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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
五章 救出編《The dawn of new age》
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5-54 緑の属性神・鳳凰

 ラクトがドアを開けて中に入った時、年端もない少年がパソコンを操作しながら椅子に座っていた。赤髪が入ってきた入り口のドアが音を立てて閉まった後、少年は椅子をくるりと一八十度回転させてラクトを見る。少年の碧色のサラサラな髪の毛が左目を隠していた。


「まさか、こんな可愛い子が僕のところへ来てくれるなんてね」

「それはどうもありがとう」


 ラクトは少年が心から自分のことを褒めているわけではないことなんて十分に分かっていた。そのために冷たく対応する。しかし、少年が目をうるうるとさせたことには逆らえなかった。


「ごっ、ごめんね……?」

「……バーカ」


 ラクトが少し前のめりになって少年を慰めようとしたところで、少年は彼女の胸部を鷲掴み、その谷間に顔を埋めた。赤髪は少年を注意しようと試みたが、口も手も足も動く気配が無い。ラクトの顔は徐々に青ざめていった。


「いい顔だね。……かわいい僕の奴隷さん」


 昔なら許したかも知れなかった。流れに身を任せて淫らな行為を受け入れたかも知れなかった。でも、今、大切なものを手に入れた今、自分が自分のために自分の方向性を確定させた今、会って間もない少年に体を任せる気は起きなかった。むしろ酷い拒絶反応が出ていた。少年はそれを見て愉悦に浸る。


「性奴隷にされると思ってるのかな? ……嫌だなあ、なんてムッツリな奴隷さんなんだ。僕がそんなことするわけないじゃないか」

「(じゃあ、何をする気ー―)」

「もう施すべきことは済んでるよ。でも、何したかは教えてあげない。何をされたかは自分で考えて。でも、……奴隷さんにできるかな?」

「このっ、エロガキが……!」


 抵抗の妨害は終わったが、ラクトが反抗心を露わにしたところで少年がクスッと笑った。まるで待ってましたと言わんばかりの笑顔である。その時だった。


「え……?」


 着ていた服が膨張し、砕け散り、消えた。白いシャツが露わになって、ラクトは恥ずかしさを感じるとともに再び顔を青ざめさせていった。少年は彼女のそんな絶望した顔が大のお気に入りのようで、クスクスと笑いながら言う。


「いいねえ! いいねえ! もっとだ、もっとそういう顔を僕に見せるんだ!」

「(嫌……)」


 ラクトの口は動いていたが、恐怖で声が出なかった。少年は続けて言う。


「君を助けに来る人はいないよ。君の彼氏くんも君のお友達も、みーんな、自分のことで精一杯だし、なんてったって、世界最高峰のセキュリティのおかげで彼ら彼女らは僕の部屋へ侵入できないからね」


 ラクトは改めて言われてショックなことのように感じたが、元々そうなるであろうことは想定していたから大した傷にはならなかった。それを受け、少年は言葉で責めることだけでは飽き足らず、ついに身につけている物の一切を排除するという手段に出る。少年は本能を爆発させて舐め回すように赤髪の豊満かつ妖艶な体を見た。


「流石は僕の奴隷さん。素晴らしい体だ」

「いやあああああっ!」


 これにはラクトも叫び声を上げた。今度は声がしっかりと出た。二十秒くらい経って動揺が収まったところで赤髪は魔法を使って衣服を身にまとおうとしたが、彼女の魔法使用宣言が通る前に少年の魔法が使用された。移動魔法の使用の慣例的な効果により、ラクトの魔法使用宣言はそのものが保留状態となる。


 そしてラクトは、生まれたままの無防備な姿で観衆の前に身を晒す羽目になった。保留状態は移動が完了したのと同時に解除され、ラクトの体は衣服をまとうための白い光で覆われ始める。だが、ほんの数秒ながら彼女は醜態を晒してしまった。観衆達は赤髪にカメラを向けていたから、彼女はそれがネット上に拡散される可能性をすぐに考え、ゆえに彼女は、また絶望する。


「……女の裸を見れて、嬉しいか?」

「奴隷がそんな口を聞くなんて僕はショックだよ。そんなことしたらまたー―」


 だが、三回目になってようやくその手は通用しなくなった。動きやすい戦闘状態の衣服をまとい、右手にステッキを持ち、そしてバリアを展開させていた。それは紫姫が大切に保管していた魔導書グリモアの中に書いてあった魔法である。だが、心を読めない少年にそんなことは分からない。


「ふーん……」


 まだ手がありそうな余裕の表情を浮かばせながら、上から見下すような目線をラクトに向けながら、少年は言う。一方、自らの恥ずかしい姿がネット上に拡散される可能性を考えて慈悲なき行為に正当性を感じたラクトは、ステッキを少年の方に向けて詠唱魔法を使用した。


「正義を、執行するー―」


 詠唱の後、少年の腹部を中心に五つの桜の花びらを展開し、上下にステッキを振ってラクトは魔法の効果を少年に適用した。しかし、少年はダメージを受けなかった。この攻撃をきっかけに両者の頭上にプレイヤー名とともにHPゲージが表示されたが、やはり減っていなかった。


「これが五焔一撃ブレイズ・ストライクかあ。……ザッコ」


 少年の煽りでピキッと脳内の神経が震えたラクトは、彼の心を読むことを即決した。赤髪にかかれば、少年の使用した魔法の解読など朝飯前。彼が使った魔法は、絶対防御ー―攻撃を確実に防ぐ魔法だった。しかし、その代償として自身の現在HPから全体の2割分のHPが引かれることになっていた。


「防御という言葉に騙されて本来の目的を失うとは実に愚かだね」

「僕の奴隷さんはおつむが弱いなあ。一回の攻撃でHPが半分以上持って行かれるかもしれないっていう状況だし、賢い選択であるはずだよ」

「それで余裕ぶるとか、相当プライド高いんだね。素直じゃない子は嫌いだなあ」

「衣服なんていう産物を身に着けてる時点で、僕の奴隷のほうが素直じゃないよ」

「私の場合は、衣服を身に着けてないなんて、それこそその人のおつむの程度を疑っちゃうけどね。もっとも、そもそも人外には衣服なんてものは必要ないから生まれたままの姿が適切、って発想に至るのかもしれないけどね」


 相手の弱みを掴んだことで、ラクト本来の煽りスキルが復活する。それは彼女の中の少年に対する恐怖心を完全に包み込み、少年に対する憎悪と対抗の気持ちを活性化させ、そして、彼女に余裕をもたらした。


「その見下したような発言は聞き捨てならないね」

「一般論として述べたまでだよ。もしかして、自分のことを言われてると思ったの?」


 ラクトは鳳凰が自分の発言を受けてどのように考えているかを完全に把握していた。元から本心を隠そうとする動きも無く心情の読み取りは簡単であったが、さらに赤髪の煽りが彼の本性を剥き出しにしたため、彼の心を読むのにかかる労力は格段に減っていた。片や鳳凰は、自分が罠にハメられているということを感情的な気持ちに抑え込まれ、ラクトがしていることに気が付かない。


「言わせておけば……」


 ラクトは少しだけ口角を上げた。自分の予想通り相手の沸点が低かったからである。一方で、その笑みの裏には冷静さも隠れていた。応酬に素早く対応するべくバリアを形成する魔法の使用宣言まで行って、赤髪は次の手に出る。


「沸点低いなあ。これくらいの怒りをコントロール出来ないなんてお子ちゃまだね。まあ、最初っからそんなこと分かりきっていたけどさ」

「僕は子供なんかじゃない!」

「ほら、そうやってすぐ大声を出して相手を打ち負かそうとする。それが子供だって言ってるんだよ。怒りを反論に変換する能のない子供だってね」


 完全に主導権を掴んだラクトは、笑いを交えながら少年を煽った。恥ずかしい思いをさせた相手に不快な思いをさせることによって、赤髪は得意の絶頂に至る。対する少年は、プルプルと体の至る所を震わせながら今にも火を吹きそうな勢いで感情を爆発させようとしたが、喉まで上り詰めたところでラクトの指摘を思い返してそれを恥だと感じてしまい、結局、その足らぬ語彙によって反論することとなった。


「死ね!」

「でたー! ガキの使う三大暴言の一つ! やっぱり君はおこちゃまだね! 子供にはお姉さんの体は刺激的だったかにゃー?」


 ガキの使う三大暴言とは、「うんこ」「カス」「死ね」のことだ。いずれも語彙の無さを露呈させるにはこれ以上ない言葉である。少年は少しでも年をとっていると思わせたかったのか、小学校中学年以降になってもよく使われる「死ね」を使ってきたが、三大暴言を発した時点で精神的にはガキ。ラクトはニヤケ顔で少年を小馬鹿にした。


「……殺す」


 ガキなら言うだろう。「殺せるものなら殺してみろ」と。だが、このやり取りには普通、決まりの展開が存在する。そのやり取りの後で本当に殺し合いになりかねない乱闘騒ぎは起きない、というお決まりだ。しかし、少年は型にはまらなかった。ラクトと自分を囲うように魔法陣を展開し、闘技場へ向けてテレポートを使用したのである。


 移動して赤髪が正面を見た時、少年の隣には孔雀のような色彩豊かな翼を広げた鳥が飛んでいた。胴体は若葉に似た薄い緑色をベースとした虹色で、美しいことこの上ない。体の前部は麒麟、体の後部は鹿、蛇のような首、亀のような背中、燕のようなあご、鶏のようなくちばし、魚のような尾……と、さまざまな動物の特徴を重ね合わせた想像上の鳥のようであった。


「辞退するなら今のうちだよ。僕たちは君が思っている以上に強い」

「仲間の力を借りなければ戦えないくせして自分が強いみたいに語るんだね」

「ーー潰せ」


 少年は吐き捨てるように小さな声で言った。刹那、虹色の鳥が両翼を前後に動かし周囲に霧を発生させる。視界を悪くしたところで少年は攻撃を指示した。もちろん使用の宣言など口で言わない。少年とその相棒は完全に分かり合っていた。


「くっ……」


 火力を底上げしてさらに麻痺の効果を上乗せしてきたことも相まって、ラクトはどんどんつらそうな表情になっていく。大部分の魔法は必死の思いで何とか跳ね除けることが出来たが、一部の波動は排除出来なかった。赤髪はそれによってHPを5%ほど減らしてしまう。だが、すぐに彼女は「反撃せねば」という思いを高まらせた。


「(五焔一撃!)」


 ラクトは心の中で詠唱魔法の使用を宣言する。しかし、言葉は操れても敵の攻撃によって怯んだ体を操ることは出来なかった。赤髪の眼は、ついさっきまで全く視界に入っていなかった絶望を捉える。刹那、視界不良の霧の中から先程と同じ鳥が自分の前に飛び出してきた。


 ラクトは言葉を失って、そのまま敵の攻撃をまともに食らってしまった。魔法の効果で相手の使うビリジアン属性の魔法の火力が九倍となっていたこともあり、いくらその火力を半減できるといえども、ラクトは四割近くのHPをごっそりと持って行かれてしまった。


「……僕の奴隷さんって魔法面では大したことないんだね」


 HPゲージが黄色く変わって減少しなくなったところで少年が言う。分かりきっていたことではあったが、改めて言われたラクトはさらに沈痛を深めた。自分が散々煽っていた相手に言われたということが大きかった。片や少年は、自分が主導権を握ったと思って再び鳥に攻撃の実行を指示する。


「これで終わりだ!」


 霧を切って凄まじい速さで駆けつけた鳥は、火力を通常の27倍、半減しても13.5倍にして、これまでラクトが何度も喰らってきたのと同じ魔法を使用した。鳥は絶望のどん底に居るような表情を浮かべる赤髪の右胸部に激突し、勝利を確信した少年は右拳を握って喜びを露わにする。


 だが、ラクトはまだHPを残していた。ゲージは赤色に染まっており、少しだけ残っていると感じるくらい微量しか表示されていないけれど、赤髪は攻撃に耐えていた。少年は面白い展開だと思ったが、一方で不安もあった。これは逆襲の始まりなのではないか。少年は唾を呑んで相手の出方をうかがう。


「ーー五焔五撃ブレイズ・スプレッドーー」


 だが、彼とその相棒が事態を前線から少し離れて見ようとした時だった。彼らがそれまで経験したことのない出来事が起きてしまった。自分達には到底及ばないと高をくくっていた赤髪に、それまで誰にも破られたことのなかった結界ーーもとい濃い霧を解かれたのである。


 少年たちは唖然とした。しかし、これだけで赤髪の攻撃は止まない。濃霧の中に浮かんだ桜の紋章の花(びら)の先端が指す五つの方向へと飛んだ火々は、ラクトの本来の詠唱魔法によって一点に向って集められた。彼女はステッキを少年たちに向けて叫ぶ。


「咲いて破って高く散れ!」


 赤髪がそう言っていた時、少年たちは一対二の対決であるということを利用し、一人が防御役、もう一人が攻撃役に回ることにした。すぐさまそれは行動に移され、少年が「絶対防御」を、鳥がこれまで同様に「疾風迅雷」を使用する。しかし、彼らが魔法の使用を宣言する前に焔がバリアを突き破った。


「ーー」


 ラクトが追加で発した詠唱は、「咲いて/破って/高く/散れ」というふうに四節に区切られる。これらは全て別々の意味を有しており、「咲いて」が複数体攻撃、「破って」が発動中の効果と効力の無視、「高く」が火力二倍、「散れ」が追加詠唱の適用を表す。


 従って、少年が展開したバリアは破られ、二つの詠唱により「五焔一撃」の火力は四倍に上昇し、弱点属性と同属性攻撃のボーナスでさらに三倍上乗せされ、全体として十二倍となった。宣言が承認される前だったため少年たちは全体の八割近くのHPを持っていたが、ラクトの強力な一撃を前には対抗できず、彼らはHPゲージをゼロにした。


 そのすぐ後に緑色の光に包まれ、鳥は少年の手の甲に浮かび上がった魔法陣の中へ姿を隠す。少年の体の少し前には「LOSE」という青い文字が浮かんだ。しかし、やはり文字で見せつけられると精神的に来るものが有るようで、彼はすぐに来た時と同じように自身とラクトを囲う魔法陣を形成して自室へ移動する。赤髪が入室した時と同じ椅子に座り、彼女に背を向けたところで少年は口を開いた。


「……ごめんなさい。熱くなって僕はあなたを酷く扱ってしまった」

「カッとなることは誰にだってあるから気にしないほうが良いって。それよりも私は、君がそういう優しい面を持っていたことのほうが嬉しいな」


 何度も煽るうちに少年に対して無性に可愛らしさを覚えたラクトは、少年を優しく包み込むように慰めの言葉を与えた。だが、そうしているうちに恥ずかしさや彼氏に対する申し訳無さが出てきたので、一区切りついたところで帰る意思を告げる。


「それじゃ、私はこの辺でー―」

「ま、待って欲しい!」


 少年は叫んだ。ラクトはその突然の大声に体を震わせる。数秒の静寂の後で、少年は赤髪に向かって手のひらに乗る程度のミニポーチを投げた。ラクトは体に当たって床に落ちたのを拾う。


「もっ、持っていくといい。きっと役に立つと思うから」

「ありがとね、劉霄漢りゅうしょうかんくん」

「はっ、早く戻ったほうがいい……」

「わかった。じゃ、またね」


 少年は本名を呼ばれて顔を赤く染めた。心臓の鼓動は早くなり、そのために震えが起こり、彼が発する言葉にもそれが現れる。一方のラクトは笑みを浮かばせて返した。無垢な少年の動揺を面白く感じたためである。

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