1-42 氷結の紫蝶と火山の女神
魔法の効力が切れ、ペレは行動を始めた。稔は、そんな彼女に束縛されて殺されることを恐れ、テレポートを使って紫姫のもとに戻る。――否、本当に戻ったのはそこではない。駅員の居る場所に向かった。
「クソッ! クソガァァァッ!」
「残念。我が紫の蝶が貴様の敵」
「なっ……!」
稔の精霊として、紫姫は全力でペレと戦うことを決断した。その裏、稔はスイッチを駅員の元へ届けに行く。当然ながら、テレポートを使っての移動だ。跨線橋が崩壊して行き来がしづらくなった現在、テレポートを使わないのはどうかしている。
一番線ホームの方までテレポートすると、稔はスイッチを駅員に手渡すべく、インフォメーションセンターへと向かった。見つけた駅員に持ってきたスイッチを渡すと、驚愕の内容を稔るは聞くこととなった。
「駅員さん。テロリストは我々『失われた七人の騎士』によって、全力で対応させていただきますので、このスイッチを受け取り、預かっておいてもらえませんか?」
「待て。それよりも先に、逮捕だ」
「言っています。私は犯罪者ではなく、犯罪者を警察に引き渡そうとしているのです」
「何をほざく! こんなもの、投げ捨ててやる!」
「ダメです、駅員さ――」
駅員は床にスイッチを投げ落とし、それを革靴で踏み潰す。だが――。
「あ……っ!」
そのスイッチは本物だった。稔が持ってきたのは預けるために持ってきただけであり、これは別に違法というわけではない。踏みつぶした、この駅員が違法行為を行ったのである。
爆発音が聞こえる駅の構内。一番線ホームの方にも、その爆風は押し寄せた。駅のホームに面している駅弁屋は壊滅状態に陥るほどの被害を受け、駅の二番線ホームにあったキ○スクのような店は、今の爆発で吹き飛ばされるほどだった。
「わっ、私は悪くない! 持ってきたお前が悪いんだ!」
「人に罪をなすりつけるとは、貴方は正気ですか? ……いえ、貴方を攻めている時間は有りません」
「お、御主逃げるつも……」
インフォメーションセンターに逃げ込んだわけではないのだが、稔はでっち上げられることを何となく予想していた。稔からすれば、でっち上げの対象になることなんて別に嫌なことではなかった。中学時代は無かったとはいえ、高校になってから盛んに行われていたためだ。
所詮、でっち上げたものが勝ちなのだ。反論するという道を塞ぎきり、あたかも捏造したもの全てが本物のように見せる。真実のようにみせ、数々の人間を騙し落とす。でも稔は、そんなこさくなことを恐れなかった。
稔は、顔に笑みを浮かべて四番線ホームに向かっててレポートを実行した。
稔がテレポートをすると、四番線に止まって大炎上している電車のほうを彼は真っ先に見た。そして、彼は言う。
「――ラクト! 織桜! 紫姫! 大丈夫か?」
「大丈夫だ、愚弟! しかし……」
「……え?」
聞こえた声は、愚弟と呼ぶ声だった。即ちその声の主は、織桜である。
けれど、目の前には横たわる紫姫の姿があった。愚弟と呼んだ後の「しかし」という言葉には、倒れている紫姫の事を指す言葉が隠れていたのだ。否、それだけではない。
「あの爆発で、ラクトは……」
「しっ、死んだのか?」
「そんな訳じゃないさ! でも、『ちょっといってくる』って言って、それから――」
「そんな……」
目の前には倒れている紫姫が居る。紫姫を助け――看病しようとする織桜も、そこに居る。一方で、電車の上空には黒い影が浮かび上がる。まるでゴ○ラのような、でかい怪物だ。けれどそれは、火をまとっている。
「あれが……」
「バーニング・ラビット……?」
震える二人。あまりの巨大さに、対抗心は有ったものの、あの怪物と対峙することになるのは相当な唾を呑んでしまう事柄だった。
それよりも何も、まずはペレと対峙する必要がある。誰か一人を囮にするとしても、死者を出せば大問題だ。正義の名の下に何でも活動していいわけではないのだし、死者を出さぬように活動する必要がある。
「ハハハ! 私の事を侮辱したその可哀想な蝶は、爆風で御臨終だッ!」
しかし、助けようとする稔たちを侮辱するのがペレ。自分のことさえ侮辱されなければ、あとはどうでもいいと思っているのである。一方で、自分以外の仲間を侮辱することを許すことは出来ない稔が、その言葉を聞いて怒りを露わにする。
「何が御臨終だ! てめえの方が、御臨終なんだよ!」
「口が汚いね。全く、これだか――」
その時だった。看病を受けているはずの、大ダメージを受けているはずの紫姫が立ち上がったのだ。
「紫……姫……?」
「我は……。アメジストとの口付けを交わしたからな……。そう簡単には……負けられん……」
「負けてはいない! バタフライは、下がっていてくれ!」
「嫌ッ!」
紫姫は、責任感がとても強かった。だからこそ、稔の為になることは出来る限りしたかった。ペレを殺すことさえも、それが命令であれば従うつもりだった。
それ以外にも、紫姫には立ち上がらなければいけない理由があった。
「先程、貴台の召使が言っていた。『四番線は、お前に任せる』と――」
「ラクトが……?」
「そう。故に、我は立ち上がらなければならないのだ。アメジストとの契約を交わした精霊として、貴台に埃を付けぬよう、我は頑張る必要があるのだ――」
「紫姫……」
紫姫は爆破で傷を負っていた。そこまでグロデスクな光景ではないにしても、彼女の属性には響いてしまっていて、大ダメージを負ったのである。しかし、まだ進むことは出来るわけであって、俗にいう『中破』である。まだ『大破』ではない。
「血を吐くまで、我は貴台の精霊として戦いぬくつもりだ。我は貴台に、我が戦う許可を求める」
「ああ、許可する。……けど、絶対に死ぬな」
「貴台の召使よかは、我のほうが脳のレベルは良いからな。ふっ……」
自分のことを褒めあげた後、紫姫は魔法を使用した。けれどそれは特別魔法の類ではなく、普通魔法の類だ。けれど稔が、魔力二〇倍になっていることもあって、普通魔法でさえも効力は絶大だった。
「――氷結波乗――ッ!」
紫色の剣を持つわけではなく、紫姫が持った剣は銀色に輝く剣だった。そしてその剣を中心として、剣の先端部分が向けられた方向には、氷の波が押し寄せていく。まるでそれは、大津波のように。
「……」
日本人としてみれば、大津波なんて例えられたら心を傷付けられる者も居るのが現状だろう。幾多の大災害、特に地震や津波を経験してきた日本人にとってみれば、大津波なんて言葉は容易に使用すべき言葉ではない。
でも、妥当な言葉はなかった。それ以外に。大津波以外の何物でもないのだ。
「――神の分際で、精霊をナメるなァァァァァァッ!」
シアン属性がカーマイン属性に対して相性が良いことは、稔も知っていたことだった。しかし今、紫姫が使った魔法はどちらかといえば『アイス属性』であろう。アイス属性という属性はないが、アイスにカーマインならば、炎が属するカーマインのほうが相性がいい。
けれど、それは大津波だ。人を容赦なく殺す、あの大津波のアイスバージョンなのだ。
「――」
四番線ホームの階段を降り、そこから一〇〇メートル程度離れた場所にいるペレ。彼女は、その氷の大津波を喰らった時、なんの言葉も発せぬままにその場で攻撃を受けた。けれど、これでも火の神なのだ。いくら氷を強めて大津波にした所で、火の神を飲み込むには力が足りなかった。
「――御臨終なのはお前だよ――」
「え……?」
氷の津波が押し寄せ、四番線ホームの奥の方を中心として白色の雪がその駅を覆う。一気に冬化粧したその駅は、重みに耐え切れなくなってホームが落ちてしまうのではないかという危険性すら、周囲に居た者達からの声で上がる。
とはいえ、民警や公警はようやく到着し、かつ、雪が路線上を覆っていたこともあって、ペレが居た場所へ辿り着くことは容易だった。けれどペレは氷結の大津波の中を掻き分けるように移動して、稔たちの前、それも紫姫の目の前に現れた。
「私は洪水が大っ嫌いなんだよ……。そして、何でもかんでも姉ヅラして支配しようとする奴もな!」
「つまりどういう――」
「こういうことだよッ!」
刹那。ペレは稔から少し下がったかと思うと用意していた拳銃を手に持ち、構えた。そして――。
「危ない! 伏せろ、お前は中破し――」
「貴台こそ危な――」
銃弾を発砲した。容赦もない。その銃弾は東西南北上下左右、ありとあらゆる方向へ向かって飛ぶのだから。看病をしていた織桜すらも、その銃弾に怯えて稔のはるか後方へ下がった。一方で紫姫は、自ら動くことすらできぬくらいに体力が限界に近づいており、後方へ下がることすらままならなかった。
けれど、その時だった。
「I came to help your purple butterfly. 」
英語を流暢に話す、前髪一本の髪の毛だけが黒い色に変わっている金髪の女性が、紫姫の事をお姫様抱っこしていることを確認した。稔は後方ではなく、出来る限り路線上に行ったこともあって、それを確認することが出来た。
「I'm sorry, please fought alone.」
そう言うとその女性は稔の周辺を去り、織桜の近くに紫姫を連れて行った。そして彼女が織桜の方に行った後、彼女の仕業によって上空が黒い雲に覆われた。そしてそれと同時に、燃え盛る女神の炎が明らかになる。
「その精霊は私の敵だ!」
「残念だが、お前の敵は今度は俺だ。あの敵の主人は俺なんだよ」
「ああ、そうか。……銃を構えている奴に、貴様は何で対抗する気なんだ?」
「方法は三つだ。魔法を使う、魔法を使わず攻略する、剣で銃弾を捌く」
「ほう……」
ペレはそう言うと、にんまりとした笑みを浮かべていった。
「炎の女神が放つ銃弾を捌けるなど、貴様も言葉の選択には気をつけるべきだ。――まあいい」
「……」
「私の一〇〇発の銃弾、受けてみな!」
「望むところだ……」
後方で治癒を行っている女達のことを考えた時、稔はヘルとスルトの召喚に踏み切る必要性を感じていた。けれど、そんなことを行っている時間など無い。一秒か二秒の間に一発の銃弾は必ず放たれるわけなのだから、それを捌いている間に隙を見せた瞬間、大変な事態を招くことは言うまでもない。
「貴様、そんな戦術一体何処で――?」
しかし、スルトやヘルが居ない分、後方で治癒を続けている二人が居る分。稔はいくらか、戦いに集中できる気がしていた。戦術に関してだが、別に剣を用いて行うようなVRMMO世界に居たわけでもないため、それといって何かがあったわけではないのだ。
「知らねえよ。いつの間にか、俺にはこんな力があったんだよ」
「そんな――」
「嘘じゃねえ」
稔自身、まだまだ魔法に関しては詳しいことは知らなかった。けれどそれでも、稔は巧みに銃を斬っていくのだから、それだけでもうチートと言って過言でないくらいだ。魔法を使わずに、魔法並みの力を手に入れているのである。もっとも、精霊を呼び出した時点で二〇倍の魔力を発動しているわけだが。
そして、二〇発を過ぎた辺りで弾切れが発生した。その瞬間、稔は此処ぞとばかりに召使二体を次々に召喚した。
「――ヘル、スルト、召喚――!」
召喚陣から二体を呼び起こさせるが、召喚陣が有るのはあくまで左手の方向だ。そして、怒り狂ったペレが銃弾を向かわせている方向は、基本的に稔の心臓より少し上辺りだったので、召喚後はヘルならなんら問題はなかった。
「ヘル。お前は、治癒を行う手伝いを頼む。一方でスルトは、俺の後衛を頼む」
「分かりましたっす、マスター!」
「ギュレレレリリー(ヘルと同じだ)!」
召喚し終えると同時に、銃撃を続けるのがペレだ。怒り狂ったペレを止めることが出来ないということは神話にも書いてあるとおりであるが、まだ稲妻が発生していないだけマシ……というところだろう。検討は付くだろうが、上空の黒い雲はそれを起こそうとしている予兆だ。
「まだまだ終わっちゃ居ません!」
「ああ、わかってる! ――スルト、巨人の堅き壁を頼む!」
スルトにバリアを張らせる稔。これは、容易に分かるだろうが、稔とペレの一対一の状況を生み出すことや、治癒されている精霊へのバリアなどといった意味を含んでいる。
しかし、そんな時だった。
「さっきは英語だったが。――助けに来たよ、愚弟」
「えっ……?」
稔はあまり凝ってみていなかったために、誰かの召使が紫姫を助けてくれたのではないかと考えていた。その後に後ろを振り向くこともなく、ただ脳裏で思ったことを勝手に本当のことだと思っていたため、こういった事が発生したのだ。
「その鎧……」
「第七の騎士。私こそが、ペリドットだ」
本屋で見た第七の騎士と同じ鎧を着ていた。ラクトが言っていたように、紛れも無く彼女は『第七の騎士』だ。『貧乳』というのもラクトの言っていたとおりであったが、別に織桜本人が認めているわけではない。
「まあいい。……私は正義を重んじる騎士だからな。この石に隠された意思には、『正義を貫けよ』という風に刻まれている。故に、正義を重んじねばならぬ」
「意思……」
稔と織桜が話を進めている時も、当然ながらペレは銃撃を続ける。けれど、彼女が撃った銃弾は何処にも命中しなかった。稔やラクトを狙おうとしたが、その都度スルトが一時的なバリアを張って、それを防ぐ。
「残りはあと半分くらいでしょう。……戦いぬくよ、第三の騎士」
「ああ、そうだな――」
稔が名付けた名称。それを、織桜は知っていた。稔はそのことに驚いたものの、それを表す暇はない。目の前に居るペレという女神の怒りを抑え、警察にすぐに引き渡されるようにする必要がある。
「所詮、裁くのは俺でも織桜でもなく……」
「――裁判官――」
そのもとに、稔とラクトはペレとの攻防戦を行う。対峙し、どちらがいつ死んでもおかしくないような状況ではない。けれども、ペレは相当力を消耗しているのは確かであり、いつ力尽きるかも時間の問題だ。
「その場所で血を吐いて、くたばれ! お前らくたばってろ!」
「血なんか吐くわけがねえだろ!」
「地を這うようにして、自分が悪かったと謝罪をしろ! そうしなければ、銃撃を続けるッ!」
「勝手にすればいい!」
稔は、煽りに本気になっていた訳ではなかったが、少しキレ気味になっていたのは確かだった。あまりに汚い言葉を浴びせられてしまうと、心がどうしてもおかしくなるためである。
「――罵詈雑言を言って、自分に都合が悪くなると発狂して、お前の知能レベルは猿以下だ!」
それが決定打となった。ついに、ペレは二刀流を始めたのだ。否、刀ではなく銃であるから、正確には二銃流が正しいかもしれない。……それよりも何も、状況報告だ。
「私は女神なんだぞ! エルフィートなんかよりも、知能レベルが低いはずがない!」
「テロ事件を起こしてる時点で、お前は知能レベルが最低なんだよ!」
そう稔が言うと、ついにペレが壊れた。
「死んじゃえ。死んじゃえ。みんなみんな、私の前で這えばいい! 蝿のように集ればいい!」
「こいつ――」
「男なんて所詮は犬、女なんて所詮は乳牛。私が全てを管理しなければ、この世界の秩序は乱れてしまう! 神こそが正義! それ以外は全て悪! 偉大なユベル陛下の名のもとにィ!」
手を大きく拡げ、ペレはその場で大笑いを浮かべた。狂気に満ちた笑いとともに、ついに雷鳴がこだまする。当然、女子供はその恐怖に怯えていた。
一方で、第七の騎士がペレの方向へと駆けていった。
「――天空七光剣――」
そして、天空を斬り裂くように雷の轟音が鳴る。だが、第七の騎士は刺し傷を作ることはせず、轟音を鳴らすに留まった。




