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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
五章 救出編《The dawn of new age》
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5-40 叫び

 歯を磨いて部屋に戻った頃には、洗濯開始から十五分ほどが経っていた。洗濯が終わるまで二十分から三十分も時間があるので、黒髪はこの時間を有効活用することにした。紫姫もアイテイルも戻っていたため、精霊達とサタンを呼び出して明日の予定について確認しようとしたのである。


 だが、始めるにあたって問題が発生した。部屋には椅子が無く、皆がカーペットに座ることになったのである。しかし、幸いなことに潔癖症な者は居なかったため、大きな騒動になることはなかった。皆を円形に並ばせたところで、明日行うことについて話し始める。


「単刀直入に言う。皆には明日、俺の為に戦ってもらう」


 場の空気が静まり返った。覚悟はしていたが、何の雑音も聞こえないのはとても精神的に来る。しかし、それは皆驚いているからに過ぎなかった。ラクト、紫姫、サタン、アイテイル、エースト、誰一人として不快な表情を見せる者は居らず、全員が全員、稔の言葉を好意的に受け止めた。


「何の話をするかと思えばそんな話か。良いに決まっているだろう」

「でも、この戦いが終わったら、俺達が勝ったら、このパーティーはなくなる」

「それは要約すると、契約を解除するということですよね?」

「そういうことになるな」


 最後の一言は重かった。最終決戦の経験者であるサタンとエーストは、稔の言葉が何を示しているのか分かっていたため、好意的な受け止め方に変わりはない。ラクトは一番近くに居た身として、仕方のないことだと腹をくくった。メンバーと離れることは嫌だが稔の為に戦えるなら、と紫姫もこれを了承する。しかし、アイテイルだけは強く反対した。


「稔さんは、それまで遊園地の景品に過ぎなかった私と契約してくれました。そして、こんな面白い仲間に出会わせてくれました。それまでの孤独で退屈で寂しい日々が終わりを告げたのです」


 銀髪の少女は拳をプルプルと震わせながら立ち上がって言う。涙を見せることで相手に同情を求めるのは卑怯な手段だと分かっていたけれど、込み上げてきた思いを言葉にすると、どうしても涙が出てきてしまった。


「私は主従関係の従の方にある身として、貴方の下した決断に背くことは出来ません。でも、私は、皆と離れ離れになりたくない!」


 アイテイルの叫びが静まり返った部屋に響く。サタンとエーストはその間ずっと下を向いたままだった。ラクトは申し訳無さそうに俯いて目を瞑る。稔は彼女らが口を閉ざしたのを見て、アイテイルの激情を鎮ませる為に自分が先頭に立つ必要があると感じ、唾を呑んで一歩前に出た。だがそんな彼の顔の前に、紫姫が手を広げて突き出す。


「確かにパーティーはなくなる。それは悲しくてつらいことだ。だが、契約が破棄されたことで、我らが離れ離れになったことで、我らが一緒に刻んだ思い出の数々が消えるわけではないだろう?」

「でも、稔さんが居なくなれば、私達はまた精霊戦争で戦う羽目になるじゃないですか。今は仲間意識を持っていても、戦えば敵意識に変わってしまいます。パーティーがあれば、ずっと仲良く笑っていられるのにも関わらず」


 パーティーが存続すれば、稔と契約している精霊達はずっと仲間でいられるけれど、パーティーが崩壊すれば精霊達は独り身(フリー)となる。それはすなわち、他の主人と契約を結ぶことになるかもしれないということ。その主人が一人の精霊としか契約を結ばなければ、それ以外の精霊は敵ということになる。それが、この世界の定説だ。


「つまり、精霊戦争を無くせばいいというわけだな?」

「そういうわけではありません。私達が離れ離れになれば、精霊戦争を無くしても敵になる可能性は十分にあります」


 殺戮対象として捉えることはなくなる。精霊同士の戦いで敗れた精霊が器官や臓器を失うこともない。一方で、敵にも仲間にもなり得るということに変わりはなかった。だからといって、戦争の規約に「精霊を戦わせてはならない」なんて条文を追加するのは無理がある。そもそも現状、召使同士が戦うことがあるのだから。


 抽象的な言葉から読み進めることができなかった紫姫は、もう少し立ち止まって考えてみて、それでも何も思い浮かばなかったので、咳払いしてアイテイルに問うた。


「結局、アイテイルは何を望んでいるんだ? 精霊同士が戦わない世界か?」

「そうです。精霊同士が戦わない世界。私はそれを望みます」


 平和を求める気持ちはいつの時代も変わらない。しかし、いつの時代も為政者は民の総意に背き、正義だの正当だの何らかの理由をつけて、戦うことに価値を見い出す。そういう者が居る限り、未来永劫、平和が訪れることはないだろう。


「始めに断っておく。今から言うのは極論だ」


 そんな時、ふと紫姫は、精霊同士が戦わない世界だけではなく、召使も、罪源も、誰かの配下に居る全員が戦わなくて良い世界を作り出すことの出来る画期的な考えを思いついた。前置きして、思いついたアイディアを語る。


「この世界にある魔力を全て消し去れば戦わなくて済むんじゃないか?」

「そんなことしたら、私達の存在そのものがなくなってしまうじゃないですか!」


 稔は魔力を失った精霊が魂石に強制帰還する様子は見たことがあったが、その本当の意味ーー召使、精霊、罪源、全て魔力によって生かされているのだということは初めて知った。同頃、紫姫はアイテイルに浴びせられた反論の対処に負われていた。


「でも、魔力がなくなれば、召使、精霊、罪源による争い事は無くせる」

「そういうことではありません! 私が欲しいのは、仲間達と平和に暮らせる世界。ただそれだけなんです。大きい話をしているわけじゃありません」

「精霊同士で戦わない旨を精霊達の間で取り決めておくとでも言うのか?」

「はい。そうすれば、私達は戦わずに済みます」


 初めて紫姫が頷いた。だが、紫髪は「踏むべきプロセスはもう一段階あるのではないか」とも言う。ここに銀髪との違いが見られた。


「だが、先にすべきは精霊戦争の停止だろう。仲間内で仲間意識を持っても、部外者がそれを壊せるようなシステムが保たれていれば、我が、アイテイルやエーストを敵として認識する日が来てしまうかもしれない」


 精霊は人間ではない。人間と似た肉感と臓器を持ち、思考回路を有している。もちろん、ロボットでもない。彼女らには感情がある。誰かを好きになる気持ちも、嫌いになる気持ちも、断る勇気もある。それらは主人の権限で制御できない領域にあり、紫姫の言葉の通り、好意的な態度から反抗的な態度に切り替わる可能性は大だ。


 だから、たとえ感情の統一が出来たところで、それが未来永劫ずっと続くとは限らない。主人の指示に従うことを強いられている彼女たちが、精霊戦争という殺し合い(システム)に飲まれ、目の前に居る精霊を敵として見なすことを強制されれば、感情の不一致が発生する。これでは、精霊同士の争いが再び起こって当然だ。


「でも、停止には戦争管理委員会が関わってくるじゃないですか」


 紫姫とアイテイルがお互いに主張をぶつけ合う中、稔は初めて聞いたフレーズがあったので、精霊戦争に詳しそうなサタンに問うた。もちろん、例の一件のことを極力考えないよう心を落ち着かせて。同じ疑問をラクトも持っていたようで、赤髪もサタンの方を向く。二人の視線が集まったところで、彼女は口を開いた。


「すまない、戦争管理委員会ってなんだ?」

「精霊戦争を管理する委員会のことです。敗戦処理や法規違反の取り締まりを行っています。どんな人が参加しているのか、どれくらいの人が参加しているかは不透明ですけどね。噂では、神族ゴッデルトが大半を占めているとか」


 サタンの話を聞いた直後、稔もラクトも「戦争管理委員会なる組織が闇深い集団なのではないか」と感づいた。秘密裏に戦争の管理を行うなんて、他に目的があるようにしか思えない。しかし、サタンも深くは知らないと言う。そんな時、ラクトが少女のある単語に注目した。


「ねえ、サタン。『法規違反』ってことは、精霊戦争は法律に縛られているの?」

「そうですね。一応、『戦争』ですから」

「じゃあ、負けたら主人とその精霊の臓器が蝕まれるってことも書いてあるってこと?」

「はい。組織は不透明ですけど、法律自体は公開されてます」


 稔は「割りとしっかりした法律なのか」と思い、ラクトに続いて質問台に立った。


「停止に関して、その法律にはどう書いてあるんだ?」

「第一章の一項と七項にそれぞれ、『戦争開始時に委員会を開会』『戦争終了時に委員会を閉会、次期委員長を現委員長が決定』とありますが、停止に関する項目はないですね」

「つまり、『委員会が関係する』っていうのは間違いってことか?」

「そもそも『戦争の停止』という概念自体が戦争規定に欠落しているので、なんとも言えないです。停止を誰が決めるかは不明ですので」


 精霊戦争は自分が脱落するか、若しくは自分が最後の一人になるまで相手を傷つけ続けなければならない。ひとまとめで言えば、最強の精霊使いを育成するゲームなのである。だから、戦争を途中で止めては意味がない。規定に停戦の文言がない理由はそれに尽きる。


「ところで。一つ、為になる情報を教えておきますね」

「なんだ?」

「統一神は、最終決戦で勝利したチームの願いを、一つだけ叶えてくれますよ」

「そんな重要な情報を今更言うんじゃねえ」

「紆余曲折を経てから最適解を告げるべきだと思っただけです」


 稔は溜息を吐いた。その後サタンの弁明を聞き、自分の感情を優先するのは重要な課題がないときにしろ、と一喝したくなったが、まだチームとしての方向性が確定する前なので水に流す。稔の言葉をきっかけにサタンが理由を説明したというのが大きかった。


「つまり、その時に精霊戦争の停止を求めれば良いわけだな?」


 気を取り直すために咳払いした後で、稔は言う。だが、サタンの反応は彼の思ったものと全く異なるものだった。頷くどころか呆れて溜息をついたのである。ラクトは心を読まずしてサタンの思っていることを理解した。


「……俺、なんか失言したか?」

「アイテイルが最も望んでいることってなに?」

「俺が、現実世界へ帰らないことだろ?」

「ご名答。じゃあ、最終決戦で勝った時に望むべきものはなに?」

「俺が現実世界へ帰らないことか? それは無理だぞ」


 ついにラクトまで嘆息を漏らす。稔の焦りはますます悪化していった。


「ふざけてるんですか? それとも、読解力がないんですか?」

「……後者だ」

「わかりました。じゃあ、もっと詳しく聞くので答えて下さい」


 サタンの稔を見る目が、少しずつ汚物を見る時のそれに近づいてきていた。


「あなたは異世界に居たくない。しかし、あなたは異世界に居るよう求められている。先輩は今、こういう状況にあるわけですよね? そしてこの二つは、二者択一ではない」

「そうなのか?」


 最初より何十倍も深い溜息をサタンが吐いたことで、稔は少女に対する申し訳無さの募りを今まで以上に覚えた。しかし、サタンは呆れた様子を見せても主人を見捨てるような真似はしない。なんだかんだ言っておきながら、少女は親身になって接する。


「統一神の匙加減一つで、現実世界の人を異世界に呼べるんですよ? もちろん、同じように向こうの世界に帰ることも出来る。こちらは時間制限付きですが」

「なるほど、向こうとこっちの世界の間を自由に行き来できるようにすればいいのか」


 稔が言ったその言葉は、ラクトとサタンが彼に導き出して欲しい言葉であった。二人は首を縦に振る。視線が自分の方に来た後で、募った思いをそのままにしておく訳にはいかないと、稔がサタンに頭を下げる。


「迷惑かけて悪かった。サタン、本当にごめん」

「ちょちょちょ、気にしないでくださいよ、先輩! 私そこまで重く捉えてないですって! 例のコーヒー事件の時に、先輩のこと誂ってみたら期待以上に面白い反応をしてくれたので、ついエスカレートしてしまっただけでーー」

「まあ、いいけどな。サタンに対する理解が深まるのは良いことだと思うし」

「な、なんとお優しい方っ! これは、大天使ミノルエルですね」

「歯切れ悪いからミノエルでいい」


 コーヒーの一件でサタンの顔を見られないなんて気持ちはどこへやら。悪質ないじりもあるけれど、それを少女の「特徴」として捉えることで、稔はいつも通りの冷静な自分を取り戻すことが出来た。


「受け入れてくれる優しさに、彼女さんは惚れたんですかねえ」

「そうなのか?」


 ラクトに話題を振ると、赤髪はすぐに動揺しだした。少ししてから、彼女は前髪をいじりながら言う。顔は紅潮しており、視線は稔とは全く別の方向に向けられていた。だが最後は、彼氏と目を合わせてはっきりと言う。


「うん、そうだよ」


 稔の頬も赤くなっていく。サタンは、お互いに照れた表情の二人を見て「いい画が撮れた」と言わんばかりにクスクスと笑った。だが、稔が咳払いという牽制を行うとすぐに笑うのを止めた。温厚な人の激怒ほど怖いものはない。


 サタンが口を閉ざした後、黒髪はまだ主張をぶつけ合っている二人の精霊の方に近づいていった。そして、紫姫とアイテイルに、罪源から聞いた話とやっとの思いで導き出した最適解を伝える。


 そんな上手いように話が進むのかという疑問は出たが、最適解に二人とも異論は唱えなかった。その上で、先代の統一神と戦ったことのあるエーストにも何か意見がないか問う。茶髪の少女は特に何も言わなかった。最後に、サタンの主張が経験談を元にしたものだという確証も得る。


 こうして上手い具合にチーム内の目指すところが決まった。作戦については明日伝えると話し、明日の予定をもう一度確認した後で、稔は紫姫を除いた精霊、罪源を魂石、魔法陣にそれぞれ帰還させる。三人になった後で、黒髪は口を開いた。


「紫姫、『魔導書グリモア』の準備を頼む」

「了解した」

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