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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
五章 救出編《The dawn of new age》
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5-38 憤怒の罪源・サタン

 エーストは始め、「しまった」という感情が透けて見えるほど震え、口を開けていた。しかし、下を向いたり頷いたりするうちに隠そうとする気持ちが消えたらしい。軽く首を左右に振って覚悟を決める。小さく頷いた後で、茶髪は口を開いた。


「私とサタンがオスティンというマスターの下にあった話は知ってますよね……いや、知ってるだろう?」

「もちろん。奴が死ぬところを目の前で見たわけだしな」

「それが『決戦』の最終局、クロノス戦だったんだ」


 茶髪の少女は紫髪の少女の後追いを止めた。口調を変え、稔の目をしっかり見る。


「クロノス?」

「当時の統一神さ。地位は、現在のレアに相当する」


 属性の神々を統べる存在である統一神の地位は、ずっとレアが担ってきたわけではない。先代のクロノスより前も、ガイア、ウラノス……と遡ることが出来、初代統一神カオスまで遡ることが出来る。


「その統一神は、どうやったら変わるんだ?」

「神でない自分以外に負けたらさ」

「つまり、オスティンはクロノスに勝ったわけだな?」


 稔が問うと、エーストはゆっくりと首を上下に振った。オスティンは欲望に従順になった結果、運悪くニコルに殺されてしまったが、茶髪の少女曰く、最強クラスの力を持つ精霊と罪源を有していたその頃は英雄であったという。


「でも、その話とお前がサタンと同じ体になった話に、どういう関係があるんだよ?」

「最終局面で、奴はサタンを、覚醒形態アルティメット詠唱アリア悪魔デビル化、と躊躇なく強化したのさ。私の全ての魔力をそっくりそのままサタンに移して」


 稔はサタンが「最強」と言われる理由を初めて知った。複製魔法を用いて一度にストックしておくことのできる魔法は最大十種だから、サタンが特別魔法に分類される二種しか使えないと仮定すると、普通、ある魔法が使われる確率は五割から一割まで下がる。推測されにくくなれば、相手が魔法を命中させられない可能性が増える。相手の魔法だけが命中しなくなれば、勝率は上がる。


 しかし、オスティンが導いた勝利の方程式にはネックがあった。その魔法を使う為に最適化されているわけではないため、所々で無駄が出てしまい、結果として複製した魔法の効果が本家の下位互換になってしまうのだ。だが、回避方法はある。これもオスティンが見つけた。魔力だ。それを補うことでサタンの魔法の火力を底上げし、出た無駄をチャラにしようというのである。


 だが、オスティンは未熟だった。魔力を失った精霊が、罪源の近くに居るとどうなるのかを知らなかったのである。それが、エーストとサタンという相反する種族の体が同じになる異常事態へ繋がってしまった。


「罪源は魔力の枯渇した精霊を憑依できる。このことを、オスティンは知らなかった。でもそれはサタンも私も同じだったんだ。私が罪源と一緒になることも、彼女が精霊と一緒になることも、初めてのことだったからね」


 事が起きてから「〜であれば」と仮定して結論を出したところで後の祭り。知っていれば防げたはずなのにと後悔したところで何の役にも立たない。時間を操る術も憑依を解く術も知らなかったオスティン達に突き付けられたのは、悲しい現実だった。


「サタンはそれからおかしくなった。私達は、試合に勝って勝負に負けたんだよ」


 信頼していた相棒を突然消されたつらい思いは、好意を敵意に変えるのには十分すぎた。サタンはクロノスを倒した後、オスティンに精霊と罪源両方の契約解除を迫ったという。しかし、マスターは精霊罪源の言葉に聞く耳を持たなかった。自分が最強であるために、最強のパートナーを手放したくなかったのである。


 この態度を見たサタンは、溜まりに溜まった怒りをついに爆発させて驚きの行動に出た。「逃亡」である。精霊魂石はあくまでも所持品であり、主人の体内に埋め込むものではない。だから、主人が持っている精霊の寝床、すなわち『魂石の本体』を奪えば、精霊は主人の支配から脱することが出来る。


 しかし、作戦は困難を極めた。オスティンはあの一件以降、自分の身から魂石を離す際にロックを掛けるようにしていたのである。サタンはその行動を見て、自分が描いていた「無防備な状態で魂石から脱出し、魂石本体を奪う」というシナリオが崩壊したことを知った。


 だが、サタンは諦めなかった。奇襲作戦なんて魂石に汚れがつく真似はやめよう。彼女は消えた精霊のことを第一に考えて計画を練り直した。誰も傷つけず、誰にも気づかれず、誰にも知られず、魂石だけを手にする。そんな計画を。


 計画が完成してから数日も経たぬうちに舞台は整った。オスティンがサタンをロパンリ郊外の高級旅館に誘ったのである。その旅館には露天風呂があったが、部屋に貸し切りの風呂はなかった。隙が出来るこの機会を逃すわけにはいくまい。少女は作戦の実行を決断した。


 けれど、サタンとオスティンの性別は正反対。鬱憤を晴らすためとはいえ、男湯に突撃することには抵抗があった。それでも諦めず、「ならば性別を変えて羞恥心を追いやれば」と少女は考えたが、一時的に性別転換をする魔法は使えないし、服だって女物しかない。


「(きっと、今回も失敗する)」


 そう思った矢先、サタンは大学生くらいの女に声を掛けられた。女の耳は少し尖っていて、わずかながら悪魔の片鱗を窺わせる。特徴的な長い鳶色の髪はまだ若干濡れていた。女は心を読めるらしい。「あなたの悲痛な叫びを聞いて来ました」と自己紹介の前に女はそう言った。


「あなたの魔法を使わせてもらえませんか?」

「構いませんよ。その計画を遂行するためなら、ぜひ協力させてください」


 女は幼少期に信頼していた男の幼馴染から酷い暴行を受けたと言った。それ以来異性に失望し、かといって同性を愛するわけでもなく、割り切りながら暮らしてきたのだという。そういうこともあって、人の心を持たないような悪人、特に異性の悪人を成敗することには興味があった。


 サタンは許可を貰うなり魔法の複製を始め、並行して相手の心を読み、もう一つの特別魔法の効果を理解する。時間停止。こちらもストックしておいて損はない魔法だった。鳶髪の女からありがたく特別魔法をコピーさせてもらい、魔法をくれた恩人と軽く会話し、最後は笑って解散する。その後すぐ、サタンは大浴場脇の自販機コーナーへ直行した。


 誰も居ない空間で、風呂場と脱衣所を隔てる扉に「アクセサリーを着用しての入浴禁止」というラミネート加工済みの紙が貼られていることを、脱衣所に居る人達の心を読んで確認する。裏付けが取れたところで、サタンは心を読む対象をオスティンただ一人に定めた。一挙手一投足をチェックし、魂石を離す瞬間を待つ。


 主人は脱衣所の棚に入っていた籠の一番下に魂石を置き、その上に着替えの服と着ていた衣類を置いた。しかし、魂石にロックは掛けない。サタンが自分より早く女湯から上がって魂石に戻る場合のことを想定したのだ。紫髪は主人の見せた意外な優しさに、自分の反抗的な態度を改めようかと思ってしまう。だが、それは出来なかった。


「(エーストのために!)」


 自己満足だと分かっていても、サタンは一回立ち止まること選択しなかった。オスティンが風呂場へ入るのを見計らって自販機コーナーから大浴場前に移動し、主人が脱衣所から姿を消したのを合図に時間停止魔法を用いる。勢い良く扉を開け、男湯の暖簾をくぐり、バタバタと音を立てて通路を進む。


「これだ!」


 脱衣所に入ってすぐ、サタンはオスティンの衣類がまとまった籠を発見した。原形を崩さないように最下部から魂石の入ったケースを取り出す。それを着ていた服のポケットの中に突っ込んで、少女は来た道を戻っていった。


 主従関係から開放されて嬉しい。やっと悲劇を作った元凶から離れられる。だが、そんな気持ちはサタンにこれっぽっちも生まれなかった。彼女は、喜びとは全く無縁な世界に足を踏み込んでしまったのだ。そして、その世界のぬかるんだ泥沼で、後悔で押し潰されそうになる自分から逃れるために、必死こいて腕を振って走る。


 私は泥棒と同じになってしまった。そもそも本当にオスティンは悪い奴なのか。これでは私のほうが悪人だ。こんな選択をしてエーストが悲しむのではないか。私が逃げ出せば、あの男は全力で私を探そうとするのではないか。考えれば考えるほど、サタンの身体が沈んでいった。逃げること以外、何も考えられない。


 時間停止魔法が切れた後も少女は通路を進み、ロビーを突っ切って旅館の外へ出た。空は、東西南北どの方向も厚い雲に覆われている。行くべきところなんて分からない。でも、とりあえず今は、この場所に留まらなければそれでいい。長い紫髪を揺らしながら、少女は遠くに見えた高層ビル群を目指して走る。


 だが、ロパンリまでの長い距離を走り続けるのは不可能だった。少女はヘトヘトになって力が尽きる前に走ることを止め、飛ぶことを選択する。時折後ろを見ながら、迫り来る恐怖から逃れようと必死になってロパンリを目指した。


「その後、サタンはロパンリで職を探したものの、中々見つからず。この街ではダメだと都市を転々としながらやっと思いで見つけたのが、あのホテルだったんだ」


 稔が初めてサタンと出会ったあのホテルは、紫髪の少女がやっと思いで就職したホテルだった。黒髪はその話を聞き、申し訳ない気持ちになる。


「あいつは俺に着いてきて良かったのか? やっと思いで確保した場所なのに」

「気にするな。偶然、長期休暇と重なったんだ。……休みは今日までだけどな」

「明日のシフトは何時からなんだ?」

「夕方四時からだったかな? まあ、寝る時間は確保できるから安心するといい」


 エーストは稔が衝動に駆られて連戦に突入しないよう、忠告の意味も込めて返答した。だが、黒髪はその細かな配慮に何も言わず、自分と契約した精霊や罪源がしていた職業について考え始めた。サタンはホテル、アイテイルは遊園地で働いていた身だ。紫姫は初契約であるため前職はない。レヴィアはサタンの働くホテルに鎮座している。稔は考えていく中でふと浮かんだ疑問をぶつけた。


「そういや、エーストの前職って何だったんだ?」

「コンビニと牛丼屋のバイトさ。オスティン時代、資金を稼ぐためにやっていたんだ」

「もしこのパーティーが解散するとして、お前はそこに戻る気があるか?」

「ないよ。でも、何かしらの仕事はする。いや、しなくちゃいけない」


 エーストはきっぱりとコンビニと牛丼屋のアルバイトを辞めていたので、そこへ戻る気はないとはっきり言った。一方で誰かに養われて暮らすことを拒み、積極的に働きたいという姿勢を見せる。稔は職業安定所の所員でないため応援することしか出来なかったが、その野望に満ちた前向きな心は、何かの事業での成功を予感させた。


「頑張れよ」

「まだ『連戦』は終わっていないというのに。まったく、急かさないで欲しいものだ」


 稔は『連戦』という単語を聞いた途端、この話の本題を思い出した。どんどん本筋から外れていくのを止めなかった結果、サタンの歩んできた歴史のほうがメインになってしまい、もともとの話を聞いているうちに忘れてしまっていた。


「敵は属性神五人と統一神、合わせて六人。でも、バトルは七回することになる。統一神は戦いの最中に進化するんだ」

「進化?」

「ホワイト属性同様、統一神のみに与えられた権利のことさ。ソーシャルゲームの『進化』と同じだと思ってくれればいい。ステータスとビジュアルが変更される」


 エーストがソーシャルゲームを知っていることに驚く稔。聞けば茶髪の少女は、バイトの休憩中や通勤時間に気軽にできることから、オスティンの配下だったところに散々プレイしたという。


「それはそれとして、連戦ってことは、第七階層まで休めないのか?」

「その通り。挑戦者は前進あるのみさ。ただし、アイテムによる回復は許されている」


 回復アイテムの生成と増産が出来るのは、ラクトとサタンの二人のみだ。サタンの攻撃力も魔法の内容も自己防衛をする分には問題ないので、真っ先に守るべきは赤髪ただ一人に限定される。普遍的な魔法から回復魔法を引っ張ってくるのも一手だが、強い力の前では弱い力が為す術は無いに等しい。


「一度挑戦した身として、『連戦』では、魔法の無駄な使用が命取りとなってしまう。回復や補助を行う者が不足している場合はなおさらね。もっともパーティーの面子を見る限り、特に苦戦すること無く最終階まで行きそうだけど」


 精霊と罪源一人ずつのパーティーが統一神に勝ったのである。精霊三人、罪源一人のパーティーがボロボロ負けする可能性は、それに比べれば遥かに低い。しかし、負ける可能性が無いわけではない。


「ただ、徹底した準備に越したことはない。高をくくらず、今日はゆっくり休むといい」

「お前もな、エースト」

「ありがとう」


 エーストの言っていた『連戦』の大まかな内容を把握し、稔は寝る前にしておくべきことを脳内に描いてみた。まず、エーストを魂石で、サタンを魔法陣で暮らさせる。次に、身支度を済ませる。最後に、紫姫の魔導書を読んで使えそうなものを選ぶ。


「エースト」

「なんだい?」

「情報提供は助かったんだが、……いつまで男湯に居るつもりなんだ?」

「いつまでって、適当な時間までとしか言えないよ。あと、『女湯に行け』っていうのは聞かないからね。そもそも、『Men's Style』ということにすれば問題ないんだからさ」

「他の男が来ても、ここに居るつもりなのか?」

「居住者の大半が寝ている今、風呂場に来る人は居ないと思うよ」


 エーストの計画的な犯行に、稔は口を開けながら首を小刻みに横に振った。いたずらでもして恐怖感を植え付け、避難という意味で女湯送りにしてやろうかと思ったが、向こうで暴れられても困る。黒髪は嘆息を吐き、現実を受け入れた。でも、彼女を本来居るべき場所に移動させようとする気持ちは消さない。


「俺もうやるべきこと終わったし、湯船に浸かったら上がるぞ」

「感服した。君は凄い男だよ。男女二人きりの空間で、手を出さないとはね」

「そういう約束だしな」

「まあいい。私は艤装を解く」

「宣言する必要性ないだろ……」


 エーストは鏡の前の風呂用椅子に座り、宣言通り艤装を解いた。稔は頭を抱えながら浴槽に向かう。湯船に浸かって茶髪の少女の方を見てみると、いい感じに湯気でカモフラージュされていた。エーストの体はラクトやアイテイルとは違い、無駄な肉がなく引き締まっているように見える。


「お前、男の前で裸になるとか恥ずかしくないのか?」

「恥ずかしい気持ちはないかな。君に対する恋愛感情は無いし」

「羞恥心あったほうが男受け良いけどな」

「君は異性愛者だが、私は同性愛者だ。異性からの評価はどうでもいい」

「そっか」


 自分の考え方をエーストに押し付ける気は全く無かった稔は、茶髪の少女の「どうでもいい」という言葉を受け、これ以上恋愛の話をするのは苦だと判断し、会話を切り上げた。風呂場ではシャワー以外の音は殺されてしまったのか、ほぼ静寂に近い状況になった。


 会話終了から三十秒が経過したところで、稔が湯船から上がった。エーストは髪の毛を洗い終わったらしく、ボディーソープを手に取っていた。彼女の裸体を見ないようにするため、茶髪の方へ視線を向けないよう細心の注意を払って、黒髪は風呂場を後にした。


 脱衣所で外に出てもおかしくない格好になり、使った衣類やタオルを黒い袋に畳んで突っ込み、約束した水飲み場へ向かおうとしたが、稔は一人男湯に入る少女が心配で仕方なかった。エーストが上がるまで脱衣所内に居ようと考え、黒髪は暖簾の手前に置かれた木製のベンチに腰掛ける。


「上がったか」

「待つ必要ないのに待ってくれるなんて、君は天使かい?」

「寝静まってるとはいえ、誰か来るかもしれないしな。ほら、さっさと着替えろ」

「ああ」


 そう言って、エーストもまた外に出ておかしくない格好になった。何も用意されていなかったので、茶髪の少女は自分の魂石の中に保管しておいた衣類を使用してコーディネートする。ベンチで分かれて三分後、稔が同じ場所で待っていると、私服の女子高生のような格好でエーストが男湯から登場してきた。


「どうだい?」

「今時の女子高生って感じだな」

「褒めてもらって嬉しいな。……もっとも、私はこのまま寝床へGOするけど」

「サタンを魔法陣に移す時になったらまた呼ぶけど、いいのか?」

「だってそれサタン一人で出来るし、そもそも私には何の変更は無いし」

「そうか。じゃ、おやすみ」

「また明日」


 会話の後、エーストはすぐに魂石に戻った。稔はラクトと約束した水飲み場へと向かうべく暖簾をくぐる。左の方に目をやると、上がった直後のサタンが見えた。


「ちょうどいいところに」

「どうかしたんですか?」

「話があってな」

「ここじゃなくて、休憩室でしませんか?」

「そんな部屋あるのか」

「案内しますよ」


 流石は経験者。空中空母の構造をよく分かっていた。サタンは稔を連れて大浴場を出、すぐ右手の休憩室へ入る。

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