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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
五章 救出編《The dawn of new age》
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5-67 居候会議 上

 夕食を終えるとカースはすぐに仕事へ向かった。ハイト曰く普段から化粧は仕事場でしているそうだが、自分との一件で調子が狂ったこともあって、義姉は早急に仕事場へ向かったほうが得策だと判断したのかもしれない。俺はそんな予想を立てながら皿洗いをしていた。


「なんで笑顔で見てるんだ、ハイト?」

「さぁー、なんででしょうねぇー? ふふふ」


 ハイトは笑顔を振り撒き、義理の息子が作業する様子をビールを飲みながら見守る。俺の中には悪魔は酒が強いというイメージがあったが、缶ビール半分飲んだくらいで義母はほんのりと顔を赤らめていた。酒癖の悪さは認められないが、リビングで泥酔されても嫌なので忠告だけしておく。


「飲みすぎて吐くなよ?」

「ふふふ。私、酒癖の良さには定評があるんですよ?」

「――使った道具は食器乾燥機に全部入れておけばいいか?」

「酷いじゃないですかぁ、無視するなんてぇ。あぁ、食器はそこに入れておいてぇ、いいですよぉ? ふふふ……」


 ハイトはニコニコしながらぐでーっと机に伏す。まだ半分しか缶ビールを飲んでいないくせに大袈裟だとも思ったが、よくよく見るとアルコール度数が二十パーセントを越えていた。酒弱いのに度数高いの飲むなよ、と思って俺は一つ溜息を吐く。本人は酔っ払っていないと主張していたが、どう考えても義母は酔っ払っている。


「溜息は病気の元ですよぉ?」

「酒弱い奴が度数高いの飲むほうが病気の元だっつの。ほんともう……」

「世話焼きな方なんですねぇー。娘が惚れるのも分かるなぁー」

「はいはい、お世辞ありがとさん」

「んもぉー、お世辞じゃないですよぉー! 心の底から褒めてるんですぅ!」

「はいはい」


 疲れやストレスのせいで幼児退行しているのか。それともラクトの父親が亡くなって家の中に男っ気が失せたところへ来た男に構ってほしいというアピールなのか。どちらにせよ手のかかる義母である。俺は洗い終わった食器を食器乾燥機に入れながら、この手を焼く義理の母親について考えていた。


「エプロンはあそこに掛けておけばいいか?」

「料理してる時に油とか付かなかったならぁ、別にそれでいいですよぉ」

「あー、やっぱ、ラクト持ってったみたいだから洗うことにする」

「んんっ? 洗濯までしてくれるんですかぁ?」

「下着とか見られたくなければやらないが?」

「あの子次第じゃなぁい? おばさんは気にしないわよぉ?」


 ハイトは笑い混じりに言うと、残っていた分の酒をグビグビと飲んでいった。豪快な飲みっぷりの後、ぷはぁ、と発するとともに空き缶を机に叩きつける。酒癖の悪さを俺が憂う傍ら、義母は自分の左頬を机に擦って涎を垂らしそうになった。すかさず近くにあったティッシュを一枚取り、この酒癖の良さに定評があると主張する女の左頬に当てる。


「さんくしゅー」

「はぁ。なんでこんな度数高い酒なんか飲んだんだ?」

「ノンアルだと思ったんですぅー。ふへぇー」


 途中で飲むのをやめなかったのは勿体無いということもあるから素晴らしいと思うが、体を壊しかねない場合は物よりも命の大切さを重視するべきであるのは言うまでもない。俺はハイトがいつにもましてニコニコしているのを見て大きな溜息を吐いた。


「あーあ、寝ちゃったよ」

「まだ寝てないれすぅ……」

「寝たけりゃ寝ろ。ほら、エプロンでも羽織って風邪引かないようにしとけ」

「やーさしー」


 俺は夕食を作る際に使わなかった白い無地のエプロン一着を持ってきてハイトの背中の広げて置いた。声をかけても反応は無かったが、綻んだ顔の様子はさっきと何ら変わらない。俺は義母がぎゅっとホールドしていた空の酒缶を取り上げ、流し場に持っていてそれをすすいだ。内容物を除去した上で口を下にして空き缶を流し場のそばに置く。


「暇だなぁ」


 することもなく手持ち無沙汰だった。話し相手と思ったハイトは酒の海に轟沈し、一緒に料理を作った彼女は風呂に行っており邪魔する気も起きない。いよいよ食欲に任せて何か飲もうかと思っても、炭酸飲料やスポーツドリンクは無く麦茶か野菜ジュースくらいしか置いておらず、それなりに豪勢な料理を食べた後には割に合わない気がした。


 それならテレビでも見ようかと思ってリモコンをポチッと押すが、時刻は午後六時。流れているのはどのチャンネルも情報ワイドの番組だった。一局だけアニメを流しているところがあったが、ロボットアニメにそこまで魅力を感じないのでニュースに戻す。


 そんな時、俺はテレビ台の隅っこに紅茶のティーバッグを見た。これだ、と強い衝動に駆られてそれを一袋持ってくる。彼女宅でいつでもお茶置きが出来るように常備しているものを取ってしまうのは図々しい気もしたが、一つ大きく息を吐いて封を開け、台所にぽつんと置かれたポットでお湯を入れる。じわじわと黄金色に変わっていく様子が美しい。


 きつい渋みが出ないくらいに軽くトントンと白いティーカップに擦り、ティーバックをゴミ箱に入れる。それこそ勿体無い気もしたが、これから何かを追加するわけでもない。だが、それっぽい理由を繕っても彼女宅の主計担当者を目の前にして無駄遣いに近い行為をするのは緊張した。その人はぐでーっと爆睡していたから助かったが。


 リビングに移動し、夕食時に座っていた席で少しずつ飲んでいく。昼に沸かしたらしい絶妙な温度のお湯が溜まりに溜まった疲れを解してくれる。俺は右横で涎を垂らして笑顔でいる義母のように、ぷはぁ、と発しそうになった。喉を通る温かく柔らかなものが心地良いのだから仕方ない。


 俺が英国紳士みたくそれなりに時間をかけて紅茶を飲んでいると、ちょうど精霊のHPが全回復したようで精霊魂石が緑色に光った。「おお、みんな全快してくれたか」と思って俺はホッとする。だがその刹那、特に何の指示も出していないにも関わらず精霊達がその場に召喚されてしまった。数秒のタイムラグがあってサタンも魔法陣から飛び出す。こちらは少し便乗した感じが否めなかったが、精霊達は全員真剣な目をしていた。


「稔。耳の穴をかっぽじって聞いて欲しい」

「やけに重要そうな話だな……」


 紫姫には俺の言葉が真面目に話そうとする自分をあしらった発言に聞こえたようで、彼女は少しムスッとした顔で「重要な話だからな」と言った。その対応を見て俺も気を引き締める。同時、紫髪精霊は咳払いして口の結びを解いた。


「我ら精霊及び罪源は、貴台の願いの履行に基づき、この全回復を以て精霊魂石への帰還を禁止された」

「端的に言うと、住む家を失ったってことですね」

「で、先輩、私達にこの家に住まわせてほしいんですけど」

「唐突だな! つか図々しすぎるわ!」

「君が精霊戦争をやめると言い出したんじゃないか」


 紫姫、アイテイル、サタン、エーストと四人の美少女を側室に迎え、ラクトは正室として寵愛していましたなんて、仮に開き直って主張したとしても、そんな話が現代で通用しないことぐらい俺には分かりきっていた。だからこそ、どうやってハイトを説得しようかと思い悩む。自分で蒔いた種がこういった事態を生んでしまった以上は何らかの解決策を提示するのが道理であるが、アパートの一室を借りて四人で同居してもらうとか、そんな金の掛かる策は出せない。


「とりあえず、そこのソファに座ってろ」


 各々返事をして四人は異論なしにテレビ前のソファに座った。俺は大きな溜息を吐いて様々な解決案を思い巡らす。少し時間が経って賑やかな声が聞こえてきたので彼女らの方を見ると、楽しそうに大富豪をやっていた。まるで修学旅行の一部屋を覗いているかのようである。割りと大きな声ではしゃいでいるが、彼女らにイラッとすることもなく義母はぐっすり寝ていた。


 そんなところにラクトが入室する。髪に残った水滴を頭に乗せたタオルで拭く様子は俺の目には淫靡なものに映った。俺は募る劣情を殺して彼女に話しかける。赤髪は麦茶でも飲もうとしたのか冷蔵庫の方へ歩いていたが、「なあ」という呼びかけを聞いて足を止めてくれた。


「紫姫達が寝れる環境ってあるか?」

「敷くタイプで良いなら布団は大丈夫だし、寝る場所は座敷で良ければ問題ないよ」

「じゃあ、今後ここに四人を居候させるのは――」

「魂石があるのに居候させるの?」

「ああ、それがな……」


 事情を説明すると、ラクトは姉が暴走しかねないのを理由に挙げて「難しいんじゃない?」と切り捨てた。アイテイルのように四人で一緒に過ごしたいという考えを実現したい気持ちは俺も赤髪も山々だったが、元々住んでいる者が断れば代替案に映らざるを得ない。


「ところで、精霊達は風呂に入れるの?」

「そうだな。俺は最後でいい」

「まさか、残り湯を味わうため?」

「人聞きの悪いこと言うな!」


 冗談を交えて話していると、俺の少し大きめの声を聞いて紫姫が二人の方を向いた。それに続いて残りの三人も俺と赤髪の方を見る。


「何か進展があったのか?」

「今日の寝床は大丈夫だが、居候は要相談だ。あと、風呂入っていいぞ」

「じゃあ、大富豪から風呂ってことにしませんか?」

「それ賛成!」


 俺もラクトもガヤガヤとする四人を見ているうちに心が温まるような感じを覚えた。自然と顔が綻んでいくのはそれぞれ父性と母性が刺激されたからであろう。そんな精霊達がはしゃぐ裏でラクトは母の携帯を持ってリビングを出た。カースに連絡するらしい。二人ともハイトに追って説明しなければならないとの認識を持っていたが、まだ夕方だからこの母が酔いから脱したところで話そうということになった。


 一分くらいしてラクトが戻ってきたのと同じ頃、テレビの方から「よっしゃー」という声が聞こえてきた。音源の方を見ると、サタンが大富豪になったらしく「一抜けいちご♪」とノリノリになっている。普段見せない様子を見て俺が顔を綻ばせると、それを感じ取った罪源は我に返ってそそくさとリビングを後にした。ラクトは彼女が情報を得ていない可能性を考えて、サタンがリビングから出るのに合わせて風呂の場所を教える。罪源が居なくなった後で赤髪が俺の方に視線を向けてきた。


「お姉ちゃんから許可もらったよ。居候大丈夫っぽい」

「良かった……」

「絶対に手を出さないようにと忠告しといたから大丈夫なはず」

「さっきのあれ相当トラウマになってるみたいだな」

「望まない相手から婚姻届突き付けられたら誰だって戦慄すると思うよ」

「ごめん、抉るような真似して本当ごめん」

「じゃあ、罰として冷えた麦茶を運んでもらおうかな?」

「俺は執事か何かか! まあ、断る理由なんてないが」


 どうせ台所の方へ行くのだからと俺は残っていた紅茶を飲み干した。ラクトは虎視眈々と余っていた紅茶を狙っていたらしく、俺が席を立った時少しムッとしていた。空いたティーカップを流しに置き、姉から了解を得たことへの感謝と思って深めの透明なコップに麦茶を注ぐ。


 なみなみと淹れてリビングに戻ると、エーストが大富豪の戦線から離脱しているのが目に入った。高みの見物と言わんばかりにお互いのカードを覗いてニヤニヤしている。視線を左に映すと歳相応にラクトがSNSアプリを使っていた。俺はコップを机上に置いた後で彼女の左隣の椅子に腰掛ける。


「誰と話してるんだ?」

「お姉ちゃん。さっき電話したら捕まっちゃってさ」

「医者が黙って首を横に振るほどのシスコンだな、本当」

「普通に話してる分には全然問題ないんだけどね」


 そんな会話をしていると、またテレビの方から大きな声が聞こえた。アイテイルが握った拳を下に引いて喜んでいる。ラクトは姉に拘束されているし、ハイトはぐっすり寝ているし、何もしないでいるのも退屈だということで、俺は自ら精霊達の方に近づいていった。


「稔さんもやるんですか?」

「楽しそうだったからな。ふん、戦勝記録で塗り固めてやるぜ」

「意気込みは十分だね。では、負けた人にシャッフルをお願いしよう」

「なんという屈辱……」


 紫姫は口ではそう言いながら手際よくシャッフルし、ゲームマスターとしてカードを配っていく。始める前に採用するローカルルールを確認し、四人とも納得した上でゲームが始まった。


「なんだと……」←最下位確定の瞬間

「よっしゃ、これで一位抜け――あっ」←革命で【3】を出して上がった

「革命返されると負けが確定する!」←【4】以下しかない


 しかし、結果は散々だった。風呂から上がった者とこれから風呂に入る者が入れ替わって三セットしたが、俺は一勝することもできなかったどころか全て最下位という圧倒的な屈辱を受ける羽目になったのである。紫姫がリビングに戻ってきた後、俺は大きな重しを持ったまま風呂場へ向かった。


 入浴中に誰か来ないかと淡い期待もしたが、特に何か起こるわけでもなく十分が過ぎていった。そんなハーレムラノベみたいなことは有り得ないと諦めをつけ、俺は肩まで浸かって「いい湯だった」と顔を赤くして浴室を出る。


「え――」

「ちっ、違うからっ! 別に覗きとかじゃなくて寝間着持ってきたってだけでっ! バスタオルはその棚の上に上がってるやつ使ってっ! じゃっ!」


 ガラガラガラと戸を開けて脱衣所を見るとラクトが居た。俺はとりあえず背を向ける。赤髪は目をつむりながら伝えるべきことだけを述べてムシムシした部屋を出ていった。数十秒間の軽い放心状態を経て、ハッと目が冴えたところで彼女が置いていったパジャマに着替えていく。少し大きめのサイズだったので亡き父の形見なのだろうと見当がついた。


 思いがけないイベントに遭遇し、どんな顔を見せようかと悩みながら俺はリビングに向かう。机にぐてーっとして寝ているアラフォーがいる部屋のドアを開けると、まずラクトと視線が合った。お互い気まずかったが、とりあえず素早く閉めて中に入る。テレビの方に視線をやると紫姫達の姿はリビングに無かった。さらに気まずい雰囲気がリビングに立ち込める。


「みんなは?」

「座敷に行ったよ」


 少し静寂があって、ラクトが気まずさに耐えかねて言う。


「さっきはごめん」

「気にすんな。ラクトの声に気づかなかった俺も悪いし」

「あれは私の落ち度だよ」

「じゃあ、なんか詫びでもしてくれるのか?」


 ラクトは小さく頷いた。俺は悩まないで言う。


「じゃ、麦茶持ってきてくれ」

「えっ、そんなので許してくれるの?」

「『そんなの』っていってもなあ。それ以上に何かあるのか?」


 俺は軽く頬を赤らめて口を結ぶ彼女を見てニヤニヤする。ラクトはそんな様子を極力見ないように気をつけて台所へ向かった。彼女が俺の淹れて持ってきた量と同じくらいの麦茶を持ってリビングに戻ると、俺は席に座ってニヤニヤしながら彼女を出迎えた。赤髪がイライラを抑えて優しくお茶を机上に置くと、「ありがとな」と反射的な返答が口から出てしまう。だが、コップに手をかけた瞬間に叫び声が飛んだ。


「あっつ!」

「バーカ!」


 ラクトはそう言って俺の隣に座った。俺は仕返しとして彼女の頭をぐりぐりと弄る。「やめろ」と赤髪は言い続けたが顔は常に綻んでいた。十秒ほどして気が済んで俺が自席に戻ると、何事もなかったかのように俺達は下らない話を始めたのだった。

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