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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
五章 救出編《The dawn of new age》
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5-65 未来の日常

 出来上がってみると、台所では東アジア圏の料理が一堂に会していた。回鍋肉、副菜枠で作った見た目ナムルの和風味付けサラダ、そして白米と赤味噌の味噌汁。また、ご飯と味噌汁だけでは手が空くからとラクトにデザートを任せたところ、別に中華料理縛りをしたわけでもないのに彼女は見事な杏仁豆腐を作ってくれていた。甘さは申し分なかったが、ぽつんとさくらんぼだけ上に乗っているのは少し殺風景な気もする。もっとも、材料がないので仕方ないといえばそれまでなのだが。


「うわ、まだ全然時間あるじゃん。じかもご飯炊けるまで一時間もあるし」

「やっぱ早かったか。まあ、あとで温め直せばいいだろ。盛り付けは後に回したし」

「ところでさ、稔。この量じゃ絶対お腹空くでしょ?」


 主菜、副菜、主食、汁物、デザートがそれぞれ一品ずつでも、あまり動いていなければ十分足りる。しかし、今日は連戦で体力を持っていかれていたことがあって俺の空腹度合いは酷さを増していた。ラクトは、俺が試食と称して回鍋肉もサラダもガツガツ食べていた様子を見ており、少し心配そうに言う。俺は少し口を結んでから質問に答えた。


「そうだな。この量じゃ満腹にはならないと思う」

「じゃあ、追加で作ろうよ。中華で主菜を固めるなら麻婆茄子とかさ」

「お生憎様、豚バラ肉はあっても挽肉は無かったんだ。豆板醤あるのに勿体無い。裏を返せば、バラ肉は腐るほど余ってるってわけなんだが――。ああ、巻けばいいのか」

「ナイスアイディア! それで行こう。爪楊枝は――あった!」


 ラクトは棚から爪楊枝の沢山入った透明な丸いケースを取り出し、台所机の空いていた場所に置いた。開封からまだ数回しか使われていないとしか思えないような多さで、肉巻きでバンバン使っても問題無さそうである。赤髪が爪楊枝を取り出す裏で、稔は冷蔵庫から余っていた豚バラ肉の入ったケースとナスを三本取り出した。


「バラ肉こんなにあったんだ。カレーでも作るつもりだったのかな?」

「は? カレーといえば肩ロースだろ」

「ないない。バラだから」


 火の通りやすさで言えばバラ肉に軍配が上がるのだが、見た目で考えると肩ロースのほうがしっくり来る。じゃがいもも人参も玉ねぎもその存在を主張するのに、肉だけあのドロっとしたカレーの海に筏のように浮かんでいるようでは埒が明かない。


「あ、そうだ。カレーといえば、牛乳入れる?」

「まろやかになるって話は聞いてるが、俺は無いほうがいいな」

「そっか。わかった」

「ん? 今『わかった』って――」

「あっ、いや、と、とりあえず肉巻き作ろうか!」

「お、おう……」


 照れた顔で笑顔を浮かばせながら肉巻きを作ろうと言うラクトは、その裏に何か隠しているようだったが俺には分からなかった。なんとか難を逃れた赤髪は、大きく深呼吸して肉巻きを作り始めた。俺は彼女が何を考えていたのか気になって様子を見ていたが、特に進展がなかったので肉巻きを作り始める。


「味付けは焼肉のタレでいいか?」

「うん。主菜は強い味付けのほうがいいと思うし」

「あんまり強い味付けだとご飯いっぱい食べることになってあんまりよくないと思うが」

「へー。あれだけ試食と言いながらガツガツ食ってたくせによく言うじゃん」

「許してくれ。あれは出来心だったんだ」

「明らかに分量が四人前じゃないから責める道理もないんだけどね」


 話しながら茄子のヘタを取って一口サイズに切っていくが、顔を合わせることはない。二人ともそれができるほど器用ではなく、常に視線は下にあった。先に作業を終えたのはラクトだったが、彼女は俺が茄子を切り終えるまで手を止めていた。視線の関係で気がつくのに遅れたが、俺は終わる前に赤髪が作業をしていないののを把握して言う。


「どうした? 指切ったか?」

「いや、フライパン取ろうと思ったんだけど届かなくてさ」

「どこ?」

「そこ」

「ああ、あそこか。……んしょ。はい、フライパン」

「ありがとう」

「ん」


 ラクトはフライパンを受け取ると油も一緒にコンロまで持っていき、俺の分が終わったところで油を敷いた。フライパンを温めた後、刻んだ茄子を一気に投入して軽く炒める。ほんのり山吹色に茄子の表面が変化したところでフライ返しを使って素早く取り出し、熱が逃げないうちにせっせと肉巻き作業に取り掛かった。


「あちっ!」

「バカ、炒めたばっかなんだから熱いに決まってんじゃん。手袋使う?」

「大丈夫だ、問題ない」

「顔はすごいつらそうだけど?」

「口を動かすより手を動かせって、それ一番言われてるから」

「お前が言うな!」


 俺とラクトは競い合うように熱い茄子をひんやりしたバラ肉で巻いていった。あまり強く押すと茄子の油が出ることに加え、どのみち肉の脂が手につくということで、手袋を使うべきかもしれなかったが、それを探す時間が勿体無いと思っていた二人は熱さに負けず素手でどんどん巻いていった。茄子三本分を消化し終えた後で、形が崩れないように爪楊枝で真ん中を貫く。肉巻きの原型が出来たところでラクトは再びコンロの前に立った。俺は余ったバラ肉を丁寧にラップで包んで保冷室に戻す。


「焼肉のタレ、ここ置いとくぞ」

「サンキュ。まだ全然時間あるし、もう一品くらい作る?」

「俺は構わないけど、『お腹いっぱいになったから食べて』って俺に頼むの無しな」

「ぶっちゃけ、誰かさんを助けるために結構疲れてるから残さないと思う」

「前にあれだけ少食アピールしてたくせに……」

「きょ、今日は疲れただけだし!」

「はいはい、料理中に余所見しないの」

「……」


 自分の方を向いてきたラクトにそう言い、俺は彼女の顔をぐるっとフライパンの方に方向転換した。赤髪は突然両頬を触れられたことで顔を赤らめる。ラクトが突然の出来事に弱いのはこの一週間で変わっていなかった。俺は、彼女が調理している裏で冷蔵庫横のダンボールにゴロゴロと入っていたじゃがいもを二つ取り出した。


「何か作るの?」

「フレンチポテトでも作ろうかなって」

「そっか。フライパンで作るならさっきの場所にあるから」

「わかった。菜箸も油もそのままにしておいていいぞ」

「ん」


 じゃがいもの皮に付いた泥を水で流し、皮を剥いてお店でよく見るスティック状に整え、最後にキッチンペーパーでこれでもかというぐらい水分を取り除く。フレンチポテトに水分以上の邪魔者はいないのだ。慈悲はない。


 俺が刻んだポテトをポリ袋に入れて小麦粉とシャカシャカし始めた頃、肉巻きが出来上がったらしく、ラクトが棚から鍋敷きを取り出してその上にフライパンを置いた。熱が逃げないように蓋がされているが、それを突き破って予熱でジュクジュクと音を立てている肉と茄子が焼肉のタレに乗って食欲を誘う匂いを放つ。


「絶対美味いだろこんなん」

「夕ご飯はまだまだ先だよ?」

「ぐぬぬ……」


 稔はポテトをシャカシャカしながら空腹を誘う美味しそうな匂いに軽くイライラする。疲れて腹が減っていることもあり、何か食べたいという気持ちが強まっていたのだ。その思いは調理にぶつけられ、彼はフライパンを先程と同じ場所から取り出して多めに油を敷くと、勢いよくポテトをドバーッと投下した。冷えた油から段々と熱くしていくのもカリカリポテトを作るコツの一つだ。


 次第にジュージューとポテトが音を立てるようになる。菜箸で上から押すと、じゃがいもは回りにジュワーッと油を放った。狐色になるまで数分。美味しそうな色に変わったところで一度取り出し、火力を最大にしてフライパンの熱を上げる。いい具合になったところでポテトに戻し、ラストスパートに入る。俗にいう二度揚げがカリッとした食感を生むことに繋がる。


 二分ほどして、俺は油の海から一つじゃがいもを菜箸ですく(・・)って口に運んだ。ホクホク感も楽しみたい場合は二度目の揚げを早めに切り上げたほうがいい。


「うめえ」

「一個貰っていい?」

「もちろん」


 長めの一本を菜箸でつまんでラクトの方に持っていく。赤髪は先端部を手で摘んで受け取ると、すぐに口に運んだ。


「おお、美味しい! 家でも結構カリカリしたフレンチポテト作れるんだね」

「デンプン抜けばもっとカリカリになるんだけど、水にさらす手間がかかるからな」

「奥が深いんだね、ファストフードで出される料理も」

「自分で作ると手間かかるもんだぞ。牛丼もハンバーガーもフレンチポテトも」

「スタンバイ状態でお客さんを待ってるお店とはわけが違うし、仕方ないでしょ」


 俺は会話しながら油の海に浮かぶじゃがいも達をフライ返しで拾っていった。天ぷら鍋でする場合はポテトを置く場所が無条件であるのだが、フライパンの場合は皿に取り出す以外に術がないのが玉に瑕である。全てのじゃがいもを油の海から救助した後、先程シャカシャカした時に使ったポリ袋にポテトを戻した。続いて「しお」とシールの貼られた容器の中から小さじ三分の一程度の塩を取って、それを透明な袋に入れる。


 俺は袋の口を縛ってシャカシャカするが、これが結構熱くて時折顔をしかめる。二度揚げしたおかげで熱を溜め込んだのか茄子を包んだ時の比ではない。「あちちあちち」と言いながらシャカシャカする彼氏の様子を見て、彼女はクスクスと笑っていた。塩をまぶすして一分ほどが経過したところで、俺はポリ袋を置いた。見境なく皿を使った結果、洗う量を増やしてしまったのでここで片しておこうと思ったのだ。


「ラクト先食ってていいぞ。皿洗うからさ」

「二人でやったほうが早く終わるし、ポテト冷めると悪いから手伝うよ」

「何から何までありがとな。洗剤つけておくから水で流してくれるか?」

「わかった」


 これから温め直す時に使うおたまやフライパンを除く片付けても問題ないものを洗っていく。流し場は二人で立つには狭かった。調理道具を取ろうとすると手と手がぶつかる。最初は「おい」とか言ったり、肩を軽くぶつけたりなんかもしたが、数をこなしていくうちに「はい」とか「これやって」とか指示内容に変わっていた。


 食器を洗い終えてフレンチポテトを袋から取り出して食べてみると、食べやすい温度になっていた。洗い物を増やすのも体への負担を増やすことにしかならないので、ポリ袋から食器にポテトは移さず、袋に入ったまま食卓へ持っていく。俺とラクトは対面に座った。


「なんか飲む? 冷蔵庫にはコーヒーと野菜ジュースしかないと思うけど」

「コーヒーいでくれるか?」

「砂糖とクリームは?」

「無しで」

「……舌死んでない? 舌大丈夫?」

「おいおい、ブラックこそ至高なんだ。お子ちゃまには分からないだろうけどな」

「心配しただけじゃん! ブラック飲めないとは一言も言ってないっての!」

「じゃあ一気飲みするか? 熱いからちょっと冷ます時間が掛かるが――」

「冷ますとか、猫舌が許されるのは小学生まででしょ」

「は? 熱いのに反応するのは生体防御が正常に働いてる証拠だろ」


 ポテトをつまむ時は譲り合っているくせして口から出す言葉だけは尖っていた。その様子を偶然二階から降りてきたハイトが目撃する。最初は「暴力沙汰になるのでは」と恐る恐る様子を見ていたが、フレンチポテトを譲り合っている様子を見てほっこりして感情を抑えきれなくなったので、気づかれないよう台所へ入って満面の笑みで言い放った。


「喧嘩するほど仲良しなんですね」

「……」

「――」


 俺もラクトもポテトに向かわせていた手を自分の方へ引き、視線を下に向けた。ハイトは追い打ちをかけるようにニコニコしながら言う。


「私のことなんて気にせずにイチャイチャしてもらって構いませんのに。ふふふ、じゃあ五時半ぐらいにまた降りてきますね」


 義母が嵐のように短時間で大きな爪痕を残して去ると、リビングは静まり返った。自分達がしていたことを客観的な視点から、しかも身内に言われたのが恥ずかしくて、お互いに相手の目を見るので精一杯だった。少しして呼吸を整えてから俺が言う。


「と、とりあえずポテト食べようぜ?」

「そうだね……」


 会話はそこで終わった。フレンチポテトを食べる音だけが聞こえる。だが、おやつタイムはすぐに終わった。静寂の中ですることがそれしか無かったため、思った以上に早く終わってしまったのである。また照れて何も言えなくなって、という悪循環を終わらせようと二人とも意を決して口を開いた。


「なあ」「ねえ」

「……いいよ、先に言って」


 だが、同時に起こってしまったがゆえにまた悪循環への道が開かれてしまう。少し間を置いてラクトが譲ったので、俺は照れを隠そうと咳払いしてから話を始めた。


「気分転換に出かけないか?」

「散歩するってこと? 別にいいけど……見る場所ないよ?」

「お前の生まれ育った町を歩きたいだけなんだが」

「なんの変哲もない住宅街だよ? それに私、過去に色々やらかしてるから顔バレしてるかもしれないし」

「お前の悪事は俺のものだから気にすんな」

「……キザい」

「うっせ。元気づけてやってるだけだ。発言にキザさがあるのは認めるが」


 途中に気取ったような台詞を吐いたことで俺の心中にあった照れの感情が表に立たないようになったのは大きかった。会話がトントン拍子に進んでいった結果照れる暇もなくなり、二人はついに普段通りに戻ることに成功した。気持ちが穏やかになったラクトは、顔を綻ばして俺の提案に返答する。


「いいよ、五時半まで私がこの街をみっちり案内してあげる」

「決まりだな」

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