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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
最終章 現実世界編 《The last mission》
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アイテイル「好きになってはいけない人」

 目を覚ますとラクトから今後の予定が書かれたメッセージが来ていた。本人は怒っている雰囲気を文字列に醸し出していないが、ただそれが文章として起こされているというだけで身が引き締まる。


 ――あくまでも、今自分が行っているのは儀式的なものなのだ。


 俺の心中は酷く複雑だった。自分の背中を追ってきてくれた人を突き放すことほど心を締め付けるものはないなんて、立ち止まって考えてみればすぐ分かるようなことであるはずなのに、契約を解除するという行為が結ぶ時よりも明らかに心理的な負担がかかるということを、俺は昨日の今日まで知らなかった。


「アイテイルか……」


 普段見せることのない暗い表情が澄ました顔の中に映る。だがすぐに俺は、ダメだダメだと顔を左右にぶんぶん振った。そして、どうせ昼も近いからと特に何かこしらえることもなく、紫姫に馳走した晩飯の余剰分を朝食代わりに食べて支度をする。玄関でスマホのロック画面を見ると、昨日出発した時間よりも三十分近く遅い時間が表示されていた。

 


 若干急ぎ目に異世界へ乗り込んですぐ、昨日よりも明らかに冷えているのが分かった。なぜだろうかと思って間もなく、外からザーッと大きな雨音が聞こえてくる。東京の空とは対照的な鉛色の雲が、一帯を覆っているのだろう。


「朝から落ち込み過ぎではありませんか?」

「おはよう」

「おはようございます」


 ボーッと外を眺めているところにアイテイルが現れた。リビングの電気を点け、こちらに向かってくる。荷物の一式を持っているところを見ると既に遊びに行く準備は出来ているのだろうが、俺はその服についてどうしても言いたいことがあった。


「俺から一つ忠告しておく。――その服だと出かけた先で死ぬぞ?」

「そんなに暑いんですか?」

「ああ。今日の最高気温は三五度予想だ」

「……着替えてきます」


 アイテイルが着ていたのは少しダボダボした感じのタートルネックであった。ラクト宅近辺の肌寒さからすればそういった装いが適切なのだろうが、真夏の東京平野でそのような格好をすれば熱中症になりかねない。


 五分くらいしてアイテイルが再びリビングに姿を見せる。今度は白黒のボーダーTシャツに青いスカートでまとめてきていた。露出度高めな服を選び、かつパイスラを自然に入れ込んでくる辺りが、狙っていないのに狙っているように思わせてしまうアイテイルらしい。


「何か変なところとかありました?」

「いいや。すごい似合ってるなぁ、と感心してたっていうか」

「そういうお世辞は彼女さんに言ってくださいよ。それに、あくまでも今日は、『買い物付き合い』っていう体で行ってほしいですし」

「買い物? どっか行きたいところでもあるのか?」

「秋葉原に、行きたいです!」


 アイテイルが威勢の良い言葉を放った刹那、リビングが凍りついた。


「アイテイルってそういうキャラだったのか……」

「アニオタっていうわけじゃないですよ? 腐ってるだけです」

「どいつもこいつも羽目外しすぎだろ……」

「でも、稔さんは、そういう世界を願ったんじゃないですか?」


 これには反論できなかった。皆がやりたいようにやりたいことをやれる世界。そんな世界を作ろうと一週間藻掻いてきた自分を思い返してみれば、ここで「でも――」と繋げ、姑息にもアイテイルを茶化すというのは、過去の努力に泥を塗ることに繋がるだなんて自ずと分かる。俺の口から結局漏れたのは、「まあな」というあまり気持ちのこもっていない言葉だった。


「んじゃ、秋葉原に出陣するとするか」

「はい」

「手は繋ぐか?」

「あくまでも『買い物付き合い』ですよ?」

「そうだったな」


 俺は自分とアイテイルを移動させる対象に指定してテレポートを使用した。周囲の風景がパッと一気に変化していくのに合わせて段々と肌寒く感じないようになり、そして、完全に風景が一変してから数秒も経たないうちに温度に対する評価が百八十度変わってしまう。


「流石に暑すぎません?」

「これが東京の夏だからな。タートルネックやめておけって言った意味、痛いほど分かっただろ?」

「……はい」

「それはそれとして。電車に乗れば涼しいからさっさと駅まで出るぞ。運賃は自分で払うか?」

「はい、払わせてください。仮にも遊園地の人気キャラクターですし」

「わかった、昼飯は奢ったほうが良いか?」

「初めに言ったことを思い出してください」

「了解、割り勘で行こう」


 アイテイルの年齢について深く掘り下げたことは無いが、見た目的には俺と変わらないくらいだというのにしっかりしていると思う。自分が奢らなくてもいいということに感謝と申し訳無さを感じ、俺の顔には隠せない動揺が見えていた。そこをアイテイルが突く。


「私の年齢とか考えてそうですね」

「なっ、なぜ分かった!」

「いつもみたいな冷たい感じが無いじゃないですか」

「俺、そんなに冷たいか?」

「少し語弊が合ったかもしれません。『余裕がある』というのがしっくり来るでしょうか。いつも冷静さを持ち歩いてる感じですね。まあ、この話を続けるのも難なので本題に戻ります」

「そうしてもらえると助かる」

「精霊の年齢を問うなんて野暮だとは思いますが、実装から退役までを年齢とするならば、私は十九ですね」

「見た目年齢と同じくらいだな」

「嬉しい限りです」


 そんな風にして最寄りの駅まで身の上話で繋いでいく。いつもに増して暑かったが、アイテイルと話していると億劫になりそうな暑さを忘れることが出来た。彼女とはあまり話してこなかったこともあり、ああでもないこうでもないと言い合えるか心配だったが、思いの外アイテイルが饒舌だったので話は盛り上がりっぱなしだった。



 昨日は中華街へ向かうために使った東横線を、今日は渋谷へ出るために使う。昨日と逆のホームから冷房の効いた電車に乗り込むと、まず一番にアイテイルの顔が綻んでいくのが分かった。


 遊園地のキャストだったアイテイル的には人混みはさほど驚きの種にはなっていないようで、むしろ駅の複雑な構造のほうが彼女を悩ませているらしかった。何を指すかといえば言わずもがな渋谷駅である。乗り換えるだけなのに迷子になりかねない点が大きな衝撃になっているようだった。


 秋葉原駅の電気街口を出て神田川方へ進み、突き当たった信号を右へ。そして、いよいよ開けてきたという交差点を左に少し歩いたところで振り返る。アニメショップへ行くまでに俺がどうしても見せたかった風景の一つがそこにあった。


「……なんだか、秋葉原せいちに来た感じがします」


 万世橋の手前、船着き場の近くに広がる小さな広場のようなスペースに立って、その聖地の風貌を目に焼き付ける。電気屋と娯楽施設が競い合うようにビルを並べているカオスな光景は、ここでしか見ることのできない光景だ。


「そういや本を買うとか言ってたが、アイテイルはそれだけでいいのか?」

「まさか。それだけがため、はるばる遠征させるほど私は鬼じゃないですよ。メイド喫茶とか行ってみたかったですし」

「……二個しか無いじゃん」


 俺が一言ボソッと吐くと、アイテイルが口を閉ざしてしまった。軽い気持ちで出してしまった言葉だったが、もしかしたら銀髪の気持ちを踏みにじってしまったかもしれないと思って、俺はすぐさま話題を切り替える。


「別に批判する目的は無いんだが、――まあいいや。俺が知ってる範囲内で恐らくアイテイルの脳裏にビビッと来るであろう場所を案内してやるよ。メイド喫茶で昼食ってことでいいか?」

「はい」

「決まりだな」


 俺が三歩前に進んだところで、アイテイルが歩き始める。ちょうど俺の右斜め後ろの場所を定位置としたようだった。手は繋がないが、お互いそっぽを向いて距離感を作り出しているわけではない。俺もアイテイルも相手のパーソナルスペースにしっかりと足を踏み入れている。



 万世橋の交差点を直進してから最初に見えるT字路を右へ曲がる。そして、入ってすぐの場所で俺は立ち止まった。


「まずは無難にアニメショップ攻略と行こう」

「わかりました」


 曲がった左手の建物に吸い込まれるように俺とアイテイルは入っていった。アイテイルはコミックマーケットに行ったことが無いようだが、入店時、彼女は戦地コミケに赴くヲタ達に引きを取らない形相を明らかにしていた。


 書籍類からフィギュアまで舐め回すように見て堪能した後、今度は駅方面へ足を進める。今度は、俺の足が止まる前にアイテイルが歩くのを止めた。向かって右手の方を指差しながら彼女は言う。


「ここは人工衛星が落ちてきた場所ですね」

「ああ。もっとも、あのアニメが放映されてからリニューアルされたんだが」

「でも、あのアニメで見た雰囲気と大きく変わっていない気がします」

「中、入っていくか?」

「はい!」


 威勢のいいアイテイルの返事の後で俺と銀髪はリニューアルされた店舗の中へ入る。リニューアル前に一度、後に二度しか来たことが無いにわか勢のくせに、俺の口から出てくる言葉は何もかも知っているような勘違い発言ばかりだった。やはり、誰かが隣にいる時俺は自分というキャラクターを演じてしまうようだ。


 ラジオ会館を堪能した後、俺はアイテイルを連れて秋葉原駅を突っ切って見覚えのある階段の手前に立つ。アイテイルは、そこが何を意味しているのかすぐに分かったらしく嬉しそうな表情を見せてくれた。階段を上った先に見覚えのある三文字が見えたところで予想が確信に変わる。


「ここは例のアイドルアニメでライバル校の校舎があった場所じゃないですか!」

「おっ、そうだな。主人公サイドもここに来てるけど」

「駅から近いところにあったんですね。ああ、サングラス持ってくれば」

「あえて俺の左隣に立ってるのは、そういう意味か?」

「んん、違います。自然となってしまっただけです」


 例のモニターの前でそんなことを語ってから、俺とアイテイルはちょうど行われていたフリーマーケットを物色した。普段お目にかかることのできないレアアイテムが目に入ると、俺も隣か後ろに居る彼女を楽しませることを忘れて足が出そうになってしまう。俺は何とかその衝動を抑えて、でしゃばらないよう気をつけながらフリーマーケットを楽しむことにした。


 フリーマーケットに出品されている様々な品物を物色した後、俺はアイテイルを連れてアニメセンターへ入っていった。ちょうど今季やっている好きなアニメの原画展がやっていたので、ここでもまた俺ははしゃぎそうになってしまう。しかし、変にでしゃばらないようにしたところで、銀髪から話題を振られてしまうと、俺はどうしても口数が多くなってしまうのだった。


 そんなこんなでUDXを満喫した後、出て少ししたところにあるハンバーガーチェーン店を目にした時に、俺はふと今何時だろうかと気になってスマホを見た。見れば、時刻はもうすぐ午後一時半。俺はアイテイルに酷いことをしてしまったと後悔した。朝から何も食べていないからだ。


「そろっとメイド喫茶行こうか」

「やっとですね」

「やっぱ、凄いお腹減ってるよな?」

「気遣うならもっと早くしてくださいよ。私にとってはこれが朝食なんですから」

「お詫びに7:3くらいで勘定するとか――」

「そこまで激怒しているわけじゃありませんから、普通に1:1でいきましょう?」

「……わかった」


 俺の回答が出るまでには数秒単位の空白があった。「でも――」と続けて自分の意見を押し通そうとすることが自分勝手な話だと理解するまでに時間がかかったのである。そんなこと、アイテイルの今日これまでの話を聞いていればすぐ分かるはずなのに。


「どんなメイド喫茶がいい? 落ち着いた雰囲気のところもあるけど」

「紹介出来るってことは、それなりに行かれてるんですね……」

「以前調べた結果なんだ。誤解しないで欲しい」

「まあ、楽しめるところならどこでもいいですよ」

「わかった」


 実際のところ、俺はメイド喫茶なんて行ったことが無いチキン野郎である。中学生時代に興味にかられて入ろうとしたことはあったが、店内の雰囲気にただならぬ恐怖に似た感情を覚えた俺はドアの前で足踏みして結局入れなかった。


 つまるところ、俺がアイテイルに伝えている情報は、数年前に調べたデータを頼りにしたものなのだ。少なくとも三年から四年の間隔があるから、秋葉原のような「かつ消え、かつ結ぶ」土地では、数年前にあった店が営業を止めている可能性も十分にありうる。


 営業していてくれと願いつつ、俺とアイテイルは神田明神の方へ足を進めた。メイド喫茶近くにあるその神社にちなんで名付けられた交差点名を見て、アイテイルは例の坂を想像したらしく、食後一発目の巡礼地も確定した。

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