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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
五章 救出編《The dawn of new age》
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5-59 最凶罪源サタン

「どうして断言出来るんだ?」

「知らないなら教えてあげよう。回復の薬(ハイルリン)は、服用してから五分以内に飲むと副作用を引き起こすんだ。でも、君達はそれを知らなかった」

「瓶に書いてあるわけでもない情報で決めつけるなんて、面白いことするんだね」

「面白いことを言うのは君達のほうだよ。正規品には『副作用』の欄を設けて書かれている話なんだから」


 ラクトはニコル経由で貰った回復の薬の瓶に書いてある情報を解読してそっくりそのまま複製した。だから、彼女が作った方の薬瓶にも詳細説明欄が貼り付けられていたし一言一句変えていない。もしレアの話が正しければ、パチモンをコピーして使っていたことになる。プラシーボ効果ということで終わればいいが、口に含み臓器に到達した錠剤が何かをしでかすことになったら一大事だ。


「でも、副作用で死ぬことはない。暴走することはあってもね」

「暴走……?」

「うっ、右……手がッ……うっ、ぐっ……」


 彼の臓器に異変はなかったが、レアの説明の直後に稔の魔法陣が赤く光り始めた。彼は削られゆくHPを見ながら痛みを堪えたが、その際体力というよりは魔力が吸い取られているような感じであった。ラクトが黒髪の後方に回って背中を擦ったりするが、一向に魔法陣の光が止まる気配はない。


 同じ頃、そこへ霧の中をやっとの思いで進んできたエーストがやってきた。精霊のHPゲージは赤色で示されていることから、ヴァルキューレを余裕で倒したわけではなかったことは一目瞭然だった。稔は倒れるまで戦い続けろとはさすがに言えず、魂石に戻ろうとするエーストをそのまま見ているだけだった。


 エーストは魂石に戻ると治癒行動を開始した。時を同じくして魔法陣の赤い光が一時的に消える。再びパッと魔法陣が照らされた時、稔の目の前にはレアによって抑えつけられていたはずのサタンが出現していた。HPはなお減少を続け、黒髪も赤髪も絶望的な状況を打開することを最凶の罪源に託そうとする。そんな時にレアが笑いながら言った。


「良かったじゃないか。君達が使った回復の薬はパチモノじゃない。これで安心だ」

「よくもまあ、そんな冷酷なことが言えますね」

「おいおい、教えてもらっておいてその口の利き方はないだろう?」


 サタンは怒りを抑制しながらレアに喧嘩をふっかける。罪源のエネルギーは、彼氏を傷つけられたラクトの怒りを元としていた。本来なら赤髪が爆発させていたかもしれない怒りのエネルギーを盗み、自らの魔法の火力の底上げに繋げていたのである。それがゆえ、ラクトは稔とはまた違った意味合い(ベクトル)でバトルに参加することが出来ずに居た。


「有用な情報を提供して頂いたことにはこれ以上ない感謝をしても、それはそれです。先輩をいたぶらせる気がなければ、貴方はもっと早く忠告できていたわけですし」

「おいおい、少し先走りすぎやしないか? 私が『ふと思い出した』ということもありうるだろう?」

「今まで貴方が繰り返してきた私達を見下した一連の発言を照らし合わせれば、突発的に副作用の件を思い出したと考えることは難しいと思いますが」

「告白者の発言を無視するとは、実に独裁的な悪女だね」

「悪女で結構です。私は最凶の悪魔の名を借りている身ですので」


 サタンは口角を上げながら言った。完全にレアを舐め腐っていた。その発言の刹那、レアは一瞬でサタンの目の前に移動し、彼女の喉の今にも当たりそうな位置に作り出した剣を突き刺した。そして、瞳のハイライトを失った状態で、しかも女声とは思えぬ低い声で言う。


「……んなこたぁ知ってんだ。てめえに返さなきゃいけねえ借りがあることもな」


 サタンとレアは以前戦ったことが有るというわけではないが、レアの夫であるクロノスとサタンは以前対戦したことがあり、そしてその戦いで今の統一神の夫は敗北している。その結末こそが、レアのいうところの「借り」であった。


「ようやく本性を表しましたか。地母神とは思えない狂犬のような表情ですね」

「ハハハ、ボクは犬以下かい」

「夫を失った辛さを知っている妻なら、彼氏が傷つけられて傷心する彼女の気持ちを分かって当然だと思ったんですけどね。そこに神が神であり人でない所以が垣間見えますね」

「……何が言いたい?」

「ーー心読むくらい悪魔は朝飯前なのに出来ねえのか、この年増ババアは」


 サタンは稔らに向ける優しそうな表情とは程遠い顔芸と誤解されかねないような酷い形相を浮かばせ、今にも破裂しそうな火薬が爆発するよう誘導した。流石は悪魔、統一神に一泡吹かせる発言だった。これが原因となり、人格攻撃を受けたレアは、溜まりに溜まった心の中の苛立ちを爆発させる。


「死んでしまえッ! このクソ悪魔がッ!」


 そのでかい乳房を大いに揺らすと、レアは相手に100%ダメージを与える魔法を使用した。だが、紫髪罪源のHPは減少という言葉を知らなかった。ゲージは緑色のまま、しかも満タン状態からピクリとも動いていない。


「バーーーカ! 年増ババアの魔法なんざ全部コピー済みなんだよ!」


 そこに先輩を慕う後輩のテンプレのようなサタンは居なかった。精霊が悪魔デビル化した時とは比べ物にならない本物の悪魔の堕落であった。しかし悪魔が堕ちるからこそ、サタンは真の悪魔として悪魔らしい行動を取ることが出来ていた。どう見ても正気の沙汰とは思えない言葉に出来ないような崩壊した形相を浮かばせながら、敵を煽る。


「(まさか、攻撃力が六分の一にされたってこと……? いや、それでも100%の6分の1だから16%程度はHPが減るはず……。なら、なぜーー?)」


 煽りを無視することでそれによるダメージも受けていなかったが、レアは、それよりもなにも100%ダメージ攻撃という一発で敵をK.O.できる大技を使ったのにも関わらず、HPを一切減らしていないサタンの手腕が気になって気になって仕方がなかった。


「お前、それでもこの世界の統一神か? 私は『お前の魔法を全部コピー』したとは言ったが、『他の奴の魔法をコピーしていない』なんて一言も言ってないぜ?」

「こいつ……」


 攻撃を防ぐことが出来た理由は、稔の防御魔法を用いたことにあった。もっとも、これまでの防御魔法の効果が発揮された際の場面を考えて、100%ダメージによる影響が一切ないとは予想もしなかったので、サタンも結果には驚いていたが。何はともあれ、紫髪罪源としては賭けに出て勝ったわけで、心の中の動揺を隠しながら今まで以上に強気で煽っていく。


「おっと。まさか逃げたりなんかしないよな? ーー部下に戦闘を強要しておいて」


 レアはサタンによる攻撃を受けて防御をしっかりしようと考え、ならば敵から見えないようにすればいいと思ってすぐに透明化魔法を行使した。しかし、そんなことはサタンにとってみれば朝飯前のこと。彼女はニヤケ顔を浮かばせながら言う。レアは強く右手の拳を握った。


「『逃げるは無し』なら『敵を増やす』は大丈夫なんだね?」

「そんなことぐらいお見通しですよ。貴方は自信満々に言ってますけど」

「……その発言をしたこと、後で後悔させてやるから覚悟しておくといい」

「いやあ、頭痛が痛いですね!」


 レアをイライラさせることでサタンはどんどんと自身の魔法の火力を高め、また自身の保有する魔力量を増やしていく。そのうち、紫髪罪源はレアを完全に自らの手のひらの上に乗せることが出来たと考えた。しかし、まだ時期尚早。そこは統一神、今度はレアがサタンに一泡吹かせた。


 募るイライラを物質形成の原動力に変え、レアは白龍と黒龍それぞれのHPゲージを二本追加したのである。しかも追加分には鎖が設定されており、一本目のHPゲージを削りきらないとどうにもならない。数々の戦いを見てきたサタンでも、HPゲージ三本の敵を見るのは初めてであった。ゆえに、二龍を無視してレアを倒すことだけに専念しようと思うのだが、それまで影の薄かった黒と白の龍がレアによる手助けを受けて活発に行動を始めたために、その案は強制的に却下となってしまう。


「全く。本当に、ーー頭痛が痛いですねッ!」


 サタンは嘆息を挟み、最後は吐き捨てるように言った。やることは決まっていた。ただ、交互にレアによる100%ダメージ攻撃を行うだけである。それだけで二体の龍は倒れる。理論上、彼らは攻撃することなくその場に倒れ、そしてこちらはノーダメージでレアを倒す段階を迎えられるのだ。サタンは唾を呑み、確信の度合いを確かめる。だが、いけると思ってレアの心の中を読まなかったのが不幸を呼んだ。


「え……?」


 サタンは口を開き、自分のしていたことは妄信に過ぎなかったと知った。一本目のゲージを消し去った刹那、黒龍に向けて放った攻撃が無効化されたのである。防御と同じ意味合いで一発だけ封じるならまだ軽症で済んだのだが、繰り返し撃っても何も起きないのを見れば、数々の戦いを経てきたサタンにかかれば一定期間特定の魔法を封印する効果を持った魔法を使われたということに気づくことなどお手の物であった。


 劣勢に近づいてきたものの、依然としてサタンは強気であった。特別魔法や詠唱魔法を封印する場合は何か一つの魔法の効果に焦点を当てる場合が多く、魔法の使用それ自体には向け道が存在するからだ。転用すれば防げるどころか強化される可能性だってありうる。サタンは転用の案を考えるやいなや実行してみた。


「(発動、しない……)」


 しかし、サタンはまだ絶望というスクリーンに視線を移さない。どうせ特別魔法の使用が封印されただけだろう、と思って甘く見ていたのである。ゆえに「詠唱魔法なら回避できる」という考えに至り、彼女は詠唱を実行した。しかしその刹那、これまでの生涯で経験したことのない酷い吐き気がサタンを襲った。少女は思わず口に手を当てる。酸の味がした。何らかの物質が外の世界を目指して移動を始めているのが分かる。


「主人の魔力を吸い取った癖に無様に負け様を晒すんだね。ーーザマァみろ!」


 魔法を転用すれば回避できるかもしれないと思っていたサタンだったが、そのあった浅はかな考えは一瞬にして崩れ去った。吐き気を抑えるのに必死のサタンと、どうしてくれようかと思って口角を上げるレア。戦況の優劣は明らかであった。


 命令系統の無視と自身の思いの高まりを許したがゆえに失ったアイテイル。相手の掲げた騎士道精神に乗じることを優先し多大な損傷を負い戦線から離脱したエースト。そして、サタンが魔力及び体力を吸収したがゆえに機能停止に似た状況に陥った稔とラクト。もはや頼みの綱は、今この場に居ない紫姫ただ一人である。作戦計画の崩壊を理由に自主行動を命じたこと、そして仲間や敵の感情を優先したことが引き起こしたのは言うまでもない。


「魔法が使えなければ、詠唱が出来なければ、お前はただの無力な女悪魔なんだよ! 地位も名誉も今は関係ないしな! 売られたところでボクはどうにも出来ないからな! ーーてめえは今日からザコアマだ!」

「うぐっ……」


 体が疲れているのか、それとも魔法の効果なのか。サタンには判別することすら難しくなっていた。圧倒的な劣勢を前に精神系統が乱れた彼女には、もはや憤怒の罪を司れるほどの精神などない。精霊のように悪魔デビル化することで精神と肉体を分離させることは、そもそも悪魔であるサタンには不可能な業だ。レアの言うとおりであった。


 HPは六割を割っている。神による攻撃は悪魔からすれば即死級も良いところ。最凶の罪源だからこそ統一神の高火力攻撃を前に耐久することが出来たが、レアの顔の移ろいを見れば、金髪のボクっ娘が本気を出していないのは一目瞭然であった。神は、表情も行動も狂人サイコパスに近づいていく。


「うんとかすんとか言ってみたらどうだ、あァ? それでも悪魔最凶かよ」


 レアは、悪魔が抵抗不可能なのを良いことに物理攻撃を始めた。もはやHPの削り合いなどそこにはない。そこにあったのは、一方的なイライラ解消の為の暴力であった。レアはサタンの顔を破壊する気で足をそこに落とす。出血しても神は攻撃を止めない。HPはさほど減っていない。だが確実に、サタンが負った傷は魔法行使の場合よりも酷かった。


「話すら出来ねえのかよ。もうそこらのゴミ同然だな。動くことも出来ない廃棄待ちのゴミ同然だなァ! ……ん?」


 レアがサタンのことをまるでサッカーボールのごとく蹴ろうとした時、稔が身につけていた魂石が光を帯びた。怖気づくこともなかったのでレアによるキックは未遂にならず実行されてしまったが、むしろその方が魂石から現れた者にとっては好都合であった。


「貴様は、その悪魔を殺したいのか?」

「当然だろう。悪魔を殺したくない神なんていないよ。たとえ温厚でも内心は違う」

「酷い話だな。敵の私欲でこんな無残な姿を晒さなければいけないなんて」

「おいおい、面白いことを言うじゃないか。ーー『敵』だなんて」


 レアは姿を消すやいなや紫髪少女の目の前に姿を現した。しかし、彼女は動じない。拳銃を喉に当てられても口を閉ざしたまま冷徹であり続けた。身長的に相手に視線を落とすことは出来ないが、相手の心を揺さぶることは出来た。サタンが煽りに煽ったことで冷静になれないでいたレアは、苛立ちを押し殺すこと無く、むしろ引き金を引くことで具体化する。


 威嚇と把握してなお煽る相手に対し、レアはダメージを与えられると思っていた。引き金の操作はいつもよりも軽い。だが、銃弾は発射されなかった。二発目までは紫髪少女と動揺に感情を抑えていたが、焦りから引き金を引く回数が増えるにつれてベールが剥がされていく。カチャカチャと何度も音を立ててから、舌打ちをして神は拳銃を廃棄した。


「怒りに任せて自ら提示した規定を破るのは笑えない冗談だ」

「君こそ笑えない冗談を言うなあ。ルールは破るために存在しているんだぞ」

「それなら、さっさと管理者権限で我らを強制的に敗北させたらどうだ?」


 レアは眉間や口角をピクッと震わせた。これは管理者権限がそこまで及んでいないことを把握していたがゆえに行われたことで、紫髪少女は、やりたくてもやれないというフラストレーションの蓄積が行われたと判断し心の中でガッツポーズをする。


「ああ、出来ないのだな。だから物理的に負かせようとーー」


 別に強力な煽り砲というわけではない。バトルの勝敗を操作することは出来ません、と考えればいいだけのことである。そこに「自らの力が不足しているから」とか、こじつけの理由で相手への苛立ちを募らせるような考え方を付け足さなければ、煽られてもそんな大きなことにはならない。


 レアは認めるのが嫌だったゆえ、それなら敵の口を塞いでしまえと考えて100%ダメージ攻撃を実行した。防御魔法が無ければどうにもならない攻撃であるが、本来そうなるはずの紫髪少女はこれを容易く防いでしまう。彼女の右人差し指と中指の間には薄くて硬い紫色の光を放つカードが挟まれていた。紫髪少女が息を吹きかけると、カードは結晶が砕けるような音とエフェクトを上げ、紙片のごとくその場に散る。


「え……?」


 それはレアが散らかった物体に目を取られている隙に起きた一瞬の出来事だった。紫髪少女によってサタンの体が回収されていたのである。しかも、ついさっきまで絶望によって立つことすらままならなかったにも関わらず、紫髪同士で会話をしていた。またサタンの左上から情報を得て、HPや魔力はそのままに罪源が初めから持っていた身体能力だけが回復しているということも知る。


「なんて奴だ……」

「そういや、名乗っていなかったな」


 短い方の紫髪少女はレアが独り言としてその言葉を発したと分かっていたが、自らの余裕っぷりを示すために自らの名を口にする。


「我は紫姫、貴様の敵だ。悪魔ではなく精霊だがな」

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