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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
五章 救出編《The dawn of new age》
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5-36 カナリアを統べる者

「レアからめいを受けたって、一体何の用なんだ?」


 突然現れた女性に驚く素振りを見せることなく、稔はただ冷静に質問した。時を同じくして、その黒く長く美しいイザナミの髪が揺れた向こう、フルンティの海に雷鳴が空を裂くかのごとく鳴り響いた。ついさっきまで雨雲は観測されていなかったはずなのに、一瞬で空の雫が垂れ始める。


「あいにくの空模様ですね」

「ああ、そうだな」


 ざあざあと雨のあしが強まり、海は怒ったような大荒れとなり、浜には強い風が吹き付ける。雨粒は進むべき方向を見失っていた。


「本題に移りましょう。ーーゲームの終了時刻まで残り三十六時間を切りました」

「……終了時刻? どういうことだ?」

「あなたが、この世界から脱出できる権利が無くなる時間を指しています」


 意味深長な発言に稔は聞き返したが、イザナミの口から発せられたのは分かっている話の内容であった。この世界に来てから七日後まで連れてこられた人間に脱出する権利が与えられる、という話は既に聞いている。しかし、時間の計算が着地時刻を基準に考えられているというのは初めて知った。


「でも、そのお話はレア様から聞いていますよね」

「そうだな」

「でも、どうやって脱出するかはご存知ないですよね?」


 記憶を辿ってみる。稔は、どこかで聞いたことがある気がした。けれど、詳細を思い出すことは出来ない。時間の制約を考えた時、このまま大雨に打たれるのは大きな損だと判断し、黒髪は悩む素振りを見せた後で言った。


「ああ、わからない」

「では、お教えいたしましょう」


 イザナミの口角が上がった。予定通りに進んだことで喜んでいるらしい。


「マドーロムには、カーマイン、シアン、ビリジアン、カナリア、ブラックの五つの属性それぞれを統べる神が居て、その五人の上に立つ神がもう一人居ます。この五人を統べる神がレア様です」

「なら、イザナミは何なんだ?」

「いい質問ですね。私はカナリアの属性神です」


 イザナミはレアの部下だった。神話が異なる時点で彼女らに上下関係など成立しないと考えるべきではあるが、この世界のシステムを表現する時にその考えは要らなかった。建前は建前として、イザナミの話を現実と捉えながら彼女の話を聞く。


「属性神が、現実世界への帰還と何か関係あるのか?」

「鋭いですね。その通りです」


 いちいち褒め言葉など一つ言葉を挟まないと話が進展しないのが玉に瑕ではあるが、これがイザナミ流の説明方法であると考えることで、稔は彼女が相手を見下して話を進める点などの部分には目を瞑るよう自分に強いた。


「アースから来た者がマドーロムから脱出する場合は、属性神全員を連れて、この世界の唯一神の座に在られるレア様のもとに行く必要があります」

「一日と半日以内に属性神全員を探し出して会えってのか?」

「いえ、そういうわけではありません。というより、私達は空に居ますし」

「……空中空母《ノート》に居るのか?」

「その通りです」


 レアと初めて会った空中空母。世界を統べる神達はそこで暮らしているという。


「でも、探さずに、どうやって属性神に会うんだ?」

「空母へ来れば全員と会うことが出来ます。方法はお教え致しかねますが」

「そうか」


 イザナミは詳細を言わなかったが、ラクトにかかれば、そんな破って下さいと言っているような内緒話を暴くことなど朝飯前だった。稔の右肩をトントンと叩いて自分の方へ振り向かせると、赤髪は得た情報を彼の耳元で伝える。


「属性神五人と連戦して契約し、最終層に居るレアを倒せばいいみたい」

「わかった。ありがとう」

「こんなのお茶の子さいさいだよ」


 真っ赤な髪は雨に揺れ、着ていた服は肌が透けるほど水を吸っていた。そんな彼女とこそこそ話を終えて稔は前を向く。イザナミは悪役のように、主人公サイドの会話が終わるまで何もしないで待っていた。


「ところで。空中空母と地上間の移動を私は任されているのですが、どうされますか? 今から空母へいらっしゃいますか?」

「明日の朝まで泊めてくれるのであれば」

「挑戦者のくせに厚い厚いおもてなしをご所望とは、あなた、いい度胸ですね。……まあいいでしょう。ただし部屋の都合上、お二人は相部屋とします。よろしいですか?」

「全然構わない」

「わかりました。では、ノートへご案内致します」


 イザナミはそう言うと自分と稔との間に白い雲を作り始めた。最初はただの霧にしか見えなかったが、徐々に徐々に頑丈になり、座れるくらいの厚さになる。雲はふわふわとしていて、それなのに丈夫さを兼ね備えていた。


「どうぞ、お座り下さい」


 その神は車掌のように言う。稔とラクトは何かの罠である可能性を拭いきれ無かったため、心配する気持ちはそのままに雲に乗り込んだ。しかし、載せている物体の質量は合わせて百二十キロ以上になっているというのに、雲は一切動じなかった。


「それでは発車致します。三分ほどで到着するので暫しお待ち下さい」


 雲は筏のようだった。三人を乗せた小さな空飛ぶ船は、飛行機や戦闘機を凌駕する速度で目的地へと向かう。けれど、どんなに強い風が吹こうが大粒の雨が降ろうが、その船はびくともしなかった。


 安定した飛行が出来る地点に来たところで、イザナミは操作をオートモードにする。危機管理の観点から機械に向けた目を他の方向へやることはできなかったが、会話が出来る余裕を作ることはできた。


「もし現実世界への帰還が認められた場合は、即日帰還をご希望ですか?」

「いいや、もっと満喫してから帰りたい」

「『帰還切符(リターンチケット)』の有効期限は認可後七日間ですよ」


 意外と重要な部分に目が行っていなかった。稔はイザナミの話に相槌を打ちながら足らなかった点を反省する。同時に彼は、即日帰還と数日後帰還を選べる制度にしてくれたイザナミーーもといレアに対しての感謝を覚えた。


「お連れ様とのご帰還を希望ですか?」

「もちろん」

「お気持ちをそっくりそのまま汲み取りたい気持ちは山々なのですが、残念なことに、精霊や罪源を連れての帰還は不可となっております。ご理解頂けると助かるのですがーー」


 その知らせは稔の願いを見事に砕いた。それはまるで、大切に大切に作り上げた綺麗な結晶が散るよう。精霊や罪源が特別な存在であることは分かっていたけれど、そのせいで彼女らが死んだわけでもないのに普通とは違う生活を送ることになっている現状を、彼に見過ごせるはずがなかった。


「どうにかならないのか?」

「魔法も科学も万能ではありません。技術が無い以上、なせる術は皆無です」

「なら! なら、せめて! せめて、定期的に会わせてくれないか?」


 自分で言っていても図々しく感じる。けれど、稔は自分を傷つけることをさほどマイナスに捉えず、引き下がらなかった。しかし、世界は自分を中心に回ってくれない。どれだけ黒髪が自分の気持ちを伝えても、イザナミは折れなかった。


「不可能とは断言できませんが、それで何をするんですか?」

「精霊達が元気にしているか見たいんだ」


 イザナミは小刻みに首を上下に振った。しかし、彼女は稔の考え方に納得せず、怪訝な顔を浮かべる。猛スピードで進むがために長い黒髪を揺らす女の口からは、黒髪を突き放す言葉が重なったが、そこには親身になってやっているからこそ現れる必死さが滲み出ていた。


「現在《今》、大八洲国(おおやしまのくに)には『一期一会』という言葉がありますよね? かの千利休が残したとされる茶道文化の礎たる言葉であり、精神。……ご存知ですか?」

「ああ、もちろん」


 イザナミは茶道に由来する日本の諺を引っ張ってきて、稔の考え方に真っ向から反対した。黒髪は、少し立ち止まって考えた時、「神話世界の時代と安土桃山の時代とでは相当な時間差があるのによくそんな諺知ってんな」と思ったが、細かいことはご都合主義とおき、その点について深く考えることをやめる。


「なら、なおさらです。たとえ友達のように何度も会うことが出来る相手であっても、同じように会うことはありません。必ず自分にも相手にも変化が起こっているからです」


 心境の変化のない小説がないように、時間の変化のない小説がないように、その時、その人、その気持ちは、たとえ何かの拍子にそこへ戻ってくることがあっても、重なり合わさることは二度とない。変化ーーすなわち成長が、あるいは退化が、香辛料のように振りかけられている。


「ある一人と出会う確率は、凄まじい桁の数の分母を伴うんです。だからこそ私達は、たとえ技術的に不可能ではないからといって、貴方が現実世界に戻った後、安易に貴方を精霊を合わせるつもりはありません。もがきあがいて苦しんで、やっと見つけたその時に、その人のことを心の底から思えるようになるんです」


 その出会いを大切に。その時間を大切に。神話に書かれたストーリーとイザナミの言葉を照らし合わせた時、稔は、心に多数のフォークがグサグサと突き刺さったような鈍い痛みを感じた。少しずつ少しずつ黒髪の考え方が変わっていく中で、最も威力のある一撃が飛んでくる。


「それに、平穏な今が崩れ去ることは誰にでも起こり得ます。貴方はーー、もとい貴方達は、それを一番知っているでしょう?」


 少女は、幼馴染に平穏な日常を壊された。少年は、少女に素直な気持ちを潰された。女は、愛していた人から恐れられる存在へと変わらざるをえなくなってしまった。その船には、平穏な今が崩れ去った場に居たことのある者しか乗船していなかった。


「まもなくノートに到着します。危ないですから、絶対にその場から動かないで下さい」


 稔はイザナミの思いを受け止め、自分が関わった精霊や罪源と定期的に会う場を神々に設けてもらいたいという気持ちを捨てる。しかし、女は彼の言葉を妨げるように通知を行った。稔に自分の考え方を押し付けるために言ったのではなく、「あくまでも神々はこう考えている」と伝達する目的で言ったからである。


 オートモードを解き、飛行する空母との角度を考慮しつつ速度を徐々に落としていく。空母はエルフィリアの東端のさらにその東まで来ていた。クローネ・ポートの街を過ぎ、空飛ぶ船は、大陸の東西の端にある大海原へと差し掛かる。潮のにおいは四桁を超えた高さの地点からも捉えられた。


 海は快晴だった。学園都市のような明るい街では見ることの出来ない綺麗な星々が、夜空に浮かんでいる。眼下では沢山の船が動き回っていた。目を正面に向ければ、大きな大きな空飛ぶ空母の全景が飛び込んでくる。


「これが、ノート……」


 全長270m、幅41m、艦橋高25m。それほどまでに巨大な空母で、しかも空中を進むため、ミサイルによって狙われる可能性が高いことは言うまでもない。その為、空中空母は紫姫の魔法封印銃と同じ原理を利用した魔法封印砲を配備していた。


 艦橋の最上部には避雷針があり、その艦橋の前後には二つのカタパルトがある。二つのカタパルトはともに開閉式で、下には雨水を溜める為のプールがあり、さらにその下には浄水装置がある。もっとも現在は、月も星も綺麗に見えるほど快晴だったこともあり、その機能は使われていなかったが。


 イザナミは、ノートの周囲を旋回しながら着陸許可が降りるのを待った。動いている地面に機体を着かせるのは至難の業であり、危険を伴う。魔法で自分や仲間の安全を確保できるのは確かだけれど、それは最終手段に他ならない。女は神経を尖らせてその時を待った。


「しっかり捕まってて下さい。……着陸します!」


 三回目の旋回でランプが変わり、カタパルトの終了地点の先にある格納庫が開いた。風を巧みに使いながら雲の減速を行い、イザナミの船は二人を乗せてカタパルトの路面上を艦橋の方へ滑っていく。雲はカタパルトの終了地点で停止した。女はすぐに稔とラクトを雲から降ろす。


「ありがとな」

「お気になさらず。雲を消すので少々お待ち下さい」


 イザナミはそう言うと雲の隣でしゃがみ、自分達の乗ってきた船を壊した。粉々の散り散りになった白い雲はさらに高い空を目指す。女はそれを見送って、立ち、くるりと一八〇度回転した。イザナミは咳払いして気持ちを新たにしたところで二人に話しかける。


「では、お部屋へご案内致します」


 イザナミのその言葉の後、三人は格納庫へ入った。戦闘機を横目に見ながら進み、下へ続く階段を降りていく。幅は人が二人通れるくらいで、普段使っていない感がひしひしと伝わってきた。階段を降りて右に曲がったところで、女が稔に問うた。


「ご夕食は不用でしたよね?」

「ああ、要らないが」

「わかりました。では、お風呂とトイレの場所だけ教えておきますね。回れ右してみて下さい。この通路を後ろへ進んだ突き当りにお風呂があります。トイレはその手前です。男性用と女性用は絵を見ればわかると思いますので、割愛します」


 後ろの方を見ると、でかでかと「大浴場」と書かれた木製の標識が掲げられているのが分かった。その手前には男性のマークと女性のマークがある。日本でよく見かけるトイレの標識と同じだった。場所を理解した後で二人は百八十度回転し、三人は再び通路を進む。


 しかし、少し歩いただけでイザナミの足が止まった。女は回れ右して稔達の方を見、手を広げてドアの方を指す。イザナミはまるで旅館の女将のように見え、神とは思えなかった。


「こちらがお二人のお部屋となります。ごゆっくりどうぞ」

「あの、明日の朝食はーー」

「朝八時に起こしに来る予定なので、その際にご案内致します」

「凄く親切なんですね。でも、もっと早くてもいいですよ?」

「では、七時にまたお会いしましょう」


 イザナミは笑みを浮かばせながら頭を下げた。稔がドアを開け、二人は部屋の中へ入る。黒髪達が閉める際に軽く礼をすると女も頭を下げた。ガチャン、と閉める音がした後、イザナミは通路を進んで自室へ戻っていった。

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