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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
五章 救出編《The dawn of new age》
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5-37 第一の精霊・エースト

 空中空母ノートは神々の居住場所として機能している一方、各国で上に立つ人達を招く為の施設ーー迎賓館としても機能していた。稔とラクトが案内されたのは、その際に要人の護衛などが泊まる所として使われる部屋で、床には真っ赤なカーペットが敷かれている。部屋の右奥、押入れの手前にはベッドがあり、純白のシーツとふかふかの布団を被っていた。


「広いね」

「明らかに二人で泊まるべき広さではないな」


 壁にテレビが掛けられていること、テーブルはあってもデスクがないこと、トイレや風呂が他の人と共用であるということが相まって、とても広い部屋だと感じることができた。けれど、これほどまでに物が無くだだっ広い部屋というのは、日頃物に囲まれて暮らしている身からすると気分的に落ち着かない。


「そういや、水飲み場ってどこにあるんだろうな?」

「水回りが集まっていることを考えると、その近辺にあると思うけど」

「じゃ、風呂に行くがてら水飲み場探すか」

「そうだね。じゃ、ちょっと待ってて。寝間着作る」


 ラクトはそう言って寝間着を作っていく。ものの四十秒で、灰色をふんだんに使った下着、シャツ、服、ズボン、白いバスタオルと手拭いタオルが出来上がった。最後に衣類を入れる黒い布製の袋を作り、彼女は寝間着の一式とタオル類を綺麗に畳んだ上でその袋に入れる。ここまででおよそ一分十秒。その家事スキルに、稔は改めて脱帽した。


「ここまでくると、もはや芸術作品を作ってるかのような領域だな」

「だからって着るのをためらわれるのは困るよ?」

「じゃ、ありがたく着させてもらうぜ」


 赤髪から黒い袋を受け取る。自分の分は浴場に行ってからでも作れるということで作成は後回しとし、ラクトが袋を渡すとすぐ、二人は部屋を出て浴場方向へ通路を進んでいった。その途中、壁に掛けられていた時計を見ると、時刻は三時半を回っていた。が、次の瞬間。短い針が一時間分進んだ。


「「え?」」


 自動で時刻を調整する機能のせいだとすぐ分かったが、まさか短い方の針が大胆にも動くとは思いもよらず、これには二人とも驚く。同時に、そのために見せた顔が面白くて笑いがついつい出てしまう。クスクスと最初は小さな笑いだったが、どんどん大きくなっていった。


 一分ほどたっぷり笑った後で、稔とラクトは改めて大浴場の方へ通路を進む。降りてきた階段を超え、トイレの手前に来たところで、ラクトが「洗面所」と書かれた標識を発見した。トイレの向こう、大浴場の手前には「洗濯場」というプレートも見える。


「当たったな」

「そうだね。……じゃ、上がって着替え終わったらここ集合ってことで」

「わかった。といっても、もうちょっと進まないと分かれないが」


 短い会話の後で二人は再び前進する。大浴場の扉に手をかけて引いてみると、あのガラガラという音が耳に伝わった。中に入って早々、目に飛び込んで来たのは「男湯」「女湯」と書かれた青い暖簾と赤い暖簾。でも、性別を限定しているのではなく、漢字の下にあった英字表記は、それぞれ「Men’s Style」「Women's Style」とあった。


「マイノリティ対応とか、しっかりしてんのな」

「性別のない神様も居るからね」

「なるほど」


 あえて「スタイル」と書いてあるのは、覗き見しようと煩悩に動かされる変態に対して譲歩しているからではない。性的な障碍のある者、または性別がそもそもない者を考慮しているのだ。


「それじゃ、また後でーー」

「ちょっと待て。ラクト、精霊を頼む」

「思い出づくり?」

「そういうことだ。……ダメか?」

「いいに決まってるじゃん。稔が考えてることは、何となく分かるよ」

「ありがとう」


 ラクトから許可を得た上で稔は精霊達を呼び出した。しかし、魂石は赤髪の手に渡らない。彼女はその目的をすぐに理解した。同頃、黒髪は早足で男湯の暖簾をくぐる。女だけになってすぐ、アイテイルが「私達も行きましょう」と言った。それを合図に皆一斉に前へ進み、女湯の暖簾をくぐる。


 女性陣が脱衣所へ入った頃には既に衣類の大半を脱いでいた黒髪は、どの棚にも衣類が無いのを見て、この脱衣所の先には「ぼっち湯」があるのだということを理解した。壁の向こうから聞こえる彼女や精霊達の声が、余計に寂しさを演出する。


 長い溜め息の後、稔は左手でタオルを持って股間部に当て、右手で風呂場と脱衣所を隔てるドアの凹みに手をかけた。引くと、大浴場の入り口の扉と同じような音が聞こえ、湯気に満ちた空間が目に映る。右手にはシャワーと風呂用の椅子がボディソープとシャンプー、リンスとともに羅列されていた。真正面には大浴槽がある。


「あれ……」


 脱衣所では自分以外の気配も自分以外の人の衣服も確認できなかったはずなのに、浴槽の中に人影が見えた。稔は同性以外が入浴している可能性を考慮し、股間を隠しながら近づいていく。黒くぼんやりと見えていた肌の色が徐々にはっきりしてきた。湯気の力が弱まる一メートルの隔たりを過ぎたところで、ようやく気配の正体が見えた。


「何してんだ、サタン」

「ありゃりゃ、バレちゃいましたね」

「笑い事じゃねえだろ。俺はお前を女湯に向かわせたはずだぞ」

「先輩の魔法で来ました。もちろん分身ですからご安心を」

「戻れ。今すぐ戻れ」

「釣れないなあ。彼女以外の女に手を出せるのは若い時だけなのに」

「さっさと戻れっつってんだろ!」


 稔は声を荒げて言う。怒りではなく叱りだったから、思考回路は冷静なままだった。それゆえに、彼はあることを思った。「この少女は本当にサタンなのか?」と。彼女はここまでベタベタと接近してくるタイプではなかったはずである。


「……お前、本当にサタンか?」


 そこで、稔は思い切って聞いてみた。本物なら失礼極まりないし契約者として大恥に値する。だが、彼に引くという選択肢は無かった。外に見せる顔こそ怪しむ表情で保ったが、内心は間違いだった場合に対しての恐れでいっぱいだった。でも、その気持ちはサタンと名乗る少女の一言でパッと晴れる。

 

「ご名答。私は、サタンではありません」


 少女は「サタンでない」ということを言われて嬉しそうに笑った。そして、白い光を放ちながら素顔を明かす。その髪や瞳の色、顔を見て、稔は咄嗟に頭に名を浮かばせた。少女が光を放たなくなったところで、黒髪はその名前を口にする。


「エースト、なのか?」

「はい、そうです」

「でも、俺はエーストとサタンを別々にする為に何もしていないぞ?」

「百合成分が供給されたために、サタンと別の個体として今、ここに居ます」


 茶髪の少女はもっともらしいことを口にしたが、稔は半信半疑だった。百合成分で動くということを「精神的な支え」という意味だと捉えていたからである。それに、サタンといえば「デビル化」という大きなイベントがあったばかりだ。黒髪は、それについても聞いてみた。


「本当にそれだけか? デビル化と因果関係があるんじゃないのか?」

「すっ、鋭いですね」


 当たったらしい。エーストはそう言うと、詳細説明を始めた。


「デビル化で、私を覆っていた『悪魔の霊力』がサタンの方に全て流れたんです。結果、サタンの持つ『悪魔の霊力』が私の持つ『精霊の霊力』と均等になったことで、私もサタンと同じように外へ出れるようになりました」

「でも、依然として精霊魂石に罪源が居るよな。それは問題ないのか?」

「サタンを魔法陣送りにすると、稔さんと契約し直しになるから遠慮しているだけです。ということで、罪源が魂石に居ることに何ら問題はありません」


 せっかく一人の精霊として姿を現した彼女が、前と同じように強い力で覆われて姿を消してしまうなんて事態になるのは避けたい。エーストは「問題ない」と断言したが、稔は彼女の言葉を信じられなかった。否、信じたくなかった。


「分かった。じゃあ、後で再契約だ」

「サタンみたいな便利屋は、魂石に居させた方が重宝すると思いますけど……」

「なんか言ったか?」

「いいえ。稔さんがそう言うのなら、私はそれに従いますよ」


 エーストがボソボソと何か意味のある言葉を吐いていることは分かったが、稔には彼女が何を言っているか分からなかった。そのため茶髪に聞いてみるものの、彼女は答えてくれない。こんな時にラクトが居ればどれほど助かることか。そう思うと、黒髪はあることを思い出した。話は最初へ巻き戻される。


「そういやお前、百合成分が必要って話だったよな?」

「そうですね」

「ならなおさら、男湯でいいのか? 女湯の方が、いや、女湯にしか百合成分はーー」


 左手に持ったタオルで股間を隠しながら俺は何を力説しているんだ、と言い終わってから冷や汗が出て来る。だがエーストは、下らないことを力説する稔を馬鹿にせず、仲間が晒した恥を包み込む優しさを見せる。


「大丈夫です。これ以上摂取すると悪影響が出るので。それより、今はサタンと同じように振る舞っていたいです。彼女、魂石に帰ってきては稔さんのことを褒めているので」


 茶髪を揺らし、第一の精霊は笑いながら言った。一方稔は、エーストが伝えたサタンの魂石での振る舞いに感動と感謝の感情を覚える。だが、今目の前に居るのはサタンではない。稔はサタンの素顔を知ったことで、エーストの本当の姿を知りたいと強く思った。すると偶然にも、茶髪がこんなことを口にする。


「そういえば、稔さんは私の艤装を見たこと無かったですよね」

「戦闘服みたいなやつは見たこと無いな」

「私の魔法を見せる意味でも艤装を見せておきたいので、髪の毛や体を洗うなどして、ちょっと待ってて下さい」

「すぐ終わるなら、他の作業に移る必要はーー」

「全裸姿を異性に見せるほど、私の羞恥心は小さくありませんよ」

「そういうことなら、席を外さないとな」

「ありがとうございます」


 稔はエーストがそう言ったのを聞いてから、入ってすぐの右手にあるシャワーエリアに向かう。風呂用椅子に腰掛けてシャワーの蛇口を捻り、ぬるま湯に調整した後で、黒髪にシャンプーをつける。リンス配合タイプらしく、リンスだと思っていたシャンプーの隣の容器はコンディショナーだった。


 髪を洗い終わったのと同頃、艤装の装着が終わったらしく、稔の方へエーストが近づいてきた。少女は主人の肩を叩いて気づいてもらおうと考えたが、稔が自分の目の前の鏡に装備品をつけた少女の姿が映った時点で気づいたために、その必要はなくなった。タオルを膝の上に乗せたまま椅子の上で尻を滑らせ、体を一八〇度後方へ回転させる。


「まるでコスプレだな」

「私は至って真面目ですよ」


 ワイシャツの上にブラウン色のセーターを着、赤ネクタイを垂らしている茶髪の少女は、そこだけ切り取ればいかにもな現代の女子高生であった。けれど、後ろに纏う艤装は、彼女が帝国海軍に属していたことをはっきりと今に伝える。


「軍関連の擬人化って、なぜか太腿だけ露出してるやつとかあるけど、エーストは顔以外全部覆われてるんだな」

「もちろん。生身に被弾した場合のリスクは少ないほうがいいに決まってます」


 エーストは笑って言うと浴槽の方へ歩いていった。裸でなくなったことで行動に余裕が出たために、張られた湯の上で自分の装備品がどのようなものであるか披露することにしたのである。彼女は浴槽のすぐ目の前で右靴右側面のレバーを下げ、赤いランプを光らせ、その場で前の方へジャンプした。


「おい馬鹿、水が溢れーー」


 稔は饗されている身であることを思い返し、ボディソープで体を洗う傍ら、はしゃぐエーストを叱ろうとする。しかし、水面は小さな波が立っただけだった。もちろん、彼女の質量は減少していない。艦ということで錨でも降ろしているのかと黒髪は思ったが、そういうわけでもないようだ。


「このシューズ、凄いですよね。海が陸地になるんですもん」

「エースト。お前、……水上を走れるのか?」

「はい。それ以外にも、ストップ、ジャンプ、ダッシュ、ウォークと陸上での生活と同じように出来ますよ。装着中は泳げませんけどね」


 すごい力には必ず代償がある。それはエーストも同様だ。彼女の場合は、特別なシューズを履くことで水上を陸上のように移動出来る力を手に入れることができる一方、泳げなくなる。


「もっとも、外せばーー」


 エーストはそう言って右靴右側面のレバーを上げ、青いランプを光らせた。まもなく少女は、湯船の中の水をドバドバと溢れさせながら沈んでいく。


 だが、泳げるようになるということは人間と同じようなものだということ。水中ではそう長くいられない。底に尻をついた後、少女は即座に水面をバタバタと叩いて上がってきた。しかし、顔を出すやいなやエーストのもとには雷が落ちてしまう。


「説明すれば済むことをわざと披露するな。お湯がもったいない」

「そんな冷たい目で見ないでくださいよ。お湯はこんなに温かいのに」

「知るか!」

「聞いたとおり、稔さんって内面は温かいんですね」


 稔の心に一瞬で数千本の釘を刺すエースト。魂石で一緒に暮らしてきた罪源と同じく、その舌には毒が塗られているようだ。


「あ、ところで」

「なんだ?」

「魔法、使っていいですか?」

「話聞いてたよな? 浴槽でするなって。もったいないからやめろって」

「でも、見ておいたほうが作戦を立てるのに便利ですし」

「俺は現場指揮で、作戦の指揮はラクトの仕事だぞ?」

「どうせこれから連戦なんだし、見ておいたほうが身の為なのになあ……」


 稔がエーストのこぼした呟きを耳にしたのは、ちょうど体に付けた泡を洗い落とした時だった。彼はキュッという音を立てて蛇口を閉め、精霊の方を向く。


「エースト。『連戦』ってどういうことだ?」

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