとしても、そういうふうに映ってしまうのは確かである。だが、やはりそういう目的ではないと言いたかった。だからあえてその言葉には触れない。


「男の夏服なんて見る価値あるか?」

「価値しかないです」


 謎の制服推しを強めるサタンを前に俺は折れざるを得なかった。ワイシャツのアイロンがけなる苦行が待ち構えていることからは逃避して、ささっと洗面所へ赴いて歯磨きと洗顔をし、自室に戻って制服を着る。その際、サタンに退出を求めると彼女は不服そうな表情を見せた。最終的には泣く泣く退出していったが。


 学校があるわけでもないのに制服を着るなんて初めてのことだった。そんなきっちりした格好をする必要はないかと思って、ネクタイを緩めて自室を出る。扉の前で手で微風を立たせながら必死に暑さ対策をしていたサタンと合流し、階段を降りて玄関へ向かうと、女子高生らしさの象徴とも言うべきローファーで来ているのが確認できた。


「……年齢三桁の格好とは思えねえな」


 短いスカートに第一ボタンを開けたワイシャツ、そしてちょっと緩めの赤リボン。学年でリボンのカラーが決まっているのだが、サタンは台詞準拠なのか俺よりもひと学年下の色にしていた。家の中でも分かる尋常でない暑さを前にしてもニーソックスは貫くらしい。


「声に出てます」

「悪い」

「で、最初はどこに行きますか? やっぱりド定番のマックですかね?」

「そうするか。昼時だからあんまり滞在できないとは思うが」

「どうせはしご酒するんですから、心配要らないですよ」

「……今『酒』って言ったな?」

「ひゅー、ひゅひゅひゅー(口笛)」

「……今回は見逃してやろう」

「まるで私が酒豪キャラのような言い草ですね。まあ、実際そうなんですけど」


 初耳だった。


「エーストが迷惑被ってそうだな」

「ところがどっこい、エーストは私よりも酒豪なんです!」

「ホテル勤務ってそんなにきついのか?」

「結構重労働ですからねえ。まあ、喜んでくれるお客さんがいるから続けられるんですけど。……って、なんで制服デートで仕事の話してるんですか!」

「悪い悪い」


 玄関で靴を履くところからもう駄弁っていた。東京や横浜の都心部に出てファストフード店を梯子するのも選択肢としてありだったが、サタンが近所の店舗を回るので十分だと言うので、俺はその言葉に甘えることにした。自宅を出ていつものように最寄りの駅の方へ歩いて行く。



 最初のはしご店舗はサタンが例示したマクドナルドに決まった。最寄りの駅前のマックに入店した時には正午を過ぎており、ここまで三日間と同じ動作であるというのにいつにも増して空腹感が強かった。もしかしたら、普段来ない駅の反対側に来たことが大きいのかもしれない。


「割り勘でいいか?」

「もちです」

「じゃ、遠慮なくクーポン使わせてもらうぞ」

「はーい」


 公式アプリを呼び出し、注文したい商品が割引対象になっていないか確認する。サタンはファストフード店自体あまり入ったことが無いようでメニュー表を見て子供のようにわくわくしていた。注文が決まったところで俺が代表して頼みに行く。だが、キョロキョロ周りを見ているのはみっともないと思ったのか、サタンもついてきた。


 注文後、ものの数分でおぼんの上に今日の昼ご飯が完成する。受取カウンターでそれをもらって、俺とサタンは二階席へ向かった。比較的空いていたのでソファ席を取る。白いテーブルの上にコトッコトッと二人分のおぼんを置いて、ファストフード店ではあるが手を合わせた。


「先輩、いくらでしたか?」

「これレシート」

「あー、ちょっと小銭無いんで両替してもらっていいですか?」

「はいよ。でも、食べてからな」

「わかりました」


 レシートをサタンに預けた後、俺は購入したデカめのハンバーガーにかぶりついた。サタンはシェイクを飲むところから入る。美味そうに飲むなぁ、なんて思って見ていると首を傾げてきた。凝視していたのが気に障ったのかと思って俺は少し足を踏ん張る。だが、聞こえてきたのは予想の斜め上の言葉だった。


「これ、すっごい飲みづらいですね……」

「シェイクなんてそんなもんだろ」

「先に言ってくださいよー。あぁ^〜溶けるの待つのつらいんじゃ〜」

「わかってねえな。溶けてないほうが美味いだろ」

「そうなんですか?」

「あくまでも個人的な見解だぞ」


 俺がそんなことを言う傍らサタンはシェイクを飲んでいた。美味しそうに飲むので負けじと俺も頼んだドリンクを飲む。ゲップを出さないようにと思ってあえて炭酸でなくフルーツジュースを選んだのだが、やはりハンバーガーとコーラはベストフレンドなんだと実感した。


「サタンは何か趣味とかあるのか?」

「うーん、やっぱ仕事ですかね」

「社畜め」

「いいじゃないですか。私、怠惰担当の悪魔じゃないですし」

「まあ、仕事やってれば怒りのエネルギーはすぐに見つけられそうだけども」

「そうなんですよ!」


 サタンは魚のように食いついた。


「たまに来るガチクレーマーは私的には一度で二度美味しいんですよ。怒りのエネルギーをくれる上に仕事してるなあって感じもしますし」

「それ、二度美味しいことになってるのか?」

「少なくとも社会的な経験値は上がりますよ?」

「サタンのその前向きな姿勢に脱帽だ」

「そうですかね? ラクトさんあたりもこんな感じな気がしますけど」

「そんなに社畜っぽいか?」

「依頼を断らなそうで将来的に社畜になってそうな気がします」

「出世できない典型的な奴じゃねえか!」


 とりあえずツッコミを入れた後でラクトのことを考えてみる。確かにサタンの指摘通り、何でもかんでも頼んだらやってくれそうな感じはある。というか雰囲気的にそんな感じがある。でも、ラクトは人付き合いが得意な方だし、何よりイエスマンではないから、サタンが言うような典型的な出世できない社畜にはならないと思う。むしろ、なりそうでも周りの誰かがそうさせないように仕向けるまである。


「あと、副業といってはなんですが。ネット記者やってます」

「どこがだよ! アフィブログじゃねーか!」


 サタンは自分のスマホをおもむろに取り出すと、自身が運営するサイトを見せてきた。左右のバーナー広告がうざかったり、ちょくちょく画面に破廉恥な広告が流れたりするあたり、これはアフィサイトに違いないと俺は見当をつけたが、よく見てみると匿名掲示板や他のSNSサイトから誰かの言葉を引用している様子は見受けられなかった。


「ごめん、ちゃんとしたサイトだな」

「改心したんですよ」

「つまり、かつてはクソみたいなアフィサイトを運営してたってことか?」

「……なんか尋問受けてるみたいです」

「答えようか?」


 俺は般若のお面のような顔を見せ、低い声で問うた。


「なっ、なんでそんなにアフィサイトを目の敵にするんですか! アフィサイトに親類の誰かが殺されたんですか?」

「前に、必死に構成練って書いたSSが無断転載されたことがあってな」

「あー、それはクズの所業ですね」

「で、サタンの回答は?」

「そういう無断転載でお金を稼いでたクズでしたよ、昔は」

「一気に開き直ったな」

「当時は若くお金が必要でした。たった一度の過ちであり二度と同じ間違いはしません」

「さらっと名言を引用するな(戒め)」


 サタンはエーストと一緒になってオスティンの元を離れようとした時に、沢山のお金をすぐに稼げる方法としてアフィサイトを始めたらしい。逃げる時に生活費を度外視したこともあり、アフィサイトで稼ぐこと一辺倒になった彼女は壊滅的な倫理観の下で炎上商法を続けたそうだ。結果的にサイトの知名度は上がったものの、身バレが近づくにつれて徐々に危機感が募っていき、その時に無断転載をやめたという。


「サタンって結構な苦労人なのな」

「元はといえばあのクズのもとを離れようとしたのが原因なんですけどね」

「容赦ないな……」

「あのセクハラ魔にはこれくらい言ってやらないと駄目です。会った初日に三人で性交渉プレイするのを申し込んできたドクズですから」

「うっわ……」

「先輩も引いてる場合じゃないと思うんですけど(警告)」

「そうだよな、ラクトがサタンみたいな気持ちを抱くかもしれなかったんだもんな……」


 いくら会った当初から好意全振りだったとはいえ、あの夜のラクトの言葉に後先考えず乗っかってしまったのは考えなければならないと思う。


「まあ、自身の欲求に身を任せないあたりは超絶高評価ですけどね」

「これでも耐えてるんだからな?」

「そんなに私達の行動って下腹部に来るものなんですか、先輩?」

「お前、朝っぱらにからあんな行動とっておいてよくもまあ――」

「嫌だなぁ。あそこに邪気はないですよ?」

「嘘つけ。つか、仮にそうだとしてもあれは悪質すぎるからな?」

「先輩がそういう変な気持ちを起こさないはずだと信頼してる裏返しですよ?」

「そんなに綺麗な人間じゃないと思うけどな、俺」


 そんなことを言ってハンバーガーに再びかぶりつく。


「そういや前々から気になってたんだが」

「お、告白ですか?」


 サタンがそう言うと俺は「茶化すな!」と発して反撃に出る。そのうちの視覚的なものとして数本のフライドポテトを奪うと、罪源はムスッとした表情を浮かべた。俺は咳払いを入れて気を取り直し、質問の続きを口にする。


「お前の『先輩』って呼び方、何か理由あるのか?」

「そう呼んでほしそうにしてたから、そう呼んでるだけです」

「……は?」

「先輩が後輩萌えだと窺ったので」

「俺、サタンにそんなこと言ったっけ?」

「面と向かっては聞いてないですが、先輩の寝言を聞いてしまったんですよ。もしかして、自作SSの妄想を彼女の前で垂れ流してたの気づいてないんですか?」


 俺は一瞬言葉を失った。正気を取り戻して開口一番にサタンへの請願が出る。


「……今すぐに、忘れてくれ」

「嫌です♪」

「じゃあ、誰にも口外しないでくれ。マジで俺の社会的評価に関わるから」

「言うわけないじゃないですか。数少ない先輩との間の秘密ですし」


 サタンはポテトを口に運んでニコニコしながら言った。さっきの仕返しなのか、その中で俺の注文した分のポテトが数個吸い上げられてしまう。


「でも、呼び始めた理由は違いますよ?」

「今の話って呼び方を継続してる理由かよ、めっちゃ恥ずかしいな……」

「もしかしたら、ラクトさんあたりは知ってるかもしれませんけど」

「それはマジでまずい!」

「でも、巡回してた同人サイトを彼女の前で晒してしまったんですし、この際、覚悟を決めたほうがいいのでは?」

「(こいつ、爆弾投下した上にしらを切ってやがる……)」

「ところで、稔さんを『先輩』って呼びたいと思った理由ですけど――」


 俺がそう心の中でサタンを批判しているちょうどその時に、彼女は謦咳を入れてから話題が逸れたのを修正した。


「最初会った時に稔さんが理想の存在のように見えたんですよ。異性というと以前のマスターくらいしか知らなかったのもあると思いますけど、ラクトさんのために必死になってるところとか、すごく尊敬できると思って。あと、一生懸命に仕事してたのがグッときました」

「お、おう……」

「照れてます?」

「てっ、照れてなんかないぞ?」


 褒められるのは慣れていないこともあり、いつものように冷静さを保つのは難しかった。新たな弱みが握れそうだと踏んだのかサタンが積極的に「照れてますね」と煽ってくる。お互いに食べ終わって店を出るまで色々と話はあったのだが、サタンをいじると事ある毎に煽り文句を言われて俺は気が気でなかった。

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