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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
五章 救出編《The dawn of new age》
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5-48 六人の絆

 昼ご飯を食べ終えて泊まった部屋のドアを開けて中に入ると、稔達が出ていった時には魂石の中で待機していたはずの精霊三人が床に座っていた。しかも、あれだけ否定的だった紫姫とアイテイルが、エーストの助言を受けてゲームをプレイしている。


「どこまで進んだ?」

「七十五階層だ」


 答え終えたあたりで主人らが昼食を取りに行っている間に部屋に待機していた者の発言ではないことが分かり、さらに比較的低い声であったために、紫姫は誰がその問いを立てたかすぐに分かった。同時に、彼女は口を閉ざす。


「どうした、紫姫。自分の発言に負い目感じてるのか?」

「いいや。初めから、貴台が聞くとは思っていなかったからな」

「そっか」


 紫姫は稔の顔を見ず、ディスプレイを見ながら言った。黒髪に負けず劣らずのゲームに没頭する様子は、類は友を呼ぶという諺を体現するかのようである。


 相手の心を読めぬ黒髪は、紫姫が発した言葉が彼女の心からの思いなのだと思った。しかしそれは、実際はアイテイルの内心を代弁したもので、紫髪精霊の本心ではない。むしろ紫姫は当初、「『黒白こくはく』という名でタッグを組んでいたこともあるし、聞いてくれるだろう」と思っていた。それゆえ、忠告後何時間にも渡ってひたすらに稔がゲームをプレイしていたのを見て、彼女はつらく苦しい感情が募るのを感じた。


 三人が昼食のために部屋を出てから紫姫がゲームを始めたのは、腹いせのためでしかなかった。別に「ハンティングスピリッツ」というゲームに面白みを感じて没頭しているわけではなかった。部屋にあった紫髪少女の姿は、伝わらない思いの処理を、受け止めきれそうにない感情を、どうにかコントロールしようと彼女なりに考えた結果であった。


「ねえ、紫姫。ちょっと、ついてきてもらっていいかな?」

「どうした? ここでは話せないようなことか?」

「……うん、ここでは話しづらいかな」

「わかった」


 ラクトは紫姫の心を読み、事の重大性を理解した。唾を呑んで覚悟を決め、赤髪は紫髪精霊の左肩を優しく叩く。少女はいつもの通り接したが、その顔には紫姫が自分の中の湧き上がるいくつかの感情を殺そうとしているように見れる様子が見え隠れしていた。



 ラクトと紫姫は部屋を出ると、通路を大浴場方へ進んだ。浴場のすぐ手前で左折し、二人は休憩室へ入る。船員はほとんどが仕事の真っ最中で利用者はゼロだった。赤髪と紫髪精霊が入り口から最奥の座席に対面して座ったところで、ラクトが口を開いた。


「……ごめん」

「忠告に従わなかった件を謝っているのか? それなら、言ったとおりだ。最初から聞かないだろうと思っていたから、気にするな」

「気にするよ。大切な仲間だし」

「もうその件に触れるなっつってんだよ、このクソアマビッチが!」


 紫姫はテーブルをドンと勢い良く叩いて言った。理性がめちゃくちゃになるほどの激昂ではなく怒り狂ってラクトに手を出すことは無かったが、突然の大きな音を耳にして驚いてしまい、また同時に鬼のような形相の紫髪を見て、赤髪は思わず泣きそうになった。彼女はぐっと堪えたが、追ってやってきた紫姫の攻撃で再び精神がやられる。


「ムカつくんだよ! 何でもかんでも仲間の為だとか誰それの為だとか適当に理由付けて顔突っ込んできてよ! そんなのはてめえの自己満足でしかねえんだよ! さっさと気付けよ! おまえが介入しなくても処理出来るんだよ! 大した魔法もないくせに主人の彼女だからって調子乗りやがって!」


 ラクトは必死になって泣くのを堪えた。その通りなのかもしれないと思えば思うほど憂鬱になるし、後悔の度合いは酷くなるし、我慢しなければならない涙の量も増えていった。だが赤髪は、覚悟を決めたことを思い返し、つらくなった時には「稔ならどうする」と考えて心を整理するようにした。


「精霊にだって『好き』って感情はあるんだよ! でも、どれだけ好意を持ったって、私らには子供を授かり権利はない。この絶望は、男をたぶらかせて金を取ってたビッチ女には分からないだろうけどな! 羊水腐らせて永久に孕めない体になってしまえ、このクソアマが!」


 紫姫は下を向いて大声を張り上げ、募りに募ったラクトに対する嫉妬心を放出した。中には最低な願望もあった。けれど、言われた赤髪はそれに怒ってさらに事態を悪化させることはしなかった。紫髪精霊が一通りの絶叫を終えた頃、彼女は静かに離席して紫姫の後ろに立ち、タイミングを見計らって少女を法擁した。


「……今のが、本来の紫姫なのかな?」

「ーー」

「大丈夫だよ。誰にだって怒りたくなる時はあるし、好き嫌いだってある。嫌いになった相手を貶めたい気持ちも持ってる。だから、気にしないでいいよ。それが、人だから」

「触んな! 性病が移る!」


 紫姫はラクトを退けるようと暴れた。しかし、赤髪は紫髪精霊を抱擁し続ける。口から発する言葉で分からないなら体で言葉を示せばいい。そうすればきっと分かってくれるはずだ。ラクトはそう信じて紫姫の抵抗を受け続けたが、ついに抱擁を続ける上では我慢ならない肉体攻撃を受けてしまう。


「いっ……!」


 紫姫の肘がラクトの左頬に命中した。赤髪は左手を患部に添えて紫髪精霊の近くから離れる。同頃、紫姫が後方を向いた。少女と視線を合わせると、ラクトは何事もなかったかのように作り笑いを見せる。だが、彼女が痛みを堪えているということは数秒見ればすぐに分かることであった。


「あ……」


 紫姫はラクトの表情を見て、ようやく自分の罪の重さを理解する。しかし少女は、暴言を吐き散らし、挙句に暴力を振るった自分は許されないだろうと思って、謝るという選択肢を消し去ってしまった。紫髪精霊は席を立ち、休憩室を出ようとする。だが少女は、一目散に出入り口へ駆けていった先で見覚えのある顔を認めた。紫姫は口を開いたままブルブルと全身を震わせる。


「部屋戻って頭冷やせ。一時間後には大事なイベントが控えてるんだ」


 稔は指示を出すだけで、怒鳴ることはなかった。紫姫がラクト相手に暴れ狂ったのは事実であるが、黒髪の姿を見て恐怖感を感じている様子を見て、自分で自分の罪を理解し反省することが出来ないわけではないことが分かったためである。


「……わかった」


 紫姫は吐き捨てるように言うと早足で出入り口へ向かい、そのまま休憩室を去った。その後すぐ、魂石から伝わってくる情報を頼りに少女がしっかり部屋に戻ったか注意しながら、稔は休憩室の奥に居た彼女のもとへ駆けていく。


「大丈夫か?」

「応急措置は自分でやっておいたから全然大丈夫だよ」


 彼女に目立った外傷は無かった。しかし、それだけで安心できない。余計なお節介かもしれないが、それでも大切な彼女の身に何かあったら困る。そう思って、稔はあえて聞いた。


「本当に大丈夫なのか?」

「外的にはね。でも、内的には問題があるかな」

「どんな問題があるんだ?」

「今後、どうやって紫姫と接していったらいいのかなって」


 稔は、現在進行形で募っている感情を押し殺して仲間にとって都合のいいことを言うのだろうと思った。しかし、彼女は今の切実な悩みを口にする。それは予想外のことだった。でも、黒髪に嫌な気はない。普段色々と頼っている身として、付き合ってくれている彼女に何か恩返ししたいとずっと思っていたためだ。


「普段通りで居れば仲違いは丸く収まるはずだぞ。俺の経験上は」

「わかった。頑張ってみる」

「おう。それじゃ、部屋戻るぞ」

「え、ちょ、まだ心の準備がーー」


 稔はラクトの手を引っ張ると、すぐさま昨日泊まった部屋にテレポートした。強引な対応に驚いたのと喧嘩した相手が居るかもしれないという不安が入り混じり、彼女はブルブルと手を震わせる。そこには一つだけ数日前と違う感情があり、稔の手を引くという行為でラクトが顔を軽く赤く染めることは無かった。



 部屋に戻ってきたとき、そこに紫姫の姿は無かった。真っ暗な部屋ではサタンとアイテイルが例のゲームをプレイしており、卓上ライトを点けてエーストが紫髪精霊が置いていったと思しき魔導書(グリモア)を読んでいる。


「部屋の電気点けないと視力落ちるぞ」

「何してるんですか! ゲーマーの疑似体験してたというのに!」

「そんなもんすんじゃねえ!」


 稔が部屋の照明を点けるとアイテイルが不服そうに言った。黒髪は大真面目に言っているわけではないと思ってツッコミを入れる。サタンは銀髪の横でクスクスと笑っていた。エーストは何事もなかったかのように魔導書のページをめくる。


「ところで、紫姫ってこの部屋に戻ってきたか?」

「見てないよ。でも、気がかりなことがあった。君が部屋を出て一分後くらいしたくらいに、この机上に魔導書が置かれていたんだ」

「となると、時間停止を使った可能性が高いですね……」


 エーストが右回りして視線を稔達の方に向けた。少女は赤縁の眼鏡を掛けており、さながら文学少女のようである。今度は茶髪精霊の発言をきっかけにアイテイルがゲームをポーズ画面に切り替え、右拳を握って親指を上げたまま顎下につけた。


「でも、なんでそんなことをする必要が……」

「紫姫が暴走する時は、大体が先輩関連のことですよ。彼女は、あなたに忠誠を誓っていますから」

「つまり、あえて干渉しないほうが良いってことか?」

「それ、質問したら負けなやつですよ。このパーティーは先輩の指示の下にあるんですから」


 サタンはそう言って視線をディスプレイの方へ戻し、ゲームのポーズ画面を解除してアイテイルとともに攻略を再開する。エーストはすでに、眼鏡を掛けたまま紫姫の記したメモに沿って自分に合うと判断された魔法や興味を持った魔法について調べるのを再開していた。


 ひるがって、稔は部屋に残っていた三人から距離を置かれるような対応を取られた後、その態度を責めることなく三人が望んでいた「主人が自ら決断する」という行動を見せた。彼は独断でアメジストの精霊魂石に話しかけ、その向こうに居るはずの紫髪精霊の応答を待つ。


『現在、応答することが出来ません』


 十秒が経過した辺りで紫姫の声が流れた。しかし、リアルタイムで流しているのか録音データを流しているのかは分からない。稔に確信はなかったが、前者だと信じ魂石に向かって言った。その時の黒髪は切羽詰った様子で、娘の生存を願う父親の姿か垣間見えた。


「紫姫! 俺達は待ってるからな! 用事が済んだら早く帰ってこいよ!」

『この通話を終了します……』


 魂石の向こう側から聞こえてきたのは、涙声を堪えているような声だった。魂石の向こうで起こった感情の変化を感じ取り、稔はリアルタイムで紫姫が応答してくれていたのだろうと確信を持ったが、だからといって少女の泣き声の後に続けて何か言ったりすることはなかった。


「(頼む。紫姫、早く戻ってきてくれ……)」


 まだ約束の時刻まで一時間ほど余裕があったというのが大きかった。稔は介入することなく願うだけに留める。しかし、決断して十秒も経たないうちに精霊魂石・アメジストはロック状態になってしまった。こうなってしまっては、魂石経由で少女を捜索することは出来ない。


「……ガツンと言わなきゃいけないみたいだな」

「待ってください!」


 稔は右拳を握ってこの空中空母から脱出しようと考えた。しかし、アイテイルがそれを止める。黒髪には焦りの気持ちから「どうして!」と声高に叫ぼうとしたが、なんとか残っていた理性でふんばった。


「今、稔さんが捜索するために体力や魔力を消費したら、稔さんの願いは叶わなくなりますよ!」

「俺は自分よりも仲間を優先したいんだ」


 稔が言うと、アイテイルはコントローラーを床に置いた。刹那、銀髪精霊はカーペットを勢い良く右拳で叩く。それと同時に少女は声を張って言った。


「戯言を吐くのもいい加減にして下さい! 私はこのパーティーが大好きで離れ離れになりたくないのに、それなのに、あなたの願いを叶えようって思いを改めたんですよ! 仲間を優先したいっていうのは、そういう気持ちのことです。あなたの言う『仲間』は『仲間』ではなく、『紫姫』という一人の精霊を指していることに気づいてください!」

「だとしても、仲間に危機が迫っているかもしれないだろうが!」


 稔は押さえきれなかった激情を込めて発した。日頃怒らない人間が怒ると怖いのは言うまでもなく、アイテイルはピクピクと体を震わせる。片やエーストは「触らぬ神に祟りなし」といった感じで読書に没頭しており、ラクトは黒髪を静止しようとしたが行動する手前で躊躇している。そんなところにサタンが横槍を入れた。


「まあまあ、二人とも落ち着いてください」


 サタンは左右の手を広げて上げ下げしながら言った。その顔には表情を窺おうとする姿勢は全く見られない。満面の笑みというと言い過ぎであるが、自らを落として対応しているとは到底言えぬ笑い顔を見せていた。


「さっきあれだけヒントを出したのにわからないって、先輩は本当に鈍感だなあ、とつくづく思いましたけど、それに反応してキレちゃうアイテイルもヤバイと思いました」


 加えてサタンがこう言うものだから、稔もアイテイルも口を閉ざして紫髪罪源の話に耳を傾けざるを得なくなってしまった。咳払いして「それはさておき」と一言入れ、少女は本題へ入る。


「紫姫さんが言いたかったことを要約すると、『一人でやらせてほしい』ということです。……あ、これ答えになっちゃいましたね」

「つまり、俺らは『干渉せずに観賞してろ』ってことか?」

「……先輩、上手いこと言った感じな顔してますけど、全然上手くないですからね?」


 稔は少しだけ落ち込んだが、紫姫の気持ちを知れたのは大きかった。願いを知れたことによる嬉しさが自分のセンスに対する批判に勝ったところで、黒髪はいつもどおりの自分を取り戻す。サタンはそれを見計らって話を再開した。


「まあ、私の言いたいことはそういうことで合ってますけど。私は、紫姫さんがこの空母を出てったことは絶対このパーティーの役に立つと思ってます。……懸けてみませんか?」

「わかった」


 二つ返事だった。怒りの感情をぶつけてきたアイテイルの根底にあった思いはサタンと同じものらしく、黒髪がそう言ったところで一気に顔を綻ばせていく。エーストは背を向けたまま本に向かって微笑んでいた。ラクトは「やっぱこいつ騙されやすいな」と思ってしまったが、彼氏の決断には反論しない。


「それじゃ、作戦会議を始める」


 部屋に戻ってきてから既に十分が経過していた。最終決戦に向けての話し合いをする頃合いだと考え、五人はカーペット上に円形になって座って作戦会議を始める。

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