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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
一章 エルフィリア編Ⅰ 《Knowing another world and the country》
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1-41 マッドネス・テロリスト

「こら、待ちなさい!」

「待てと言っている!」


 後ろから追いかけてきている彼らは、ボン・クローネ駅の駅の職員である。駅員としての格好をしっかりとしていることから、それはうかがえる。しかし彼らの善意有る行為は、稔とラクト、織桜の前には通用しない。



『――現在、公安警察及び民間警察、報道局各局に情報を提供しました――』



 追加の放送がなされた。駅員から逃げながら、稔は織桜に言う。


「これじゃ、まるで俺らがテロリストと共犯しているみたいじゃねえか」

「いいんじゃないの? 別に、テレポート使えるわけだしさ」

「そうかもな」


 稔は笑みを浮かべた。悲しんだ顔を浮かべていては、これから良い成績を上げられないだろう。戦慄し、何もかもに怯えているよりは、微かな希望に手を伸ばして存命するのも一手、というわけだ。

 なんといっても、存命するのは彼ら三人だけではない。乗客乗員をテロリストから救出し、存命させる。それが、稔らの心の中に目標として芽生える。


「稔。来る……」

「え?」

「嫌な予感がする。あと五秒後、爆弾が――」

「分かった。……俺の手を繋げ、織桜ッ!」

「わかっ――」


 織桜の声を聞いた刹那、稔はテレポートを使用した。行き先は七番線ホーム。爆風の影響は受けるかもしれなかったが、流石に遠すぎても救助までには時間が掛かる。近すぎれば死亡するリスクもあり、そこら辺は稔の判断だった。


「くっ……」


 熱き爆風は、簡単に駅のホームのコンクリート部分を壊した。しかし有難いことに、稔らの方向にそれは飛んでこなかった。だがそれが飛ばされた方向、すなわち一番線ホームの方では、怪我をした者が現れてしまった。


「行くぞ」

「ああ」


 手を繋いだままだったため、稔はテレポートを再度行う。今度は、四番線ホームへテレポートした。爆発事件が発生した以上、生死は時間の問題だ。現在、四番線ホームに止まっている電車の中は、生きるか死ぬかの状態だ。


「――貴様ら、ここに何をしに来たッ!」


 電車から炎が燃え上がっている。消火を開始しなければ、いつか電車は燃え終わるだろう。その場は惨状と化してしまい、悲劇のヒロインすら生まれぬ塵と化す。

 爆弾を仕掛けたとみられる者は、女だった。声からすれば、それが女だと判断せざるを得ない。


「お前を拘束するために来た」

「ハハハ。隷族エルフィートがそんな口を利くとはな! 私は神なんだぞ?」

「神……? ああ、神族ゴッデルトか」


 しかし。神ということはこのマドーロムの世界において、第一位の強さを誇る種族である。だからこそ、油断は大敵。それは許されない。


「――我が名は『ペレ』! 覚えておくがいい!」


 女はそう言って、お嬢様笑いを浮かべる。左頬に右手を持っていく、あの笑いだ。


「しかしお前、なんでこんなテロ事件なんて起こしたんだ?」

「ハハハ、そんなことは話すはずがないだろう! ――犯罪者は逃げるのみなのさ」

「お前、なんてことを……」


 爆破テロ事件を起こした者の発言がそれなのだ。犯罪者特有の脳裏をしているのは言うまでもない。「自分は逃げ切れる」などと考えているのだ。しかし、そんなことは稔やラクト、織桜が認めない。認めたら、そこで自分たちがしてきたことは意味を失ってしまうからだ。


「神に奴隷が逆らおうだなんて、言語道断。笑い声すら上げてしまうレベルよ」

「お前……」


 煽るペレ。その顔には不吉な笑みが浮かぶ。凶器や鈍器を持った所で決して戦慄しないくらい、人間としての心を失ってしまった彼女の心は、狂気が支配しているのだ。彼女は人族ではないが、それでも心がないわけではない。


「あと少しで、爆発がもう一回来る。貴方はどうするのかしら……?」


 ペレはそう言った。刹那、ペレの右手にはリモコンが握られていることを稔が認識する。

 だが、ここでテレポートを使ってまであのリモコンを取ろうなど、言語道断だ。リモコンを麻痺させたりするのは可能だろうが、魔法に対抗するくらいの工作が行われていないはずがない。


 そんな時、稔は気付いた。


「紫姫……?」


 アメジスト、紫色の水晶が光を出していたのだ。意思の詰まった石が今、紫色の光を出していたのだ。だが稔は、アメジストの中にいる精霊を呼びだそうとする方法は分からなかった。彼女の名付け親が稔なのにもかかわらず。



「――紫姫、召喚サモン――!」



 そこで、稔は一言言ってみた。召喚と言わなければカムオン系でない召使は召喚できないわけだし、それを踏まえたら、『召喚』で通じるのではないかと思ったのだ。けれど、通じない。


「ハハハ! 魔法すら扱えないエルフィートに、何が出来るッ?」


 煽ることを止めようとはしないペレに、稔の苛立ちはどんどん積まれていく。まだ、稔の心という水槽の中に、苛立ちという水は収まっている範囲だが、いつ揺れたりして溢れだすかはわからない。


 煽る事によって自らの狂気を保とうとしているペレ。そんな彼女の怒りを心に感じる必要のないラクトが、稔にこう言った。


召喚サモンじゃない。召喚カムオンでもない。その精霊の名前を言うんだ」

「そうだったのか……」

「アメジスト、バタフライ。――恐らくそれで、稔の魔法の強さは上昇するはずだし、紫姫だって現れるはずだ」

「分かった」


 ラクトの言葉には嘘がないということを確認したわけではなかったが、稔はラクトの言ったことを信じることにした。何にせよ、彼女は召使なのだ。稔という主人のために、一緒に居てくれる召使なのだ。そんな彼女のいうことを何でもかんでも聞かないのは、さすがの稔も無理だった。


「ラクトって、あんなにいっつも俺のこと馬鹿にしてくるくせに、こういう時は本気になるからなぁ」

「褒めてんの? へへ……。だったら、嬉しいよー」

「ああ、褒めてるよ」


 ラクトの頭を撫でたりだとかはせず、稔はラクトを口で褒めるだけに留まった。なんといっても、稔が居る場所は戦場なのだ。ペレという爆弾犯を始末――まではいかずとも、拘束するなりするのが稔らの使命のようなもの。そんな場所でいちゃつくなど、言語道断だ。



「――現れよ……。第三の精霊(アメジスト)死を恐れない紫の蝶(バタフライ)――ッ!」



 とてつもなく厨二な台詞が続く訳だが、稔はそんな事を考えない。考えたら『負け』であるのだから、考えるはずがない。


 紫色の水晶が、更に紫色の光を発する。ペレは、その光にリモコンのボタンを押す事を躊躇った。一方で、ラクトと織桜は電車の中へ突入する。電車の中に残っている人々を助けるためだ。


「ご主人様……。戦いが終わったら、また三人で観光しようか」


 ラクトは、そんなことを言っていた。一方で織桜は、


「カレーはあとで食べよう、愚弟よ」


 そう言っていた。どちらとも、死亡フラグである。

 ただ、死亡フラグ死亡フラグ言わなければ死なないわけでもない。もっとも、電車の中にはまだ爆弾が仕掛けられているわけだから、リモコンをペレが押した瞬間、電車の中で爆発が発生するのは言うまでもない。


「紫姫。まずは、電車の中の火を消す。――ところで、今の俺の魔力はどれくらい向上しているか分かるか?」

「二〇倍までは上昇していない。一九倍だ。貴様、まだ剣を握り締めていないからな。仕方がないだろう」

「分かった。まず、紫姫は『白色の銃弾(ホワイトブレッド)』なり使用して、火を消してくれ」

「――理解した。貴殿の望みを叶えられるよう、我もアメジストの精霊として頑張らせてもらう」


 そう言うと、稔はペレの方向を見た。一方で、紫姫は魔法を使用する。『白色の銃弾』は『第一の判決アインス・ジャッジメント』の技であるが、判決技としてその後に五つ、魔法を使うわけではなかった。その魔法を使用した後、もう一度それを使う。


「ファイアにアイスが対抗しようだなんて、貴方の脳内は何? そんな単純なことさえ分からない馬鹿なの?」

「ああ、そうだ。俺は馬鹿だ。だからなんだ?」

「馬鹿なのね。安心したわ」


 ペレはそう言うと、持っていた拳銃を手に構える。そして、稔の方向――否、紫姫の方向を目掛けて銃弾を放った。……しかし、それは魔法を使用したわけではない。


「えっ……?」


 銃弾に魔力は込められていなかった。故に、稔はそれを斬り裂くことが容易だった。といっても、彼にVRMMOゲームでのプレイ実績といったものはそこまで無い。だが、それでも斬り裂くことを容易にしてしまったことは、彼のゲーマー精神が生んだことだろう。


「魔法を……。隷族を……。馬鹿に――」


 紫色の光を放つ剣をペレに向ける稔。その剣に込められた魔力は、すでに稔自身が持つ魔力の上昇値を最大にしていた。そう、二〇倍だ。精霊がいるからこそ上昇できる魔力が、二〇倍という最高倍率になっていたのだ。


 だからといって、無闇に近づくことは危険を伴う。

 今、ここで稔がペレの方向に行ってリモコンを奪い返した所で、ラクトが来ない限りリモコンの動作を止めることは出来ない。稔の魔力や魔法では、リモコンを壊してしまうだけに過ぎない。そしてそれは、さらなる悲劇の幕開けを意味する。


「アメジスト、危ないッ!」

「えっ……?」


 稔が剣を向けていた方向に、炎は飛んでこなかった。稔の背後、その部分目掛けて炎が大量に飛んできたのだ。そしてそれは、紫姫の言葉によって稔に知らされたが、間一髪だった。白色の銃弾が、その炎を帳消しにしたのだ。


「な、何が起こって――」

「アメジスト。貴様の召使も、そして織桜も。恐らくバリアなどを使っている場から爆破には耐えられるだろう。……しかし、救出は容易ではない。かといって、お前が此処を離れたら万一の際に、ペレを止めることは出来ぬ」

「ああ、そうだな」

「そして、あの神は魔法を使えないものの、彼女が使い魔を持っていることが判明した」

「使い……魔……?」


 その情報は驚きだった。魔法を使えない種族が、何故魔法を使える使い魔と契約を――否、売春かもしれぬが、何故そうなっているのかを。稔は知りたかったし、詳しいことを知りたいのは紫姫も同じだった。


「使い魔は人型。名称は『バーニング・ラビット』。一つ言わせてもらうとすれば、本気でないラクトよりは強い。……恐らくペレが指示をすれば、バーニングラビットは爆発したりすることを躊躇わない」

「それって、つまり――」

「バーニング・ラビットは、奴隷として扱われているというふうに言ってもいいかもしれぬ」

「許せねえ……」


 心の中に、ペレに対しての殺意が芽生えてきていた稔だったが、ペレはそれを読み取ったかのように攻撃する。バーニング・ラビットの正体は、稔にはわからない。けれど、それが相当な強さであることは稔にもすぐに分かった。


「――アメジスト。我に出来る事はないか?」

「状態異常の魔法を使いたいのは確かなんだ。けど、今はラクトが救出に向かっている――」

「ならば、我が助けに……」

「行かないでくれ! 女々しいとか思われるかもしれないが、召使や精霊無しじゃ、ペレ相手に俺は何も出来ない。いくら魔力が強くなったって、それを使いこなせなければ意味は無いんだから――」


 稔はリモコンだとかが無ければ、早急にペレに対して剣を突きつけていただろう。しかし、リモコンが無いなどという状況は、今の状況とは一八〇度異なる。ここでは、無いものを考えるのではなく、有るものを考えなければならないのだ。


 斬り裂きに行くことに、稔は躊躇いはない。だが、リモコンまで斬り裂けば意味は無い。


「貴様の考えていることを、理解した……。そこまで怖いというのなら、一二秒だけくれてやる」

「紫姫……?」

 

 『一二秒』という言葉が何を表しているのか、稔はすぐに察しを付けた。『第三の判決(ドライジャッジメント)』を下そうとしているのだ。

 何にせよ。稔と紫姫が魔法を使用すれば、相性は悪くはない。テレポーターという万能型と、時間を止めるという万能型が魔法を同時に使用するのだから。

 しかし、必ず成功するとは限らない。結局は魔法を使用する人間の素質や技量ということになる。


「一か八かって状況ではないけど、使うしか無いな」

「了解した。三秒後、我が魔法使用を宣言する。ペレに警戒心を持たせぬように注意せよ」


 紫姫はそう言った。カウントダウンを口ずさむわけもなく、紫姫と稔の間には重い空気が漂う。これから、新たなゲームが幕開けされるのを待つかのように、二人とも重い空気が漂う中で自分を保つ。


「――第三の判決! 一二秒間の時間停止タイムストップ・トゥエルブセカンド――!」


 刹那、その場所の人間――もとい、エルフィート達が行動を止める。強制停止だ。ラクトも織桜も、行動することは出来ない。現在、行動できているのはその魔法を使用した第三の精霊と、その主人のみ。


 しかし、一二秒という時間は早い。一分間の五分の一で、稔は任務を遂行する必要があるのだ。いくら時間が止まっているからとはいえ、稔は非人道的行為をする気はなかった。ただ、目の前に居る火の女神から、そのスイッチを奪う。それだけが彼の目的だった。


「なんで、こんなに離れて――」


 稔が構えていた剣が一〇個以上必要な距離だった。五〇メートルなんてものじゃない。一〇〇メートルは無いにせよ、八〇メートル近くは有ると考えてよいほどだ。

 列車が止まっており、爆破によって跨線橋は爆破された。何故高架駅なのに跨線橋を設置する必要があるのかというのは、稔も疑問に思ったが、行き来がし易いだけの理由だ。


 ボン・クローネ駅の四番線ホームを、ペレの居る方向へ駆ける稔。運動部ではなかったことが影響し、稔は最後の一手を使おうかと考えた。しかし、テレポートを使用しようとすることは、紫姫が止める。


「我からの注意。アメジスト、魔法が使用されている現在、貴様は魔法を使用することが出来ない――」

「テレポートが使えないのかよ! こんちくしょう!」


 走りながら、稔はそう言った。

 前へ、前へ。稔はただ目の前に居るペレからスイッチを奪うために走る。サングラスがあれば、そこに秒数が表示されるのだろう。しかし生憎、現在の稔はサングラスを掛けておらず、秒数の表示は行われない。


「くそ……っ!」


 歯を食いしばり、力の限りを出しきろうとする稔。紫姫は、それを応援することしか出来ない。何にせよ、状態異常魔法を使用できるのはラクトのみなのだから。紫姫が使用できるのは、『状態異常魔法』ではなく、『白色の銃弾』という技なのだから。


「残り……三秒……ッ!」


 魔法使用者である紫姫には、残り時間が分かっていた。


「そんなの……不可能に――」


 稔に伝えられた秒数は、悲しくも残り三秒だった。一分間の二〇分(にじゅうぶん)の一分で、何が出来るというのか。けれど、稔は最後の最後まで諦めようとしなかった。口では弱音を、自分は無力だと言いながらも。


「あと二秒!」

「く――っ」


 ペレの手が握りしめているスイッチ。そのスイッチを強引に稔が奪おうとするものの、結果として握りしめている力のほうが強く、そう簡単には稔の手へ渡らない。


「アメジスト……!」


 見守る紫姫は、顔を下に下げて祈る。そんな中、稔は大きな声を上げた。


「離せ――ッ!」


 刹那、と言ってもいいくらいの秒数。ゼロコンマの秒数。ペレが、時間が止まっていたことに気付いて力を使ってくる、ほんの少し前に。稔の声は、紫姫が作り出した二人だけしか動けない世界に轟く。

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