表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
五章 救出編《The dawn of new age》
420/474

5-28 Brave

「え……」


 それは駄洒落ではなく、その文章に言葉を失った為に出た言葉だった。薄々予想はしていたが、やはり、障碍者ということで第一王女はいじめの被害者になった過去があるらしい。パトリツィアの寝室は、一瞬にして重々しい空気に包まれた。一瞬の静寂の後で王女は斜め下を向き、話を始める。


『私は至って健康な赤ちゃんでした。出生時体重は三四〇〇キロでしたし、食欲も旺盛。小さい頃は何一つ不自由なく日々の生活を送っていました。でも、その日々は長く続きませんでした。中学二年のある日、私は突然声を失ったのです。風邪かと思ったのですが、病院で診察したところ、手術が必要な病であることが分かりました』


 カチカチとキーボードを打つ音だけが部屋の中に聞こえる。パトリツィアは翻訳調で話を進めた。稔もラクトも飲み物を運ぶことなく、視線や体を王女の方に向けて若女の話を聞いている。


『私はクラスメイトにそのことを伝えました。当初は助けてくれる人が殆どでしたが、クラスカーストの頂点に君臨する女子に目をつけられた私は、それから間もなくいじめの被害者となり、そしてそれは、授業に支障が出る程にまで発展していきました』


 パトリツィアは、見た目だけで見ればスクールカーストの上位に君臨していてもいいくらいだ。だが、女の敵は女。特に美女は攻撃対象となりやすい。しかも、中学生の女子は教師でも手を焼くほど扱うのが大変と言われている。さらには王の娘という立場から、報告すればメディアが一斉スクープするのは明々白々だ。


『私の抱えている障碍は、補聴器や杖など必要不可欠な道具があるものではありませんから、物的被害は何一つありませんでした。肉体的な苦痛もほぼありませんでした。いじめは全て、精神攻撃によって行われました。精神攻撃は、被害者が報告しなければバレることが無いからです』


 肉体的ないじめはバレやすい。いじめはどこかで区切りを付けない限り、必ずエスカレートする。エスカレートすれば傷はどんどん深くなる。比例して、被害者が負う痣も酷いものになっていく。場所によっては発見が遅れることもあるが、大抵は、何らかの形跡を被害者の周辺が発見することで発覚する。


 一方、精神的にダメージを与える場合はバレにくい。トイレで暴言を吐けば教諭にはバレないし、もちろん体に傷を負うこともない。インターネット上となると、現実世界とは比べ物にならないほどの無法地帯と化す。写真を加工して卑猥な画像にしたものを回すことも出来るし、加害者のみのグループを作って悪口を言い合うこともできる。


『私が王の娘でなければ、SOSを出せたのかもしれません。でも、私は親や使用人にこの件が知れ渡るのが嫌で嫌で仕方ありませんでした。そんなことをしたら大々的に報道されるし、今よりももっと自由が制限される。それに、加害者側が指導を受けても檻から放たれたらまた攻撃してくるだろう。私はそう決めつけて疑いませんでした』


 いじめを受けたら親や周りの大人、警察に相談しろ――。そんな決まり文句の通りに事が進んでいれば、いじめなんてとっくのとうに無くなっている。相談を受けた側が知らんぷりしていじめをエスカレートさせたなんていうのは論外だが、大抵は、被害者が告白しないためにエスカレートしていく。


『だから、私は震えていることしか出来ませんでした。逃げる方法を考えることで精一杯でした。その頃でした。メイドのイザベルが私がいじめに遭っていることを見抜いたのは。私はその瞬間勇気を振り絞って、それまで溜め込んでいた感情を爆発させて、泣きじゃくりました』


 いじめられている奴には勇気がない。誰かに告げる勇気もなければ、加害者に歯向かっていく勇気もなく、我慢強く耐えることしか出来ない。だから、普通、周りは誰も気付いてくれないし、自分も守れない。そうして被害者は知らず知らずのうちに自分の首を絞め、最後には命を絶ってしまう。


『そんなときに、彼女は言いました。絵を描くのはいかがですか、と。小学校、中学校、と美術の成績だけは良かった私を思っての発言でした。言われたとおり、私はイラストを書き始めました。最初の美少女のイラストは、イザベルの絵です。稔さんの衣装を担当した方です』


 稔はパトリツィアの説明で「ああ、あの人か」とすぐに分かった。ラクトは話についていくために黒髪の心を覗いて情報を得る。「男装執事」など引っ掛かる部分も少しあったが、特に何も起きなかったという結果から判断して追求する価値のないことだと決めつけ、赤髪は過去の事として水に流した。


『そしてこの絵は、描き始めてから一年が経過した節目に描いたものです。同日に、ネット公開も始めました。最初は酷いアクセス数でしたが、その後順調に伸び続けて、今では結構な数になりました。母数が増えたせいでアンチコメやクソリプは増えましたが、孤独感を味わった身としては、そのほうが心が落ち着きます』


 パトリツィアはにっこりと笑った。言葉巧みに話し掛けてくる奴や批判しかしてこない奴さえも包み込む聖母のような温かな心は、いじめられていた時に味わった苦痛をエネルギーにしているらしい。


『だから、趣味が悪いとか、そういう風に見てほしくないんです。固定概念が出来上がったところで絵を見ても、深く味わうことは出来ませんから』


 萌え絵を「気持ち悪い」と考えた上で見るとそれが気持ち悪い絵になるように、芸術の世界において、固定概念というのは百害あって一利なしだ。確実に感想がある一つの感情に囚われる。もちろん制作でも、縛られた中でいい作品が出来るはずがない。作り方に公式はあっても、作品に公式は無いのである。


「俺は、登場人物の可愛さとは対照的な風景の暗さがいいと思う」

「この後ろで知らんぷりしてる人もいい味出してるね。今の世間は冷たいもん」

「確かに。迷子を交番に連れて行くのすら逮捕案件の時代だしな」

「嫌な世の中だよね、ホント」


 もう、「困っている人が居たら助けましょう」という考えが通用する時代は終わった。理由は単純。不審者扱いされて御用になるのがオチだからだ。しかも、最近は助けられて礼を言わない者まで出て来た。援助は礼を求めないものではあるけれど、そんな冷たい対応を取られたくてやっている訳ではないことは言うまでもない。


「それはそれとして。パトリツィアは、パーティーに出ないのか?」


 稔は話が脱線していることに気付くと、話題を切り替えた。得意な分野だったら話題そのままに進めても良かったのだが、同じ空間に居るとはいえ庶民と王族であることに変わりはなく、そのうち会話につまるのは目に見えている。


『自分から取り下げました。音楽が多用される空間に居ると、無い物ねだりしたくなるので』


 その質問では、質問者も回答者もいい気分にはなれなかった。そこで、ラクトが横から口を挟む。手をポンと叩くと、一つアイデアを発した。


「じゃあ、せめてもの記念に写真を撮ろう!」

『いいですね!』


 第一王女は一気に笑顔になっていった。稔は、ラクトの方にだけ見えるように拳を握って親指を立てると、すぐにポケットからスマホを取り出す。カメラアプリを起動し、インカメラに設定しておく。ラクトとともにテーブルのベッド側に移動するとパトリツィアを挟むように座り、黒髪は構図や仕草を確認してタイマーをセットした。


 一国の王女との写真撮影など、一般庶民が普通出来るはずのないことである。代表として花束を渡すなど王族と接する機会は少なからずあるかもしれないが、やはり、無防備な状態のプライベートエリアに入ることはそうそうない。しかも、稔やラクトは友人のような接し方をしている。


 スマホの画面の中央でカウントダウンが行われ、時間通りにタイマーが作動すると、同時にカシャ、とシャッター音が部屋に響いた。撮影した写真を三人で見る。ラクトもパトリツィアもはにかんでいたが、稔だけ作り笑いのような表情だった。赤髪はそれを見ると、笑いながら黒髪を攻撃した。


「稔、作り笑いじゃん」

「いや、パトリツィアがこの国の王女だってことを思い出したんだよ。だから、こんな図々しい対応をしていいのかって思ってな」

『むしろ、図々しくされるほうが好きです。私、上下関係嫌いなので』


 王女は顔を左右にブンブンと振った上で、メモに書く。


『なので、もっと馴れ馴れしくして下さい!』

「リア垢のフレンドに追加するとか?」

「下らない話を続けてオールするとか?」


 稔とラクトが具体例を上げると、パトリツィアは先程を上回る勢いで顔を上下ブンブンと振った。現実世界の友人などに限定して公開するアカウントという意味の「リア垢」や、徹夜という意味の「オール」といった現代語の中でも新生なものを理解出来るということは、この王女、現代人としての知識や教養があるようだ。


『私は気の許せる友人が居なかったわけではありませんでしたが、王女というだけで、電車で通学するとか、学校帰りにファストフード店に行くとか、ごく当たり前の青春時代を味わうことが出来ませんでした。……いじめの影響もあるかもしれませんけど』


 パトリツィアは必要以上に敬われることを嫌っていた。もちろん、尊敬しないようにすればいいと極端に走られるのも良い気がしない。いじめられるのはもう懲り懲りだ。でも、そういう王女の中に渦巻くそういう感情が、彼女を王の娘として相応しい存在だと見れない理由になってしまったらしい。


『結果、私は王女であることを嫌に思い始めて、父に、普通の人と同じように生活を送りたいと訴えました。でも、父が許してくれるはずもなく――。何度も何度も交渉したせいか、今では、王女という肩書こそあるけどほぼ活動せずに自宅監禁という、半ば罷免状態にまで落ちてしまいました』


 パトリツィアは自分の歩みを笑いながら語ったが、その内容は結構重たいものだった。自分の意志が関係していることを踏まえれば、ラクトが辿ってきた境遇みちよりは全然ソフトであるが、王女の味わった辛さと赤髪が味わった比較は簡単に比較できないので、そのことについて口にだすのは控えておく。


『まあ、おかげで大出世できてよかったんですけど』

「大出世?」

『絵の才能があるということで、絵師、さらには人気小説の漫画版担当になれました!』

「大大大出世じゃん!」


 パトリツィアはまたも笑顔を見せた。メモアプリから写真アプリに戻って、処女作など著作権が自分にある絵を収録したファイルを閉じ、別のファイルを開く。二段階に分類されていて、絵師として描いたものと漫画家として描いたものと区別されていた。王女はまず、絵師として描いた方のイラストを見せる。いちいち指で操作するのが鬱陶しいことに気付いたらしく、スライドショーで見せた。


『さっき見たから分かるかもしれませんけど、私、萌えエロから夕焼けまでいける絵師ってことで色んな所で評価されてるんですよ! ほら、例えば――』


 パトリツィアはホーム画面に戻ってブラウザを開いた。稔のように年齢を詐称して巡回していたアダルトサイトを彼女に見せてしまうなんて味噌をつける真似をせず、真白色のページから画面上部のアドレスバー兼検索窓に自分のペンネームをぶち込む。第一王女は、いわゆるエゴサーチを実行した。


「エゴサーチ平気に出来るとか、強靭な心の持ち主なんだな」

『痛い思いや辛い思いを沢山経験したので、私、悪評や誹謗中傷見ても大丈夫なんですよ。というかむしろ、それがエネルギーになるんですよね。炭水化物みたいなものです。何も生み出さない無職共に言われたくねえよ、という苛々が作品を描こうという意欲に繋がるんですよ』


 王女は自分の特徴を笑顔で話しながら、検索結果上位の自身のブログに見向きもせず下へとスクロールする。そして、巨大掲示板サイトのリンクであることを確認して、自身のペンネームのスレッドに訪問した。スレ主がスレの最初に定型文を書き、それに続く番号の人達が「スレ立て乙」「イッチおつ」などコメントしていく。


『……時間がないので省略します』


 アンチと信者のコメントをそれぞれ見せた後、パトリツィアはそう言い、タブを閉じてからブラウザアプリを終了した。スライドショーに戻り、絵師として描いた作品を披露する。時系列に並べられているらしく、微々たる変化ではあるものの、処女作に比べるとどんどん上達していっているのが分かった。


「……」


 いくつか十八禁の絵があったが、それらがスライドショーで表示されると、ラクトは黙って鑑賞するのとは違った意味で口を閉ざした。乳や太腿などのエロさを際立たせる質感は気に留めないのに、ダイレクトなエロには反応していたのである。それを見て、パトリツィアは若干口角を上げた。


『彼女さん、可愛い反応ですね。エロいものを見て恥ずかしがるなんて』

「俺の彼女が可愛くないわけないだろ」

『おお、かっこいい!』


 赤髪は頬を真っ赤に染め上げる。


『それで、漫画もあるんですけど……見ますか? あ、エロは無いので』

「質問しながら『はい』って俺が回答をしたように進めるってどういうことだよ!」

『面と面向かって文章を見られるのは恥ずかしくても、絵だったら、むしろ見て欲しくなるものではないかと思うんですけど』

「一理あるな……」


 稔は小刻みに数回頷いた。ダイレクトに情報を伝える絵は、そこに描かれたおおよその事柄を見ただけで暗記出来る。だが、小説作品は作中の一文を切り取っても、その物語の起承転結を掴むことが出来ない。例えば、自分が描いた絵は長く記憶に残ることが大半だが、自分が書いた文章は意識して覚えない限り記憶に残らないのがほとんどだ。


 それだけなら公開時の恥ずかしさは五十歩百歩かもしれないが、小説の場合は「地の文」という関門が待っている。これこそが自作小説の作中の文章を読み上げられた際に感じる恥ずかしさの要因だ。小説は、どうしても説明や詳細描写を補うために地の文が必要になってくる。その結果、内容が高度だったり魔法を題材にしたりしていれば厨二病加減が、日常系であれば気持ち悪さが増してしまうのである。


『漫画は小説と絵を足して二で割った別ジャンルのものだと思いますけど、強いて分類するなら絵ですよね。だから、小説と比べて描く負担は増える一方、見直した時の痛みが抑えられる。特に原作付きだと、原作の描写を絵にして台詞と合うようにするだけだから、精神的にも楽なんですよね』

「そうか? 俺からすれば、無形ゼロ有形イチにするよりも有形を別の有形にするほうが難しいと思うんだが」

『原作付きアニメの難しさって、ここにあるんでしょうね』

「それ、あるかもな……」


 無形を有形にする時に反発を唱える者はゼロに等しい。だが、有形を別の有形に唱える際は、「原型を留めていない」など様々な理由で反発が起こり得る。原作をそっくりそのままにしても面白みはないし、かといって原作を破壊したら別作品になりかねない。そこにある面白みを持った有形を同レベルかそれ以上の面白みのある有形に変えるには、結構な実力が必要になる。


「まあ、それはそれとして。私の漫画を見て下さい!」


 既に準備は出来ていたので、パトリツィアはタブレット端末を稔に渡した。ラクトも黒髪の隣に戻ってくる。彼女の頬から赤みは既に消えていた。王女の描いている作品はアニメ化が既に行われ、二期も決定している人気作だそうで、漫画は既刊七巻、原作小説は既刊十三巻まであるそうだ。


「ほんと、綺麗な風景描写だな……」

『漫画版の絵が綺麗すぎる、と原作のイラストレーターからダイレクトメッセージで批判という名の応援文を貰うくらいですし』

「本業がイラストレーターってことはライバルなんだし、仕方なんじゃないか?」

『でも私、仲いいですよ。応援メッセージがきっかけですけど』

「つまり、原作者はキューピッドってわけだな」

『私、原作絵師、原作者でグループ作って色々話してるので、ちょっと違いますね』


 稔は「なんだ、友達出来たじゃん」と胸を撫で下ろした。黒髪は「そうかそうか」と言って漫画を読むのに戻ろうとしたが、ふとパトリツィアの話を思い返すと、一つ聞いて置かなければならないことがあると感じた。


「まさか、全員女性なのか?」

『そうなんですよ。私も漫画版のスタート時に顔を合わせたんですけど、まさか原作者も原作絵師も女性とはビックリしましたね。それで打ち解けることが出来て良かったんですけど』

「顔合わせってことは、王宮から出たのか?」

『今の時代は無料通話アプリがありますからね。テレビ電話でやりました』

「工夫してんだな」

『これでも肩書だけは王女ですから』


 パトリツィアの見せる笑いは受け取る側からすると少し複雑だったが、本人が笑ってもらいたいのは話を聞いていればすぐに分かる。内心を読めるラクトが破顔したのに続いて、稔も顔を綻ばせた。その後、王女はメモアプリを消して、何も言わずに黒髪と赤髪から距離を置く。二人は時折画面上部の時計を見ながら、パトリツィアが描いた漫画を読んでいった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ