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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
五章 救出編《The dawn of new age》
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5-68 居候会議 下

 泥酔したハイトが目を覚ましたのは夜の九時過ぎ、俺とラクトが洗濯物を脱衣所の物干し竿に掛け終えた頃だった。込み上げてくる嗚咽の感覚をもって多量の酒を飲んでしまったことを自覚する。頬に感じた冷たい感触の正体は何かと視線を移すと、ティッシュを自分のが濡らしていた。目の前に娘とその彼氏が居ることをすぐに把握した刹那、義母は恥ずかしさに駆られて顔を机に伏せる。


「嘲わないでください……」

「別にそんな気はないが」


 改めて机に顔を当てると、背中に何か布のようなものが乗っていることに気づいた。ハイトがそれに右手を向かわせて擦ったのを見てラクトが口を挟む。


「風邪引かないように稔がやってくれたんだよ」

「稔さん、ありがとうございます。私はなんて醜態を晒して……」

「気にしないでくれ」


 酒癖の悪い親に毎日翻弄されるのは堪ったものではないが、普段弱みを掴めそうにない人間が醜態を晒すくらいであれば可愛いものだ。事実俺は、ぐでーっとしたハイトを見て手が焼けると言いながら義母の身を案じて世話をしてやっていた。


 ハイトが酒癖の悪さを披露した話の後、世間話でワンクッション置いてから俺は本題に入った。軽く綻ばせていた顔の筋肉を震わせてしっかりと義母の目を見る。俺の意を汲み取ってラクトの表情も真面目なものに変わった。雰囲気の変化はすぐに親に伝播し、ハイトもまた態度をフォーマルなものに切り替える。


「話しておかなければいけないことがある」

「なんですか?」

「俺は、四人の精霊と罪源を抱えている。いずれも女だ」


 俺は義母の激昂に備えて覚悟を決めた。ラクトは彼の右横で事の成り行きをただひたすらに見守る。ハイトの顔からはつものニコニコした様子は消えていた。目の前に居る女性は、ついさっきまで泥酔して倒れていたとは思えない。


「それで、どうしたいんですか?」

「居候させてやってほしい。カースには既に許可を貰ってある」


 ハイトの真剣な眼差しを前に俺の心臓は鼓動を早めていく。どうにかして穏便に終わってほしい。そう願って、緊張を解す術を取ることも出来ないまま唾を呑み込んでは視線を義母に向かわせることを意識する。数秒の静寂の後で義母は口を開いた。


「いいですよ」


 言い終わった後のハイトは、先程までの周囲に身を引き締めさせる雰囲気を打ち消すいつもの笑顔を見せていた。俺がホッとして思わず破顔させる傍ら、ラクトが畳み掛けるように言う。


「座敷の方を四人の寝床にさせたんだけど、いい?」

「向こう数日の間はそれでいいんじゃない? そのうち部屋割りを考える時が来ると思うけど、居候されることに異論はないわ」

「ありがとう!」

「あの劣悪な地下牢獄から救ってくれたせめてものお礼よ。こんな対応をしてくれる優しげのある人の仲間ですもの。受け入れない道理がないわ」


 ハイトは背中に掛けられていたエプロンを見せつけて言った。彼女の母親から信頼されるのは喜びも一入ひとしおだったが、自分のやったことがこうも大々的に言われるのは気恥ずかしい。俺は内心に抱いた感情がバレないよう義母の言葉に笑って返す。


「ところで、二人はどこで寝るの?」

「私は自分の部屋、稔は――お父さんの部屋とか」

「一緒に寝なくていいの?」

「どうしてお母さんはそうナチュラルにぶっこんでくるかなっ!」

「ふふ、まあいいわ。じゃあ、そういうことにしておくわ」


 ハイトはそう言ってリビングを出ていった。ラクトはそれまで近くに精霊や母が居たから隣同士で会話しても恥ずかしく思うことはなかったが、母がまた茶化す発言をしたこともあって少し恥ずかしくなり、部屋が静まり返る。普通なら心地いいはずの外から聞こえる虫の音がさらに緊張感を高ぶらせた。


「……やっぱ、一緒に寝ない?」


 ラクトは恥ずかしそうに下を向いて呟いた。ホテルで布団を並べて一緒に寝るのとは訳が違うらしい。いつにも増して弱々しい感じにギャップを感じて俺は一瞬ドキッとする。しかし、俺はやはりそれを露わにせずに普段通りの冷静な対応をした。


「気持ちは嬉しいけど、お前の一人用だっただろ」

「……ダメ?」


 俺の中の冷静さは崩壊の危機に瀕していた。別段一人で寝かせて欲しいわけでは無いにもかかわらず彼女の誘いを無下にするのは彼氏としてまずい。だが、俺にはストレートに自分の本心を打ち明けるのは恥ずかしく感ぜられた。結局、俺はいつもみたく余計なクッションを入れて返事をしてしまう。


「ちょ、ほっぺ引っ張るな!」

「嫌な訳無いだろバカ。俺だって恥ずかしいんだよ、畜生……」

「キザな台詞吐いてたのと同一人物とは思えないね」

「つねるぞ」

「もうつねってるじゃん!」

「つねってない。つついてるだけだ」

「嘘つくな! 親指と人差し指でほっぺつまんでんじゃん!」

「そういう衝動を駆り立てるお前が悪い」

「意味不明だよ!」


 俺はラクトに怪我が無いよう注意を払って頬をつまんで遊んでいたが、長い間つまんでいるのはじゃれ合いの域を超えると思って意味不明な供述をした後それをやめる。嫌だ嫌だと言っていた割に彼女はやめられると子犬のような目で俺の方を見た。俺に頬つねりを再開する意思がないことを察すると、ラクトは話題を変えて話を進める。


「そういや、お母さん何しに行ったんだろうね」

「紫姫達の顔でも見に行ったんだじゃないか?」

「じゃあ、洗面所使えるかな」


 ラクトはハイトが歯を磨きに洗面所に行ったのではないかと推測を立てていたが、俺が別の予想を言うとすぐさまそれに乗った。一日の疲労で制御するのが苦痛になるほどの強い眠気が襲ってきていたので、深く考えることもなく都合のいい考えに賛成してしまったのである。


 だが、何も考えずに予想を切り替えたのは良い結果をもたらした。洗面所には誰もおらず、また誰からの干渉を受けること無く二人は支度を終えることが出来たのである。俺とラクトは歯を磨いた後、もしかしたら母と精霊らは何か企んでいるのではないかと思って座敷の方へ向かったが、戸を隔てた向こう側からは楽しそうに歌う声が聞こえてくるだけだった。五人はカラオケをして親睦を深めていたのである。二人は彼女らの宴を微笑ましそうに垣間見た後、それを邪魔することなく二階へ上がっていった。



 翌朝、俺が目を覚ますと時計の針は午前七時を示していた。目の前ではラクトが頬をつついて遊んでいる。昨晩は意識しなかったが、いざ至近距離で見てみると彼女のパジャマのボタンは今にも取れそうであった。何が原因であるかは言うまでもない。その原因となったものは視線をどこに向かわせようかという悩みの種にもなった。


「おはよ」

「おはよう」


 いつも通り話しかけてくれるおかげで、俺は「自分は朝からなんて欲情に駆り立てられているんだ」と自責の衝動を起こしてしまう。女は男よりも周囲の視線に敏感とされるが、あからさまな目線外しを受けた彼女はそんな俺の心を見抜いているに違いあるまい。だが、昨晩のように誂うような様子は見受けられなかった。頬をつつくのをやめて、ただ優しい言葉だけがかけられる。


「朝ごはん、パンでよかった? もう出来てるんだけど」

「作ってくれたのか?」

「ううん、私は何もしてない。十五分くらい前に起きたばっかだし」

「ハイトが全部やったのか?」

「いや、サタンがやってくれてた。なんか一人だけ徹夜したみたいでさ」

「居候初日から徹夜とかすげえな……」


 座敷で夜九時頃に始まった親睦会自体は日付が変わった頃に終わったらしいが、布団を敷いた後も四人は他愛も無い話をして盛り上がっていたらしい。だが、暗くなった部屋で話すうちに眠気を覚えるようになり、一時に紫姫が、二時にアイテイルとエーストが脱落したそうだ。サタンは久々にエーストと話そうと躍起になっていたそうで三時頃までちょっかいを出していたという。


「他の四人は寝てるのか?」

「いや、もう起きてるよ。お母さんは眠そうにしてたけど」

「昨日の昼間に寝たのが大きかったのかもな」

「そうだね。じゃ、皆待ってるし降りよう」


 十時間近く睡眠を取って昨日の疲れは姿を眩ませていた。俺は布団から出て体を伸ばし、鏡で寝癖が無いか確認した後、「早く」と急かす彼女の後に続いてリビングに向かう。


「おはようございます、先輩」

「おはよう、サタン」


 リビングに入るとまずサタンが挨拶をしてくれた。それに返してテーブルの方に視線をやると、精霊達とハイトが既に着席している。部屋には美味しそうな匂いが漂っていた。テーブルの上には七つの白い皿があり、目玉焼き、ウインナー、ポテトサラダ、コーンスープ、そしてこんがり焼けたパンが美しく整然と並んでいる。作った本人はオレンジジュースを注いでいた。


 俺は空いていた台所側の席の真ん中をハイトに勧められたのでそこに座り、続いてラクトがその右横に座る。テーブルのサイズは変わっていなかったが、上下三脚、左右一脚ずつそれぞれ椅子を置くことで、少し窮屈さが出てしまっている感じも否めなかったが八人が座れるように変わっていた。ジュースを皆に運び終え、サタンが俺の左隣の席に座ったところで食事を始める。音頭は俺が取った。



 朝食を終えて支度を済ませた頃には朝八時をとうに過ぎていた。ハイトは「稼いでるのは私」とカースに言われたことで相当傷ついたらしく、職業安定所へ行くために素早く支度をして家を出ていった。その入れ違いでカースが帰宅する。まだ俺には敵意を剥き出しな状態だったが、妹や精霊達には目にハートマークが浮かんでいるかのような溺愛っぷりを見せた。


 カースが仕事上受けざるを得ない肉体と精神両方の疲れを癒やすべく朝シャンに走ったところで、俺は紫姫達をリビングに呼んだ。姉の拘束から解除されたラクトも少し遅れて駆けつける。参加者が先程の座席と同じところに座ったところで、俺は口を開いた。


「『精霊』とか『罪源』とか、そういう契約関係はもう終わりにしないか?」


 発言者以外全員に衝撃が走った。もっとも、ラクトは既にこういった話を振られた身であるため、「ここで告げるか」と衝撃的に思うことはあっても反対する意思はない。また、同じく俺の隣に座っていたサタンも一定の理解を示した。


「俺は皆に『精霊』とか『罪源』っていう縛りを無視して生きていってほしいと思う。お前らは『兵器』なんかじゃない。こうやって立派に感情を持っているんだ」

「先輩の発言を要約するに、『人として自由に生きて欲しい』ってことですよね?」

「ああ。魂石はもう使えなくなったし、良い頃合いと思うんだが」


 精霊戦争も終わり、自身と仲間達の願いを叶えることにも成功し、もはや何かと戦うということは泥棒を懲らしめることくらいにしか使えないものに成り下がっていた。だからこそ、精霊達に自由を与えたい。自分で進みたい道を進んでいって欲しい。俺の案にまず意見を出したのはサタンだった。


「私は呑みますよ。でも、一つだけ条件があります」

「なんだ?」

「現実世界で一緒に遊んでください」

「えっ」

「今朝の料理のお礼に、一日だけでいいので寵愛が欲しいんです」


 ちらりと右横を見ると、ラクトは華麗にその視線を交わした。これはどう考えても怒っている。俺にもそれくらい分かった。しかし、サタンの提案を聞いてあまり良いように思っていなかった紫姫やアイテイルの乗り気になる。


「その考え、我も乗らせてもらおう」

「【何かプレゼントする】というのも付けませんか?」

「いいですね! ――ということでお願いします、ラクトさん!」


 サタンが頭を下げてラクトに許可を求めると、紫姫やアイテイルも続けて頭を下げていった。パーティー内で最も新参であるエーストは、そこまで俺と何かすると聞いて期待に胸が踊ることも無かったが、【何かプレゼントする】という言葉に釣られて頭を下げた。


「……夜八時までに帰ってくればいいよ」

「嫌なら嫌って言っていいんだぞ?」

「嫌なわけあるか。私もプレゼント欲しいもん」

「ラクトもそれに釣られたのかよ! ……ん? プレゼント欲しいってことは、サタンとかとデートしたついでに何か買ってこいってこと?」


 その発言を聞くやいなや契約解除を提案された四人は溜息を吐いた。左隣に座っていたサタンから「本当に先輩はアホですね」ときつい一言が飛ぶ。一体何をしたんだと困り焦る俺の右隣で、ラクトは逸していた視線を俺の方へ持っていき、両頬をつまんで言った。


「私ともデートしろってことだバカ! 恥ずかしいこと言わせんな!」

「同意する確率が十割のことを提案すんなよ」

「ばっ……」


 ラクトは俺のことを糾弾するつもりらしかったが、最後は返り討ちにあって終わった。彼女は頬を一気に赤く染めて口を結んでしまう。


 そんなこんなで精霊三名、罪源一名と契約解除の為に、そして彼女とは普通に恋愛的な意味でデートをすることが確定した後、俺はカオスから聞いた現実世界へ戻る方法がしっかりと使えるかどうかを確認するべく、自分一人で向こうへ行こうと考えた。カオスとの話し合いの場に一緒に居たラクトと行き帰りの手順をしっかりと確認し、俺は彼女の家を後にする。


瞬時転移テレポート、現実世界へ!」

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