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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
最終章 現実世界編 《The last mission》
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レヴィア「いつかまたこの場所で」

 結局、現実世界からマドーロムに移動したのは日本の時間で一七三〇のことであった。例によってラクトの家を経由して、エーストの指示で彼女が働いているホテルのあるボン・クローネへ向かう。着いてすぐ、つい一週間前に訪れた街だというのに、俺はまるで何年かの間隔を置いて訪れたように感じた。気温計は現実世界よりも十度以上は低い値を示している。


 異世界に着いてスマホを見れば、時刻は一五三〇を回っていた。もちろんまだ斜陽は見えない。そんな中をエーストから具体的な内容を言われることもないまま歩いていく。春か秋に似た気温の街を歩いて十分くらいしたところで、見覚えのある建物が目に入った。


「このホテルって、サタンが働いていたところだよな?」

「そうだね」

「残り二時間半って、もしかしてバイトとかするのか?」


 エーストは俺の質問を「それはない」と一蹴した。左右にぶんぶんと首を振る様子から俺にバイトをさせようとする意思など皆無であることが窺える。茶色く栗のような髪の毛が振り子の役目を終えたのと同じくらいに、彼女は再び口を開いた。俺をじっと捉える目付きはつい数十分前に酷似している。


「君に会ってほしい――いや、会ってもらわなければいけない人がいるんだ」

「レヴィアか?」


 エーストは大きく頷いた。


「そのうち契約解除をしなければいけないのは分かるけど、エーストはいいのか?」

「君は本当に優しいマスターだ。心配なく、私はもう十分に君との思い出作りが出来たと思ってるよ。だから、私からのお願いだと思って引き受けてもらえないかい?」

「ああ、もちろん引き受ける」


 俺が大きく首を上下に振るのを見て茶髪精霊が強張らせた顔の表情を壊す。レヴィアタンとエーストが仲良さそうなエピソードを知らなかったこともあり、彼女から懇願されるなんて予想だにしなかった。懇願者に尋ねてみれば、このホテルで働くとなった日にサタンと一緒に会いに行った時にそうするよう承ったとのこと。以来、エーストとレヴィアタンはちょっとずつ打ち解けてきているそうだ。


 身の上話が上手い具合に結ばれそうになったところで、エーストが言う。


「じゃあ、このへんで失礼するね」

「もう帰るのか? 本当に心残りとか無いんだな?」

「無いよ。そういう君はありそうだけど」

「いや、帰りたいっていう気持ちのほうが優先だ」


 俺の言葉が気に障ったらしく、エーストは、それまでずっと俺の方に向かけていた視線を海辺を見ていた時と同じように斜め下の方向へ向かわせる。さらには何も言うことなしに勢い良く俺の背中を押してきた。これには俺も一言挟みたくなったが、その意思は彼女が漂わせていた雰囲気に瞬殺されてしまう。


「――早くレヴィアタンと契約解除してきてよ」

「お、おう……」

「君がここへ帰ってくるまでに心残りがないか確認しておくからさ」

「わかった。じゃ、また後で」


 これ以上深く追求してはいけない。エーストが示した行動は俺にそんなことを警告しているような気がした。君子危うきに近寄らず、そんな言葉を思い出して「聞きたい」という大きな衝動を抑え込むと、茶髪にその考えを理解した旨を告げて俺はホテルの十二階へ向かう。



 地縛霊の少女以外誰も棲んでいない封印された間に一週間ぶりの帰還を果たすやいなや、俺の体を電流に似た大きな衝撃が走った。何が起きたんだろうと思って体中を触ってみると、契約から約一週間を経てもはやその存在すら忘れ去られていた端末が俺の腰のあたりでブルブルと震えているのに気がつく。辺り一帯はあの日掃除した時のままにされていて、極端な言葉でいえば十二階は時間が止まっていた。


「お久しぶりです」


 少し歩いたところでレヴィアタンの声が聞こえたので振り返ってみると、そこには見覚えのある少女が立っていた。開口一番に俺がレヴィアと契約していることをあまりにも気に留めなさ過ぎたことを謝ると、少女はニッコリとして「気にしないでください」と口にした。彼女に言わせれば、俺に覚えてもらえていたことだけで十分に幸せなことなのだという。


「俺がここに来た理由は――」

「【契約解除】ですよね? ここまでの流れはサタンさんとエーストさんから聞いています」

「それなら話が早いな」

「でも、まだ駄目です」

「『まだ』駄目?」

「はい。その話を蹴るつもりはありませんし、マスターの決定は受諾致しますが、私はここへ来てすぐに『契約を解除しよう』と言われて呑むほど都合のいい女ではありません。その前に、マスター自身の口から近況報告をお願いします。……一応、ここまでサタンさんやエーストさんにはここまでお話したはずなんですが」

「そんな話これっぽっちも聞いてないんだが」


 近況報告をするだなんて話はエーストから聞いていなかったが、それをすることには一ミリも躊躇いがなかった。その件で茶髪を責めて立てる気も生成されない。


「まあいいや、どのみちいずれはここへ来て、レヴィアとの契約を解除するのに並行して近況を報告するつもりだったし」

「やせ我慢はみっともないですよ?」

「元から考えてはいたんだぞ? ――忘れていただけで」

「駄目じゃないですか」

「……仲間のことを忘れるなんて本当にダメダメだよな」

「それほど切羽詰まっていたということでしょう」

「レヴィアは優しいのな」

「面白いお話が聞けるお駄賃ということで」


 レヴィアのボケに「おい」と突っ込むと「冗談ですよ」と返ってきた。そんなふうにお互いに話しやすい雰囲気を作ったところで、目前の罪源の希望通り近況報告を始める。始めのうちはちょくちょく頭のなかで整理しながら短く濃厚なエピソードを話していこうと意気込んでいたものの、話が進んでいくうちにそんな決意はどこかへ消え、一気にグダグダ感が滲み出てきた。


 近況報告に当初予定の三倍近い十五分を費やしたところで話は契約の解除に移った。唐突感も無くレヴィアの評価が高くつく。嫉妬の罪源は契約を解除する意義や目的についても理解を示してくれた。レヴィアは今聞いたとしても受け入れたはずだと主張するが、俺はサタンとエーストが役人のように事前調整をしてくれた賜物に違いないと思った。


「罪源って契約を解除する時に特殊な儀式みたいなことってあるのか?」

「かつては解除したい相手の罪源が司る欲望でその罪源の心を満たす儀式があったみたいですが」

「マジか……」

「惚気話を何分も聞かされてイラッと来たので大丈夫ですよ?」

「良かったって喜べないのがつらいな。……ん? てことは、もう解除されたのか?」

「そんなわけないじゃないですか。迷信ですよ、迷信」

「だよな」


 レヴィアは迷信と言って譲らなかったが、それは現代を尺度とした時の捉え方である。まだ魔法を科学することが否定されていた数世紀前までは実際に罪源の欲望を満たす方法で契約と解除の両方が行われていた。


「じゃあ、どうやって解除すればいいんだ?」

抱擁ハグしてください」

「いいのか? 俺からしたら役得この上ないけど」

「さすが精霊三人と罪源二人を誑かした男は言うことが違いますね、この変態」

「おう、褒めるか貶すかどっちかにしろ」

「褒めてませんよ? というか、お風呂に入ってないので臭うかもしれませんよ、私」

「平気平気」

「あっ……」


 貶されていたと分かって俺は強引にいく。本当にこれで解除されるのかと疑問は抱きつつも、ノーと言わせずレヴィアの体を抱き寄せた。やってみて初めて俺は唇を合わせるよりも心に来るものがあると知り、静止を振り切って行動に移したことに若干の後悔を抱く。しかし、役得であることに代わりはないのでプラマイメーターは明らかに正の方に振れていた。


「本当に解除されたんだよな?」

「少なくとも自分の欲望を満たすためにハグを求めるほど痴女じゃないと自負してます。というか、――最後の最後に嫉妬させて帰らないでください」

「どういうこと?」

「あっ、わっ、忘れてください……」

「わかった」


 レヴィアは終始恥ずかしそうにしていた。それを見ていると俺まで恥ずかしくなってくる。徐々に頬が発熱を始めたのを感知すると、このままでは相手にリードを取られると思って、俺はレヴィアが携帯していた端末を回収した。お互いに落ち着いたところで、今度は俺の方から口を開く。


「じゃ、俺はこれでお暇する」

「はい。また会える日まで」


 固い握手を交わして俺はレヴィアの棲むホテルの十二階を後にする。特に彼女に渡してやれるプレゼントも無ければ、彼女をどこかへ連れ出して楽しく忘れがたい思い出を作ってやることも無かったが、去り際に嫉妬の罪源は顔を綻ばしてみせてくれた。



 約束の場所に戻ってエーストと合流したところで例によってスマホのロック画面を見ると、時刻は午後四時を過ぎていた。挨拶の後、すぐに俺は置き土産としていった件について聞いてみる。


「結局、心残りは無さそうか?」

「一つだけあったよ」

「何だ?」

「君と試合を交えたことが無いから戦ってみたいと思ったんだけど、どうだい?」

「恐らくエーストと戦ったら今の俺だとコテンパンにされる気がするんだが」

「やっぱり駄目かい?」

「何がお前をそこまで戦闘に駆り立てるのかは知らないが、全然大丈夫だぞ」

「決まりだね。じゃあ、海のステージで、HP戦といこう!」

「海戦とか負ける気しかしないんだが……」


 吐き捨てられた俺の言葉が日の目を見ないうちに俺とエーストの体はバトルフィールドへと転送された。セッティングは三秒もしないうちに終わり、視線を左上にやるとHPゲージが設置されているのが見て取れる。そのまま下の方を見ると綺麗な海が見えた。しかし、海は薄い赤色をしている。


「海上に立った気分はどうだい?」

「変な感じだな。ちゃんとした踏み場もないのに立ってるなんて」


 エーストの方を見ると彼女は既に艤装を展開していた。『エースト』の艦種は最終的には空母であるが

、その後ろに見える高角砲などは戦艦を彷彿とさせる。海上を走行するための機械などは俺と同じく装着していない。その代わり、自分の体を中心とした半径一メートル程度のエリアに六角形の足場のようなものが展開されていた。眼下に広がっていた薄い赤色の海を作り出した正体である。


「海上フィールドは氷上フィールドと同じで、空を飛べない場合は滑走がメインになるよ」


 エーストはそう言うと体を揺らして大きく左右に動いた。動きはスピードスケートに似ている。俺はそれを見様見真似でやってみた。スケートなんて生まれてこの方やったことなど無いのだが、特殊な靴で滑走するわけでもないため、日常的な動作を少しいじるだけで効率的な動き方を習得できた。


「それじゃ、お手柔らかに」

「おう」


 カウントダウンが始まった。俺はエーストの出方を窺うべく紫光を放つ剣を作り出してバリアを展開する。対する茶髪精霊は展開した艤装の二つをこちらへ向けてきた。そして戦闘開始の時刻になった刹那、エーストが攻撃を実行する。



 決着はそう簡単につかなかった。序盤は物量的にも殺傷能力的にも優れたエーストの方が有利で無双状態になっていたが、充填が追いつかなくなると近距離戦闘主体の俺に徐々に詰め寄られ、ついに大きなダメージを受けたため、バリアを何重にも重ねることでいよいよ弾丸を跳ね返せるようになった俺が優勢となる。だが、ここでエーストも負けじと詠唱魔法でダメージを跳ね返したため、俺はわずかしか優位に立てなかった。


 結局、最後に勝敗を分けたのは体力だった。それもそのはず、俺とエーストの戦いはジリジリとHPを削り合うものであったのである。勝敗は、均衡状態から俺が劣勢となっていく局面の最後、体力がいよいよ不足してきたところを超火力によって刺されたことで確定した。憎しみ合う敵同士というわけでもないので、戦闘終了の後はすぐに「お疲れさま」という意味の握手がなされる。


「あ、そうだ」


 握手を終えてバトルフィールドが壊されていく途中でエーストが唐突に発した。


「勝利記念に夕飯作りに付き合ってもらえるかな?」

「夕飯、食べていっていいのか?」

「もちろん。ただ、私は料理がド下手だから指導してもらえると助かるな」

「サタンと比較して卑下するのはやめたほうがいいぞ」

「仕方ないじゃないか。同居人が料理上手すぎて私が堕落しそうなんだ」

「よし、わかった、手伝おう」


 エーストとサタンの家に移動した後、俺は茶髪の希望に沿ってふわとろオムライス作りを教えることになった。栗髪はそもそも料理が出来ないほど壊滅的ではないので、ふわとろにする方法だったり時短のコツだったりを教えてやる。オムライスだけじゃ華がないと思っておかずやスープを作るうちに外の太陽が傾き出した。


 夕食をとり終えた頃には斜陽も落ちて、片付けを終えると時刻は一七五〇を過ぎていた。外は薄暗くなって、いよいよタイムリミットが迫ってくる。玄関で靴を履く傍らエーストに今日一日の感謝の気持ちを伝え、まるで親戚の家に来た帰り際のようにレヴィアやサタンにもよろしくと言い残して去ろうとすると、茶髪が握手を要求してきた。


「夕飯ごちそうさま。また会った時はよろしく頼む」

「もちろんさ」

「じゃあ、元気で」


 しかし、最後の最後、本当の去り際に稔の口から放たれた言葉は親戚の家に来た帰りのものではなく、まるで遠方の大学へ進学したために実家を離れる十八歳のような言葉だった。隠された「バイバイ」にエーストの態度に付けられていた箔が剥がれてそうになる。扉が閉まって稔の姿が遠くなると、少女の着ていたエプロンに一滴の雫が垂れた。


「なんで君を好きになってしまったのかな、私は……」


 夕闇に嘆きの声が沈んだ。

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