表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
五章 救出編《The dawn of new age》
449/474

5-57 統一神・レア 【中】

「(また私は、稔さんに、マスターに迷惑をかけてしまうの?)」


 アイテイルの姿を見失って途方に暮れる稔とサタンの顔を見て、銀髪精霊は自らに問いかけた。二人がどうすればいいのかわからないように、彼女だってどうすればいいのかわからなかった。指パッチンの音は至近距離から聞こえたが、その音の主の姿は見えないし、そもそも透明化している神を相手にどう戦えばいいのかなんて作戦会議で議論になっていない。あれだけ順調だった計画が、破綻していた。


 でも、それを破綻させたのは勝手に動いた私以外の誰でもない。今私が追い詰められているのは、自分のせいなんだ。泣き叫んで皆と一緒にいたいってわがままを押し通して、自らの未熟な精神を晒して、それでいて私は仲間に助けを求めている。こんな自分はーー嫌だ。


 嫌だ。嫌だ。嫌だ。もうマスターに迷惑をかけたくなんてない。だからーー。


「目の前に映る光の輝きは勝利の栄光。光を作り出すことはすなわち勝利を生むこと。風を起こすことは勝利を手にすること。今こそ風と光をこの手で作り出し、銀の翼を勝利色に染めん。第六精霊、銀の桜を胸にして散華を宣言する!」


 久しぶりに行った正式な詠唱によって記憶が蘇っていく。かつての私は戦闘員達を殺すために運んでいたようなものだった。勝ち目もないのに敵陣に突っ込んでいく役目を負わされた彼らは、みんな私について語っていた。「お前も一緒に海に消えるんだよな?」なんて、そんな悲しい台詞を笑いながら言った今のマスターより若い青年も居た。


 でも、私はただの機械だった。悲運な結末を回避させる術は私になかった。心なんて無かった。一緒にいたいと思える人なんていなかった。だから、今のこの幸せな環境から追い出されるのが凄く怖いんだ。仲間が居るから、ちょっとくらい甘えてもいいかって思ってしまうんだ。ーー元々は、孤高の存在だったのに。


「ここでチェックメイトだね、アイテイル……」


 アイテイルの姿を見えなくさせた張本人の声が聞こえた。そして、そのすぐ後で女神は稔とサタンに喰らわしたのと同じ魔法を使用する。銀髪は全身に大きなダメージを受ける。光線によって相手の各部に攻撃を仕掛けたのが仇となった形だった。しかも六倍返し。無言詠唱によってほんの少し威力が落ちているとはいえ、詠唱魔法の火力は凄まじかった。


 けれど、アイテイルは倒れなかった。HPゲージはわずか数ミリ見える程度に減少している。数値でいえば銀髪精霊の残りHPは1だ。だが、0と1では生と死の差がある。幸い反撃に付加効果はない。HPが1残っているだけでも逆転のチャンスは十分にあった。


「そうやって精霊同士が傷つけ合うのを見て笑っていたんですね」

「なんて人聞きの悪いことを言うんだ。笑うもなにも、見ることについてはお互いを傷つけ合うのが精霊の仕事で、それを監督するのが私達の仕事なんだから仕方ないだろう」

「あんな生産性の欠片もない行為を監督する仕事なんて不要ですよ!」

「それが我が国の伝統であり文化なんだ。そして、観衆達はそれで盛り上がる。ーー哀れなマスターが死にゆく無様な姿を見てね」


 アイテイルの怒りはついに頂点に達し、持てる最後の力全てをぶつける覚悟でレアの元へ向かう。幾度も求めてきた願いの根幹を知ったことによる怒りは、彼女に馬鹿力を与えた。しかし、そんな銀髪精霊よりも早く動いた者が居た。


「うっ……」


 アイテイルの魂石を経由して、稔はバリアも展開せずにレアの背後へ向かった。着くと間もなく統一神の首に手を回して気道を圧迫する。レアはすぐに抵抗を開始したが、サタンによる一時的な魔法封印を受けているため何も出来ない。片目を瞑り歯を食いしばり必死に抵抗する中で、彼女は次第に息が荒げ始める。稔の腕をトントンと叩き始める。だが、黒髪は応じない。


「てめえのクソ加減には呆れたぞ、統一神。だから、俺らが勝ってぶっ壊してやるよ。そんな腐った国も文化も伝統もな。そのためにもまずは、ーーお前にくたばってもらうッ!」


 いよいよ顔が青ざめてきたところで、稔は「六方向砲弾アーティレリー・シックス」を一方向ーーそれもレアの心臓に向かって発射した。言葉にならない苦痛を味わう数秒前に黒髪は統一神を開放したが、女神は動くこともままならずに稔の攻撃を食らう。HPの減少スピードは凄まじく速い。HPゲージの色はわずか三秒のうちに緑から黄、そして黄から赤へと変化していった。でも、その攻撃だけでHPは0にならなかった。


「この人殺し野郎が! 恥を知れ!」


 稔の攻撃によるダメージでレアのHPは残り3%くらいまで減少した。統一神はこの一撃によって大いに怒って、本気で稔達を追い払うことにする。そのための第一段階が反撃だった。だが、今のレアは稔に六倍返し攻撃をする気がない。女神は反撃の対象者をアイテイルとし、首絞めも再現の対象に含めて特別魔法を使用する。


 そうとは知らず、稔はレアは自分に対して怒ったのだろうと思って慣れた手つきで防御魔法を展開した。しかし、黒髪がそうしたところで統一神が見せた笑顔をきっかけに、サタンが本当の狙いが異なることを理解する。同じ頃、下で上空の様子を見ていたラクトも罪源同様にレアの本当の狙いを見抜いた。でも、今度もあと少しだけ時間が足らなかった。


「相手の狙いは先輩じゃない!」

「嘘だろ……」

「哀れな精霊の死に様を見せつけてやれ、アイテイル」


 レアはそう言って透明化魔法の効果を消し去った。一方の稔は、アイテイルの姿が見えた刹那、魂石を経由して銀髪精霊の居る方へ向かった。ラクトから回復の薬を受け取って配達し飲ませるという考えも持っていたが、精霊が少しでもHPを残してレアによる攻撃から逃れられるように仕組むことが最優先だと考え、HPの回復なんていう避難させた後でも出来ることは後回しにする。


 だが、稔が何をしようともう勝負は着いていた。既にHPゲージが消えていたのである。だが、不思議なことに精霊はその場から消えていない。それどころかアイテイルはレアによる惨たらしい拷問の被害にあっていた。彼女は戦闘から離脱したことになっていたから、ただ目を瞑るだけで涙を流すことも反射的に声を漏らすこともない。


「ああ、実に素晴らしい肉体だ! 壊しがいがある!」


 稔もサタンもラクトもエーストも全員がその発言を受けて耳を疑った。そして皆が、「レアはアイテイルを殺す気でいるんじゃないだろうか」という、合っていて欲しくない予想をしてしまう。初めは「まさか」と思っていた稔達だったが、アイテイルが吐血したのを見て、皆の予感は確信に変わった。


「ボクはもう容赦しないよ。なにせ、統一神の座を懸けているんだからね」

「だからって、もう既に戦線から離脱したやつを痛めつける必要はないだろ!」


 最終決戦は敵を殺したら勝利というルールではない。五人の属性神らが言ったようにHPを用いて争われる。だから本物の死は最終決戦にない。一方で物理攻撃を禁止する旨の書かれた項目もない。オーバーキルは規定上問題ないものとされていた。それを知っていたがゆえ、レアは嘆息を吐くと見下すような目で稔を見ながら言う。


「ボクを殺そうとしたのは紛れもない君じゃないか。他者を殺していいのは自分や仲間が殺されることを覚悟している奴だけだ。最初から物理攻撃なんてしなければ、アイテイルが必要以上に傷つくこともなかったのに、君はなんて白痴で無能なマスターなんだ。ああ、君の配下の者達が哀れで仕方がない!」

「(アイテイルが傷ついたのは俺のせい、なのか……?)」


 稔はアイテイルが休養している魂石に触れた。そして、募った申し訳無さを謝罪の言葉で開放する。謝り始めて十秒位が経った頃、黒髪の弾丸謝罪を遮るかのようにアイテイルは稔の脳内に直接話しかけた。銀髪精霊曰く、魂石に触れながら話しかけることで実現できることらしい。アイテイルはそのまま話を続け、稔のことを慰める。


『稔さん、そんなに落ち込まないで下さい。そもそも私がHPを0にした最大の要因は、私が無謀な賭けに出たことなんですから。マスターが物理攻撃に及んだことは、最終的には私を痛めつける結果になったかもしれませんけど、そんなのはレアさんの一存じゃないですか。今回は私が最も弱っていたから狙われましたが、他に弱っている方が居たら、その方が狙われていたかもしれない。私が戦線を離脱することになったことに、稔さんが謝る必要はなんらありません。そんな生産性のないことよりも、私の分まで戦うことを約束してください』


 黒髪は心の中で「わかった」と返答した。『お願いしますよ?』とさらにアイテイルに念を押されたので、今度は「なら、お前は早く回復することを約束しろ」と言う。その後アイテイルが『もちろんです』と答えたのを最後に、脳内での黒髪と銀髪の会話は終わった。稔は魂石から手を離し、咳払いしてレアの方を向く。


「懺悔は済んだかい?」

「おう。それはそれとして……、レアはなんで笑ってるんだ?」

「これから貴方の無様な姿が見れるんだからね。笑ってしまうよ」

「俺は、レアの余裕がどこから湧いてくるのか気になるが、何か根拠があるのか?」

「もちろんさ」


 レアはそう言って右の親指と人差し指を擦り合わせた。それは彼女が強力な魔法を使うサインである。統一神はこれまでと同様に使用する魔法名を口にすること無く、微笑しながら魔法の効果を適用した。不用意に行動を取れば返り討ちに遭うと理解した稔達は様子を見守るだけで、誰一人として隙を突いて攻撃するなど積極的な行動をしない。その間、女神の背後には黒いシルエットが凄まじいスピードで生成されていた。


 再びレアが指パッチンしたのを合図に、たった一瞬で黒一色だった形成物が彩やかな色を手に入れる。それらを見て、稔とラクトはピンと来るものがあった。最初はなぜそう思ったのか不明だったが、用意された待機部屋でやっていたゲームに登場してきた奴らに酷似していたから、という理由に辿り着くまでにそう多くの時間は必要なかった。


 稔はサタンを連れてラクト達の居る場所へ移動した。そして、黒髪は飛行能力を有するモンスターの少なさを理由に上空で戦闘するのをサタンのみとすること、他三人で残りのモンスターを叩くことを確認する。稔達の準備が整ったところで、レアは深呼吸した後に言った。


「準備が出来たなら始めよう。ボクらとキミらの最高に楽しい殺し合い(ゲーム)をーー」


 レアが笑ったのと同時に、稔は終焉の剣を作り出し、ラクトはステッキを作り、エーストは艤装を展開する。そして、ドラゴンが火を噴いたのを合図に戦闘が始まった。稔は深呼吸してモンスター達の中へと駆けていく。モンスター達も三人の方へ移動を始めた。サタンは上空へ飛び立って飛行能力を有するモンスターの討伐を開始する。


 稔は雑魚敵に関しては効率化を図るために「六方向砲弾」も用いたが、基本的には右手に持った一つの剣だけでモンスターを討伐していった。サタンは、黒髪と赤髪の魔法を複製して効率的に使用しながら上空での戦いを上手く攻略していく。ラクトは、「五焔一撃(ブレイズ・ストライク)」を軸に戦っていたが、速さや防御に定評のあるモンスターについては状態異常魔法も行使していた。


 だが、圧倒的戦力差であっけなく勝利を手にすることが出来たのはものの数分であった。稔達がレアによって量産された低層階の道中敵ザコモンスター終階敵ダンジョンボスと呼ばれるモンスター達を倒し切ると、彼らの前に見覚えのないモンスター達が一気に出現したのである。彼らは休憩という概念に基づく行動を取ることができなかった。


「既にキミ達は気づいているとは思うが、ボクはあのゲームのモンスター達に協力を依頼している。キミ達がどこまで進んだかは知らないけどね」


 サタンが言っていた通り、最終決戦の挑戦者達の待機部屋に用意されている「ハンティングスピリッツ」というゲームは予習の意味を含んでいた。稔とラクトはそれをひたすらに数時間もプレイし続けていたが、進むことの出来たのは七章の終わりである七十階層までで、彼らはそこから先の敵の攻撃パターンや能力値データを知らない。


「そういうわけで、ここに八章、九章、十章のボスを総勢二十九体並べてみた。ボクを含め総勢三〇体だ。誰から倒してもキミ達の自由だ。でも、キミ達が今のボクを倒しても、ボクはボクとして戦いを続けるよ」


 バトルフィールドを提供している側のレアはそのことを知っていた。だからこそ、彼女は相手が不利益を被るように出現させるモンスターを選んだ。しかし、ハンティングスピリッツの表のラスボスはまだ作らないでおく。それは女神の作戦のうちであった。レアは稔達に勝たせるためのバトルを提供しているわけではない。


「さあ、第二ラウンドだ」

「正々堂々と真正面から来いよ、クソが……」


 稔はボソッと吐き捨てるように言うと剣を持って、現れたドラゴンや神などにそれを振り下ろしていった。ラクトはステッキを改めて握りしめ、エーストは敵が密集し味方がほぼ居ないところを狙って主砲から魔法の波動を発射する。サタンはこれまで同様に上空から敵陣の破壊を試みる。


 八章や九章の敵は比較的倒しやすかった。HP値が高くても防御値が低いとか、正と負両方の特化した面を備えていたからである。しかしラスボスとの戦いに近づくにつれて、HP、攻撃、防御、魔力、体力、素早さといった基本能力が、頭一つ突き出た値になっているということは珍しくなった。敵モンスターの能力値が高い値でされたからである。


「おいおい、残りどうすんだよ……」


 たくさんのモンスターを狩ってきた稔達に疲れの表情がにじみ出る。魔力の消費は彼らの息を荒くさせ、技能や基本能力を最大限に発揮できなくさせた。パーティーメンバーの行動にも低下によると思しき減少が目立つ。だが、彼らは残っている計十体のモンスターと神を倒さなければいけなかった。


「マスター、私から一つ提案がある」

「どうかしたか?」


 稔はエーストの顔を見て、すぐに解決するようなことを考えているのではないんだなと気が付いた。黒髪は同時に、「マスター」という呼ばれ方を受け、今は既にパーティーから離脱している者達のことを思い返す。そんな時に重々しい雰囲気でエーストは切り出した。稔は楽観の世界から突き落とされた感覚だったが、もちろん彼女の頼みを親身になって聞く。


「この第二ラウンドの私達のパーティーの戦い、その一切を私に一任してくれないか?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ