表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
五章 救出編《The dawn of new age》
454/474

5-62 覚醒

 バトルが始まってすぐ、稔は属性神が居た場所を中心にバリアを展開した。レアの魔法によって攻撃の妨げを防ごうと試みたのである。この異世界に来て既に一週間、詠唱を心の中で言うことも含め、もはや手慣れたものであった。その後、彼は属性神らがレアの猛攻を抑えつけている裏でイザナミと最終調整を行うことにした。


 プロメテウス、ガンガー、鳳凰、ティアマト、いずれも神話に登場する有名な柱様であるし、もちろん味方に含めた以上は四柱を信頼しないわけではない。しかし、「昨日の敵は今日の友」という考えを最も先に適用できたのは、やはり黒髪の祖国にも関わり深い国産みの女神であった。だが、頼りの綱は脆かった。


「始めに言っておきます。――我々は、貴方を護ることは出来ません」

「……なら、なぜ来たんだ? 怒りをレアにぶつけるためか?」

「いいえ。貴方が為、貴方の最終定理なやみこたえを持ってきたのです」

「答え……?」


 イザナミの含みを持たせた発言は、現実のものとなった。レアが左右に持っていた剣を交差させたことで発生した激しい振動がバリアを一瞬にして木端微塵に砕き、そして、中に居た火司神、水司神、緑司神、闇司神をぐちゃぐちゃにしたのである。それは言葉にするのが億劫になるような、大量破壊兵器による殺害跡にも等しい光景であった。その原型を留めていなかったのである。


 それはイザナミも例外ではなかった。バリアが破壊されるやいなや女神は稔の前に足を進め、彼を庇って激しい振動を一身に浴びた。ものの数秒で彼女の整った顔立ちは崩れ、老婆の様子を経て、二十秒後には屍に近い姿に成り果てた。消え行く中で、イザナミは惜しむように言葉を紡ぐ。


「前世、私は愛する人に裏切られました。だから、貴方のような愛する人が居る人にそういう目に遭って欲しくないし、なりかねない事態になっても踏ん張ってもらいたい。――貴方が大切にしている存在を思い起こしてください」


 神はその容姿かたちを徐々に徐々に薄め、相手から見えないように変化していった。神族ゴッデルトはそもそも『実在』しているわけではない。『擬態』しているのだ。何らかの物体に心を持った精神が宿り、そして命を持って行動を起こす。それは太陽だったり、月だったり、火だったり、水だったり、八百万やおよろずの展開が考えられる。だから、消えると言っても元の物体に戻るだけで、その精神は彷徨っていずれ何かにまた憑依するのだ。


 稔は、後ろに居るラクトを見た。召使として自分の元へやって来たたった一人の特別な存在は、いつも前向きで活動的で、自分の精神的な支えになってきていたのだなあ、と彼女の寝顔を見て彼はつくづくそう感じた。黒髪は深呼吸して息を整えた後で、目の前のただ一人の神を見る。


「ふっ、怖いのか? 相棒を失ったソロプレイヤーだもんな! ――ざまあねえな」

「ああ、そうだな。全ては俺の采配も誤りが原因だな」

「そうだと分かってるなら早く死ねよッ!」


 一瞬見せた相手を馬鹿にするような表情は、すぐに残忍な動物が化けの皮を被っているかのような顔に豹変した。同時に神は、先程同様に剣を交差させて大きな波動を起こす。強固な防御壁をもろともせず突き破っていく魔法に、生身では為す術が無いのは言うまでもなかった。しかし、彼は敗北を捨てていた。


「――同じ手は二度喰らわないぞ?」

「チッ……」


 稔は一瞬のうちにレアの背後に回り込み、一瞬の躊躇いもなく持っていた剣で獰猛な神を裂く。心を読む隙も防御する隙も与えない素早い黒髪の行動は、統一神に一泡吹かせるには十分過ぎた。女神の近くを離れた後で、稔は紫姫から授かった一枚のカードを取り出す。使用実例を見ていない方のカードだった。カードのどこを見ても説明文は書かれていなかったが、困難を突破することのみを見てしまっていた黒髪は、躊躇うこと無くそれに息を吹きかけた。


 刹那。稔は、自身の体がポカポカと温かくなっていくのを確かに感じた。少しすると、今度はまるで何かが自分に憑依しているかのような感覚を覚えた。そして、見に覚えのある感覚を背中に受けた刹那、黒髪は見ることの出来ない創造された存在が自分をアシストしているのだと確信した。そして、レアが反撃に出た瞬間。稔の意思に反して彼の口が詠唱の一節を刻んだ。


『正義を執行する!』

五焔一撃ブレイズ・ストライクッ!」


 咄嗟に稔の口から出たそれに続くべき言葉によって、詠唱が詠唱としての完成を迎える。彼はステッキを所持して居なかったが、その詠唱と魔法使用の宣言に伴って、確かにレアの心臓の真上に五つの桜の花弁が映し出されていた。すぐ後で、猛烈な焔の塊がその花弁が示す方向へ発射される。攻撃の後、紫姫が授けた二枚のうち一枚の効果を稔はしっかりと理解した。同時にイザナミの言葉を噛み砕き、また詠唱文を綴る。


「銀の桜を胸にして散華を宣言する! 光線煌輝レーザー・オブ・ティンクルッ!」


 目を開けていられないようなまばゆい光を前にしたレアは、そもそも備わっていた防衛本能を働かせて一般的な防御魔法を使用する。本来ならば魔法無効もお手の物なはずの統一神だが、紫姫に魔法を封印されたおかげで色々な面で妨害を受ける形となっていた。通常の防御を意図も簡単に破壊した光線は、レアの体の各部を痛めつける。女神は思わず苛立ちを声にした。


「非道野郎が……!」

「別に非道だろうが何だろうが構わない。お前は俺を殺す気で居るわけだしな」

「容赦はしねえってことか、――クズがッ!」


 それでもレアは剣を持ち続けた。一度敵と定めた相手を消し去るために攻撃を続けた。しかし、使用できる魔法が少ないことや火力の面でも効果の面でも劣っているということは、隠すことのできない紛れなき事実である。だが、紫姫の封印魔法にも限界があることも事実であった。レアは、その『限界』を狙っていた。そこまで耐えればこちらが攻勢に転じることができるはずだ、と金髪女神は確信していた。


 一方の稔も、このままでは負かされるという考えへと徐々に変化してきていた。レアがあまりにタフで負けを認めようとしないところに何か裏で考えていることがあるのだろうと気づいたのである。考え始めて少しして、彼はその思惑を――この女神は紫姫の置き土産が無くなり次第行動に出るのだという希望を見捨てることのない考えを見抜いた。


「誇るは桜、今、散華するとき! 絶対零度アブソリュート・ゼロ!」


 一瞬の隙や攻防関係の変化が時に命取りとなるのは重々承知の上。それでも、稔は運に懸けて一撃必殺魔法を行使した。命中確率は四十パーセント。計算の上では五回撃てば二回当たることになっている。


「ああああああああッ!」


 レアは自棄になっていた。彼女は一撃必殺魔法の使用宣言を聞いても決してひるまず、それどころか攻撃は最大の防御という格言を体現するかのごとき猛スピードで剣を持って稔の方に向かってくる。しかも例の何もかも破壊してしまうような途轍とてつもない力を持ち合わせた魔法の波動を生み出すそうと、剣を左右に何度も交差させていた。


「これは流石に……」


 稔は飛んでくる波動を躱すのが精一杯だった。一撃必殺魔法が失敗に終わり、理性を忘れたレアを前に防御一辺倒にならざるを得なかったのである。黒髪は何重にもバリアを展開して四方に鉄壁の守りを構築したが、属性神らを掃討するほどの威力を前にして、「貼った後に攻撃を一度受けたら壊れる」という例しか得られなかった。そして、狂神の猛攻が奇跡を呼んだ。


「これで終わりだァァァ!」


 紫姫の置き土産、すなわち「空冷消除マギア・イレイジャー」の効果が解けたのである。魔法を封印していた鎖が無くなり、いよいよ稔は窮地に立たされることになった。しかし、だからといって敗北が確定するわけではないと彼は考えていた。そして、勝利するために必要な手段を考える。ぱっと浮かんだのは紫姫の魔法に頼るという方法だった。


「空冷消除!」


 配下の召使、精霊、罪源の魔法を使用することが出来るという主人の特権をかざし、稔は魔法使用の宣言を行う。その後で、一撃必殺魔法を使った時よりも効果が生まれるようにと彼は強く願った。しかしその願い虚しく、運命はレアの味方をした。波動を打ち消すことが出来なかったがゆえに、稔は言葉にすることのできない痛みを味わうこととなる。


「う……ぐ……!」


 腹部を見ると生温かな紅色の液体が溢れ出ていた。簡単に止血できない量の血液が手に伝わる。「俺はこのまま死んでしまうのだろうか」とか「異世界でも俺という存在をなくしてしまうのか」と、迫り来る死を前に、準備のできていなかった稔はついにその内心の動揺を露わにした。ふと痛みを堪えて前方を見ると、レアは五人の属性神を葬り去った時と同じ顔をしていた。


「――挑戦失敗(ゲームオーバー)だ」


 レアが勝利を確信した時、稔をアシストする目に見えぬ存在がまたも黒髪に助言を与えた。先程と同様、一から十まで全て教えてくれたわけではない。声の主は、短く『諦めるな。あらゆるものを駆使せよ』とだけ言い残して去っていった。同頃、剣を構えていたレアは不審に思って少し稔から離れた。


「……なんだ?」


 その後は、心なしかいつもよりも体が軽く感じられた。もはやどうすることも出来ない自分の運命を、せめて自分の愛する人の為に捧げよう。小さな希望を捨てないでこの戦いを勝利で終わらせよう――。そんな願いと誓いと精一杯の勇気を込めて、稔はカードに息を吹きかけた。刹那、彼の脳内でカウントダウンが始まる。黒髪は柄をぎゅっと握るやいなや、剣を持って先程のレアのように前方へ猛進した。


「はああああああッ!」


 五九、五八、五七、五六――。

 剣と剣が当たり、刃と刃が接触した際に発せられる独特のキン、キン、という金属音が鳴る。稔の剣を包む紫の光は徐々に黒く染まっていた。俊敏な動きを見せる黒髪を前に、統一神は魔法の無効化を行うことが出来なかった。圧倒的に優位なはずなのに、隙を突こうとしていると逆にやられる可能性が有ったのだ。


「はあああッ!」


 四九、四八、四七、四六――。

 時間を追うごとに火力が上昇していくのと同時に、稔の中の召使、精霊、罪源に対する感謝の気持ちも大きくなっていった。そして、一週間の思い出が走馬灯のように鮮やかに蘇っていく。積もりに積もった感情を抑えきれなくなり、黒髪はレアに対して剣を振りかざしながら、ついに思いの丈をぶちまけた。


「エーストは、うちじゃ最も新参だったのに一生懸命になってくれてありがとう」


 茶髪精霊の様子を振り返りながら、剣を一度振る度に読点までの一節を込めて思いを綴っていく。本当は魂石に向かって話しかけたかったが、そんな余裕は無きに等しかった。もし願いが叶うなら面と向かって感謝の気持ちを告げたいものだと痛感する。


「アイテイルは、最初ムスッとしていて何を考えているのか分からなかったが、お前があの時思っていることを口にしなかったら、今俺は――いや、俺達はここに居ない。皆のために色々とありがとう」


 銀髪精霊との出会いを思い起こし、また昨夜の件についても触れて感謝の思いを吐く。調査の時に協力してくれたことなど、まだまだ感謝したいことは沢山あった。


「サタンは、俺の大切な盟友だった。皆のことを見ながら総合的なサポートをしてくれた。お前なしには俺らのパーティーは語れない。本当にありがとう」


 一緒に行動しているメンバーの中では唯一の罪源であるがゆえ、最も汎用性の高い魔法を持っているがゆえ、もしかしたらサタンはパーティーで一番の苦労人なのかもしれない。稔は最凶の少女の様子を思い出しつつ、ありがとうを書き連ねる。


「紫姫は、かけがえのない戦友だった。俺の指示に歯向かわず、かつ適当なアドバイスをくれた。無謀な作戦にも付いてきてくれてありがとう。今度誰かに仕える時は、もっと感情表現しろよ?」


 一番最初に仲間になった紫姫には、自らを棚に上げて「お前が言うな」的なアドバイスを混ぜ、稔は感謝の気持ちを伝える。純情な恋心を踏みにじったことを謝罪しようかと思ったが、それはこの場に相応しくない。一生言えなくなるかもしれないなんてことは考えずに、稔は謝罪を先送りにした。


終焉ノ剣(ラスト・セイバー)!」


 渾身の一発を、稔はレアの心臓部に命中させた。紫姫に向けた感謝の言葉が止んだ時にカウントダウンが残り五秒まで来ていたことにより、黒髪は上手い具合に通常と比べて十倍の火力の攻撃を統一神に与えることに成功した。相手方が何度も何度も高火力の攻撃を受けてきて疲弊していたというのも大きかった。


 もはや世界を統治しらす神といえども太刀打ちできず、彼女はこの世から消えるのだと認識して最後は防御していなかった。激しい痛みと留まることのない血を見ながら、レアは地面に倒れた。一方で、黒髪が力の全てを使い果たしたのも事実である。稔は魔法の効果が切れた途端、自分で立つことができなくなると、レアを後追いするようにその場に倒れた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ