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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
五章 救出編《The dawn of new age》
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5-64 六年ぶりの我が家

 二人きりになって左隣を見るとラクトが下を向いていた。時折横を向くのは、視線を感じ取っているからなのだろう。彼女は恥ずかしそうに少し顔を赤らめている。何か悪いことをしたかなあ、と回想してみても思い当たる節はない。


「……あのさ」

「ん?」

「……やっぱ、なんでもない」


 ダメだ。俺に落ち度があるとしか思えない。でも、やっぱり思い当たる節はない。精霊や罪源と仲良く接したことは、俺としても褒められたことじゃないのは当然だと思っているし、ラクトが許さなければ必要だとしてもする気はない。前にラクトはその件で爆発したことがあった。もしかしたら、それが原因なのかもしれない。


「やっぱり、紫姫やサタンと仲良くしているのがマズイんだよな……?」

「それは別に……」

「じゃあ、何が問題なんだ?」

「……そんなの自分で考えたら――あ、ちがっ……」

「――俺のこと、本当は嫌いなのか?」


 俺は無心のまま淡々と言葉という弾丸を発射した。そうだ、やっぱり俺の本質はクズだったんだ。俺は嫌われるのが怖いだけで、「寡黙」なんて表現は綺麗事を並べて表現されているだけ。中学の時にひどい恋愛体験をして以来、無口で冷たくて何を考えているかわからないような根暗の陰キャラなんだ。もうそれを治せる時間は無いし、もうそれでいいんだ。俺はそういう運命なんだから。


 俺は魚雷処分を待つような艦艇のように死んだ目になっていった。何も考えられなかった。無心になっていった。まるで機械のようになった。心を持たなければ悲しむことも無いのに。生きることも死ぬことも老いることも病に伏すことも苦しいんだと初めて体感した。生まれてこなければ――。


「痛っ……」


 でも、俺という存在はまだ俺としてこの世界線上に形を留めていた。


「嫌いなわけないじゃん! 嫌いな人を心の底から心配できると思ってんの!? 生まれて初めて好きになった相手に何してあげたらいいかなんて全然分かんなくて、だから、色々と悩みこんで、自分何やってんだろうって思うこともあるけど、それは『好き』って気持ちが根底にあるからであって、ああもう何言ってんのかな、ハハハ……」


 俺は確かな意識を取り戻した。ラクトに揺さぶられて、大泣きされて、分けわからないことを言われて、それでようやく――いや、改めて彼女の本当の気持ちを知れた。ラクトは作り笑いして少し経ってから、冷静になったところで再び口を開いた。


「精霊や罪源とあまりにも親密に接するのはわりとイライラするし、さっきみたいに同性愛が疑われるぐらい親しそうにしてるのも結構ムカつく」

「それで怒ってたのか……」

「でも、なんていうか。過信だったら嫌だけど、私に親身になってくれてるのは確かだし、私の過去の大罪を受け入れてくれてるのも確かじゃん。自分の感情を押し殺しがちで外から見えづらいのは確かだけど」

「それはお前もだろ」

「それはまあ、そうだけど」


 壊れていた心が徐々に元通りに戻っていく。ラクトがイライラしていた理由が分かってスッキリしたのかもしれない。少し間が空いてお互い落ち着いたところで、「座ろ?」というラクトの誘いに乗って俺はその場に腰を下ろした。右隣に彼女が座る。お互いに座ると笑いながらラクトが話を切り出した。やっぱり、こいつはこういう時の気の配り方が神だと思う。


「てか、何か前もそんな話したよね」

「ああ、これからはお互いもっと感情表現してこうみたいなやつか」

「全然従ってないよね」

「当然だろ。バカップル全開にしたら回りの奴らが引くじゃねえか」

「お、照れてんの?」

「お前の方が照れやすいくせに」


 顔を近づけて彼女をじっと見つめてみると、ラクトは顔を赤くして視線を逸した。追加で頭を撫でると、ついに視線は下に向かった。彼女の目を追って覗き込むと、視線が合うやいなやラクトは右側を向く。いちいち反応が面白いので彼女が向いた方を顔で追っかけてみると、これが実に楽しかった。これが愉悦なのか……。


「このっ!」

「うがあああああっ、目が、目がァァァ!」

「……そんなに照れた表情が面白いの?」

「面白いっていうか、こういう時間がいつまでも続けばいいなあって思って」

「ばっ、とっ、突然恥ずかしいこと言うなっての!」


 本当にラクトは豊かな表情の持ち主だと思う。照れた顔も笑った顔も怒った顔も泣いた顔も、彼女だから見ていたい。そんな強い感情が俺の心の奥底にしっかりと根を張っていた。


「そんじゃ、そろっと帰るか」

「切り替え早っ! あれ、今『帰る』って聞こえたんだけど――」

「おう、帰るぞ。ラクトの家にな」

「Pardon?」

「だから、ラクトの家。お前の家に行くの。OK?」

「Why?」

「ホテル代も飲食費も馬鹿にならないからな。家事の手伝いは押しつけてもらっていいぞ」

「いやいやいや、私の家に来るって、ひえええええ!?」


 ラクトは全力で俺の考えを阻止しようとした。何か見られたくないものでもあるのだろう。そう思うと俄然やる気が湧いてきた。


「稔が泊まることに反対してるんじゃないんだけど――」

「けど?」

「私があの家を出てからもう六年以上だから、清潔さとかは保障できないよ?」


 義母のハイトさんは性奴隷として匿われていたし、義姉のカースさんはロパンリで水商売をしていた。カースさんはラクトの実家に戻ることが会ったかもしれないが、それでも彼女の話を聞くに実家は都市部にないだろう。実家と職場の距離がそれなりにあればアパートを借りているかもしれない。だが、それはそれで面白みのある話だと俺は感じた。


「清潔じゃなければ清潔にするまでだろ。みんなで協力して掃除して、一緒に飯食って、そんなのもたまには良くないか? のんびり平和でさ」

「疲れた後に外でバーベキューとかしたら楽しそうだね。――ライフライン死んでなければ」

「えっ……」

「お姉ちゃん、売りさばいてないといいな……」

「……だな」


 俺に見られたくないものがあるからでなく、そもそも泊まれるかどうか確認が取れないという理由でラクトは俺の考えを阻止しようとしていた。変なやる気を起こした自分がバカみたいに思えてくる。


「そんじゃ、ラクトの家の前までひとっ飛びするぞ」

「せめて売り捌かれていないことを祈って……」


 俺は少し強引にラクトの手を握ってテレポートを使用したが、彼女は全く照れる様子がなかった。生まれ育った場所が消えているかもしれない不安でそれどころではなかったのだ。



 エルダレア帝国の南部、ロパンリという大きな都市から東へ20キロほど向かった、田園風景の広がる典型的な地方都市のベットタウン。一時間に二本の電車が通る都市と過疎の間に位置するヴァリナットという駅のすぐ近く。俺が使用宣言をして着いたのは立派な一軒家の前だった。表札も問題ない。


「良かった、現存してた……」

「(歴史遺産か何か?)」


 赤煉瓦の屋根が特徴的な二階建ての家だった。ラクトの話によれば、彼女の父親の稼ぎはそう悪くなかったのことであるから、立派な白塗りの家を持っていても不思議に思うことは無い。ここで、消えているかもしれないという不安から開放されたラクトがあることに気づいた。


「あ。鍵持ってないじゃん」

「小屋とかに置いてないのか?」

「いや、まず門を越えれないし……」

「でも、やってみないとわからないだろ。誰かが帰ってるかもしれない」


 ラクトはそんなことないと思ってインターホンを押した。生まれ育った家のインターホンを押すのは、なんだか成長した感じがする。ピンポンという音とともに彼女の脳裏で郷愁の記憶が蘇った。そんな時に、インターホンからブツブツと音が聞こえてくる。


「あ、誰か出たぞ」

『あなたは確か――稔さんですよね?』

「はい、そうです」

『どうぞ入ってください。門も扉も鍵はかけてませんから』


 声の主はラクトの母、ハイトだった。許可をもらったところで、俺は門を開けて玄関へと続く石畳の道を進む。ラクトは俺の背中を追って進んだ。六年ぶりに赤髪が見た家の庭は、ところどころ変わったところもあったが、出ていった時とほとんど同じだった。


「お邪魔します」

「ただいまー」

「そんなにかしこまらないで、稔さんも『ただいま』でいいんですよ」

「そうは言っても初めて上がるわけで……」

「心配りは嬉しいわ。でも、じきに貴方の家になるんですから」

「お母さん!」


 ハイトはニコニコしながら二人を出迎える。帰ってきて早々に親類から攻撃を受け、ラクトはムスッとした顔で言った。俺は横で親子のやり取りを見ながら微笑む。同時に「これが六年も実家を離れたからこそ会得した距離感というものなのだろう」と学ぶ姿勢も働かせていた。


「突然の訪問で豪華な料理とかは出せませんけど、リクエストとかあれば受けますよ?」

「料理は私達で作るから、お母さんは休んでていいよ」

「成長したわねえ。家を出ていった時は料理スキル皆無だったのに」

「だ・か・ら!」

「キャー、こわーい! ふふ、じゃあ楽しみに待ってますね」


 ハイトは出迎えから退場まで笑顔を絶やさずに振る舞った。性奴隷として地下に匿われていた時は笑みを浮かべることがゼロだったことを踏まえると、よくここまで回復したものだと思う。


「今は――昼の三時半か。ちょっと早いかな?」

「こんなもんだろ。なんだかんだいって精霊達を風呂に浸からせておきたいし」

「確かに、みんなが全快するのとお風呂に入る時間は同じぐらいかもね」

「料理するのは俺ら二人だけだよな?」

「うん。うちのキッチンそんなに広くないから人多すぎても作業効率落ちるし」

「それもそうだな。ところで、エプロン借りていいか?」

「うん。そこに掛かってるの好きに選んで。サイズ合うかわかんないけど」


 掛かっていたエプロンはどれも質素なものだった。体に当てて合うか確認したところ、黒の無地だけが大丈夫そうだったので俺はそれを着用する。ラクトは白地に花柄があしらわれた可愛げなものを選んでいた。彼女は髪の毛が万一料理に入ないようにとエプロンのポケットからヘアゴムを取り出して髪を結ぶ。


「で。肝心の夕食の食材はどうなんだ?」

「自分で見ればいいじゃん。ああ、あれだけ私の家に行きたいって言っておきながら冷蔵庫も開けられないチキン野郎だったか」

「言わせておけば……」


 吐き捨てるように言うと、俺はドスドスとイライラを露わにしながら冷蔵庫の方へ進んでいった。気の配り方ではやはり敵わないと痛感しつつ、ガララと上段と中段を開けて野菜や肉類を確認する。一方のラクトは棚の中を見て調味料の類を確認していた。


「何作れそう?」

「そうだなあ……肉いっぱいあるし、回鍋肉ホイコーローとか中華料理はどうだ?」

「いいね。ご飯と味噌汁は付ける?」

「もちろん。白米と――そうだな、麸とわかめと豆腐の入った普通の味噌汁が飲みたい」

「でも、うちは白米よりも玄米食べることが多くてね。白米あるかな?」

「どっちでもいいからな? つか、飯と汁物はラクトに任せる」

「じゃ、任された!」

「おうよ」


 俺はラクトから料理道具や調味料という料理する上で欠かせないものが置いてある場所を聞いて中華料理を作り始めた。ラクトは封の開いた白米を見つけ、米粒を一升枡に掬い、それを少し大きめのボウルに移して米研ぎを始める。俺はまな板と包丁を洗い、冷蔵庫の中からキャベツなど野菜類を取り出して切り始めた。作業を進めながら完成した夕食の全体図を思い描く。

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