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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
五章 救出編《The dawn of new age》
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5-55 合流 -Save Point-

 鳳凰の主人である霄漢という少年が取り乱したのを見てニヤケ顔で彼の部屋を去ったところまで、ラクトは有頂天の真っ只中であった。今にもスキップを始めようかという勢いで気分が高まっていた。だが、高揚感は廊下に出た瞬間に消え去った。


「え……」


 ラクトは開いた口が塞がらなかった。サタンの膝の上で稔が耳かきをしてもらうかのごとく左半身を下にして横になっていたのである。アイテイルとエーストは魂石に戻ったようで廊下には居なかった。


「お疲れ様です、ラクトさん」

「……なんで膝枕してるの?」

「先輩、壁に寄りかかって寝てたんですけど、私がちょうどここへ戻ってきた時に頭をぶつけそうな勢いでバタンって倒れて、それでその時、無意識のうちに体が前に出たんですよね。そしたらこんな感じで奇跡的な倒れ方をしたんです」


 起こり得る可能性が非常に少ない事態が発生したことをサタンが報告する。ラクトははじめ、この状況は紫髪が恣意的に作り出したものではないかと考えたが、彼女の心を読んでみるに全くの事実であったので、その後で赤髪は「変なところで強運だな」と稔に対して思った。


「羨ましいなあ、と言いそうな顔ですね」

「そ、そんなことないよ、あはは……」


 ラクトは稔について考えたすぐ後にサタンについても考えた。その中で「羨ましい」という感情を紫髪に対して湧き上がらせたのだが、相手が心を読めるということを忘れていた赤髪は、不意をつかれたかのごとく、あの鳳凰の使いのごとく、動揺した。


「まあ、それはそれとして。みんな初戦突破したんで、そろっと統一神のところへ行きましょう。てことで、先輩を起こして下さい」

「膝枕してるサタンが起こすべきだと思うけど……」


 サタンは何事もなかったかのような顔になってラクトに言ったが、お願いしているときの彼女の顔には少しだけニヤけている感じが出ていた。赤髪は罪源の作り出した舞台の上で転がされているような気がしたが、このだらしない顔で寝ている彼氏を起こさなければ次の戦いへ進めないので、嫌そうな言葉を発しながらも快く引き受けた。


「起きろー。早く起きないと顔に落書きするぞー」


 ラクトは親指と人差し指で稔の頬を摘みながら言った。声だけ聞けば本気でやりそうな気配はないが、赤髪は油性ペンを作り出していつでも出来るようにしておく。それを見たサタンは魔法陣の中へと戻っていった。相手の心のうちを読んでいなかったために赤髪は再び足をすくわれた。


「ちょっ……」


 サタンが膝枕を強制的に終了したことで稔は頭を床にぶつけそうになった。しかし、ラクトが咄嗟にペンを捨てて両手を彼の頭の下に出したことで、そうなるまでのコンマ数秒を稼ぐことに成功する。揺らすことと同程度かそれ以上の衝撃が黒髪の体に伝わったことで、稔は目を覚ました。まだ魔法陣が紫色の光を放っている。


「あれ、俺普通に寝てた……?」

「どれくらい寝てたかは分からないけど、いい仮眠はとれたんじゃない?」

「……怒ってる?」

「別に。怒ってないよ」

「そっか。ところで、なんでラクトは俺の頭を支えてるんだ?」

「筋トレ……的な? まあ、色々あったんだよ」

「なるほど、それが今お前が怒ってる原因ってわけか」

「だから、怒ってないって」


 ラクトは自分の本心やこうなるまでの経緯を知られないようにお茶を濁しながら、稔に気付かれないように飛ばしたペンを回収した。時を同じくして黒髪が体を起こし、背伸びをして肩を回す。その後でお互いその場に立った。


「みんなはどうした?」

「紫姫はまだ戻ってきてないっぽい。他の皆は属性神に勝ったよ」

「紫姫は、ってことはサタン達は戻ってきたってわけだな。今居ないってことは部屋に戻ったってことでいいんだよな?」

「うん」


 ラクトは例としてあげられた名前を聞いて少しだけ妬きの感情を持った。自分はそういうのとは無縁だと思っていたが、それは一人で居た時に描いていた空想上の自分に過ぎなかったということを改めて知る。そして、他の女の名前を聞いただけで嫉妬の感情を抱く自分に悲観した。感情を顔に出さないよう工夫して表情を作るが、見抜かれてしまう。


「……俺が寝てる最中に何かあったんだな?」


 稔が問うとラクトは小さく頷いた。だが、赤髪は首を縦に振るだけで詳細を説明することについては足踏みして口を結ぶ。何か罪を犯したわけでもないのだからと黒髪も無理やり吐き出させず受け身で居ようとしたから、場には重々しい雰囲気が漂った。十秒くらい経ち、赤髪が意を決して口を開いたことで話しづらい空気が薄れる。


「稔、最初壁に寄りかかってたんだけど体勢を崩して頭を床にぶつけそうになって、ちょうどそこを通りかかったサタンが咄嗟に体を前に出したら、上手い具合に倒れて膝枕になって。それを羨ましいと思った私は嫉妬して。そういうのとは無関係だと思ってたんだけどなー」

「やっぱり押さえ込んでたんだな、色々と。まあ薄々気づいてたけどよ」


 稔はそう言って顔を綻ばせた。彼女が普段と違う理由を知れたことが一番大きかったが、ラクトと付き合う中で何となく気付き始めたまだ知らぬがゆえに吐かれた彼女の嘘が疑惑から確信に変わったことも、そうなった要因であった。何が言いたいのか分かっていないような顔を浮かべたので、黒髪はその言葉の意味を説明する。


「付き合い始めた時、ラクトは自分以外の女と体の関係を持たなければ私は大丈夫って言ってたのに、精霊と契約するためにキスした時にはいつもと違う感情を顔に出してたし。俺からすれば、やっと本心に気付いてくれたかって感じだな」

「『らしくない』とか言わないんだね」

「バーカ。そんな言葉を投げかけたって傷を抉るだけだろうが」


 らしくない、という言葉は言われた相手を強く否定する。だからこそ弱っている時に使う場合は慎重さが求められる。相手を慰めることも傷つけることも出来るからだ。そしてサタンの膝枕を見てやきもちを焼いていたラクトに対してその言葉をかけることは、後者の気持ちを増幅させるのと同義だった。赤髪は呟くように言う。


「……わかってるじゃん」

「当然だ。いつまでもお前の一番の理解者でありたいからな」

「……ばか」


 赤髪はさらに小さな声で言った。なにせ遠回しに一生一緒に居ようと宣言したのである。その言葉をかけた張本人は何食わぬ顔で居たが、恥ずかしい言葉をかけられるのが得意でなかった赤髪は今にもポカポカと稔の体を叩きそうなくらい顔を赤く染めていた。


「さてと。さっさとこの決戦を片付けるためにも、統一神の部屋へ行こう」

「うん」


 ラクトは稔が発したあの恥ずかしい言葉を自分に対しての慰めの言葉だと解釈することで赤く染まった顔をいつも通りの肌の色に戻し、この場所へわざわざ決戦を行うために来た意味を思い出し、稔の言葉から少し間を開けてから首を上下に振る。同意の言葉はそれまでとは明らかに違う声量で発された。


「けど、レアの部屋は不明なんだよな」

「笑えないオチだな、おい!」


 稔とラクトが今居る属性神の部屋がある場所は、空中空母《ノート》一階の行き止まり地点だ。対象の地点は大浴場になっており、食堂やトイレを除けば通路の大半に面しているドアの向こうは乗組員の部屋である。二階はカタパルトや中央司令室など空母としての機能が集中しており、寝たり机に向かったりが出来る着せ替え自由な部屋はない。司令室の上にはマストがくっついているが、当然そこに部屋はない。


「そういえばーー」


 このまま二人で考え込んでも何の進展もないだろうと思い、ラクトは霄漢からもらったミニポーチを開けることにした。何が入っているか確認していなかったが、「きっと役に立つ」物が入っていると信じて赤髪はポーチのチャックを開ける。


「そのポーチどうしたんだ?」

「戦利品として貰ったんだよ。何が入ってるか確認してないから、何かヒントになるもの入っていないか見ようと思って」


 そう言いながら中を広げてみると、未開封の板チョコレートと回復の薬(ハイルリン)の入った小瓶がそれぞれ一つずつ、そして四つ折りにされた紙片が入っていた。メモには筆記体の英字で文章が綴られており、レアの部屋への行き方が魔法陣とともに描かれていた。


「この魔法陣を展開してその上に移動する人全員で立てばいいんだね」


 ラクトはそう言ってクイクイと右手の親指以外を振って稔に自分の方へ寄るよう指示を出した。そして、魔法陣からサタンを、魂石からエーストとアイテイルをそれぞれ呼び出してもらう。属性神と対決した五人全員が赤髪の周りに集まったところで、彼女は深呼吸して魔術を使用した。


「焔の花よ、狂い咲け! 水の飛沫よ、舞い狂え! 凪の風よ、吹きすさべ! 陽の光よ、空を裂け! 闇夜の主よ、陣をけ!」


 ラクトは体を動かしながら五方向に左の人差し指を向けて必要な術式を述べていった。レアの部屋に行きたい一心で紙片に書かれていた文章を最後まで読み切った刹那、カーマイン、シアン、ビリジアン、カナリア、ブラックの五属性を象徴する五つの色の違った円が五つの弦の先に作られ、円は等しく五つに区切られる。そして、普通ならその属性を代表する一色しか発さないはずの魔法陣が五色の光を放った。


 時を同じくして五つの円上に属性神が一人ずつ現れ、そして、その全員が左手にB5判の厚い本を持って右手を伸ばした。五人は「せーの」と声を合わせる言葉を掛けていないにもかかわらず、同じタイミングで歌い始める。そうして、言葉にならないほど素晴らしい混声四部合唱が始まった。


「We hope you will appear here」

「You're the only goddess we trust」

「The stage you battle is in place」

「We are waiting for you to come here」


 誰にでも分かるような内容の歌で本当にレアを呼ぶことが出来るのか稔もラクトも不安だったが、統一神は属性神達の願いを聞き入れ、歌が終わるとすぐに黒髪達の前でその姿を現した。中性的な顔立ちの女神は、まるで天界から来たかのように着ていた服の裾を揺らしながらゆっくりと降下する。そして右足から地面に足を着け、目を開いた。


「久しぶりだな、レア」

「属性神、全員倒したんだ。この世界に来てまだ七日目なのに凄いなあ」

「そりゃどうも。それはそれとして、俺達はお前と決戦をするために来たんだがーー」

「そうだと思っていたよ。この魔法陣を見れば一目瞭然だからね」


 統一神を呼び出すための術式は昔から同じものであるようで、自らの親や夫が倒された後でこの世界で最も高い地位に立ったレアは、既に何度かこの空中空母で戦っているレアは、その使い回された慣習的な術式がどのような効果であるか覚えてしまっていた。ゆえに、稔がやろうとしていることは最初からお見通しだった。


「さてと。決戦を申し込む者には何でも一つだけ願いを叶えることができるということは知っているかい?」

「もちろん」

「それなら話が早い。ーー君は何を望む?」


 上手い話の裏には必ず認めたくないような厳しい現実が待っている。一時の「楽」に気を取られることは長期的に続く「苦」から目を遠ざけることであり、それはすなわち自ら盲目的になろうということである。黒髪はそうなりたくなかったからこそ、願いを叶えるために固い決意と勝利への強い思いを抱いていた。


「俺の願いは次の統一神の位に就くこと、ただそれだけだ。精霊戦争も現実世界からの拉致行為も、全部禁止にしてやる」

「面白い考えだね。神になりたいなんて願いを聞くのは初めてだ。でも、その願いを叶えるためには普通の何倍もつらい関門を突破しなくちゃいけないよ?」

「構わねえよ。俺は、いいや俺達は、それこそがこのくそったれな世界を変えられる方法だと信じてるからな」

「僕は楽しみだ。君のそのやる気に満ちた前向きな気持ちをへし折ることがね」

 

 レアはそう言うと、属性神達と同じようにテレポートで稔らをバトル会場へ案内した。会場は古代ローマのコロッセウムに似た闘技場で、一目見た分には自分達が属性神と戦ったのと同じような場所という印象を受ける。だが、ぐるりと見渡してみて、稔とラクトの評価は一変した。とある出会いの舞台になった場所であることを思い出したからである。


「ここ、紫姫と最初に戦った場所だよね?」

「ラクトもそうだと思ったか!」

「ご名答。そう、ここは君達が一度戦った場所だ」


 連れてきた張本人はそう言いながら登場した。既にバトル会場に居る全員の体の右上にはHPゲージが表示されており、レアが降臨したのと同時に戦闘開始位置を示す赤い円と青い円が、それぞれレアと挑戦者全員を囲うように形成され、いつでもバトルを始められるようになる。


「ところで、その時の対戦相手はどうしたんだい?」

「今遠征中だ。じきに帰ってくるとは思うけどな」

「そうか。なら、彼女が帰ってくる前に君達を片付けてしまわないとね。……それじゃ、ラストゲームを始めようか」

「望むところだ」


 稔はそう言って剣を構えた。一方のレアは顔を綻ばせる。

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